18「完璧じゃなくても、生きていける」【第一部最終話】
【同接85万人】(日本記録更新中)
「それでは……結果発表です」
司会が震え声で続ける。
同接人数がすでに、日本記録を更新。
多くの視聴者が息を呑む。
画面に、ゆっくりと数字が表示された。
鳳凰院セイラ:425万人 → 450万2千人(+25万2千人)
YUICA♡:56万人 → 83万7千人(+27万7千人)
YUICA +2万5千人。
【沈黙の瞬間】
その瞬間、配信は完全に静まり返った。
80万人が、一斉に息を止めた。
私も、艦長も、言葉を失っていた。
「勝者……YUICAーーーーーーーーーーーーー!!」
ファンファーレが高々と鳴り響く。
私の映る画面を、キラキラと紙吹雪のエフェクトが舞う。
まさか——勝った?私が?
——本当に勝ってしまった。
【配信爆発】
その静寂を破って、突如配信が爆発した。
『うわああああああああ』
『やったああああああ』
『お姉様ああああああ』
『奇跡だああああ』
『信じられない』
『36歳独女の逆転劇』
『史上最大の番狂わせだーーー!』
『マジで勝っちゃった』
『歴史が変わった瞬間』
『お姉様万歳!!!!』
『艦長ファンだけど感動した』
『両方とも最高だった』
『これが本当のVtuberだ』
そのコメントの嵐に、私の意識が現実に引き戻された。
——そうだ、これは現実なんだ。
勝利の実感が、ゆっくりと心に染み込んでくる。
でも、まだ信じられない。
36年間、何をやってもダメだった私が。
——日本一に、勝った。
艦長は画面を見つめたまま、微動だにしない。
その横顔に、私は複雑な感情を抱いた。
私は、この人の孤独に共感してしまった。
——だから、戦いの中で笑って欲しかった。
でもこの勝利が、彼女が5年間かけて築いてきた
大切な何かを奪ってしまうかもしれない。
静寂が、永遠に続くような気がした。
【見守るゆい】
——お姉ちゃんが勝った。
——本当に勝っちゃった。
ずっと自分を否定し続けてきたお姉ちゃんが。
でもお姉ちゃんは、この勝利を心から受け入れられるのかな。
——だってお姉ちゃんは優しすぎるから。
ゆいは小さく呟いた。
「お姉ちゃん……」
----------------
——この戦いで、私は何を得たんだろう。
数字?名声?
違う。
もっと大切なもの。
——鳳凰院セイラという人間と、丸裸で、全力で戦えたこと。
——36年間見ようとしなかった、自分の素顔。
——そして、ブタどもとの、かけがえのない絆。
『お姉様ああああ...うえええん』
『おれら底辺の星だあああ』
『人生変わった...本当に変わった』
『踏まれて本望...感動で死にそう』
『汗でで画面が見えないブヒ』
『もう何も言えない...ただ泣いてるブ』
『ブタでよかった...本当によかった...』
彼ら、彼女らが涙を流しているのが、コメントからも伝わってくる。
まるで自分のことのように喜んでくれてる。
完璧じゃない。失敗だらけ。36歳の喪女。
——私はずっと、私が嫌いだった。
ありがとう。アナタたちのおかげで……
——少しだけ、自分を好きになれた気がする。
【銀河歌劇艦隊・応援配信】
古谷部長はじっと画面をみつめていた。
「艦長が負けた……」
ルナが呟く。
「うん、負けちゃったです……」
でも、その声に悲しみはなかった。
アマネが画面を見つめながら言う。
「でも艦長、すごくいい顔してましたよね」
「本当に楽しそうに戦ってた」
コハクが涙を拭う。
「艦長の……こんなに人間くさい戦い、初めて見たかも」
古谷部長も目を赤くしている。
「5年間、ずっと一人で重いもの背負ってたんだな。なんで俺はもっと早く、それに気づいてやれなかったんだ」
「艦長が負けたのに、なんで嬉しいんだろう」
司会:
「いやあ、まさかの番狂せが起きましたね」
天知ひかる:
「ここにいる誰もが、勝ち負けでなく両者を讃えてる……いやあ素晴らしい光景です」
「ただ、デビュー以来、ずっと先頭を走ってきた艦長にとっては、縛りプレイとはいえ初めての敗北……」
「僕も表現者なので分かりますけど、心中は穏やかじゃないかもしれないですね」
「2万5千人の差……」
艦長がつぶやく。
——負けた。完璧に負けた。
でも、不思議なことに、心は軽かった。
5年間背負い続けてきた重圧が、音を立てて崩れ落ちていく。
——もう、完璧でいなくてもいいんだ。
——もう、一人で戦わなくてもいいんだ。
「やられたよYUICA……完敗だわ」
でも、その言葉には不思議な清々しさがあった。
——何年ぶりだろう、こんなに軽やかな気持ちは。
——全力で戦って、全力で負けた。
——ここまでやってこれたんだ。もう、それでいいじゃないか。
「これで、我も……いやアタシも……自由になれた気がするよ」
鳳凰院セイラが静かに言った。
「もう……なんも残ってない。本当に燃えカスになっちまった」
「……ありがとう艦長。全力で戦ってくれて」
——それは私の本心だった。
この人にはリスクしかなかったのに。
新人で素人の私を相手に、本当に全力でぶつかってくれたことに感謝の気持ちしか湧いてこない。
「さて……」
艦長が立ち上がり、ゆっくりと画面を見つめた。
その顔には、悲壮感はなく、むしろ清々しさがあった。
「約束どおり、我は今日から……」
「YUICA♡の配下になる」
「え?」
「今後、銀河歌劇艦隊の艦長を退いて、後輩に託す」
配信が再び騒然となった。
『え?え?え?』
『日本一がYUICA♡の配下に?』
『あの約束ってネタじゃないの?』
『おいおい業界に激震どころじゃないぞ』
私は慌てた。
「ちょっと待ってよ!」
——艦長が私の配下?
——そんなの、おかしすぎる。
「約束は約束だ。いまさら反故にするつもりはない」
(ゆいの視点)
「艦長……」
——この人も、お姉ちゃんと同じなんだ。
——本当の自分を愛してもらえるか、不安で仕方ないんだ。
——完璧でいることで、自分を守ってきたんだ。
お姉ちゃんは隠れることで自分を守った。
艦長は完璧になることで自分を守った。
——でも、どちらも同じ。
——愛されることへの、深い渇望と孤独。
(お姉ちゃん、どうか艦長を救ってあげて)
ゆいは無言で、小さく祈った。
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その時、艦長がおもむろに項垂れた。
「でも……モブ兵どもにだけは言っておきたい」
艦長の声が震えている。
「ごめん、本当にすまない」
「5年間守ってきた完璧仮面をぶっ壊して、裸で斬り合った」
「それなのに、無様に負けてしまった」
——5年間、完璧であり続けた我が。
——設定を捨てて、素の自分を見せてまで戦ったのに完敗した。
——こんな結末で本当にごめん。
「あはは、なにが日本一だよ。ダセェよな、笑えるよな」
「もう……お前らに合わせる顔がないよ」
——完璧な仮面。それこそがアタシの存在理由。
——それを捨てて負けた今、もう何も残らない。
——存在する意味もない。
「いつも偉そうにしてんのに、こんな弱くて。さすがに愛想尽きたよな……モブたち」
鳳凰院セイラは、画面に向かって頭を下げ目を閉じた。
声に、深い悲しみが込められていた。
配信が静まり返った。
しかし、すぐにコメントが動き始める。
『愛想つきた?舐めんじゃねーぞ』
『俺らをなんだと思ってんだ』
『あんたのこと一生推すためにこの艦に乗ってるんだよ』
『負けて泣くお前も含めて推してんだよ、バカ艦長』
『完璧じゃない艦長の方が百倍いいわ』
『今日のお前、最高にかっこよかったぞ』
『これでやっと人間になったな、おかえり』
『5年間、ずっと見てきた。お前が一人で苦しんでるの、知ってたよ』
『あんたのこと、一度も完璧だなんて思ったことねえし!』
『むしろいい顔してたじゃん、よかったよ』
『なんにも変わんないよ、勝手に絶望してんじゃねえぞ』
艦長の目に、大粒の涙が浮かんだ。
「お前ら……本当に……」
「なんで、こんなアタシについてくるんだ?」
声が震えている。
『決まってんだろ、愛してるからだよ』
『完璧な艦長も、ダメな艦長も、全部愛してる』
『5年間ありがとうな、そしてこれからも』
『お前がいたから、俺らも頑張れた』
『完璧じゃなくていい、素直でいてくれ』
「バカども……泣かせやがって……」
艦長が声を詰まらせた。
「ねえ、艦長」
私の口が、自分でも不思議なほど自然と開いた。
「なんか勘違いしてない?」
艦長が顔を上げる。
「みんな、アナタの作った幻想を愛してたんじゃないよ」
「その完璧仮面から透けて見える……」
私は少し間を置いた。
「……アナタっていう人間に、惚れてたんだよ」
艦長が目を見開く。
「だからアナタは、鳳凰院セイラは、日本一なんだよ」
私はそこで言葉を止めた。
後は、この人なら、自分で処理できる。
艦長の瞳に、ゆっくりと光が戻ってきた。
「でもさ、ひとつ言っていい?」
私は、自分でも驚くほど急に、罵倒モードにスイッチした。
「アンタなんて配下にしたくないんだけど!」
「え?……それってどういう」
艦長の顔は明らかに、今日一番のショックを受けている。
「なんで……?」
「だってどうみてもヤンデレだし、なんかめんどくさそうだし」
『ここでお嬢様の罵倒炸裂……』
『これよこれ、でも酷いw』
『感動的雰囲気ぶちこわしかよ!』
『なにこの空気読めない36歳』
『艦長のフラグ、叩き折ったぞこいつ』
『地雷原でタップダンスしてんのか』
急に騒がしくなったコメントをよそに私は続ける。
「配下にするのは嫌だけど……」
浮かんだ言葉を言うのが、急に恥ずかしくなった。
——それは36年間、一度も言ったことのない言葉。
——でも、今なら言える。
「あの……もしよかったら……」
心臓がドキドキしている。
「友達になってください」
その言葉が出た瞬間、私の人生が変わった気がした。
——友達。
——この人とは、対等でいたい。もっと話したい。
——それが私の本心だった。
配信が静まり返った。
艦長も、驚いたような顔をしている。
「え?友達……?」
「うん。友達になって」
私は頷く。
「あはは……おまえはなんなんだよ。本当に、まじで、面白すぎるだろ」
艦長が、ゆっくりと微笑んだ。
「しょうがないな」
慣れないのか、艦長は頬を赤らめながら言った。
「じゃあ……友達になってやるよ」
その瞬間——
『うわああああああああ』
『友達きたああああ』
『うは、YUICA♡面白すぎwww』
『人生で一番泣いてる』
『ババァ×ババァてぇてぇ』
『なんなのこの大団円』
『史上最強の友達誕生』
『もうおまえら結婚しろよ』
『てぇてぇなあ……この二人』
85万人の視聴者が、総立ちで感動していた。
「じゃあよろしく、友達」
私が手を差し出す。
「よろしくな、YUICA」
艦長が笑顔で手を握り返した。
——温かいな。
——これが36年間求めてきた、温もりか。
泣きながらその姿を見つめる妹、ゆいが、静かに呟いた。
「さすがだよ……やっぱお姉ちゃんは最高だ」
翌日——
世紀の決戦の結果をさまざまなメディア、ネットニュースが伝えていた。
「昨夜の配信、『鳳凰院セイラ vs YUICA♡』が同接80万人を記録——」
「日本Vtuber史上、最大の個人配信として記録されました」
「ネットメディアは“デジタル時代のジャンヌ・ダルク誕生”と報道」
「複数のテレビ局・出版社・映画会社が動き出している模様です」
「“36歳女性がネットで人生を変えた”という奇跡の逆転劇に、SNSでも感動の声が相次いでいます」
教育系コメンテーター
「努力や若さより、“本音と本気”が心を動かす時代になったのかもしれませんね」
「何歳でも、どこからでも、人は変われる。まさにそれを証明した夜でした」
老舗V事務所役員(業界内部)
「業界の不文律を破った二人が、完全にVの価値観をひっくり返したな」
「“キャラ”で売る時代から、“人”で勝負する時代へ。これは大きな転換点になる」
ニュース記事をみながら内心私は震えていた。
「とんでもないことをしでかした」と今さならがらに実感が積もっていた。
その時、私のスマートフォンに、メッセージが届いた。
『今度、リアルで会わないか?普通に焼肉でも食いながら話そうぜ。セイラより』
私は微笑んで返信した。
『いいわね。でも奢りなさいよ、日本一なんだから。YUICA♡より』
『おまえの方が歳上だろ!このクソ陰キャ!最低の友達だな。まあ奢ってやろう。セイラより』
ゆいが隣で笑っている。
「お姉ちゃん、なんか雰囲気変わったよね」
「そう、かな……」
私は窓の外を見つめる。
「36年間隠れてきたけど……やっと、本当の自分になれた気がする」
——だってもう、一人じゃない。
画面には、100万人の登録者数が表示されていた。
思ったほど感動はない。
なぜなら、数字よりも、もっと大切なものを得たからだ。
完璧じゃない私の物語は、まだ始まったばかりだ。
次回——新たな展開へ
---------あとがき-------------
いつも応援ありがとうございます。
ようやく美咲とセイラの戦いと出会いを描き切りました。
最後まで見届けてくださり、本当にありがとうございました。
多くの方にとって、ここが一つの区切りになるかもしれません。
もしよろしければ、ここまでの感想や評価、印象に残ったシーンなどをコメントで教えていただけると、今後の展開を考える上で非常に参考になります。
どんな小さなことでも構いません。
実は、ここまでの物語は「第一章」に過ぎません。36歳の美咲がようやく本当の自分を見つけた瞬間が、彼女の本格的な挑戦の始まりでもあります。
特にセイラとの友情は、物語全体を通して重要な意味を持ちます。
二人の関係は第三章で大きな役割を果たすことになります。
これから美咲は、Vtuberとしてだけでなく、一人の人間として、さらに大きな試練と成長の物語に向かいます。
36歳から始まる人生の第二章を、どうか最後まで見守っていただければと思います。
ここまで読んでくださった皆様、本当にありがとうございました。
そして、ぜひ引き続き、よろしくお願いします
ブタども一同
いつも応援ありがとうございます。
ようやく美咲とセイラの戦いと出会いを描き切りました。
最後まで見届けてくださり、本当にありがとうございました。
多くの方にとって、ここが一つの区切りになるかもしれません。
もしよろしければ、ここまでの感想や評価、印象に残ったシーンなどをコメントで教えていただけると、今後の展開を考える上で非常に参考になります。
どんな小さなことでも構いません。
実は、ここまでの物語は「第一章」に過ぎません。36歳の美咲がようやく本当の自分を見つけた瞬間が、彼女の本格的な挑戦の始まりでもあります。
特にセイラとの友情は、物語全体を通して重要な意味を持ちます。
二人の関係は第三章で大きな役割を果たすことになります。
これから美咲は、Vtuberとしてだけでなく、一人の人間として、さらに大きな試練と成長の物語に向かいます。
36歳から始まる人生の第二章を、どうか最後まで見守っていただければと思います。
ここまで読んでくださった皆様、本当にありがとうございました。
そして、ぜひ引き続き、よろしくお願いします
ブタども一同