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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

バーサーカーがキレちまった

作者: 丘上



 「それでは失礼します。長い間お世話になりました」

 「散々引き止めたが結局変わらなかったか。いいか、お前は自分で思っているよりはるかに注目されている。敵味方は多く、引退(これ)で味方は減ったんだから、身辺には気をつけろ」

 「えっと、ご忠告ありがとうございます?」

 「ハァ、分かってないか、まぁいい、グッドラック」


 それなりに有名なのは自覚していますよ。

 私は基地の薄暗い廊下を歩きながら口の端を緩ませる。ここを通るのもこれで最後かと思うと感慨深いですね。

 約三百年も軍に所属して軍曹止まり。まるで出世できず、極めて生存率の低い戦場で最前線を張り続けた。「どっちが似合う?」クイズに正解するより大変な毎日だったと自負しております。私は軍関係者の間では名物おじさんでしょうとも。


 基地の出入り口付近にある事務所でカードキーの返却手続きを行う。

 私の名前、ハルス・ミューラーと五分刈りのいかにもな軍人顔の写真が載ったカードを数秒見つめる。若い頃の施術によって見た目がまったく変わらなくなって、時々どうしようもなく気味が悪く感じることがあります。人類が不老を手に入れて色々歪んでしまったと、そう使い古された批判文句に共感はするけれど、生まれた時からこういう環境だから具体的に何がおかしいのか、思うことはあっても正しい自信はありません。やれやれ、私も見識を深めるために読書の趣味くらいは持つべきだったか。いや、これから持てばいいだけのこと。やることリスト、心にメモしておきましょう。


 ちなみにカードキーを始め、基地内は指紋認証だのパスワードだの時代遅れなセキュリティに溢れているけど、わざとそうしているらしい。どんなにハイテクにしてもひとつにまとめたら奪われた時が最悪なんですって。要はセキュリティって守る側より破る側のほうが強いんですよ。そりゃ破る側は勝算のある時に破りますからね。当たり前です。


 基地を出てひとつノビ。失礼ですがシャバの空気うめぇー。

 なくなって初めて気付く。私の肩、色々載ってたんですねぇ。


 午後三時、スキップしそうなほどうかれて喫茶店を出た。喫茶店て響きがもう素敵ですよね。懐古趣味というか数万年前レベルの元ネタを知るわけないから雰囲気を楽しんでいるだけですが、すらんぷニンギョー、ソージキの食器、すまっしゅブロウ、私大好きですよええ。


 うかれてる理由? ウフフ、それはですね、友好国のリーマン証券国についてはご存知かと思いますが、あそこの国債は信頼度アガルタ星系ナンバーワンなんですよ。手堅すぎて利回りはお察しなんですがそれはそれ、特殊国家公務員三百年の退職金を全ブッパしてやりましたよフハハハハ。いやぁ今までギャンブルとは無縁の性格なもので、珈琲を飲んで平静を装いながらも、ホロ(※ホログラム画面)をタップする指が震えてしまいましたよお恥ずかしい。


 しかし遂にやり遂げましたよ。周囲から散々狂人呼ばわりされながら戦車や戦闘機や機動兵器を駆ってなんなら生身ですら戦場を飛び回り、戦友の死体ごと爆散するスクラップを煙幕代わりに敵に肉薄して血祭りにあげる。そんな正気じゃいられない非日常な日常を三百年も続けたのは全てこれ、安定安穏な隠居ライフの実現のためっ!


 あぁー、なんて空は青く、世界は美しいのでしょう。血と硝煙とレーザー乱舞の地獄よサラバ。私は明日より花を愛で、畑を耕し、書に親しみ、詩を口ずさみ、雨音を子守唄にうたた寝する、そんな悠々自適な仙人モードに突入するのです(かすみ)を頂きますよフォッフォッ。

 欲を言えば素敵な奥さんが隣りにいたらもう満たされすぎて絶滅した宗教とやらを起ち上げられそうですが、流石に、ねぇ? 暴力に首まで浸かった自分がまともとは思っていませんから。

 よし、犬猫二匹ずつ飼いましょう。贅沢しなければ配当金だけで何不自由なく暮らせるお大臣様ですからねフハハ。

 見てるか昔の私、いや、俺。成り上がっちまったよ。もうこの先の景色はどこもかしこもレインボーだよ全ての生命にさちあれっ。


 さぁ、今日くらいは自分にご褒美ですよ。今まで足を踏み入れたこともない一流ホテルの最上階を予約済み。これまた着慣れていないオーダーメイドのスーツに身を包んでいざ出陣。三ツ星レストランで夜景を観ながら祝杯をあげますわだじっ、ごごまでぎまじだよぉー。


 

 翌朝パジャマを脱ぎ、全裸の仁王立ちでガラス越しに光り輝く都市を眼下に一望し、これなんのコスプレか由来を知らないままバスローブを着てソファーに沈んで足を組み、手持ち無沙汰だから壁面ディスプレイにニュースを映し……、てしばらくフリーズ。おや? うかれすぎて言葉が分からなくなってしまったようだ。


 『リーマン証券国滅亡』


 これなんて読むのだったか。あー、分かったどうせアレでしょドッキリ。やだなーもうタチが悪いったら不謹慎ですよまったく。私が知らないだけで世間はエイプリルフール的ななにかで遊んでいるのでしょうねおじさんまんまとひっかかってしまいましたよウフフ銀河ネットにエピ書いて拡散してやろうかしら。

 はいはいひっかかったら最後まで読んでやりますよナニナニ?


 『現地時間六月二二日未明、トランパー防装国が突如宣戦布告と同時にリーマン証券国に侵攻を開始。かねてより存在が噂されていたステルスミサイルB0Keによって国境東側の対空防衛基地複数を制圧すると、混乱に浮足立つ主力の陸軍基地を次々に空爆、首都まで直進したトランパー国主力の機甲師団、通称漢勢爆団は万関全席通称フルハウスを占拠するとさらに百パーセント上乗せなどと謎の声明を発表━━』


 あかん。あきまへん。あくまへんしんしたろかワレ。

 通称ってなんだっけ? てなって後半頭に入らない。


 おっとそれより一応、一応ね、おじさんが血と汗と涙と命と正気と人間性を注いだ三百年の結晶の行方を調べてみましょう。大丈夫大丈夫、いくらなんでもアータ、ボーナスもらう度にギャンブルに突っ込むカス共じゃあるまいし、こんなに堅実にコツコツ頑張ってきたおじさんから根こそぎ奪うような輩がいたら、ハハハ、おじさん修羅になっちゃうかも。いいの? 


 『お問い合わせのデータ番号は現在使われておりま(ボギャッ)━━』


 よしっ、おじさん人間やーめたっ。殲滅目標はどーこーにーしーよーおーかーなー。


 

 現地時間六月二三日フタマルマルマル。

 環状惑星が真っ赤に染まって綺麗ですねえ。かつて地球にいた人類もこうやって月とかいう星を見上げて愛でていたのでしょうね。

 はいトランパー防装国港湾都市シンデレロにやってまいりました。

 二百メートル前方に軍港エリア。さてどう攻略しますか。とか難しく考える必要はありません。

 来るなよ、来るなよ。そう大声で警告する輩は一生怯えているのです。武装すればするほど怯えているのです。


 失うものがなにもないから躊躇なく突撃してくる狂戦士(バーサーカー)を。

 

 ガチャリ


 「な、なん」


 ゴキュ


 一時停車中の軍用トラックのドライバーを始末して席に座り、速度オーバー即停止とならないようハンドル下のカバーを外して配線ブチっ。安全装置が多すぎてハイテクは大変ですよね。軍にいると応急マニュアルとして乱暴な裏技をいくつも学びますが。


 アクセルべた踏みでエリアゲートへワッショイ。

 流石に軍事施設は対応早い。猛スピードで迫るトラックを認識するやいなや入口に何本もポールが生えてバリケード完成。でもね、ゲートを通過させないなんて、そんな常識的な考え方は甘いですよ。バーサーカーはゲートを通過するつもりはないのですから。


 手前で飛び降りた私を残してトラックはゲート隣りの詰所へドカン。ついでに事前にゲットした手榴弾をポイ。荷台に積まれた物が何かは知りませんが火気厳禁のステッカーはもう前フリですよね。


 ドゴンと重低音がいくつも響いて入口は吹き飛び砂埃が一面を覆っています。これ幸いにスタスタ侵入成功。

 隠密なんてコソコソはしません。ひとり残らず始末します。視界の効かない中を私以外全員敵。楽でいいですね。

 敵襲、と叫びがあがってからはナイフによるサイレントキリング一本から銃撃も織り交ぜます。敵さんパニックですね。味方の影に発砲するビビリさんに苦笑が漏れます。

 流石に遮蔽なしの生身で多対一はただの自殺行為なので、砂埃が収まりそうな頃合いをみて勝手に奥に侵入します。

 途中ひとり始末して小部屋に運んで着替えると、もう敵さんは私を見失います。数百数千の兵士が勤務する基地をひとりで攻撃してきたらどう対処するか? なんてマニュアルはないでしょ。なんにでも当てはまりますが、まっとうな組織ってイレギュラーに弱いんですよね。私が三百年生き残った理由でもあります。


 とりあえず小走りで埠頭へ。司令部はそっちじゃない? いえいえ、頭を潰して戦術的勝利、なんてどこの切れ者軍師さんですか。そういうまともな凄い人はどんどん出世しますよ。

 敵は皆殺しがモットーの脳筋な私にできることなんて単純明快です。何故か誰にも理解されないのですが。


 停泊中の巡洋艦に乗り込み狭い通路を小走りにエッサ、ホイサ。艦橋についたらアサルトライフル連射しながらお邪魔しまーす。跳弾が視界をヒュンヒュン横切りますがワンマガ、ツーマガ、三回弾倉交換して撃ち尽くしたら立っているのは私だけ。

 運悪く弾が当たったらどうしよう? とか不安になる人は軍に入っちゃダメですよ。今日中に死ぬに決まってんだから何一つ我慢するな、このノリがサイツヨです。


 血だるまの下士官を椅子から蹴飛ばし、火器管制コンソールパネルとにらめっこ。

 技術っておもしろいもので、例えば乗り物を便利にしようと考えたら自動運転って誰でも思いつきますよね。そんな技術は途方もなく大昔に実用化されました。が、今はほぼ存在しない。娯楽のなにかに利用されるくらいです。何故か。自分で運転できなくてつまらなくていらない、という人が多数だからです。便利であればあるほど良い、とはならないの、おもしろくないですか?

 それとはまた別の理由で、兵器関連も不便なほうが需要があります。平たく言うと、猿でも乗りこなせる宇宙戦艦くらい造ろうと思えば造れるけど、一般人の手に渡った時が怖すぎる、ということです。だからわざと難しく造られています。


 まぁ三百年も軍にいたら自分でも把握してないくらい資格とってますが。

 アナログなスイッチを順にオンオンオンオン。ちょっと少年心をくすぐられますね。オールグリーンでスタンバイオッケー。

 座標を求められて宙に浮くホログラムの地図をピンチアウトで拡大。ココとココとココとココって次々タップ。

 一旦斜め上にふんぞり返っている艦長席に歩いて、位置が分からなくて少し指をさまよわせてからのー、ココってボタンをポチる。いちいち責任者の許可が必要ってメンドーですね。

 とんぼ返りして二重のセーフティを解除して、地対艦ミサイル全弾発射。周辺区域の軍事施設を根こそぎ更地に変えましょう。

 ココ? ミサイルと同様、運転はともかく射撃はAIのサポート必須だし各種自動化されていますよ。えーとポートサイド、左舷側に機関砲全門ロックオンしまくりーのー、船首を十二時として、十一時から七時まで旋回水平射撃、撃ち尽くせー。


 侵入から十五分経過。これくらいにして、増援がくる前にズラかりますか。

 船尾格納庫に揚陸艇とアレがあるはずだし、フフフ、今夜が私の命日と腹をくくって派手に挨拶してやりましょう。

 

 

 フタフタマルマル、はいやってまいりましたトランパー防装国首都ワシンプソンA.C。

 海中から伸びた潜望鏡越しの夜景を眺めながら補給食(レーション)をクピクピ味わう。ゼリー状のいなり寿司、私の好物です軍を辞めても独自ルートで買い占めます。酢飯感をどうやってだしているのか企業努力スパシーバ。

 

 じゃ、行きますか。


 揚陸艇サブマリンモード解除。

 この国のお家芸のステルスモードも解除。

 流石に敵さんも犯人(わたし)を特定、揚陸艇パクられた、などの情報から首都攻撃を警戒していましたか。一瞬ではるか遠くの無数のヘリからサーチライトが飛んできました。いいですよ、もっと注目して下さい。そこに私はいませんし。


 全長十六・六メートル。汎用人型機動兵器ex.arms(エクサームズ)起動。

 リモートで揚陸艇のロケット全弾発射。設定した目標、海岸から二キロほど先にある政治の中心地、ノースダックストリートに向けて赤い星だけ鮮明な夜空に約五十本の白煙が尾を引く。


 少し方角のズレた海岸から上陸した私は白煙を見送りながらアナログスイッチをペンペンペンペン。

 優秀な何人かにライトを向けられた機体を小走りさせながらバーニアの出力を上げて加速。

 小高い丘を踏み台に大きく幅跳びしたら使い捨ての後背補助プースターに点火。ほんの数秒爆発みたいな白い炎を噴き出し宙空の白煙を追い越してヘッドマウントディスプレイに映るは権力者たちの牙城パープルキャッスル。

 ブースターをパージしてブレーキ代わりに空からヘビーマシンガン無差別フルオート。お庭にダイナミックピンポン夜分遅くにごめんくださーい。


 一拍遅れてロケット弾の雨もとうちゃーく。半分くらいは空中で迎撃されたけど残りは私の周辺に降り注いだ。道やビルを破壊して少しは援軍を妨害して欲しいですね。


 「元グリフィン連邦陸軍赤雷大隊所属第……、えーと、は? ああ、あー、ハルス・ミューラーに告ぐ。私は」

 「おいおいおい本物のバーサーカーだぜ俺が一番乗りいっく」


 おや? 同じ国の機体だからですかね。通信を共有しちゃってるのでしょうか。そんな機能は初耳ですが。おっと私に言っているのですか。アハハ、所属はどれがどれだか分からないってあるあるぅ。

 ともあれ当たり前っちゃー当たり前ですが、私と同じ機動兵器がワラワラ現れました。私の機体と違ってカラーリングが派手なのがちょっと不思議です。あー、なるほど、傭兵っぽいですね。いくら戦力の多くが他国で活動中とはいえ、最重要拠点の防衛を傭兵にさせるってなかなか非常識ですが。まぁ私が気にすることではないですね。


 一機が突出してサーベルを振りかざしたから私も前進しながら抜刀して腰斬します。機動兵器で縮地って私しかできないらしいです。両膝の油圧をコンマ一秒消して前に落ちるだけなんですけどね。失敗したら敵の前で両膝ついてこうべを垂れるギャグムーブだから怖いらしいです。やれやれ。


 「プーちゃん、貴様ぁ」

 「おい勝手に仕掛けるなっ。ハルス・ミューラー、まずは止ま」

 「おいコイツ話聞こえてなくね?」


 失礼な。聞こえていますよ。むしろこちらこそ問い詰めたい。このシチュエーションで足を止めるバカがいると思っているのですか? ちょっとこの人たち頭がアレなのかな可哀想に。

 斬り捨てた速度のまま集団に突入。フレンドリーファイアを恐れて銃撃は難しくなります。多対一の基本ムーブです。一番便利な盾は敵。テストにでますよ。


 「メドウっ、距離を開けろっ。ジェフィーっ、狙撃いけるか」

 「フッ、任せろ」

 「ぅおいっ、バーサーカーはともかくお前らは聞けよ私は雇い主だぞ」

 「黙れオッサン、星系一の危険人物(イカレヤロー)を殺して名をあげる絶好の機会だぞ逃がすかよ」

 「コイツ懸賞金もあったよな。まだ有効だろ」

 「ああ、軍の一員じゃなくなったロートル相手なんぞボーナスだよなゴチでーす」


 フフフ、元気ですねぇ。そうですよ、私なんて引退した老兵なんだからナメて向かってくるくらいでちょうどいいのです。

 ただ、私に聞こえる状態で通信するのはどうかと。それともどこかで私を騙すトリックプレイを仕掛けるのでしょうか。


 見える範囲にスナイパーはいない。私が今の私を狙撃するなら建物屋上、足場があるのはあのへんかな。じゃあそちらに背を向けて、右斜め前の誰かさんに刺突、左側で振り下ろすサーベルを空振りしてこれみよがしに至近距離からバックステップする推定メドウさんとやらの右手首を左手でキャッチ、ほんの一秒、両者のチカラが均衡を保って止まりました。さて、スナイパーは引き鉄を引きますかね。

 メドウさんを引き寄せ私は前進。両者の位置が入れ替わると同時にメドウさんの機体に風穴が。ゴチでーす。


 「メドウっ、貴様っ、貴様ぁぁぁ」

 「なぁ、なんでコイツ死なねぇの?」

 「ヤベぇよコイツ、伝説のまんまじゃん」

 「日和るの早いわ勝手に仕掛けてどーすんのコレどうしたらいいミューラー聞こえているよな頼む一回落ち着こう?」


 なんです伝説って。私は常に落ち着いていますよ。あなたこそ深呼吸したほうがいいですね。文脈から察するに大統領とかそんなポジでしょうか。

 何故死なないのかって失礼な。

 ちょっとおもしろい考察をしてみましょうか。

 いにしえの、えーとなんだったか、百年? 千年戦争? そんな感じの地球の歴史のお話ですけどね、そのころの飛び道具は弓矢という原始時代でありまして、弓矢から守るための鎧や盾を作って改良して、鎧や盾を貫く弓矢を作って改良して、時代が進むと鎧は消えました。

 何故か。フリューテッドアーマー、とかって言いましたか。実物はもちろん見たことのない、図鑑かなにかの挿絵でしか見たことのないとてつもなくファンタジックな美しい鎧がありました。これが鎧の頂点です。

 人間が着て動ける上限の重さの範囲で最高の防御力を得るために、薄い鉄板を波立たせて破壊力を分散させようというコンセプト、叡智を感じますよね。

 それでも弓矢に貫かれて鎧の開発者たちは心折れたのです。

 ちなみにガラパゴス化と言って島国のせいで独自進化を遂げた奇妙な地域もあったらしく、最初から盾を持たず、しまいには鎧も捨てて刃物を振り回すバーサーカーだらけの民族がいたそうな。古代ロマンの極みですね。


 つまり盾と矛の矛盾のお話は矛の勝ち。セキュリティは破る側が強いのと同じ。ディフェンスよりオフェンスのほうが強いのです。

 何故私は死なないのか、負けないのか。車に轢かれる猫のように、身の危険を感じた時に硬直するのは生理現象であり、ほとんどの人はそうなりますが、私は動けるからですよ。

 守りの本能が欠けているからですよ。

 投資して利子で暮らそうなんて守りの姿勢をとったからこうなった? グハァッ。


 「なぁミューラー聞いてくれよ。お前、自分の影響力が分かっているのか? バーサーカーと出会って生き残ったヤツは出世する。そう言われるくらい、お前は敵を殺しまくったし、世界各国の生き残った軍人は仔犬のように怯えてしまう。まさに生ける伝説なんだよ」


 世界各国の兵士と私は殺し合ってきた、という事実がゾッとしませんか。

 一度でいいから地球人(せんぞ)と対話してみたいです。寿命が百年もなかったとはどんな感覚なのか。儚い命を謳歌するために平和があったのか。

 この世界は狂っています。

 人は永遠を生きられるようには設計されていないのに、不老になれる機会を捨てて短い人生を選べる強い人はいません。自動運転は簡単に捨てたくせに。便利であればあるほど良いとはならないって知っているくせに。

 そして当然反動があります。個人差はありますが百年から二百年ほど生きると、生きることに飽きます。あるいは凡庸な日々がこの先数百、数千年続くと想像してヤケをおこします。本当に数千年生きる人は都市伝説でしか聞いたことがありませんが、想像はしてしまうのです。

 結果、ギャンブルに手を出します。賭けるものはお金ではなく命です。

 そう、かなり多くの人が一度は軍に入隊します。みんなが経験して自分がしないとヘタレ扱いされる、という同調圧力もあるのでしょうが、進んで死にそうな目に遭おうとします。


 「お前が退役を上官に相談した日付けを覚えているか? 去年の暮れだ。諜報員経由で星系中に伝わって裏でお祭り騒ぎになったとか、お前知らないだろ」


 そりゃ裏でなにやろうと知りませんよ。

 弓矢と鎧のあとも、オフェンスとディフェンスの戦いは続きました。

 戦艦の定義を知っていますか? 理論上、自分の主砲で貫かれない装甲を持っていること、です。戦艦がすぐ歴史から消えたのはそういうことです。実戦投入したら航空機のフルボッコの圧勝で装甲盛っても使えねー、となりました。フリューテッドアーマーを作った職人より早く心折れました。

 核やバイオ兵器は『それディフェンス不可能じゃんやりすぎ』となって基本使用禁止になりました。

 

 「お前が退役したから、お前の抑止力が消えたから、お前の所属するグリフィン連邦と同盟関係にあったリーマン国に対し、今まで煮え湯を飲まされた意趣返しも込めて、お前のいなくなる翌日に決行の計画を立てて実行したんだぞ」


 だぞ、じゃねーよ渋いリーダー声でなんかカワイク言うのやめて下さいキモい。

 この感覚、私のほうが変なのでしょうか。

 他国を攻め滅ぼす計画をピクニックのように気軽に立てて実行する人たち。

 スポーツのように軍に入隊して殺し合いのスリルを楽しむ人たち。

 その人たちにキッチリ死を与える私。

 全員狂ってる。


 「実行した翌日に辞めたお前がウチで暴れるってなんなん? え、逆ドッキリ? まさか本当はお前引退してない? やめて怖い怖い怖い」


 あなた口調が砕けてきてませんか。ずっとひとりで通信マイクに喋り続けて感情が昂って情緒が壊れてきたような。怖いのはそちらですよ。


 兵器はオフェンスが勝ち、さらに進化が続き、ディフェンスは紙装甲と揶揄され、アヴォイド、回避が正義となりました。

 しかしオフェンスの進化が止まりません。

 戦車は装甲を固めつつも投影面積を減らして小回りを利かせて戦場の花形であろうとしますが、軍人は花形と思い込もうとしたようですが、確かに一般人を相手には無双できましたが、一般人に毛が生えた程度のテロリストがブラックマーケットで買った対戦車ロケット一発でスクラップになるゴミでした。爆弾を積んだドローンの突撃にボロ負けしました。大金が一瞬で散る戦艦のミニチュア版でしかありませんでした。そうして戦車は現在のように主役ではなくお高いパトカーとなります。

 回避のコンセプトを極めし戦闘機もまた、オフェンスの進化にはついていけませんでした。偏差を計算して照準を合わせるAIが賢くて、速いけど単調な機動では確実に撃墜される的にしかなりませんでした。回避特化のために紙装甲すぎて黎明期の低出力レーザー兵器にすらワンパンされる噛ませ犬に成り下がりました。

 結果━━。


 「ボスぅ、逃げよーギャ」

 「ムリぃぃ、おがーざぁん」

 「なんだよコレぇ、多対一でなんでこうなるんだよぉ」


 ハァ、シラけますね。仮にも戦闘のプロが戦意喪失とか。一度殺しに手を汚したのなら笑って散りなさい。


 歩幅は小さくすり足でワルツのように弧を描いて次々にパートナーを変え、常に一対一の瞬間を持続させるのがコツですが、目の前の相手を横切って複数の視線を遮った直後、リズムを変えます。

 ペダルの重心右足はかかと、左足はつまさき、を反転。手首のスナップ右は時計回り、左は反時計回りで右肩前方と左肩後方のバーニア噴射による高速半回転。直進上、右左右に私を追って向きを変えようとする敵機体。左右の中指薬指小指を強く握って腰の左右にあるブースターをレッドゾーンまで出力増加、踏み込みを加えて低空を飛びながら上半身を捻り、鍛え上げた肉体に負荷(G)を浴びながら一瞬で通り過ぎた直線上には両断された機体三つ。


 「辞めてめでたしめでたしと思いきや国や上官(くびわ)がなくなった狂犬、ドッグランで暴れてんですけどどーすんのコレぇ」


 オフェンスが一人勝ちしてしまった結果、戦場の花形は機動兵器になりました。

 かつては投影面積が大きすぎて現実には使えないアニメの中だけのロマン、と笑われたそうですが、何を作ってもワンパンされるならより複雑な動きが刺さる、となりました。

 要するに、紙装甲の巨大ロボットがなんでも切り裂く高周波ブレードを振り回す絵面。フフフ、かつて地球でジャポーニャという国のシャチライと呼ばれた攻撃特化のバーサーカー(くびおいてけ)が主役になったのですよ。歴史はそこに還るのかよ、て傑作だと思いませんか。


 「なぁミューラー応えてくれ。お前どうして現れた? 今リーマン国に駐留しているわが軍もここ本国もパニックを起こしているんだぞ。おかげで政庁の警備すら民間頼りだ。ウチの軍部は一大隊とはいえ数百年前にお前に皆殺しにされてからずっと、ずーっと、お前を避けていたのに、やっと解放されたとバンザイしたら背後にいるってこのホラーが分かるか」


 あー、ジャポーニャを調べた時にそんな話があったなー。えーとフラワーウェイ、牡丹道路?

 残る隊長機に迫る、フリして方向をズラしてスライディング。屋上から降りて味方に隠れて隊長ごと私を貫こうとは良い具合に狂ったようですがバレバレですよスナイパーの確かジェフィーさん。この戦いで一番気をつけていたのはあなたなので。


 「キヒ、キヒヒヒ、なんでぇー」


 立ち上がりながらすれ違いざま、風穴を空けて倒れる隊長機からライフルを頂き棒立ちのスナイパー機体にフルオート。恐怖に狂う人間をどれだけ見てきたと思っているのですか。

 さて、全員片付いた。援軍はきているようですが瓦礫に隠れて遠巻きに見ているだけですね。

 ぶっちゃけ、もう目標はクリアです。通信している推定大統領が最終目標では? いえいえ、手前の命を賭けもしない文民の命なんて無限に代わりのいる置物です。

 目の前の建物、パープルキャッスルにこの人がいるいないはどうでもよろしい。国家はメンツを潰されたら終わりです。たったひとりにここまで荒らされたこの人はもう終わりです。

 だから最期に少しは会話してあげましょう。


 「私はね、頑張れるだけ頑張って、自分で稼げる限界までお金を貯めて、かつて地球人がセカンドライフ、老後のスローライフと呼んだものを味わいたい。そんな夢を持って生きてきました」

 「ミュ、ミューラー?」

 「リーマンの国債に全財産投資したのに滅亡したら、そりゃ責任者に償ってもらわなければ、ね。分かるでしょう?」

 「えぇー……。えぇー……。お前、今日、たった一日で……、たったひとりでぇぇ……、わが国にどんだけの損害を与えたか分かってるぅ? わが国が総力をあげてリーマンに与えたダメージに並ぶんですけどぉぉぉ、おまぁーのじぇんぶのこんくらい、こーんくらいおおきいの、わかっちぇるぅ?」


 おい、なに会話に一番ダメージ受けてんねん幼児退行すな。


 「まぁ、お互い終わったことは恨みっこなしでいいでしょ。私はもうここを死に場所と決めて最期まで暴れてスッキリしたいだけです。誰も彼もが狂ったこの世界上等、いざ尋常に勝負です。軍人民間人問答無用、全員まとめて派手に打ち上げ美しく散りましょうよ生命の花火ウフフ」

 「もうヤダぁコイツ、じにだぐないよぉ」


 大統領、コミュ障は会話ができないのではなく会話がすれ違うことです。アレ、ガチのアレですよ。て聞こえてますよ推定秘書官。

 あと聞いていたのか、遠巻きに見ていた連中が脱兎モードなんですが。都市に地震津波警報みたいなのが鳴り響いているのですが。


 えぇー……。みんな逃げちゃうのえぇー……。国のメンツは?



 九月に入り心地良い風に肌をくすぐられ、笹の葉サラサラフルサウンドが耳朶をノックし、人里離れた竹林の間に佇む東屋(あずまや)で午睡から目覚める。うーん優雅ですねぇ。今なら地球人の気持ちが分かりそうですよ。五七五のハイーク、いっときます?


 ナインボール ミラクルライフ ベルセルク


 こんな少ない文字数でどう自己表現しろと? 地球人恐るべし。

 なーんてロストカルチャーに想いを馳せながら母屋までお散歩。

 郵便受けに入っていた封筒を開けると一枚のカード。

 新生リーマン証券国、通称リーマン兄貴(ブロウ)の国民証ができたようですね。


 あのあと、トランパー防装国が賠償金を置いて去ったリーマンはサクッと立て直し、なんか私は救国の英雄ポジで下にも置かない待遇を受けまして、ご覧の通り、土地から家屋から至れり尽くせりのお大臣様ですフォッフォッ。

 あんまりこういう他人からの施しみたいな生活はすぐ飽きそうな気がしますが、とりあえず今は穏やかな暮らしを満喫します。

 身の回りの細々とした必需品は揃ってきたから、あとはー、家族をお迎えしても良さそうですね。

 しばらくネットサーフィンしていると、保護犬と目があって一目惚れしました。ウチの子においで。

 場所はウクレレナ美形国。おー流石あの国、ワンちゃんまで美形とは。

 ちょっと遠くて検疫とか大変そうですが、惚れた私の負け、できることはなんでもしますとも。

 待つ間にスンゴイ犬小屋作っちゃおうかな。設営は軍人の基本ですから私スゴイですよフフフ。


 『ウクレレナ美形国滅亡』


 翌朝起きてニュースを観るとデジャブ。

 いやいやいや、いくらなんでもあんな愛らしい動物たちが酷い目に遭うわけないない。もしもそんな理不尽が存在したら、ハハハ、おじさん修羅になっちゃうかも。


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