02「世紀の罵倒Vtuber爆誕」
「あ、あの!もう終了したいんですけど!?」
私は画面に向かって必死に助けを求めた。
三十六年の人生で、こんなに焦ったのは就職活動以来である。
いや、それ以上かもしれない。
『YUICA♡ちゃん大丈夫ですか?』
『終了ってまだ開始したばっかりじゃん……』
『なんかやっぱ変じゃね?』
――まずい!このままだと妹じゃないってバレる!
緊急事態だ。終了の仕方がわかるまでは、YUICA♡(妹)の真似をするしかない。
自己問題:三十六歳独女が二十九歳フワモテ美女の真似をする方法は?
答え:知ってたらこうなってないわ!!
「えーっと……み、みなさん、こんばんはぁ♪」
出た。人生最高クラスの作り声である。
自分で言っておいて鳥肌が立った。これが恥ずかしくて死ねるってやつか。でも背に腹は代えられない。
『あ、いつものYUICA♡ちゃんっぽくなった?』
『でもまだ何か違和感が……』
『マイク変えた?機材が変わったのかな?』
よし、とりあえず誤魔化せた!……と思いたい。
でも状況は全然改善していない。
どころか、コメントがどんどん増えてくる。
『YUICA♡ちゃん、今日は何して遊ぶの?』
『ゲーム配信はやめようね、下手なんだから』
『ファンサして!』
『もっと顔近づけて!』
【スパチャ:300円】
『メッセージ:ねえ、甘えた声で話して』
おおぉぉ……これがスパチャ?へえコメントの色が変わるんだ。
ていうか甘えた声だと?
――ん?甘えた声ってどんなんだよ!
三十六歳独女の甘声が聞きたいのか?こいつは!?
内心で絶叫しながらも、私は必死に対応する。
「えーっと……みなさん、今日もありがとうございます……」
ぎこちなくウインクをしながら、自分史上最高のつもりの甘い声で何とか乗り切ろうとするが、コメントの要求はエスカレートしていく。
『お兄ちゃんって呼んでください』
『もっと可愛くお願いします』
『俺のこと好きって言って』
――は?お兄ちゃん?好きって言え?
何なんだこの人たち。
こちとら三十六歳ぞ。私の方が年上の可能性すらあるのに!
それとも全員40過ぎたおっさんなんか?何を言ってるんだ。
でも……まさか姉だとバレるわけにはいかない。
私は心を鬼にして、人生最大級の恥を晒すことにした。
「お……お兄ちゃん……」
――うわああああ!言っちゃった!三十六歳独女が「お兄ちゃん」って言っちゃった!
口から出る言葉が気持ち悪すぎて、マジで吐きそうになる。
でも、チャットは盛り上がっている。
『きたー!』
『YUICA♡ちゃん最高です!』
『なんかいつもより色気あるね!』
視聴者数もグングン上昇中。30人……50人……80人……
――おい、おいおい。ちょっと待て。
今だに同接100人に届かないって妹は嘆いていなかったか?
現在……140人
二年かけても到達できなかった数字に届いちゃったんですけどぉ!?
複雑すぎる気分になっていると、コメントがさらに酷くなってきた。
『胸見せてください』
はあ?アバターの谷間を見せろと?
『パンツの色教えて』
え?履いてるんかそもそも。
『もっと色っぽい声で』
『俺のために脱いでよ』
――ちょっと待てよオイ!
私の顔が青くなっていく。アバターも同じように青ざめているのが画面に映っている。
これは……これは一体何なんだ。
こんなことを妹は二年間も我慢していたのか。毎日毎日、こんな気持ち悪いコメントに愛想笑いをしていたのか。
『スパチャ欲しいなら特別なサービスして』
『今度会わない?住所教えて』
【スパチャ:500円】
『メッセージ:金払ってるんだからもっとやれよ』
――金払ってる?は?何様だこいつ……
フラストレーションが体の底から湧き上がってくる。
そして手がプルプル震えててきた。
我慢しろ、我慢するんだ田中美咲!三十六年間真面目に生きてきた(当社比)お前の理性を見せろ!
『脱げよブス』
――理性?我慢?
何それ、美味しいの?
「はあ?」
三十六年間、長女として積み重ねてきたフラストレーション。
真面目であるべき、妹の模範でいるべき。
そんな実直な性格ゆえの、禍々しいストレスが、ここでついに爆発した。
「気持ちわりぃな……何様だよ、ままえ」
『え?』
『YUICA♡ちゃん?』
『どうしたん?』
チャットが一瞬静まり返る。でも、私はもう完全にキレていた。
「好きって言え?おまえのどこにそんな要素あんの?」
『ひどい……傷つくだろ!」
「うるさい!しねブタ!」
『YUICA♡、ちょっと落ち着こう』
「うるさい!ほんとぶっ飛ばすよ!」
――あ、キレちゃった。
三十六年間溜まっていた、会社での理不尽、人生での理不尽、恋愛市場からの理不尽な排除。
全てが今、この瞬間に溢れ出てしまった。
いまさら「キレてないっす」ってギャグかましても遅いよね。
もういいや、もうどうでもいい!
やったものはしょうがない!ごめん妹よ!
すると……
『YUICA♡お嬢様!もっと罵って』
『むしろありがとうございます!』
『もっと罵倒してください!』
『なんかこっちのほうがイイ!』
『新型のVtuberきたー!』
え?
チャットが歓喜のコメントで埋め尽くされていく。
視聴者数も爆発的に増加している。
150人……300人……500人……800人!?
『清純派からのドS系Vtuber誕生』
『みんな祭りだ!鳩とばせ!』
『悪役令嬢Vtuberか、売れそう』
『いままでとのギャップがたまらないだが!』
――なんで!?なんで喜んでるの!?
私は画面を見つめながら、完全に理解の範囲を超えた状況に置かれていた。
「ねえ、静かにしないと、配信おわるからね……」
素直すぎる疑問が口から出る。
すると、さらにチャットが大盛り上がり。
『その困惑した顔も最高です』
『天然の毒舌お嬢様』
『お嬢様、今宵はありがとうございます』
視聴者数は1000人を突破していた。
――妹が目標に掲げ、どうにも達成できなかった数字を、開始1時間で。
そして、私は愕然とした。
なんてことをしてしまったんだ。
ゆるせ、妹よ、
でも……ちょっとだけ、爽快だった。
(つづく)
――次回「罪悪感で胃痛が止まらない!?」