16「まさかの暴露で大波乱、これが独女の逆転劇」
【第一戦終了直後】
私はマイクをミュートし、画面の前で頭を抱えていた。
——負けた。
セイラの圧迫からの優しさという緩急。あの演出力は、確かに素人の私には真似できない。
「お姉ちゃん!」
ゆいが心配そうに声をかけてくる。
「さっきの人生相談、全然負けてなかったよ」
「慰めはいいよ、結果的には艦長の勝ちだったじゃない……」
私の声が沈む。
「慰めなんかじゃない。あたしプロデューサーとして、冷静に観察してたんだよ」
「たぶんあれは人心掌握術の一種。ブラック企業なんかがよく使う手だね」
「でもあれは後攻という条件で、一回だけしか使えない大技」
「次はお姉ちゃんが後攻、だから二戦目は必ず勝てるよ」
ゆいの分析に、私は顔を上げる。
「だとしても……私にはセイラみたいな武器がないんだよ」
「ある!」
ゆいが力強く言う。
「え?なんか秘策あるの?」
私の目に希望の光が宿る。
「ない!」
ゆいがあっけらかんと言った。
「ちょっと!期待させて落とすのやめてよぉ!こっちは必死なんだよぉ」
「お姉ちゃんの人生そのものが面白い武器なんだよ!」
「え?それって馬鹿にしてる?」
「違うよ!そもそも妹のアバターで誤配信して、罵倒して炎上して一夜でスターになって……」
「今度は日本一のVに喧嘩売って、必死で修行して、何十万人の前で戦ってる」
「こんな面白い人、他にいる?」
「面白い……って」
「なんでブタどもがお姉ちゃんを好きだと思う?」
「罵倒してくれるから?違うよ……その奥にいる田中美咲に惚れてるんだよ!」
「ゆい……」
「お姉ちゃんは艦長とは違う」
「計算とかテクニックじゃなく、YUICAっていう人間で戦うの!」
「あとは、相談相手に裸で向き合う覚悟だけだよ」
ゆいの言葉に、私の心が少し軽くなった。
——そうだ。考えたってしょうがない。
私は私らしく戦えばいい。
【第二戦開始】
「それでは第二戦に移ります。先攻は鳳凰院セイラです」
司会が進行を続ける。
司会:
「今回も、なんらかのテクニックで聴衆を湧かせるんでしょうか」
天知ひかる:
「先攻は相手の出方が見えないので、さっきのような緩急のテクニックは使えない。そもそも二度目は効果が下がる」
「艦長がどんな戦略をたてているのか……見ものですね」
——セイラは考えていた。
よし、なんとか一戦目をとれた。ここからはもうテクニックじゃない。
裸のアタシをぶちかます。そうでなければYUICAに完勝することは出来ない。
会社とメンバーには迷惑をかけるかもしれないけど。
今日アタシは、YUICAと裸でぶつかり合いたいんだ。
——そして、画面に新しい相談者が現れた。
『はじめまして。匿名で失礼します』
声だけの参加で、女性の落ち着いた声が聞こえてくる。
『35歳の独身女性です。人付き合いが苦手で……もう10年以上、恋愛すらしていません』
『どんどん自信がなくなって、年齢的にもう落ちていくしかないのかなって卑屈になる自分が嫌で……どうしたら一歩踏み出せるでしょうか』
想像してたより深刻な悩みだった。
お祭り騒ぎだった会場が急激に静まり返る。
「その悩み、鳳凰院セイラから回答させてもらおう」
艦長ことセイラが前に出る。
「まず最初に言っておくが……」
セイラの表情が、いつもより真剣になった。
「我は永遠の19歳という設定だ。だから君の悩みに応えられるか不安だ……」
会場がざわつく。
あの艦長が、珍しく弱気な発言をしているのだから当然だ。
「と言いたところだが、それは設定に従うならばだ……」
「我の本当の年齢は……」
「31歳だ」
『え?ええ?』
『艦長、まさかの設定破り?』
『突然の実年齢暴露かよ』
『まあ俺らは、歳増って察してたけど』
『これ、マスターズ的に大丈夫?』
チャットが騒然となる。私も驚いた。
——ここにきて設定を捨ててまで、相談に真剣に向き合うつもりなのか。
「だからこそ、本当は君の気持ちがよくわかるんだ」
セイラの声に、今までにない優しさが込められていた。
「30代の女性の恋愛への不安、焦り、諦めにも似た気持ち……全部経験したからね」
『艦長……』
相談者の声が震えている。
「でも聞いてくれ。35歳は決して手遅れじゃない」
「我の周りにも、30代で素敵な恋愛をしている人はたくさんいる」
艦長が相談者の目線に立って、丁寧にアドバイスを続ける。
「年齢を重ねた分、自分を理解しているし、相手を見る目も養われている」
「若い頃の恋愛とは違う、深い愛情を築けるはずだ」
『はい……』
「一歩踏み出すコツは、自分に完璧を求めないことだ」
「欲張らず、まずは友達として、人との繋がりを大切にすることから始めてみるんだ」
セイラの回答は、演出抜きの真摯なアドバイスだった。
『ありがとうございます……すごく心に響きました』
相談者が感動している。
『艦長、神回答』
『設定破ってまで真剣に……』
『31歳の経験が活かされてる』
『これは勝ったでしょ』
チャットもセイラを絶賛している。
「さすが、鳳凰院セイラ……」
私は感心せざるを得なかった。第一戦とは全く違うアプローチ。
しかも先行からあえて、私の持ち味に重ねてきたのだ。
「予想外の行動……だ」ゆいが小さくつぶやく。
「弱ってる相手に圧をかけるのではなく、今度は理解者として寄り添ってきた」
「これで寄り添い系のお姉ちゃんのお株を奪った」
「後攻が勝つには、大きく想像を超えていかないといけない……策士だねぇ」
「それでは、YUICA♡の回答をどうぞ」
私の番がやってきた。
——このまま普通に戦って勝つのは難しい。
——セイラの完璧な回答をどうやって超えるの……
——あぁ、どうしよう。
プレッシャーで、また緊張してしまう。
「え、えーっと……」
私の声が震える。
「35歳で恋愛が怖いという気持ち……よくわかります」
『お嬢様も緊張してる』
『持ち味を先にやられちゃったからな』
『今回は後攻が逆にキツイよなぁ』
『艦長強すぎだろバケモンかよ』
『見守るブヒ。お嬢なら大丈夫』
ブタどもも心配そうだ。
「でも、えーっと……年齢は関係ないというか……」
ありきたりなことしか言えない。さっきのセイラの後では、どんな言葉も薄っぺらく聞こえる。
そもそも私には生まれてこれまで、まともな恋愛なんて経験がないんだよ。
人の相談に乗ってる場合じゃない負組女なんだ。
なんで私に聞くんだよ、そんなこと……分かんないよ。
——きつい。つらい。
もう逃げたい。
「世界中に男は、大勢いるわけで……」
——ダメだ。また第一戦の二の舞になる。
その時突然、ゆいの言葉を思い出した。
『あとは、相談相手に裸で向き合う覚悟だけだよ』
そうだ、こんな回答、私じゃなくても言える。
——そうだよ。
私は、私らしくやればいい。
——ごめんねブタども。
おまえたちの理想を、壊しちゃうかもしれない。
——でも、このまま負けるのは嫌だ。
もう私は、後悔したくないんだ!
「あのね、私も——」
「36歳の独女なんだよ」
「だから……めちゃくちゃ辛さが分かる」
私は素直に口に出した。瞬間、配信が静まり返った。
「え?え?おまえ……36歳?」
セイラの声が驚きに震えている。
まさかの歳下。自身の読みが大きく外れてしまったからだ。
チャットにも動揺が走る。
『え?え?え?』
『36歳って言った?』
『まさかの艦長より歳上?』
『艦長よりババァだった!?』
私は開き直った。こうなったら真っ裸でいこう。
「そうよ!36歳、彼氏いない歴イコール年齢の独女だよ!」
「だからあなたの気持ち、痛いほどわかるよ。毎日鏡を見て『もう手遅れかも』って思うでしょ?」
『はい……そうです!』
相談者の声に力が戻ってくる。
「でもね、手遅れなんてことはないのよ。だって私、この年になってやっと人生が楽しくなったんだから」
私の声に、今までにない説得力が込められていく。
「私ね、本当は陰キャで、人付き合いが苦手で、ずっと自分を負け組だと思ってた」
「このまま歳とって、ひとり寂しく死んでいくだけだろうなって」
「はい……それ、わかります」
「でもね、今は違うよ」
「Vtuberとして一歩踏み出した。
お先真っ暗だったけど、勇気を出して歩いてみたら……
いま、こんなすごい場所に立ってる」
「……怖くなかったんですか?」
「そりゃ最初は怖かったけど……今は毎日配信するのが楽しみで仕方ない」
「私に彼氏はいないけどさ、ちょっとおかしなブタどもと過ごすのもそんなに悪くないよ」
『うわああああん』
『お姉様!一生ついていきます!』
『お嬢じゃなくてお姉様だぁったぁぁん!!』
『永遠に虐げてください!』
『ブヒィィィィ!』
なんだかブタどもが大興奮している。
別に褒めてないのに……やっぱりこいつら、ネジが飛んでるな。
「人生に遅すぎるなんてことはない。もう35歳?ちがう!まだ35歳なの!」
私は相談者に向かって、心の底から言葉を紡ぐ。
『素敵です……お姉様!』
「私みたいな陰キャな36歳の独女でも、こんな風に変われたんだから。あなただってもっと素敵になれる!」
『はい!……はいぃ……うぅうぅ』
相談者が泣いているのがわかった。
『ありがとうございます……本当に感動してます」
「怖いなら、私の足跡をたどりなさい。少なくともそこには、道があるから」
『はい!いっしょに……歩きます!』
『あの、私も……ブタになっていいですか?』
「はい?え?……もちろんよ!」
『先輩ブタのみなさん、こんなのでも良いですか?』
相談者の心からの声が、配信に響く。
そして生意気にもブタどもが誇らしそうに語る。
『幸せの養豚場へようこそ』
『俺たちブタには先輩も後輩もないぞ』
『そう、ただ上にお嬢様が君臨するだけよ』
「そうよ。私のブタは、皆等しく”ざぁこ”だからね。
存分に可愛がってあげるわよ」
『うれしいです!』
『そのとおりですぅ!ざぁこ中のざぁこです!』
『我らは底辺に這いつくばるブダです』
『やっぱりお嬢様最高だぁぁ!』
『これぞ真のブタ人生相談!』
ブタどもが大興奮で画面を埋め尽くす。
しかし年齢設定はしてなかったとはいえ、こんな底辺の女にマウントされて。
中にはガッカリしてるブタもいるかもしれない。
私は恐る恐る聞いてみた。
「そんなこと言ってどうせ若い娘が好きなんでしょ……」
「こんなダメ人間にマウントされてたとか、正直ガッカリしたでしょ?」
『はぁぁ?ガッカリ?』
『何言ってんですか!』
『むしろ最高じゃないですかぁ!』
『36歳!お姉様!逆にイイ』
『お姉様と呼ばせてください!』
『これからもブタが支えます!椅子として』
『わがブタ人生に一片の悔いなし!』
予想外の反応に、私は涙が出そうになった。
「……ありがとう。ほんと、おまえら、気持ち悪いな」
『『『ブヒブブヒブーー!』』』
ブタどもの歓声が少し収まったところで、司会が口を開いた。
「これは……予想していた展開とは全く違いましたね」
「そうですね」天知ひかるが深く頷く。
「第一戦で艦長が見せた『技術による感情操作』から一転、第二戦では『真摯な人間性』を前面に出してきました」
「31歳という年齢暴露も含めて、完全に戦略を変えてきたということですか?」
「むしろ戦略を捨てて裸で殴りにきたってところですね。しかしYUICA♡さんの36歳暴露は圧巻でした。先攻の驚きを根底から覆しましたからね」
「まさに裸の殴り合いですね。素晴らしい戦いでした」
そして司会が画面に向き直った。
「それでは、第二戦の判定です……」
いよいよ結果が発表される、発表される。
聴衆が息を呑んでいるのがわかる。
「相談者の満足度、視聴者の反応、そして天知さんの意見を総合して……」
「YUICA♡の勝利!」
『やったあああああ』
『お姉様万歳!』
『36歳万歳!』
『これで同点だ!』
一方の艦長は、呆然としていた。
「36歳……まさか我より年上だったとは……」
「策士策に溺れるってやつね」
ゆいがマイクに乗らない小さな声で呟く。
今まで余裕だった艦長の表情に、初めて動揺が見えた。
声援が収まらないなか、司会が声を出す。
「いやぁ、これで1対1の同点になりました!」
熱狂を見ながら天知ひかるが少し苦笑いを浮かべる。
「というか正直、YUICA♡さんが僕と同級生ということに一番驚きました」
司会が意外そうに反応する。
「それは……がっかりという意味で?」
「いいえ、ますます興味が湧いてますよ。もっと彼女を知りたいですね」
天知ひかるの声に親近感が込められている。
「36年間の挫折と孤独を乗り越えて、今この場にいる。同世代として、すごく励まされる部分があります」
「なるほど……」
「『私の足跡をたどりなさい』という言葉の説得力は絶大でした。なぜなら、彼女自身がその道を歩んで、今この場にいるからです」
司会が少し興奮気味に言う。
「それにしても、相談者の方がその場でブタどもに入団宣言するなんて……」
「これは人生相談の域を超えていますね」天知ひかるが感心したように続ける。
「もはや『人生を変える瞬間』を目撃しているような感覚です」
司会進行が続ける。
「延長決着は、最終戦トークアピール戦で決まります」
セイラが顔を上げ、私を見つめる。
「地雷姫……いや、……せんぱぁ〜い♡いよいよ決着ですね!」
私も顔を上げ、セイラと向き合う。
「年齢のアドバンテージ、なくなっちゃったね歳下ちゃん」
それを聞いてセイラが、ニヤリを笑う。
「いや〜面白れぇ!やっぱ最高だよあんた」
「それはこっちのセリフよ、日本一」
「日本一か。ふふふ。もうそんなのどうでも良くなってきた」
「この最後の戦い。本気で楽しませてもらうわ」
「こちらこそ。手加減はしないぞ」
決戦は、最終戦へと持ち込まれた。
(つづく)
——次回「いよいよ最終決戦!軍配はどちらに?!」
ここまでお読みいただきありがとうございます。
いよいよ次回は最終戦。
YUICA、セイラ。
皆さんどちらを応援しているのでしょうか?
意外と主人公よりライバルのセイラだったりする人もいるのではと。
ボクはそういうタイプでした。
ところで解説のYouTuber天知ひかるは
代表作の神託ダンジョンからのカメオ出演です。
気づいてるひとっていましたか?
それでは引き続きお楽しみくださいませ!