17「同接80万人・底辺VS最強〜世紀の最終決戦〜」
【最終戦配信準備中・銀河歌劇艦隊サイド】
「艦長は何を考えているんだ」
古谷部長が頭を抱えていた。
「設定暴露なんて……幻想を守るのが自分の役目だっていつも言ってたのに」
「でも部長さん」
ルナが心配そうに画面を見つめる。
「それだけ……艦長も必死なんでござろう」
「あの鳳凰院セイラだぞ!日本一の!それが素人の新人相手に……必死になるのか?」
「あのYUICAって子の、まるで真剣で切りかかってくるような感じ」
アマネが画面の二戦目の分析データを見ながら頷く。
「ここにいても伝わりますよ……艦長が、本気にならざるを得ない何かを」
「うん⭐︎あいつやばいよ」
コハクがいつになく真剣な目で艦長の様子をみつめる。
「こんなに泥臭く戦う艦長……初めて見るね」
「でも」
ルナが画面の艦長を見つめる。
「すごくいい顔してるんじゃ。なんか楽しそう」
「楽しそう……だって?」
古谷部長が複雑な表情を見せる。
「5年間、ずっと先頭で、完璧でいることの重圧……どれほどのものか」
アマネがつぶやく。
コハクが静かに微笑む。
「でも絶対艦長は負けないよ⭐︎追い込まれた時ほどあの人はすごいから」
「うん!信じて見守るですよ。私たちの艦長を!」
【最終戦配信準備中・美咲とゆいサイド】
「お姉ちゃん、いよいよ最後だね」
ゆいが静かに声をかけてきた。
配信開始まであと5分。私は深呼吸を繰り返していた。
「ありがとうね……ゆい」
「いい顔してる。もうアドバイスは、要らないよねぇ」
ゆいが小さく笑う。
「うん、やれる……多分だけど」
「あはは、なんかそれ、お姉ちゃんらしい」
「え?何それ」
「何かやるとき、いつも『多分』『たぶん』って不安げに言ってるじゃない」
「そう……なのかな。なんか陰キャっぽいな」
「でもお姉ちゃんは、それでも絶対に、ちゃんとやり遂げてるよ。いつも」
ゆいが私の手を握る。
「今回もきっとやり遂げる。大丈夫、あたしがそれを知ってるから」
「……ありがとう、ゆい」
私は心の底から言った。
「あなたがいてくれて、本当によかった」
「こっちこそ」
ゆいが私を抱きしめる。
「お姉ちゃんがVtuberになってくれて、本当によかった」
「36年間、ずっと自分を隠してきたお姉ちゃんが、やっと輝いてる」
「それを見られただけで、私は幸せだよ」
「ゆい……」
「だから、思いっきり楽しんで。それ以外何も考えなくていいよ」
ゆいが私の肩を叩く。
「……うん」
私は顔を上げ準備をした。
「行ってくるね」
「行ってらっしゃい、お姉ちゃん」
ゆいの声に見送られて、私は最後の戦いに向かった。
【延長戦最終トークバトル開幕 同接数52万人】
# 延長決戦 Vフリートークバトル
プォォォォ♪
【延長バトル開始!】
「正直、おまえがここまでやるとは思わなかったよ、地雷姫」
セイラの声に、いつもの余裕が混じっていた。
「そっちこそ。425万人のトップがこんな下界に降りてくるとはね、日本一さん」
YUICAが応じる。二人の間に、静かな火花が散った。
「フッ、いいじゃない。久々の下界の空気も悪くないぞ」
「でも息できてる?威厳の鼻が高すぎて酸素薄くない?」
コメント欄が一気に沸いた。
『うわああああああ』
『開幕からフルスロットル!』
『鼻が高すぎて酸欠wwww』
「はっは、おもしろいな。鼻の高さは誇りの高さ。でもおまえは……」セイラが一呼吸置いて続けた。「ブタどもを踏みつけて生きてる、地を這う女ってところだな」
「そうよ?ブヒブヒ泣いてるブタどもに座ってる底辺のお嬢。でもそれが気持ちいいの♡」
YUICAの言葉に、彼女のリスナーたちが興奮した。
『お姉様ァァアアアアアア!!!!!』
『ブヒブヒ!まさにドSの極み』
『全肯定しますブヒ!』
「でもさぁ、YUICA。正直に言えよ、いま怖いんだろ?」
艦長が静かに問いかける。画面越しでも伝わる、その鋭い視線。
「我には400万差のモブ兵団がついてる。どうせ勝てないって、心のどこかで思ってないか?」
「たしかに、差はあるよね。でも精神的に追い上げられてるのはアナタの方でしょう?」
画面に映るコメント欄を埋め尽くす、互いのリスナーからの声援の嵐。艦長が少し目を細めた。
「逆に聞くけど、なんでこんな底辺Vを煽ってきたの?」
「お前をみてるとさぁ。昔の私を見てるみたいでさ。心穏やかじゃなくなるんだわ」
「あら、珍しく弱いこというのね」
「底辺から這い上がって、それでも牙を抜かなかったおまえを、ちょっとだけ評価してるぞ」
「ちょっとだけって何よ。ケチくさいな〜」
「でも勘違いすんじゃねえぞ。我は絶対に負けない。5年間、ずっと先頭で戦ってきたんだからな」
「……知ってるよ。アンタがずっと一人だってこと」
「……何言ってんだ。おまえと違って我には425万人の仲間がいる」
「数字に囲まれてても、心は一人でしょ?」
「はは。心理カウンセラー気取りか?36歳の分析はお見事だが、我を診断するには階級が足りんぞ」
「……でも孤独なんでしょう?みてれば痛々しいほど伝わるし刺さってくるよ」
「なんだそりゃ。美しい薔薇には棘があるとでも言いたいのか?面白いやつ」
「さあね。でも今日、私がその棘を抜いてあげるよ」
「我から棘が無くなったら、何にも残らねえけどな」
一方、銀河歌劇艦隊のメンバーたちは、普段とは違う艦長の姿に困惑していた。
「艦長……」星野ルナが画面に釘付けになりながら呟いた。「なんか、いつもと違う」
「そうですね」アマネが頷く。「普段の艦長は、どこか余裕を残して戦ってます。でも今は……」
「うん⭐︎丸裸って感じ」コハクが興奮気味に言った。「艦長って、こんな顔もするんだね……」
【同接55万人】
そして画面の向こうでは、ゆいが戦う姉の様子を食い入るように見つめていた。
お姉ちゃんが、こんなに生き生きとしているのを見るの初めてだ。36年間、ずっと自分を押し殺してきたお姉ちゃんが、いま輝いている。
「すごいよ、お姉ちゃんは……」
涙が出そうになるよ。こんな強大な相手を前にしても、お姉ちゃんは自分らしく生きようとしている。
【同接60万人】
「でもな、おまえのような全裸メンタルの女、嫌いじゃない」
「ほぉ?ついに艦長がデレた?まさか引退配信のつもりかしら?」
「うるさい。“引退”ってのは、敗者の口癖なんだよ。覚えておけ、駆け出しアイドル崩れ」
「アンタみたいに”完璧”な人間がそれ言うと逆にダサいわね。“失敗しない女”とか、二時間ドラマの主人公みたい」
「なら言ってやろう。“失敗しない”のは、誰も我を本気にさせたことがないからだ」
「ほら、そういうとこよ。かっこよすぎて腹立つの。人間味の代わりにマニュアル搭載してそうだもんね」
コメント欄が再び盛り上がった。
『全裸メンタルwww』
『艦長のマニュアル搭載説』
「ねえ艦長、425万人に囲まれて、何が一番怖い?」
「何言ってんだ。我にとっての恐怖なんて……自分を見失うことくらいだ」
「あら、意外とセンチメンタル。私なんて、自分すら信用してないわよ?」
「信用してない?じゃあ何を頼りに生きてるんだ、36歳は」
「勘よ。その場その場の直感だけ。計画立てても、どうせ人生思い通りにならないしね」
「無計画すぎるだろ。そんなんで日本一に挑んできたのか?」
「でもアンタは逆に、計画しすぎて身動き取れなくなってるでしょ?」
「身動き取れないだと?常に最前線で戦ってるのにか?」
「戦ってるんじゃない。守ってるのよ。5年間かけて築いた『鳳凰院セイラ』っていう完璧仮面を」
「……完璧仮面ねぇ。まあ、でも付け心地の良い仮面だったがな」
「でも仮面って、正体は隠せるけど、中にいる人の苦しみも隠すのよね」
「哲学者気取りか?でも的外れだ。我は自由に銀河を飛び回ってる」
『36歳の哲学者誕生』
『お嬢様の洞察力えぐい』
『二人の会話レベル高すぎ』
『これもう人生相談だろ』
【同接65万人】
「おまえって、自分を鏡で見て、小ジワ数えながら『わたしは誰?』って言ってそうだよな」
「その言葉、そっくりそのままあ返すわ。鏡みてよ、完璧仮面にヒビはいってるわよ?」
「これはヒビじゃねえよ!小じわだ。最近増えてんだよ……っておい!だれが三十路ババァだ!」
「“シワのぶんだけ人生深い”とか、“30過ぎてからが本番”とかって言い出さないでよね。私もう36だからね」
「それでも来たんだろアラフォー戦士。この我の土俵に。なぜだ、YUICA」
「だって、あんたに勝てば……“自分”になれる気がしたからよ」
「……まるで、ヒーローごっこだな。36歳のくせに、子どもみたいなこと言いやがって」
「だから言ってんじゃん。メンタルはすっぴん。年齢なんて飾りよ、えらい人にはそれがわからんのよ」
【同接70万人】
「正直言っていい?私このトーク、ずっと続けることできそうよ」
「奇遇だな……こんなに楽しくて悔しい会話、初めてだ。我ながら、我を忘れそうだよ」
「忘れていいんじゃない?“鳳凰院セイラ”なんて、ただのコードネームでしょ」
「コードネーム……か。確かに最初はそのつもりだった」
「でも今は違う?」
「今は……よくわからん。鳳凰院セイラでいる時間の方が長すぎて、どっちが本当の我なのか」
「あなた、最後に心から笑ったのいつ?演技じゃなくて」
「いつ笑ったか。だと……意味わかんねえよ、このソクラテスもどきが」
『なんか艦長のテンションが低くないか?』
『いや……意外とこれが素なんじゃね?』
『そういや肩の力が抜けてるっていうか自然だな』
するとセイラが少し声を落としてリスナーたちに問いかけた。
「……なぁモブたちぃ。我、うまくやれてるか?」
「正直よくわかんないんだよ。完璧仮面とやらを脱ぎ捨てて……丸腰でここに立ってる気分でさぁ」
『また始まったぞ、艦長の情緒不安定タイムw』
『はいはい、いつものやつだ〜』
『構ってちゃんなのにプライド高いのマジ厄介』
その反応にセイラは苦々しく笑った。
「おまえら、ほんと冷たいよな……推しが珍しくヤンでんのによぉ」
『うるせーよ。目から汗が出ててしんどいんだよ』
『どんなに捻くれてても、おまえが命削ってんの知ってるからな』
『背負ってんだろ、全部。俺ら見てるから、何があってもな』
『イイ!ブタとしても応援したくなる』
『ヤンデレ艦長にも罵られたいブヒ』
「敵にも興奮するってほんっと……おまえらって、ドMの極みだよね」
YUICAが呆れたように言った。
「36歳独女を晒したのに、まだ鼻息で応援してくるとか……正気?」
『ブヒッ!!もっと晒してください!!』
『我らの姫は今日も麗しき毒牙!』
『人類には早すぎる聖域ブヒ』
「まあ……あんたらの、そういうとこ、今日はちょっと頼もしいわ」
『ああああああ!!!デレたァァァァ!!』
『この0.5秒のデレで3年は生きれる』
「私を持ち上げるために……いつも下から支えてくれてるって知ってるよ。だから今日も地べたで踏ん張っててねブタども」
『え、やばい、泣く』
『お嬢、そんなこと言われたらブタやめられないよ』
『踏まれて気づく愛がある』
【同接75万人】
「おまえ頭だいじょうぶか?……56万人しかいないのに、どうしてそんなに強気でいられるんだ?」
「一人だった時間が長すぎてね。孤独と仲良くなる方法、全部知ってんの」
「……我も、長かったよ。数字に囲まれても、確かにずっと独りだった気がするわ」
「うん、わかるよ。見えない孤独って、心を喰うからね」
「おまえ……我に勝ってどうするつもりだ?目標とかあんのか?」
「わかんない。でも今はアナタを、笑わせたい」
『「笑わせたい」で泣いた』
『これが愛だ』
『最高の動機』
その時ゆいの目に、涙が溢れていた。
お姉ちゃん……
お姉ちゃんの優しさが、画面を通して伝わってくる。相手を倒すためじゃない。相手のすべてを理解して、楽しませるために戦っている。
この戦いは、お姉ちゃんにとって本当の「解放」なんだ。
【同接78万人】
「もう終わっちゃうのかな……ずっと話していたいけど」
「どうしたYUICA……今日一番の笑顔じゃないか」
「あら、あんたの顔もね。いつもより人間ぽくて、グッときた」
「なんだそれ、褒めてるのか?」
「もちろん。最高に皮肉よ」
「ほんとに面白い奴だな、おまえ」
『皮肉で褒めるの草』
『二人の関係性最高』
【同接80万人】
プォォォォ♪
制限時間のサイレンが鳴り響いた。
司会の声が響く。
「トークバトル!終了です!」
「……あーあ。なんかしめっぽく終わっちゃったな。我としたことが」
「おめでとう、31歳にして、艦長から女の子への第一歩だね」
「アラフォーに言われたくないっての。おまえってほんと、厄介な女だよな」
「ありがとう。なんか楽しかった。終わってしまうのがいやなくらい」
「……我もだ。まあちょっとだけな」
『最高の戦いだった』
『二人とも美しい』
銀河歌劇艦隊のメンバーたちも、同じ気持ちだった。
「艦長……」三人が画面を見つめていた。
「勝ち負けなんて、どうでもよくなった」ルナが静かに言った。「艦長が心から笑ってる。それがなんか嬉しいよね」
観客席もチャット欄も、しばらく言葉を失っていた。あの熱狂が、まるで夢だったみたいに。
誰かが、呟いた。
『……これ、本当に数字で勝敗を決めるのか?』
その言葉に、誰もツッコまない。誰も否定しない。でも、たしかに全員が、同じことを考えていた。
「……お二人とも、お疲れさまでした」
司会の声も、どこか震えていた。その言葉すら、場違いなほどに静かな終わりだった。
『……これはもう、どっちが勝ってもいい』
『ありがとうしか出てこない』
『なんだこれ、戦いなのに、救われた気がする』
セイラは黙って目を閉じていた。YUICAも、カメラを見つめたままゆっくりと深呼吸をしていた。
2人の表情には、勝ちたい欲も、負けたくない焦りも、もうなかった。ただ、満ち足りた静けさがあった。
——でも、それでも。
司会の声が再び響いた。
「……それでは」
「増えた登録者数の……最終集計を、行います」
その瞬間、全員が一気に現実に引き戻された。
『うわ、くるぞ……』
『集計……忘れてた』
『ちょ、無理無理、見たくない……』
『頼む、どっちも勝っててくれ……』
数字。どれだけ美しい言葉を交わしても、抗えない”答え”。
それが、Vtuberという表現者の宿命。
2人の名前の横に、ゆっくりと数字が表示されていく。まるで、空気を読んでいるかのような、極端に静かな更新音とともに。
画面に結果が現れたその瞬間——空気が凍りついた。
勝ったのは……どっちか。
その答えを、しばらく誰も口にしなかった。
——つづく