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第9話 狙撃の極意

 季節はいつの間にか秋から冬へと移ろい、冷たい風が肌を刺す頃、自称ラッパーの青木から久々に連絡が入った。軽く遊ばないかという誘いである。


 気軽な誘いだと軽率に考えて訪ねたのが間違いだった。


 指定された古ぼけたアパートへ行くと、青木が外で待っていた。


「久しぶりだな。いい服着て羽振りよさそうじゃん」


 青木は私の尾州ウールのシャツを見て笑った。


「そっちもジープに乗り換えて、稼いでるみたいじゃないか」


 ジープのラングラーは新しく立派だったが、住環境を見直すべきだと思った。


 案内された部屋は乱雑で、妙に空気清浄機がいくつも置かれていた。青木は紙巻きタバコのようなものを出し、「一本どう?」と促してきた。


「いや、俺はタバコ吸わない」

「これタバコじゃないよ。『草』だよ」


 明らかに法に触れるものだ。私は即座に断ったが、青木は勝手に火をつけ、煙を吸い始めた。すぐに帰ろうとすると、青木は慌てて火を消し、車に乗るように促してきた。


「どこに行くんだ?」


 まともな説明もなく、青木はただ車に乗れとしつこい。渋々ラングラーに乗り込んだ。


 着いた先は河川敷の人気のない場所。そこには黒いワンボックスカーが停まっており、中からニット帽を深くかぶった細身の男が降りてきた。


 青木が挨拶を交わした後、「ちょっと通訳してくれ」と耳打ちしてきた。すぐにその意味を理解した。男は手話で何かを尋ねていた。


 私は手話を使って通訳を始めた。どうやら青木は耳の不自由な相手に『草』を売っているらしい。あまりいい気分ではなかったが、場を壊すわけにもいかず、通訳を続けた。


 取引が終わり、ニット帽の男は満足そうに去った。青木は礼に夕食を奢ると言ったが、気が進まず、代わりに帰り道でコーヒーだけ付き合った。


「こんなことに巻き込むなよ。説明もなかったぞ」


 青木は眠そうな顔で曖昧に返事をするだけだった。彼とは今後距離を置こうと決めた。


 ある日、街でゴロスケと偶然再会した。彼は相変わらず違法な『夜の仕事』を続けているようで、短い立ち話をしただけだったが、もう会うこともないだろうと感じた。


 そんな季節が過ぎ、私は数年ぶりに恋人ができた。マッチングアプリで知り合ったサトミという女性で、高校の英語教師をしているという。久しぶりのまともな付き合いに、私は少し緊張したが、サトミは気さくで明るく、すぐに打ち解けられた。


 サトミとは喫茶店でデートをしたり、キャンプに出かけたりした。キャンプでは無難に防災食を食べ、炭火でカルパスを炙るなど、気軽に過ごした。


 次の休日にはサトミの趣味であるヨガを教えてもらうことになり、彼女のアパートを訪れた。ヨガは思った以上に心地よく、身体が温まり、心も穏やかになった。


 そのまま自然な流れで距離が縮まり、二人でゆっくりと時間を過ごした。私にとってそれは、これ以上ないほど幸せで穏やかな時間だった。


 冬が深まり雪が降る頃、ネフェルの仕事は安定していたが、私自身はこの先のことを考え始めていた。


 ある日、イチムラの施設が突然爆破された。神道寺は業者間の揉め事が原因だと推測し、報復措置を取ることに決めた。私には遠くから相手を威嚇する狙撃を任されたのだった。


 神道寺によれば事故ではなく、それまで廃棄物を処理していた業者が仕事を奪われるのを危惧して、そういったことを生業とする産業スパイを雇ったのではないかという。

 もちろん、親玉を見つけ出し報復するということになった。

 

「黒川、おまえには狙撃をしてもらう。なに、驚かすだけだ。身体に入れたりしない」

 敵の親玉と、その所在地がわかったのは、すぐだった。いわゆる反社会的組織の構成員で役職も上位のものらしい。

 その会合の時に、遠い距離から狙撃して電灯を割るという威嚇行為が目的だった。

「わかりました。ただ次の仕事が最後にさせてもらいます」

「なんだ、足を洗うのか。好きにすりゃいいさ。ただ引き受けた仕事はきっちりやれよ」

 その日から、狙撃の練習に励んだ。

 狙撃に使用する銃はm16アサルトライフルである。

 モデルガンを使った射撃予習も、実弾を使った射撃訓練も行い。

 当日を迎えた頃には、三〇〇メートル先の的にも安定して着弾することができるようになっていた。

 標的がある場所は、港街にある建物の一室で、そこで会合が開かれる。

 私たちは、近くのビルの屋上をベースにして狙撃のタイミングを待っていた。

 観測手の神道寺は双眼鏡で周囲を確認し、私は照準器から標的を覗く、電灯を割るだけだが、人がいる場所に実弾を打ち込むので、流石に緊張する。

 緊張を緩和させるために、射撃の基本を思い出す。

 射撃は、姿勢、呼吸、狙いの順番に重要だ。

 私は、身体が安定する位置を見つけ、呼吸を整え、照準を合わせる。

 ピタッと馴染んだ感覚が心地よい。

 人馬一体というか、馬ではないのだが、私は銃との一体感を味わえる程、練度が向上していた。

 神道寺のインカムに無線が入った。少しやり取りをした後。神道寺は私に対してこう言った。

「予定変更だ」

 私は、実弾を撃ち込まずに済むのかと期待した。

「九時の方向の髭面の男を撃て」

 冷たい汗が背中をつたった。

「話が違いますよ」

「俺が合図したら、撃て、安全装置を解除しろ」

 思いとは裏腹に、私は安全装置を外した。

 鼓動で狙いが、ズレるのがわかる。

 視界の色が飛んだ。

 その時、神道寺が笑ったような気がした。

「やっぱり、まだ早かったな。よし、安全装置をかけろ」

 何が早かったのかは定かではないが、私は言われた通り安全装置をかけると、安堵のため気をついた。

 弾を抜いたり、銃を分解して、片付けていると。

 神道寺が缶コーヒーを買ってきて、一つ私に放ってくれた。

 肩を並べ夜景を見ながら、一服する。

「どういう話になったんですか?」

「業者の利益を確保できるようにするってことで、話がついたみたいだ。よろっと帰るぞ」

 結果的に狙撃せずに済んだが、もし、あの男を撃っていたらどうなっていたのだろう。

 元自衛官、反社会的組織構成員を狙撃。なんて見出しはマスコミが喜びそうだ。

 私は残りのコーヒーを一気に飲み干し、顔の脂汗を拭った。

 この一件で私はネフェルとの関わりを完全に絶つ決意をしたのだった。

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