10「愛は、どんな技術よりも強いから」
【正午 出版社・休憩室】
私は、出版社に出向き20日間の休みを申請した。
明日からいよいよ、ゆいが考えた修行が始まる。
その日の昼休み。
私は一人で休憩室にいた。
お弁当には手をつけず、スマートフォンの画面を見つめている。
検索ワード「YUICA♡ vs 鳳凰院セイラ 予想」
『【分析】YUICA♡の勝算はゼロ?罵倒芸だけでは艦長に勝てない理由』
『正直、YUICA♡って艦長の下位互換だよね。単発ネタで終わりそう』
『一発芸人が本物のエンターテイナーに挑むようなもん。結果は見えてる』
——やっぱり、みんなそう思ってるんだ。
私は頭を抱えた。確かに艦長は完璧だ。それに比べて私は……罵倒しかできない素人。
「美咲さん?」
休憩室のドアが開いて、同僚のミレイが顔を出した。
「お昼食べないんですか?まるで今夜処刑される死刑囚みたいな顔してますけど」
「例えが物騒すぎるでしょ」
思わず苦笑いしてしまう。
「あ、笑った。良かった、まだ息してる」
「息はしてるわよ、一応人間だから」
「一応って何ですか、一応って」
ミレイの天然ボケに、少し気分が軽くなる。
「そういえば美咲さん、今夜のYUICA♡の決戦見ます?」
またその話題か。
「そりゃまあ……見るかな」
ていうか、戦うんだけどね。
「でもネットだと『YUICA♡に勝ち目なし』って意見ばっかりですよね」
図星を突かれて、私の表情が曇る。
「みんな『罵倒だけじゃ無理』とか『一発芸』とか言ってて」
ミレイが自分のスマートフォンを見せてくる。そこには私が見ていたのと同じような批判的なコメントが並んでいた。
「でも私、思うんです」
「何を?」
「みんな、全然わかってない」
ミレイの表情が真剣になった。
「YUICA♡様の本当のすごさを」
ミレイが隣の椅子に座る。
「美咲さんは、YUICA♡様の何が一番すごいと思います?」
「えーっと……罵倒?」
「違います!」
ミレイがきっぱりと否定する。
「『愛』です」
「愛って……」
「YUICA♡様って口は悪いけど優しいんですよ。なんか照れ屋なお姉ちゃんて感じで」
ミレイの目がキラキラと輝く。
「他のVtuberは、リスナーを『観客』として扱うけど。YUICA♡様は『家族』として扱ってくれる気がする」
「家族?」
「『ブタども』って呼び方も、たぶん愛情の裏返しなんです。だからみんな気持ちいいんですよ」
ミレイが私の目をまっすぐ見つめる。
「今日のバトルもYUICA♡様は一人で戦ってるわけじゃない。私たちブタどもがついてる!」
ミレイの言葉が、胸に深く響いた。
「YUICA♡様は絶対に負けません。なぜなら……」
ミレイが最高の笑顔を見せる。
「家族の愛は、どんな技術よりも強いから」
——愛は、どんな技術よりも強い。
その言葉が、私の心に深く刻み込まれた。
「ミレイちゃん……本当にありがとう」
私は心の底から感謝を込めて言った。
「あなたのおかげで、すごく元気が出たわ」
すると、ミレイの顔が急に赤くなった。
「あ、あああ……ハァハァハァハァハァ」
「え?どうしたの?」
「い、今……まるでYUICA♡様に直接お礼を言われてるみたいで……限界化を」
ミレイが胸を押さえて、ドキドキしている。
——しまった!
私の頭の中で警報が鳴り響く。
「美咲さんて……やっぱ似てますよね」
ミレイが私の手を掴む。
——疑ってる?身バレする?!
やばい、どうしよう!
「ほら!」
そう言うとミレイは、私の手を自分の胸に押し当てた。
「……えっ!?」
「こんなにドキドキしてます」
確かにドキドキしてるっていうか……
柔らかい、そしてけっこう大きい!?
そしてなぜか私もドキドキしてきた。
——なんだこのシチュエーション。
下手な二次創作みたいになってないか?
「あ、あー!そうそう!」
私は慌てて手を引っ込めた。
「ちょっと用事があったんだ!じゃ、じゃあねミレイちゃん」
私は立ち上がると、慌てて休憩室から逃げ出した。
「美咲さん……やっぱ今日ちょっと変ですよ」
ミレイの声が後ろから聞こえるが、振り返れない。
休憩室のドアが閉まる瞬間、火照った顔でこちらを見つめるミレイの姿が見えた。
——やばすぎる。
でも、ミレイの言葉は本当に嬉しかった。
(愛は、どんな技術よりも強いか……)
そうか、私ひとりで戦うわけじゃ無いんだ。
ゆいもいる、そしてブタどもがついている。
——地獄のコールセンター修行編へつづく。