25「NEO-AVATAR PROJECT」(改稿)
すみません。
20:00に古い原稿アップしてました!
入れ替えました。
(誤字修正してくれた花丸インコさん二度手間で申し訳ないです)
——翌日。
私は田村さんからの電子出版部へのオファーを快諾した。
そしてついに、そのスタッフとして出社する日がやってきた。
いつものアルバイトの時とは違って、受付で「田中美咲です。本日から電子出版部に配属になりました」と告げると、受付嬢の目つきが変わった。
「お疲れさまです。こちらのカードをお持ちください」
手渡されたのは、普段見慣れない特別な社員証だった。
「あの、これは……?」
「セキュリティクリアランスレベル3です。新設フロアへのアクセス権限が付与されています」
——セキュリティクリアランスって、まるでスパイ映画みたいだ。
エレベーターで案内された先は、今まで見たことのない最上階。扉が開くと、まるで別世界だった。
ICカード認証、指紋スキャナー、そして金庫のような重いセキュリティドア。
——何この厳重さ。核ミサイルの発射コードでも管理してるの?
「田中さん、お疲れさんです」
迎えてくれたのは、田村さんだった。
「おはようございます。すごいですね、このセキュリティ」
「ほんまですなあ、このプロジェクトは会社の最高機密やから。でもなぁ」
「でも?」
「いや……ここまでやる必要はないと思うんやけど、あの部長の嗜好やと思うわ」
嗜好でセキュリティ強化って……初日から不安しかない。
案内された先は、薄暗い会議室。プロジェクターの青白い光だけが室内を照らしている。
——なにこの雰囲気。秘密結社の会合?
席に着くと、既に数人の社員らしき人物が座っていた。みんな緊張した面持ちで、誰も喋らない。
——重い……空気が重すぎる。
全員が揃ったところで、プロジェクターが起動した。
登壇者テーブルの前に一人の女性が立つ。
「皆さん、お疲れさまです。電子出版部部長の山之内愛華です!」
40歳代くらいの、高級そうなスーツをビシッと着こなした女性だった。
なんか目がギラギラしている。
——え?この人、会ったことあるぞ……
思い出した!コンビニで店員を助けた時に、諸葛孔明がなんとかいってたあの女性だ!
まさかこの出版社の人だったとは。
しかも、上司?この部のリーダーなの?
「本日は皆さんに、会社の命運をかけたプロジェクトが立ち上がったことをお伝えします!まさに運命の歯車が回り始めたのです!」
山之内部長がリモコンを操作すると、プロジェクターに巨大な文字が映し出された。
『NEO-AVATAR PROJECT』
——ネオアバタープロジェクト?なんだこの厨二くさいネーミングセンス……
「皆さん、現実を見てください!」
「時代は今!3次元から2.5次元へと進化しています!」
——いやそれだと、逆に退化してるでしょ。
山之内部長の声に熱がこもる。
「我々は後発です!電子出版市場は既にレッドオーシャン!このままでは群雄割拠の新時代を勝ち抜くことはできません!まさに呂布軍に包囲された劉備の心境と言えるでしょう!」
——群雄割拠って三国志?……呂布?劉備?あいかわらぅなんなのこのひと?
「だからこそ、我々は新たな『神格』を作り出すのです!まさにここが赤壁といえます!」
——神格って……なんか宗教みたいだ。ていうか三国志の例え要らなくない?
「そのために新時代の寵児を電子小説化し、マルチメディア同時展開する!つまり——」
山之内部長が両手を広げる。
「デジタル時代の女神を我々の手で創造するのです!」
「これが……『NEO-AVATAR PROJECT』の全貌よ!」
会議室がシーンとなった。
——急に西洋になった。
ていうか女神を創るって……本気で言ってるの、この人?
私は隣の田村さんをチラッと見たが、彼も「また始まったわ……」という顔をしていた。
——田村さんも慣れてる感じ……日常なのこれ?
「そして!」
山之内部長が次のスライドを表示する。
「その神格者・第一弾、サンプル名称『ザ・ファースト』として我々が選んだのが——」
プロジェクターに映し出されたのは、見覚えのあるピンク髪のアバターだった。
『YUICA♡よ』
私の心臓が止まった。
——え?え?え?
「我々は今最も革新的なVtuber、YUICAとの独占契約を目指します!」
「彼女こそまさに現代のジャンヌ・ダルク!勇気と神託を兼ね備えた究極の存在です!」
——ちょっと待って!それ私じゃん!
ていうかジャンヌ・ダルクって何?最後は火炙りにされた人だよね?
「そして、この重要な交渉の責任者として……」
山之内部長の視線が私に向けられる。
「田中美咲さん、あなたを指名します!私は今まさに、孔明を欲した劉備の心境です!」
時間が止まった。
いや、止まってほしかった。
「え……私ですか?」
「はい!アルバイトの方から情報を得ました。田中さんはネット文化に詳しく、なおかつYUICA♡の熱烈なファンでもいらっしゃると!まさに三顧の礼でもって欲しい人材!」
——ミレイちゃん!余計なことを!ていうか三顧の礼って、この人に三度も会いたくない。
「でも、私なんて……」
「謙遜は不要です!あのコンビニでの舌戦……今思い出しただけでも身震いします」
「さあ、ともに天下を動かしましょう!現代の諸葛孔明よ!」
山之内部長が私の前に歩み寄る。
「あなたのような若い感性こそが、この時代には必要なのです!YUICAとの交渉、あなた以外に適任者はいません!」
——若いって……36歳ですけど。ていうか自分とどうやって交渉を。
でも、周囲の期待に満ちた視線を浴びて、なんだか断れない雰囲気になってきた。
——この空気で「無理です」って言えるわけないじゃん……
「が、頑張ります……」
私の弱々しい返事に、会議室から拍手が起こった。
「素晴らしい!まさに桃園の誓いの瞬間です!」
——桃園の誓いって……劉備、関羽、張飛の?私って孔明なんでしょ?
◇
家に帰ると、ゆいがキッチンで夕食の準備をしていた。
「お疲れさま、お姉ちゃん。初日はどうだった?」
「ゆい……大変なことになった」
私はソファに倒れ込んで、今日の出来事を一気に話した。
「NEO-AVATAR PROJECT……神格化……YUICAとの交渉……」
話し終わった時、私はもう息も絶え絶えだった。
ゆいはしばらく黙って考えていた。
「なるほどね……その部長さん、面白い人だね」
「面白いって……私は振り回されてるんだよ?」
「でも、戦略的には悪くない。神格化という発想は的確だし」
さすがゆい、冷静な分析だ。
「正体バラした方がいいかな?『実は私がYUICA♡です』って」
「それは下策だね」
ゆいがきっぱりと言った。
「神格化という意味では、正体不明な方が、妄想が高まるでしょ?ミステリアスな存在だからこそ価値がある」
「そ、そっか……」
「それに、お姉ちゃんが正社員として働き始めたばかりなのに、いきなり『実は私、有名Vtuberでした』なんて言ったら……」
「信用失墜だね……」
ゆいが微笑む。
「でも大丈夫。明日の会議で、こう言って」
「なんて?」
「『YUICAには有能な最強のプロデューサーがついていて、全ての交渉窓口になっている』って」
「プロデューサー?」
「そう。あとのやりとりは全て私に任せて。もうお姉ちゃんを批判の矢面には立たせない」
ゆいの自信に満ちた表情を見て、私は安堵した。
——さすがゆい!これで面倒なプロジェクトから逃れられる!
「ありがとう、ゆい。本当に助かった」
「任せて。お姉ちゃんは会社で普通に働いてればいいから」
私はほくそ笑んだ。これで一件落着だ。
◇ ◇ ◇
翌日の会議。
「皆さん、おはようございます!今日もまた新たな戦いの火蓋が、切って落とされる日ですね!」
山之内部長が開口一番に私を見た。
「田中さん、YUICAとの接触はいかがでしたか?まさかの電撃戦でしたが!」
——あ、そういえば報告しなきゃ。
「はい、実は……」
私はゆいに言われた通り話した。
「YUICAには有能な最強のプロデューサーがついておりまして、全ての交渉窓口はその方になるとのことです」
会議室がざわめいた。
「おお!もうコンタクトに成功したのですか!」
「素晴らしい!流石です、田中さん!」
「予想以上に早い展開ですね!有能だなぁ!」
「せやねん、田中さんはめっちゃ仕事出来る子なんやで!」
「こんな人材をアルバイトにしてなんて!人事はダメだねぇ」
——あれ?なんか気持ちいい……
「いやぁ、まあ大したことないですよ」
空へ舞い上がりそうな気持ちを持ちを、持ち前の陰キャパワーで抑えつつ、出来るだけ冷静な顔をキープした。
「まだまだこんなもんじゃないって顔ですね!」
「いやはや、能ある鷹は爪隠すだねぇ」
「俺は前からすごいの知っとったけどな!」
うはぁ……いいこれ。
エリートっていつもこんな気分なのかなぁ。
周囲からの称賛の声に、私の承認欲求が追い焚きスイッチを押したように満たされていく。
「やはり田中さんを選んで正解だったわね!まさに天下三分の計の第一歩ね!」
山之内部長も満面の笑み。
——この人ってまさか三国志好きの歴女なの?
「それで、そのプロデューサーの方のお名前は?まさに影の軍師といったところかしら!」
——え?
私の頭が真っ白になった。
——名前?プロデューサーの名前?
まさか「田中ゆい」なんて言えるわけがない。妹の名前を出したら身バレ確定だ。
でも、これだけ期待されて褒められているのに「名前は知りません」とも言えない。
——どうしよう……どうしよう……
その時、私の脳裏にブタどもの絵が浮かんだ。
——えっと、私とブタどもの……プロデューサーだから……ブタP?
いやいや、最低のネーミングだろそれ。
「そ、その名は……」
全員の視線が私に集中する。
「あ、えと、あ、あの。ぶ……?ブ、ブタPで……す」
——うわあああああああああああああ。
——言っちゃった!ダメなやつを言っちゃったよ!時間よ戻れ!
私の脳内で「それダメなやつ警報」が鳴り響いた。
頭の中で、小さな美咲たちが絶叫していた。
『なんで言っちゃったのおおお!』
『ブタPって!ブタPって何それ!』
『もう会社行けない!……あ、会社だった!』
『死にに戻りさせてくれ!』
——でも落ち着け、落ち着け田中美咲……まだ大丈夫……かも。
——もしかしたら聞こえてなかったかもしれない……
——脳をフル回転して他の名前を考えるんだ!
「ブタP?なるほどブタPね……」
山之内部長の声で現実に戻る。聞こえてましたか!
「あ、はい….ブタP!ブタPという女性です!」
「それはもう、天才というか、すごい人でしてぇ!」
——なんで繰り返してるの私!しかも煽ってどうすんよぉ!
すると山之内部長の目がギラリと光った。
「ブタP!なんて斬新なネーミング!まさに混沌から生まれし影の王ってところね!」
——え?どこが斬新?褒める要素ある?ていうか影の王って何?
……可能なら頭打って死に戻りしたい。
「劉備に諸葛孔明がいたように、YUICAにブタPがいるのも納得だわ!天才は天才を知るのよ!」
——また三国志!そしてなんで納得してるの?
「記事部隊!ブタPの特集記事を今すぐリリースして!夕方までに間に合わせるのよ!現代の竹林の七賢人を我々の手で発掘するのです!」
「はい!」
「どの出版社よりも早くブタP情報を発信するのよ!これで我が社が業界の覇王となる!まさに天下統一への第一歩ね!」
会議室が大騒ぎになった。
——竹林の七賢人って何?覇王って?天下統一って?
「ブタPについて調べ上げます!」
「SNSアカウントはありますか?」
「過去の手がけた作品は?」
「写真はお持ちですか?」
私は完全にパニックになった。
——やばい……やばすぎる……
「田中さん、ブタPさんとのアポイントメント、今日中にお願いね!まさに風林火山の勢いで行くわよ!」
——風林火山って武田信玄?なんで日本の戦国時代?三国志はどこいった?
「え、あ、は、はい……」
——どうしよう……もう完全に収拾がつかない……
「田中さん大丈夫?顔色悪いんちゃう?」
田村さんが心配そうに声をかけてくれたが、もう手遅れだった。
会議が終わって、私は放心状態でデスクに座っていた。
——人生最大の失言をしてしまった……
——ゆいに……また土下座するしかない……
私は頭を抱えた。
そして、山之内部長の声が会議室に響いていた。
「ブタP特集記事、今日の夕方に間に合わせるわよ!まさにトラトラトラよ!」
——それ、撃沈されるの私なんですけど。
この時はまだ知らなかった。
大厄災が、まだ始まったばかりだということを。
(つづく)
——次回「ブタPという名の天才」




