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19「コンビニの諸葛孔明」※追加

 鳳凰院セイラとの決戦から2週間が過ぎた。


 アルバイト先の出版社へ向かう通勤電車の中で、私はもの想いにふけっていた。


 あれから登録者数の増加ペースはかなり落ち着いてきて今は105万人で安定している。


 ただ企業案件の依頼も順調に来ていて、月収はもう普通のサラリーマンを余裕で超えてしまった。

 ここ10年、フリーターとなって底辺を這いずり回っていた私には、まるで夢のような状況だった。


「なんか、これが普通になっちゃうのかな……」


 スマートフォンで登録者数を確認する。数字は相変わらず心地よい。

 でも慣れって怖いもので、最初の頃のような感動は薄れてきている。


「出版社のアルバイトも、そろそろ辞めるタイミングかも……」


 これが数週間前なら考えられない発想。

 人間って、本当に贅沢な生き物だよね。




【朝7時30分・出版社近くのコンビニ】


 いつものように朝食のサンドイッチとコーヒーを買いに、コンビニに寄った。


 レジには、まだ幼さの残る男性店員が立っている。大学生のアルバイトだろうか。


 私がサンドイッチを選んでいると、後ろから大きな声が聞こえてきた。


「おい!俺の弁当はどこだ!」


 振り返ると、40代後半くらいの中年男性が、弁当コーナーを物色していた。


「申し訳ございません、どちらの商品でしょうか?」


 店員の青年が駆け寄る。


「いつものやつだよ!俺がいつも買ってる唐揚げ弁当!」


「あ、申し訳ございません。唐揚げ弁当は売り切れてしまいまして……」


「売り切れ?ふざけんなよ!」


 男の声が急に大きくなった。


「申し訳ございません。お近くの他店舗でしたら、まだ在庫があるかもしれませんが……」


「はあ?」


 男の顔が真っ赤になった。


「この店に来るなって言いたいのか?そうなんだろ!」


「え、いえ、そんなつもりでは……」


「俺を追い出したいんだろ!客を馬鹿にしやがって!」


 ——え?何この理論展開。


 私は眉をひそめた。明らかにおかしな言いがかりだ。


「お客様、そのような意図は全く……」


「うるせー!お前の態度が気に入らないんだよ!」


 そう叫びながら、男が弁当の商品棚を叩いた。


「だったらお前がこの店辞めて出ていけよ!」


「え……?」


 店員の青年が困惑している。


「お前が来るなって言ったんだから、会いたくないならお前が辞めろ!俺はこの店を使わなきゃいけないんだから!」


「いや、僕にも生活があるので、そういうわけにはいきません……」


「生活?知るかよ!」


 男がさらに声を荒げる。


「じゃあ俺に100万円を返金しろ!」


「え?」


「今まで俺がこの店で使った金額を返せ!100万は使ってるぞ!」

 


 ——100万?このコンビニで?絶対嘘でしょ。


 

「申し訳ございませんが、そのような……」


「返せないのか?だったら慰謝料として100万寄越せ!」

 


 ——この客、無茶苦茶だ。まさにカスハラ。



 今までの私だったら、そそくさと店を出て関わらないようにしていたと思う。


 でも、YUICAとして生きるようになって、性格まで少しずつ変わってきたのかもしれない。

 

 

 ——この理不尽を、見過ごせそうにない。



 私は商品を持ってその場に向かった。



「すみません」



 男に声をかけた。


「あ?なんだよ、おばさん」


 ——おばさん、ね。あんたの方がどうみても歳上でしょうが。


 私の中で、何かがプチンと音を立てた。


「今のやりとり、聞かせてもらいましたけど」


「はあ?関係ねーだろ」


「大ありです」


 私は男を見据えた。


「まず、商品が売り切れなのは店員さんのせいじゃありません」


「は?何だよそれ」


「当たり前の話です。商品がないのに怒鳴るのは筋違い」


「でもあいつが『他の店に行け』って言ったんだぞ!」


「『他店舗にあるかもしれません』という提案ですよね。追い出してなんかいません」


 私は冷静に答えた。


「それを『追い出された』と解釈するのは、あなたの勝手な思い込みです」


「思い込みだと?」


「そうです。被害妄想ってやつですね」


 男の顔が青くなった。


「それに『お前が辞めろ』って、あなたに人事権でもあるんですか?」


「それは……」


「ありませんよね。ただの客が、店員に『辞めろ』なんて言う権利はない」


 私は続けた。


「そして100万円の話」


「あ、それは……」


「まず、あなたがこの店で100万円使ったっていう証拠はありますか?」


「証拠って……」


「レシート、購入履歴、何でもいいです。証拠を出してください」


 男がオロオロし始めた。


「出せませんよね。嘘だから」


「嘘じゃない!」


「じゃあ証明してください。できないなら嘘です」


 私は男に近づいた。


「そして最後の『慰謝料100万円寄越せ』」


「それは……」


「これ、立派な恐喝ですよ」


 男の顔が真っ青になった。


「恐喝って何だよ」


「根拠なく金銭を要求するのは恐喝・脅迫です」


 私は店内を見回した。


「皆さん聞いてましたよね?この人が店員さんに『100万円寄越せ』って言ったの」


 店内の客たちが頷いている。


「つまり、あなたは今、大勢の証人がいる前で恐喝をしたんです」


「ちょ、ちょっと待てよ……」


「警察呼びましょうか?」


 私はスマートフォンを取り出した。


「脅迫罪、恐喝未遂で被害届出せますよね」


「やめろ!やめてくれ!」


 男が慌て始めた。


「やめてほしかったら、店員さんにちゃんと謝ってください」


「で、でも……」


「『でも』じゃありません。あなたが100%悪いんです」


「商品がないからって店員を怒鳴って、辞めろと言って、最後は金を要求する」


「これのどこに正当性があるんですか?」


 男が完全に黙り込んだ。


「今すぐ謝るか、警察を呼ぶか、どちらがいいですか?」


 しばらく沈黙が続いた。


 そして、男が小さな声で言った。


「……すみませんでした」


「誰に対してですか?」


「店員さんに……本当にすみませんでした」


 店員の青年が、ホッとした表情を浮かべた。


「はい、ありがとうございました」



 男は頭を下げた後、逃げるようにドアに向かった。


「ちょっと待って」


 私が声をかけると、男が振り返った。


「まだ、なんかあんのかよ……?」


「さっき『いつもの弁当』って言いましたよね」


「……それが何だよ」


「毎日同じ時間に、同じ弁当を買いに来てるんですか?」


 男が少し警戒したような顔になった。


「そうだよ、それがどうした」


 私は静かに言った。


「毎日同じルーティンを続けてると、それが乱れるだけでも辛いですよね」


「……何が言いたいんだ」


「今日はいつもの弁当が売り切れだった。それだけでこんなに怒ってしまうほど、疲れてるんじゃないですか?」


 男の表情が微妙に変わった。


「いま仕事、すごく忙しいんでしょう?」


「……なんで分かる」


「朝の7時半に弁当を買いに来るってことは、かなり早い出勤ですよね」


 私は続けた。


「そして『100万円使った』なんて大げさなこと言うのは、お金のことで余裕がないから」


「別に……」


「大丈夫ですよ。誰でも疲れてイライラすることはあります」


 男が少し肩の力を抜いた。


「でも、八つ当たりする相手を間違えちゃダメです」


「……そうだな。わかってる、わかってんだ俺も」


「この店員さんも、あなたと同じように毎日頑張ってる人ですから。むしろ同志ですよ」


 男が店員の青年を見た。


「お兄ちゃん、すまなかった。本当にごめんな」


「いえ、大丈夫です」


 青年が優しく微笑んだ。


 男が私を見た。


「あんた……なんか、厳しいけど優しいんだな」


「優しくないです。ただの36歳の毒舌女ですよ」


 それを聞いて、男が初めて小さく笑った。


「まだ36歳か……おばさんとかいって悪かった」


「お互い、頑張りましょうね」


 すると男が深く頭を下げて店を出て行った。


 その背中は、さっきよりもずっと軽やかに見えた。



「ありがとうございました!本当に助かりました!」


 店員の青年が深く頭を下げた。


「いえいえ、当然のことですから」


 私が商品の会計を済ませていると、後ろから上品な声がかけられた。


「見事な舌戦でしたわね」


 振り返ると、40歳くらいで知的な印象の女性が立っていた。

 高級そうなスーツを着ている。


「はい……どうも」


「まるで諸葛孔明が呉の群臣を論破した『舌戦群儒』を見ているようでした」


 ——それ三国志?何言ってんのこのひと。


「え、あの……」


「特に、相手の論理の破綻を一つずつ指摘していく手法が見事でした」


 女性が興味深そうに私を見つめる。


「脅迫という犯罪行為まで指摘して、完全に相手を追い詰める」


「まさに諸葛亮の舌戦を現代に再現したかのようでした」


「あ、はあ……」


「それにしても、あなたって。まるで今話題のVtuberみたいですわね」


「Vtuber……ですか?」


 まずい、身バレする?私の心臓が跳ねた。


「ええ、YUICAという方をご存知?あなたと同じような感じで、理不尽な人を論破するのが得意な配信者なんです」


「あ……は、はあ……」


「彼女の影響力はすごいわね。こんな風に、現実でも同じような正義感のある方が現れるなんて」


 女性が感慨深げに言った。


「もしかして、あなたも彼女のファンでいらっしゃるの?」


「い、いえ……そんなことは……」


 私は慌てて否定した。


「そう?でも本当に似ていらっしゃるのよ。論理的な組み立て方と、最後の決定打の入れ方」

「そして彼女も、最後に敵さえも救うんです……まさに今に蘇る諸葛孔明ね」


 ——例えがおかしい。しかもコンビニに諸葛孔明はいないでしょ。

 

「YUICAも、きっとあなたのような方なのでしょうね」


 女性が私をじっと見つめた。


「失礼ですが、あなたはお仕事は何を?」


「あ、近くの出版社で……アルバイトを」


「近くの出版社!それは興味深いですわね」


 女性の目が急に輝いた。


「こんな人材が、まだ埋もれていたなんて……」


「え?」


「いえ、こちらの話です」


 女性が立ち去る際に振り返った。


「素晴らしいものを拝見させていただきました。きっとまたお会いできるような気がします」



 私はコンビニを出てアルバイト先に向かった。

 

 ——なんだったんだ、あの人。


 妙に三国志に例えてくるのが気になったけど。もしかして出版関係のひと?


 ——「きっとまたお会いできる」って、どういう意味だろう。


 

 この時、美咲の思いもよらないところで、大きな歯車が回り始めようとしていた。



(つづく)









お読みいただき、ありがとうございます!

第1章に続き、第2章にもお付き合いいただけること、本当に嬉しく思います。


美咲とゆいの姉妹、そしてセイラとの友情が描けたことで、第1章は一区切りつけることができました。たくさんの温かいコメントやブックマーク、本当にありがとうございました。


さて、第2章『歌ってディスって世界を救う』では、美咲が新たな表現の武器として「歌」に挑戦していきます。ただし、ただの歌ではないです。

彼女の持ち味である毒舌と洞察と救い。を歌にのせて進化する新しい試みです。

たぶん、Vtuberものはおろか、ネット小説でも試した人はいなんじゃないかな……


ストーリーや組み合わせの意外性は本作の肝でもあるので、実験的な試みにどうぞおつきあいください!


ただ、ここで一つお知らせがあります。

これまで毎日更新を心がけてきましたが、第2章、第3章とつづく長編となる予定で、また新しい分野を丁寧に描くためも、より丁寧にクオリティを保ちたいと考えています。


そこで、今後は月・水・金の週3回更新を基本とさせていただきます。


読者の皆さまには更新頻度が下がることでご迷惑をおかけしますが、

その分一話一話に込める密度を上げ、姉妹の成長と冒険をより魅力的に描いていきたいと思います。


引き続き、36歳独女の新たな挑戦を見守っていただければ幸いです。


それでは、第2章もどうぞよろしくお願いします!

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