14「艦長との決戦〜姉妹の絆〜」※追加
【決戦当日・明朝】
ゆいは古いアルバムを開いていた。
7歳の美咲が赤ん坊の自分を抱いている写真。両親が生きていた頃の、温かい家族の記録。
「13年前……」
あの交通事故の夜。23歳の美咲が16歳の自分に誓った言葉が蘇る。
『大丈夫。私がいるから。ゆいのことは、私が守るから』
新卒1年目だった姉が、妹のために人生を捧げてくれた。
学費も生活費も、すべて美咲が支えてくれた。
自分の寝る時間も惜しんで、深夜まで働いて、一度も愚痴を言わずに。
そして10年前、姉が過労で倒れた日。
——今度は私が、この家を守るんだ。
ゆいは、姉の寝顔を見ながら誓った。
Vtuberを始めたのも、姉の美咲を楽にしてあげたかったから。
でも才能がなかった。2年間で登録者2000人。
美咲を養うなんて夢のまた夢だった。
だからこそ、姉のYUICA♡の才能を知った時の衝撃は大きかった。
「あたしができなかったことを、お姉ちゃんは数日で……」
——やっぱりお姉ちゃんは特別だ。
あれから、どんな修行も文句一つ言わずやってのけた。
まあ、退職代行サービスのバイトはさすがに辛そうだったけど。
もう、20日前のお姉ちゃん……いやYUICAじゃない。
もちろん、艦長が5年間積み重ねた技術に、20日程度の修行で対抗できるとは思えない。
でも、『人生相談』と罵倒合戦なら。勝機はある。
ギリギリの戦いになると思うけれど、
あとは艦長に刺激されて、試合中にさらに進化できれば。
——お姉ちゃんならきっと。
いや、ちがう。
絶対にやれる——勝つ。
あたしが信じなくてどうする。
【決戦直前 午後7時45分】
「お姉ちゃん、大丈夫?」
ゆいが心配そうに私を見つめている。
決戦の配信開始まであと15分。
私は椅子に座ったまま、手をぶるぶると震わせていた。
「だ、大丈夫じゃない!全然大丈夫じゃない!」
「みて!もう待機人数15万人超えてるんだよ!?東京ドーム満員の3倍以上が待ってるとかガクブルしかないよ!」
画面に表示される待機人数が増えるのを見るたびに、めまいがしてくる。
これが漫画なら、作画崩壊してるくらいに動揺している自分がいる。
「落ち着いて。いつもどおりやれば大丈夫だって」
「でも相手は日本一のVtuberだよ?私なんて昨日まで変なアルバイトで修行してたただけで……やっぱり無理なんじゃ」
「だからこそよ」
ゆいが私の肩に手を置く。
「お姉ちゃんは、『現実』と戦ってきた。これまでも、今でも」
「だから人の鬱憤とか本音とか心理が分かるの」
「相手が本当に求めているものが、見えるんだよ」
「それは重々承知してるんだけど、自己肯定感ってやつはそんな簡単に湧き出るもんじゃないんだよ。こちとら何年も陰キャしてたんだから」
「アウェイで大勢が見てるんだよぉ。この恐怖が陽キャにはわかんないんだよ〜」
「はいはい、お姉ちゃんこれ見て!」
YUICA♡のDMにメッセージが届いていた。
『お嬢頑張って!応援してます!』
『お嬢様なら絶対勝てる!ブヒ』
『ブタども一同、総力で応援してます!』
ブタどもからの応援メッセージが次々と表示される。
「みんな……」
「ほら、もうひとりじゃないんだよ」
涙が出そうになる。配信だけで出会った人たちなのに。
不思議と数年来の戦友のように感じる。
私なんかを好きといってくれる大切な人たち。
そう、私はもうひとりじゃない。
「よし、やってやる」
私は配信開始ボタンを押した。
【午後8時00分 配信開始】
『YUICA♡×鳳凰院セイラ 世紀の人生相談対決 同時配信』
『舞台は、銀河歌劇艦隊 旗艦レッドブロッケンの甲板に設けられた特設会場!』
バトルコラボ配信が始まった瞬間、20万人のチャットが爆発した。
『きたああああああ!』
『今期最大の対決始まったああああ!』
『いきなり同接20万人超えた!すげぇ!』
『なんか色んなメディアが来てるやん!』
『いけぇ艦長!格の違いをみせてやれ』
『お嬢様ああああ!好きだーーーー』
画面には分割表示で、私と艦長の映像が並んでいる。
艦長はいつもの赤い軍服姿で、完璧な笑顔を浮かべていた。
一方の私は、こころなしか緊張で顔がひきつっている。
「やぁ、銀河の民たちよ。今宵は歴史的瞬間に立ち会えて嬉しかろう」
艦長こと鳳凰院セイラが余裕たっぷりに挨拶する。
「あ、えーっと……み、みなさん、こんばんは。YUICAです」
私の声が震えている。
『お嬢様緊張してるwww』
『かわいい』
『姫!頑張れー!』
そんな私を見て、ブタどもが温かく応援してくれる。
艦長「ふふ、ガチガチじゃないか?地雷姫。ビビって朝立ちがおさまんないみたいだな?」
いきなりのジャブ。
そう、艦長はトップVなのに下ネタも躊躇しない。
それが人気の秘訣でもある。
YUICA♡「あらあら、いきなり下ネタに走るとか余裕ないのね。さすが『銀河の頂点』サマ。でも品格は基地に忘れてきたのかしら?」
艦長の挑発に、私は余計なことを考えず素で返した。
テクニックでは絶対に勝てっこない。
でも私だって、この20日間、修羅場を潜ってきた。
だから今の自分の全てを、本能のままぶつけると決めていた。
『お!いつものお嬢様だ!』
『いや、今までで一番キレがいい』
『これよこれ!負けてない』
ブタどもが安心したように盛り上がる。
『おーやるじゃん新人』
『高圧ババァの先制攻撃に耐えた!』
モブ兵団と呼ばれる艦長のリスナーたちも盛り上がる。
艦長「品格だと?貴様こそ『ブタども』とか言ってる癖に何を……おい、今『サマ』ってつけて、まさか馬鹿にしたか?」
YUICA♡「あ、バレた?ごめんなさい『艦長サマ』。ところでその軍服、どこのコスプレショップで買ったの?」
艦長「だれがコスプレババァだって?!これは由緒正しき銀河海軍のだな……あババァとまでは言ってないか」
YUICA♡「漂う昭和感に自覚はあるのね。その『我』とかいう一人称、家でも使ってるの?お母さん困ってない?」
艦長「どんな厨二だよ。さすがにご近所歩けねえわ!!つーか貴様も身バレしたら家族が泣くぞ」
YUICA♡「あなたと一緒にしないでくれる。私の罵倒は愛情表現なのよ」
『はい!愛の奴隷でございます!」
『なんて濃い愛情!もっと!』
YUICA♡「許可なく人語をしゃべちゃだめでしょ?ブタども」
『ブヒブヒブヒ!』
『ブヒーーーーー!』
艦長「愛情でも『ブタ』はひどくないか?我の『モブ』兵団の方がよっぽど品があるぞ」
『いやモブも十分ひどいけどな』
『正直ブタの方がマシすらあるw』
さすが艦長のリスナー達。反応も距離感も抜群だ。
お互いにリスナーとの絡みは互角と言った感じ。
二人の軽い前哨戦の後、司会進行&解説役が登場した。
「皆さん、お待たせしました!本日の進行はわたくし!」
「そして解説には〜特別ゲストとして『天知ひかる』さんをお呼びしてます!」
画面に現れたのは、爽やかな笑顔のイケメンYouTuber。
登録者数1000万人を誇る業界の重鎮だ。
『うぉぉぉ天知さんだ!』
『解説ひかるかよ!豪華すぎるだろ!』
『Vtuberオタクだからちょうどいいね』
チャットが一気に盛り上がる。
「今回の対決、非常に興味深いカードですね〜天知さん」
司会のふりに、天知ひかるが真剣な表情に切り替わる。
「まず皆さんにお伝えしたいのは、今回の勝負、艦長の圧勝予想が多いようですが……」
「僕の予想は違ってて……YUICAさんにもかなり、勝てるチャンスがあると思ってます」
「え?」唐突な天知の予想に私が驚く。
「なぜなら、今回は『人生相談』での勝負だから」
天知ひかるが解説を続ける。
「鳳凰院セイラさんは歌もダンスも、ゲームもイラストも、もちろんトークセンスも日本トップクラス。その道のプロと対等に戦える天才です」
「でも彼女の一番の魅力はその『総合力』なんですよ」
「つまり今回の対決は違うと?」司会が促す。
「この試合はYUICAさんの専門分野である『人生相談』。セイラさんの総合力という最大の武器が封じられている状態」
「例えるなら……総合格闘技のチャンピオンに、新人プロボクサーがボクシングルールで挑むようなものかな」
「なるほど!それで互角の勝負になるわけですね」
会場がどよめいた。
『艦長は縛りプレイってことか』
『たしかにそれならワンチャンあるよな』
『ていうかむしろYUICA有利とか?』
『それでも艦長が勝つだろ、相手は新人だぞ』
「ただし」天知ひかるの表情が引き締まる。
「鳳凰院セイラなら、不利な条件をひっくり返せる相応の対策をしてる。彼女はに勝ちにこだわる人だからね」
「でも間違いなく勝負論がある」
「おそらく、皆さんを楽しませるための彼女らしい演出でしょう」
それを聞いた艦長が不敵な笑みを浮かべる。
「まあ、そういうことだ。地雷姫、準備はいいか?」
「ええ、もちろんよ。艦長」
私の緊張は不思議なほどに解けていた、むしろこの人との勝負を楽しみたいとさえ思っていた。
そして、テンションがいつもの配信モードの集中に変わっていく。
「それでは、今回の対決ルールを説明します」
司会が進行を始める。
「まずは『人生相談』2本勝負。各相談につき、先攻・後攻で回答。相談者と視聴者の反応でポイント獲得」
「2戦終了後で引き分けの場合は、延長戦『トークバトル』に進みます」
「勝負内容と視聴者投票を見た上で……最後は”天知ひかる”さんのジャッジで勝敗を決めます!」
『ルール分かりやすい!』
『公平でいいね』
『さてどっちが勝つかな』
艦長「あと勝負には緊張感が必要だろ?」
YUIKA♡「ええ、そう思うわ」
艦長「罰ゲームとして、負けた奴が勝った側の配下になるって条件でどうだ?」
YUIKA♡「……構わないわよ」
『おー、YUICA♡が銀河過激艦隊に加入?』
『なんで負ける前提なんだよ!お嬢が勝つ』
『なんかすげえ展開になってきたな!』
『艦長が勝ったらマスターズの大勝利じゃん』
コメントの嵐が収まるのをまって、司会が進行を続ける。
「では第一戦の先攻を決めます……」
互いが画面を見る。
「くじ引きの結果、先行YUICA♡です!」
「え、私が先攻?」
緊張が一気に高まる。
先攻は有利な面もあるけど手の内を先に見せることになる。
でも私が得意な『人生相談』なら、問題ないはずだ。
「それでは第一戦、最初の相談者をお呼びしよう!」
(つづく)