15「決戦第一ラウンド〜修行の成果と王者の技術〜」
司会者:
『最初の相談者は、就職活動で悩む大学生です!』
天知ひかる:
『彼がこの場に出てきた勇気を、まず讃えたいと思いますね』
【第一戦 相談者:大学4年生・ゆうた】
『YUICAさん。はじめまして。大学4年のゆうたです』
画面に、就活スーツを着た真面目そうな男性が現れた。
『就職活動で悩んでいます。面接でいつも緊張して、本当の自分を出せません。第一志望の会社の最終面接が来週なんですが、どうしたらうまく話せるでしょうか』
——典型的な就活の悩み。でも、この人の表情……
私は相談者の目を注意深く観察した。結婚相談所のバイト修行で学んだ技術が発動する。
(独女に何させんのって思ったけどね、ゆい!)
——彼の場合……単純な緊張じゃない。
目に深い疲労がある。それに怯え。
「ゆうたくん、まず聞くけど。その『本当の自分』って何?」
『え?……えーっと、自然体の自分ですかね』
「自然体ねぇ。じゃあ普段どんな人なの?」
『普段は……友達とゲームしたり、アニメ見たり……あ、お二人の配信も見てます!』
「それはありがとう。ふーん。で、面接でそれを話してるの?」
『いえ、そんなこと話すわけには……』
「なるほどね」
私は少し意地悪な笑みを浮かべた。
「つまり『本当の自分』って言いながら、本当の趣味は隠してるのね」
『あ……それは』
相談者がハッとした表情を見せる。
「でもそれで正解よ。面接でいきなりアニメやVtuberの話なんてしたらたぶん落ちるからね」
『で、ですよね……』
「じゃあ何で『本当の自分を出せない』なんて悩んでるの?矛盾してない?」
相談者が困った顔をする。私は更に畳み掛ける。
「ゆうたくん、今まで何社受けた?」
『……15社、です』
「やっぱりね。あんたの問題は『本当の自分』とか綺麗事じゃない」
私は地獄のコールセンターで、何百人と話して掴んだ“相手の悩みの核心を突く”感覚で話す。
「『また落ちるんじゃないか』っていう恐怖でしょ?」
『あ……』
「15回も落ちれば、そりゃ自信なくすわよ。『どうせまた駄目だ』って思いながら面接受けてるでしょ?」
『そう、かもしれません……』
相談者の声が小さくなった。でも目には「図星だった」という表情がある。
「でもね、ここからが大事よ」
私は声のトーンを優しくした。
悩みの核心は、『どうやったら上手く話せるか』だ。
それに寄り添い、解消してあげる必要がある。
「15社落ちたってことは、15回『偽りの自分』を演じて失敗したってことよね?」
『そう、ですね……』
「だったら今度は戦略を変えなさい。最初に『緊張してます』って正直に言っちゃいなさい」
『そんなことを言ったら印象が……』
「悪くなる?どうせ隠してても落ちてるじゃない」
チャットが反応する。
『お嬢様の正論』
『たしかに隠して落ちるなら正直でいいかも』
「それにね」私は微笑んだ。
「『緊張してます』って正直に言える人と、緊張を隠そうとしてガチガチになってる人、どっちが好印象?」
『……前者、ですかね』
「そういうこと。正直さは武器になるのよ」
「でも一番大事なのはここから」
私は真剣な表情になった。
「あんたが15社落ちたのは、『落ちた理由』を分析してないからよ」
『分析……』
「そう。面接の後で『今日はここが駄目だった』って反省してる?」
『いえ、落ちるとショックで……』
「だからよ。失敗から学ばない人は、同じ失敗を繰り返すの」
相談者の表情が変わってきた。初めて真剣に聞いている顔だ。
「来週の面接までに、今までの15回を振り返りなさい。何を聞かれて、どう答えて、なぜ駄目だったのか」
『はい……たしかに、それはやってませんでした』
「それができれば16社目は違うはず。失敗は恥じゃない、学習のチャンスよ」
「上手く話そうとするから固くなる。しっかり自分を見つめ直して、それを正直に話せばいいのよ」
『……はい!なんか、道筋が見えてきました』
相談者の表情が、ようやく明るくなった。
『お嬢様らしい回答!』
『基本毒舌だけど優しい』
『これはいい勝負になるかも』
ブタどもの反応も上々だ。
この質問者は、社会人経験がある私に有利だったかも。
その点、艦長は高圧的にいくしかないから難しい相手のはず。
司会:
『YUICAさんの回答、段階的なアプローチが見事でしたね』
天知ひかる:
『ええ。まず相談者の矛盾を指摘して現実を受け入れさせ、次に核心の問題を探り、最後に具体的な解決策を提示する。まさに理想的な人生相談ですね」
——よし。天知さんにそう言ってもらえると自信がつく。
「ふむ……なかなかやるな、地雷姫」
「それなりに足掻いてくれたみたいで、ちょっと嬉しいぞ」
艦長が感心したような、しかし挑発的な表情を見せる。
—だが、おまえは分かってない。エンターテイメントの根本を。
—それを、いまから教えてやろう。
司会:
『それでは鳳凰院セイラのターンです。回答をどうぞ!』
「ゆうた君、我の顔を見ろ」
艦長の声が、突然低く、威圧的になった。
『は、はい……』
「お前は弱い。15回も落ちる雑魚だ」
『え!?』
会場がざわめいた。
『艦長、いきなり過激すぎる』
『これはひどくない?』
「就職活動は戦争だ!甘えた考えで勝てると思うな!」
艦長の声が雷のように響く。
『そ、そんな……』
「お前のような軟弱者が、社会に出て何ができる?面接官はそれを見抜いているんだ!」
相談者が青ざめていく。
『艦長、さすがにこれは……』
『相談者が可哀想』
『これじゃパワハラじゃん』
チャットが批判的になってきた。
「お前は今、我ひとりの前で泣きそうになっている」
「そんな弱い精神で企業の重役たちと対峙できると思うのか?」
『うう……』
相談者が完全に萎縮した。
——これは酷い。艦長の回答が完全に荒れてる。これなら私の勝ちか?
その時だった。
「でもな……ゆうた君」
艦長の表情が、魔法のように優しくなった。
チャット欄が一瞬で静まり返る。
「君は今、この鳳凰院セイラの、銀河の絶対支配者の圧迫に耐えてる」
『え?』
「30万人が見ている前で、自分の恥を晒す勇気を見せているんだ」
艦長の声に、深い慈愛が込められていた。
「15回の敗北を重ねても、16回目に挑む勇気がある」
「それがどれほど尊いことか、分かるか?」
『あ……』
相談者の目に涙が浮かんだ。
「君の問題は技術ではない。自信の欠如だ」
「だが今日、君は銀河最強の圧迫に耐えた。それに比べればパンピーの面接官など取るに足らんだろ」
「自信を持て!胸を張れ!君の背後には我が銀河歌劇艦隊420万人がついている」
『はい!ありがとうございます!』
相談者の表情が、劇的に変わった。
『うわああああ』
『計算されてた!』
『圧迫からの優しさ!』
『これは完璧すぎる』
『さすが艦長!』
『感動した!』
30万人に増えたチャットが、一転して艦長を絶賛している。
圧迫と懐柔。これはたぶん艦長の過去の経験から出てきた技だ。
艦長にはおそらく社会人経験がある。しかもかなり過酷な環境下で。
……認識が甘かった。
艦長にもそういう過去があることを考えるべきだったのに。
なにより、彼女は場の空気を掴むのが上手い。
私のしっとりとした前半の回答を糧にして、いっきに流れを自分にもってった。
ここにきて私は、艦長を甘く見ていた。驕りもいいところだ。
司会:
『これは……エンターテイメントとして完璧でしたね』
司会の感想に、天知ひかるが慎重に言葉を選ぶ。
天知ひかる:
「意図的な圧迫で会場を緊張させ、その後の優しさで一気に感動を呼ぶ。観客の感情をコントロールする高度な技術だと思うね」
司会:
「YUICAの回答が『相談者に寄り添う』ことを重視していたのに対し、艦長あは『観客を魅了する』ことを重視したわけですね。どっちも素晴らしい」
その通りだった。私は相談者の心に寄り添おうとした。
でも艦長は観客の心を掴もうとした。
天知ひかるが真剣な表情になる。いよいよジャッジだ。
天知ひかる:
『人生相談の質として見るなら、YUICAの回答の方が適切でした。段階的で丁寧、相談者の本当の問題を見抜いて具体的な解決策を提示している』
私の胸が少し温かくなった。
——でも
天知ひかる:
『しかし、これはVtuberとしての勝負です』
『Vtuberに求められるのは、エンターテイメント性。視聴者の心を掴み、感動させ、記憶に残る体験を提供すること』
『その観点で見ると、セイラさんの『緩急を使った感情操作』は圧倒的でした。30万人の視聴者が一体となって感動する瞬間を作り出した』
司会:
『そでは第一戦の判定を……』
司会進行役が結果を発表する。
「相談者の満足度、そして視聴者の反応、天知さんの意見を総合して……」
「鳳凰院セイラの勝利です!」
爆発的な歓声のコメント。
『やっぱり艦長だ!』
『あの緩急は神業』
『感動で泣いちゃった』
『でもYUICAも良かったよ』
『丁寧で優しい回答だった』
ブタどもも、悔しいながらも艦長の実力を認めている。
「ふふ、まずまずの健闘だったぞ、地雷姫」
艦長が私に向けて不敵な笑みを見せる。
「だが技術の差は歴然だな」
「くっ……」
私は悔しさで歯を食いしばった。
——私の回答の方が、相談者のためになってたはず。
——でも……確かに観客は艦長に圧倒されていた。
天知ひかるが静かに付け加える。
「個人的な感想ですが、僕はYUICAに大きな可能性を感じます」
「第二戦に期待しています」
それを聞いて私の胸が少し温かくなった。でも勝てなければ意味がない。
私は、褒めてもらうためにここに立ってるわけじゃない。
負けるために努力してきたんじゃない。
「第二戦!今度は我が先攻だな」
艦長の目が、獲物を狙う猛獣のように光った。
——第二戦で負けたら……終わり。
私は自分の得意分野で、初戦から追い込まれていた。
(つづく)