23「モンスターペアレンツ vs YUICA」※追加
【翌日・午前10時・田中家】
私はバイトを休んで、ゆいと今後の対策を練っていた。
その時、ゆいのスマートフォンが鳴った。
文科省の春木さんからだった。ゆいがすぐにスピーカーをモニタにする。
「はい、田中です」
『おはようございます。実は……急遽、保護者説明会を開催することになりまして』
「説明会ですか?」
『はい。PTA会長を中心とした保護者の方々からの強い要望で……』
ゆいの表情が曇る。隣で聞いている私も嫌な予感がした。
『キャンペーンについて、きちんと説明する場を設けろということで』
「それで、状況は変わりそうなんですか?」
『正直に申し上げますと……』
春木さんの声が弱々しくなった。
『ここできちんと理解していただければ、この炎上も収まるかもしれません。でも……』
「でも?」
『望みは薄いです。かなり強硬な反対派が集まる予定で……』
私は黙って聞いていたが、もう我慢できなくなった。
ゆいからスマートフォンを受け取る。
「春木さん、YUICAです」
『YUICA様!申し訳ありません、このような事態になってしまって』
「春木さん、その人たちを本当に説得する自信がありますか?」
『それは……』
長い沈黙があった。
『精一杯やってみますけど、正直、望みは薄いです』
「わかりました」
私は決意を込めて言った。
「私が直接話します」
『え?』
「会場にモニターを用意してください。YUICAとして、堂々と話をします」
『でも、それは危険すぎます。きっと集中攻撃を……』
「構いません」
私の声が強くなった。
「逃げてばかりじゃ、何も変わらない」
『YUICA様……』
「準備をお願いします。私は、私の言葉で話します」
『わかりました。すぐに準備を始めます』
電話を切った後、私はソファに座り込んだ。
——本当に大丈夫なのか。
——でも、もう後には引けない。
その時、スマートフォンにDMの通知が来た。
セイラからだった。
『おい、今朝のニュース見たぞ。大丈夫か?』
私は返信した。
『今日、保護者説明会で直接話すことになった』
すぐに返事が来た。
『は?直接って……まさか会場に行くのか?』
『モニター越しだけど、YUICA として話す』
『バカか!集中砲火浴びるぞ!』
セイラの心配が伝わってくる。
『でも、黙ってたら何も変わらない』
『おまえ……』
少し間があった。
『アタシが止めても無駄だろうな』
『うん、やると決めたから』
『……そうか』
また間があった。
『なら、せめてこれだけは覚えておけ』
『何?』
『おまえは間違ってない。どんな結果になっても、それだけは忘れるな』
胸が熱くなった。
『ありがとう、セイラ』
『おまえなら、何かを変えられるかもしれない』
『そう思う?』
『ああ。だからやってみろ』
そして、最後にこんなメッセージが来た。
『どんな結果になっても、アタシはおまえの友達やめないからな』
涙が出そうになった。
『……ありがとう』
『戦ってこい、地雷姫!』
そのハッパに、私は決意を新たにした。
——行こう。私の言葉で。
【学校説明会会場】
「皆さん、初めましてYUICAです」
壇上に置かれたLEDスクリーンに私が立つと、ざわめきが一瞬止まった。
PTA会長の佐藤さんが不満そうに口を開く。
「あの、校長先生。なぜこのような方が我々の前に?」
「本日は、皆様の誤解を解くために。今回のキャンペーンでご協力いただいているYUICAさんをお招きしてます」
会場がどよめく。
「冗談じゃありません!」佐藤会長が立ち上がった。
「このような、その……バーチャルな存在が、我々の大切な子供たちの教育に関わるなんて!」
「そうよ!」「子供に悪影響よ!」「不健全だわ!」
——いきなりこれか。
私は深呼吸して、冷静を保とうとした。
「校長先生!どういう経緯でこのような人を起用したのか説明してください!」
佐藤PTA会長が立ち上がり、資料を机に叩きつけた。
「なぜ事前相談もなしに、下世話な……得体の知れない人物を子供達の前に立たせるんですか!」
——得体の知れない……
私の眉がピクリと動いた。
「佐藤さん、落ち着いて……」校長が宥めようとする。
「落ち着いてなんかいられません!」
佐藤会長の隣に座っていた母親たちも次々と立ち上がる。
「そうよ!Vtuberなんて、子供に悪影響しかないじゃない!」
「ゲームばっかりやってる不健全な人でしょ!」
「うちの子がマネしたらどうするの!」
——まだ私の話も聞いてないのに……。
私の拳が、少しずつ握られていく。
校長が汗を拭う。「皆さん、YUICA様は健全な活動を......」
「健全?」佐藤会長が鼻で笑う。
「画面の向こうで正体も明かさず、子供達を騙してお金を稼いでる詐欺師じゃないですか!」
——詐欺師……だと?
私の心臓が早鐘を打ち始めた。
「それに」別の母親が続ける。
「最近の文科長の怠慢も酷すぎます!こんな企画を通すなんて、教育者としての責任感があるんですか!」
「そうよ!」「給料泥棒よ!」「税金の無駄遣い!」
口々に教師陣を罵倒する声が上がる。
——教師の人たちまで……
担当の春木さんが震え声で言う。
「あの、子供達の情報教育の一環として...」
「情報教育?」佐藤会長が嘲笑う。
「こんなバーチャルな虚像に何を学べっていうんですか!現実逃避の方法ですか?」
「虚像?......」
そのあまりに酷い言葉に、おもわず声が出た。
「そうよ偽物よ!」取り巻きの一人が叫ぶ。
「顔も出さない、正体も明かさない!そんな卑怯者の何を信用しろっていうの!」
——卑怯者……
私の呼吸が荒くなってきた。
「第一、こんな人にギャラを払ってるんでしょ?私たちの税金で!」
「そのお金があるなら、もっと子供達のために使うべきでしょ!」
校長達が必死に弁明する。
「いえ、このプロジェクトには企業のスポンサーが……」
「企業?」佐藤会長の目が血走る。
「まさか、学校教育を金儲けの道具に使ってるんですか!」
「校長!あなた、業者から金もらってるんじゃないの!」
「とんでもない!そんなことはありませんよ!」
「嘘おっしゃい!じゃなきゃこんな馬鹿げた企画、通るわけないでしょ!」
若い女性教師が涙ぐみながら言う。
「私たちは本当に子供達のことを考えて……」
「考えて?」佐藤会長が振り返る。
「あなたたち、いつも責任逃れしかしないじゃない!」
——この人たち……先生たちを何だと思ってるの?
私の怒りが、だんだんと燃え上がってくる。
「うちの子が宿題できないのも、友達とケンカするのも、全部『家庭の問題』って言って逃げるくせに!」
「そうよ!」「給料もらってるなら働きなさいよ!」「私たちの時代の先生はもっと厳しかった!」
春木さんが反論しようとする。
「でも保護者の皆さんも、先生が厳しくすると『体罰だ』『うちの子は悪くない』って……」
「何ですって?」佐藤会長が激昂する。
「それは先生の指導力不足でしょ!上手に指導すれば済む話じゃないですか!」
「できないなら教師辞めればいいのよ!」
「税金泥棒!」「無能!」「恥知らず!」
教師陣への罵声が次々と飛ぶ。
そして矛先が私に向かう。
「それに、このVtuberも!」
「あなたのような人たちはね!子供達に悪影響しかないの!」
佐藤会長が私を指差す。
——もう限界だ。
「見たこともないくせに」
私は小さく、しかしはっきりと呟いた。
「何ですって?」
怒りを抑えた冷静な低い声で、私は静かに反論を始めた。
「見たこともないくせに、よくそんな批判できますね」
「見る必要なんてありません!そんな低俗なもの!」
「低俗?」
私の声がさらに低くなる。心臓が激しく鼓動している。
「そうよ低俗よ!どうせ画面の向こうで甘えて媚びて、男性視聴者から金を巻き上げてるんでしょ!」
「まるで水商売じゃないですか!そんな人が教育に関わるなんて、子供達が可哀想よ!」
——水商売……
私の拳が小刻みに震え始めた。
「それに」別の母親が続ける。
「最近の子供達、現実と仮想の区別もつかなくなってるのよ!こんな偽物を本物だと思い込んじゃって!」
「そうよ!うちの子なんて、Vtuberの真似して変な喋り方するようになったのよ!」
「気持ち悪いったらありゃしない!」
——気持ち悪い……
私の表情が一瞬歪んだ。血管に氷水が流れ込んだような感覚。
「あの」春木さんが弱々しく言う。
「でも子供達、とても楽しそうに……」
「楽しい?」佐藤会長が鼻で笑う。
「麻薬だって楽しいでしょうね!でもそれが教育になるんですか!」
「現実逃避を教えてどうするんですか!」
「子供達には、もっと真面目に勉強させなきゃダメなのよ!」
——現実逃避……私が?
私の心の中で、何かが燃え始めた。
そして、トドメの一撃が放たれた。
「こんな人間未満みたいな虚像に、私たちの大切な子供達を任せられるわけないでしょ!」
——人間……未満?
その瞬間、私の中で何かが完全に爆発した。
36年間溜め込んできたすべての怒り、悔しさ、理不尽への憤りが、一気に噴き上がってくる。
私は画面越しに、佐藤会長をまっすぐ見据えた。
「......はあ?」
その声は、今まで誰も聞いたことがないほど低く、冷たく、そして恐ろしい響きを帯びていた。
会場が一瞬、静まり返る。
私の目が、キラリと光った。
——虚像?
——現実逃避?
——人間未満?
私の口元に、ゆっくりと笑みが浮かんだ。
それは、今まで配信で見せたことがない、危険な笑みだった。
——あなたたち、本当に罵倒されなきゃ、変われないのね。
私は立ち上がった。
画面越しでも、会場全体に威圧感が伝わるほどの、圧倒的な存在感を放ちながら。
(つづく)
——次回「36歳独女、批判者たちを無双する」




