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24「人間未満と呼ばれた女の大逆転」※追加

 私は画面越しに、佐藤会長をまっすぐ見据えた。


 

「......はあ?」


 

 その声は、今まで誰も聞いたことがないほど低く、冷たく、そして恐ろしい響きを帯びていた。

 

 そして次々と上がる抗議の声に向かって言った。

 

「あらあら、随分と大衆文化にお詳しいのね、皆さん」

 

 静寂。

 

「私の配信、ご覧になったことがあるの?いじめを相談してきた中学生とのやりとりを見たことは?」

 

「そ、そんなもの見るわけないでしょ!必要ないし!」

 

「見てもいないのに批判するのね。素晴らしい教育的姿勢だわ」

 

 私の声に、いつもの毒が込められ始める。

 

「でも安心なさい。今日は特別に、皆さんの『教育への熱意』について、私なりに分析させていただくから」


「何ですって?」

 

「皆さん、本当に子供のことを考えているの?」

 

 会場が再びざわめく。

 

「失礼な!私たちは子供たちの未来を—」

「未来?」私が遮る。

 

「じゃあ聞くけど、お子さんたちが今、家で何をしているか、本当に知ってる?」


「それは......」

 

「スマホで何を見て、誰と話して、何に悩んでいるか。知ってる?」

 

 沈黙。

 

「知らないでしょうね。だって皆さん、忙しいもの。PTAの会議に、習い事の送迎に、ママ友とのランチに」

 

「それは……子供のためですから」

「子供のため?」私が冷笑する。

 

「違うでしょ。自分のためよ」

「何ですって!」

 

「『良い母親』って思われたいだけ。『教育熱心』って評価されたいだけ。子供が実際に何を求めているかなんて、二の次でしょ」

 

 会場が騒然となる。

 

「なにを……今日は、あなた方への抗議に——」

 

「そう、抗議。皆さんの大好きな言葉ね」

 

「でもね、私のリスナーの中には、あなた方のお子さんと同年代の子たちもいるのよ」

 

「え......」

 

「『親に話せない悩みがある』『家では本音が言えない』『いい子でいることに疲れた』......そんな声が、毎日のように届くの」

 

 会場に重い空気が流れる。

 

「私が彼らに何て言ってるか知ってる?」

「『無理しなくていい』『完璧じゃなくても大丈夫』『あなたはあなたのままでいい』」

「これが間違ってる?」

 

「それは......」

 

「これが悪影響?子供たちを受け入れることが?」

 

 私の声に、いつもの優しさが混じり始める。

 

「確かに私は毒舌よ。ときに罵倒もする……」

 

「でも少なくとも、子供たちの本音と向き合ってる。逃げずに、誤魔化さずに」

 

「私たちだって——」

 

「本当に?」私が画面越しに会場を見回す。

 

「じゃあなぜ、お子さんたちは、赤の他人の、あなた方が『虚像』と呼ぶ私に……心を開くの?」

 

 痛烈な一撃。会場が静まり返る。

 

 沈黙。

 

「ねえ。お母さんたち」私が会場を見回す。

 

「私は皆さんを責めてるんじゃない。ただ、もう一度考えてほしいの」

 

「子供を守るって何?子供の味方になるって何?」

 

「それって、表面的な『正しさ』を押し付けることじゃないでしょ」

 

 何人かの母親が、小さくうなずく。

 

 私の声が優しくなる。

 

「皆さん、日本は島国よね」急に話題を変える。

 

「え?何を急に……」

 

「資源もない、土地も狭い。この国が世界と戦うために頼れるものって何?」

 

「それは......」

 

「教育でしょ。人材でしょ。皆さんの世代が必死に教育を頑張ってきたのも……」

「子供達を良い人材に育て、この世界を生きていけるようにするためでしょ?」

 

 何人かが頷く。

 

「だったら聞くけど」私の目が鋭くなる。

 

「なぜ教師を攻撃するの?」

 

「攻撃って......」

 

「先生が少しでも厳しく指導すれば『うちの子は悪くない』。行事を企画すれば『なぜ相談なしに』。カリキュラムを工夫すれば『勝手なことをするな』」

 

 会場がざわめく。

 

「先生方はね、毎日夜遅くまで残業して、休日も部活動の指導をして、一生懸命子供達のことを考えてるのよ」

 

「でも、そんなもの教師なんだから当たり前ですよ!」佐藤会長が反論する。

 

 私の表情が一変した。

 

「当たり前?」

 

 低く、恐ろしい声だった。

 

「教師だって人間なんですよ。あなたたちと、その子供たちと同じ血の通った一人の人間です!」

 

「でも、そ、そういう職業だし……」

 

「じゃあ、あなたの子供が教師になって同じ目にあっても、あなたはそう言えますか?」

「毎日理不尽な抗議をされて、心を病んだとしても……」


「『教師だから当たり前』だって」

 

 佐藤会長が言葉に詰まる。

 

「なぜ自ら子供達を見ようとしないんですか?」

 

「親だって忙しいのよ!家庭のことも、仕事だってあるし……」

 

「忙しいから他人任せですか?」

 

「だって、しょうがないでしょ!子供達だってそのほうが……」

 

「だってじゃない!」

 

 私の声が、爆発した。

 

「ふざけないで!」

 

 会場が静まり返る。

 

「もし、子供達が大切なら、見たくない現実も見なければならない!嫌われる覚悟で指導して叱ってあげなければならない!それが親の責任でしょう!」

 

「でも……」

 

「愚痴なら夫に言えばいい!時間がない?しかたがない?親なんですよ」

 

 私がモニターの中で一歩踏み出す。

 

「親が子供に正しい生き方を伝える方法は、自分の背中を見せる、それ以外にないでしょ!」

 

 完全な沈黙。

 

「あなた方は教育の大切さを訴えながら、教育者を攻撃する。子供の将来を心配しながら、子供と向き合わない」

 

「そして、全部を学校のせいにして、自分は被害者面」

 

「こんな矛盾した背中を見せて、一体子供に何を伝えてるっていうの?」

 

 一人の母親が泣き始めた。

 

「モンスターペアレント」私が冷たく言い放つ。

 

「それがいまのあなた方の、正体よ」

 

 会場に重い沈黙が続く。泣いている母親、うつむく佐藤会長。

 

 そして、私の表情が少しずつ和らいだ。

 


「皆さんも、きっと必死なのよね」


 

 静かな声だった。


 佐藤会長が顔を上げる。

 

「仕事に家事に……毎日くたくた。子供のことを考える余裕もないくらい疲れてる」

 

「そして、その疲れた心で子供を見ると、不安になる」


「『この子は大丈夫だろうか』『もっと何かしてあげなければ』って」


 何人かの母親が涙を浮かべなながら、小さく頷く。

 

「だから学校に期待する。『せめて学校でちゃんとしてもらいたい』って」

 

「でも先生方も同じなのよ」

 

 私が画面越しに会場を見回す。

 

「毎日遅くまで働いて、家に帰れば自分の家族との時間もない。それでも他人の子供達のために頑張ってる」

 

「そして疲れた心で保護者を見ると、理不尽に見える。『なぜ分かってくれないんだろう』って」

 

 会場の空気が変わり始める。

 

「つまり、みんな同じなの。子供のことを思ってるのに、疲れすぎて相手を責めることしかできない」

 


 私が優しく微笑む。


 

「じゃあ、本当の敵は誰?」



「……え?」

 

 

「それはね……子供を不幸にする本当の敵は、親でも教師でもない」

 

 

「『無関心』よ」


 

 佐藤会長が息を呑む。

 

「子供が一番怖いのは、大人が自分に興味を失うこと。誰も見てくれない、誰も気にかけてくれないこと」

 

「お母さん方が学校に来て文句を言うのも、先生方が夜遅くまで残業するのも、実は同じ気持ちなのよ」

 

「『この子を大切にしたい』って思ってるから」

 

 会場がしんと静まる。

 

「だったら、味方同士で争ってる場合じゃないでしょ?」

 

 私が画面越しに両手を広げる。

 

「一緒に戦いましょうよ。『無関心』ていう強敵と!」

 

「お母さん方は、もう少しだけ子供と話す時間を作って。先生方の大変さも理解してあげて!」

 

「先生方は、保護者の不安な気持ちを受け止めてあげて。完璧じゃなくても、一生懸命やってることを伝えて!」

 

「そして子供達には、こう言ってあげて!」

 


 私の声が温かくなる。


 

「『あなたのことを、みんなで見守ってるからね』って」


 

 

 

 長い沈黙の後、一人の母親が立ち上がった。

 

「先生方……いつもありがとうございます。私たち、もっと協力します」

 

 すると、別の母親も立ち上がる。

 

「私も……子供ともっと話してみます」

 

 そして、後ろにいた若い男性教師が前に出てきた。

 

「保護者の皆さん、僕たちに……もっと皆さんの声を聞かせてください」


 

 しばらく沈黙していた佐藤会長が、顔を上げる。

 そして目に涙を浮かべながら、震え声で言った。


 

「YUICAさん、あなたを誤解してました……」


「たくさん失礼な事を言って……ごめんなさい」


「そして、ありがとうございました。私たち、間違ってましたね」

 

 

 私が優しく頷く。

 


「間違ってなんかいないわよ。ただ、方向が少しズレてただけ」

 

「子供を愛する気持ちは、みんな本物だから」

 


 会場に温かい拍手が響いた。


 

「最後にひとつだけ」私が付け加える。


「皆さん、今日の話……お家で子供達にもしてあげて。『大人達がどれだけあなたのことを大切に思ってるか』を」


 

「きっと、子供達も嬉しいから」



 

【説明会終了後】


 

 会場では、保護者と教師が握手を交わしている光景があちこちで見られた。


 さっきまで対立していたとは思えないほど、和やかな雰囲気になっている。


「YUICAさん、ありがとうございました」


 春木さんが感動した様子で画面に向かって頭を下げた。


「このような解決は初めてです。正直、どうなることかと思いましたが……」


「まさか、あんなに険悪だった方々が最後に協力を約束するなんて」


 私も正直、驚いていた。


 

「私も、こんな結果になるとは思ってませんでした」



 ——きっと、みんな不安なんだ。怖いんだ。

 

 


【翌日・各メディア報道】

 


 現場には様々なメディアの記者たちが居た。


 この日のやりとりが詳細な記事になり、メディアの意識も一変した。


 なにより、PTA会長の佐藤氏が会見を開き、YUICAをイメージキャラクターとして称賛したことが、世論を変える大きな後押しになった。


 テレビ画面には、昨日とは別人のように穏やかな表情の佐藤会長が映っていた。


『私たちは、YUICAさんを誤解していました』

『優しさだけでは変わらないこともあります。時には厳しい言葉も必要なのだと学びました』

『私たちはYUICAさんを通じて、教育への”無関心”という敵と共に戦う決意をしました』

『愛があれば、罵倒から救われる命もあると今は思っています』


 

 コメンテーターたちの論調も180度変わっていた。


『これぞ真の教育者の姿ですね』

『言葉の力を改めて実感させられました』

『YUICAさんの勇気ある行動に敬意を表します』


 

【田中家・リビング】


 

 私は呆然とテレビを見つめていた。


「すごいことになってるね、お姉ちゃん」


 ゆいが感慨深げに言う。


 スマートフォンには、セイラからのメッセージが届いていた。


『おまえ、本当に成長したな』

『アタシを倒した時とは、また違う強さを感じた』

『人を救う言葉の使い方、完璧だったぞ。参考にさせてもらうわ』


 ブタどもからのコメントも止まらない。


『お嬢様かっこよすぎブヒ!』

『マジで痺れたブヒ』

『これぞ真のお嬢様ブヒ!』

『保護者の人たち、最後泣いてたブヒ』

『言葉で人の心変えるとか神業ブヒ』


 

 私は深く息をついた。


 

「言葉って、本当に人を変えられるんだ……」


 

 今まで漠然と感じていたことが、確信に変わった瞬間だった。


 人生相談で救われる人たち。セイラとの友情。


 そして昨日の出来事。


 私の言葉が、確実に人の心を動かしている。


「でも」


 ゆいが突然真剣な表情になった。


「何?」


「お姉ちゃん、すごくつらそうだった」


 ゆいが私の手を握る。


「あんなに批判されて、一人で戦って……」


「でも最後はうまくいったじゃない」


「うまくいったから良かったけど」


 ゆいの目に、強い決意が宿っていた。


「二度とお姉ちゃんを、あんな批判の矢面に立たせたくない」


「ゆい……」


「お姉ちゃんは優しすぎるから、全部一人で背負おうとする」


「でもこれからは違う。お姉ちゃんを守るために、私がもっと積極的に動く」


 ゆいの声に、今まで聞いたことがない強さがあった。


「何か考えがあるの?」


「まだ具体的じゃないけど……」


 ゆいが窓の外を見つめる。


「お姉ちゃんが一人で戦わなくても済む環境を作りたい」


 私は妹の横顔を見つめた。


 ——ゆいも、成長してるんだな。

 ——私を守ろうとして、強くなろうとしてる。


「ありがとう、ゆい」


「当たり前だよ。私たち姉妹だから」


 ゆいが振り返って微笑む。


「でも、今回の件でわかった」

「Vtuberって仕事がとてもリスキーだってこと。やっぱ出版社からのオファーをうけるよ」


 そういって私は立ち上がる。 

 

「うん、心の安定って大事だよ」


 ゆいが微笑む。

 

 そこで私は、ある課題を思い出した。

 

「そういえば最近、登録者数が前みたいに伸びなくなったよね」

 

「だねぇ。この件で数万人は増えてるけど、前みたいな勢いはないねぇ」

「お姉ちゃんには、そろそろ人生相談以外の新しい武器が必要かもしれない」


「新しい武器?」


「言葉の力を、もっと強く、もっと遠くまで届ける武器」

「それがなんなのか、まだわかんないんだけどね」



 ゆいの言葉が、妙に心に残った。

 


 ——新しい武器……


 ——確かに、私の認知度がもっと高ければ、今回の炎上を防げていたかもしれない。


 ——人生相談だけでは限界があるのかもしれない。



 この時はまだ知らなかった。


 この日のゆいとの決意が、私たちを全く新しい世界へと導くことになるとは。



(つづく)


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