第8話 ハイテクな焼却炉
日当はまた銀行口座に振り込まれていると神道寺から聞かされ、私はここでお役御免となった。議員とイチムラは街へ向かったようだ。
神道寺も、一緒に行ったようで、私は一人取り残された。
自分の家に帰り、コップ一杯水を飲む、イチムラから頼まれた仕事を思い返すと、どれも現実感がない。
しかも今日は、船の上で実弾を何十発も発射したのだ。それだけでも、何らかの法律に反することは私でもわかる。本当に今更だが。
水を飲み、興奮も冷めたところで、とりあえず銀行口座を確認する。
口座には、以前の給与からプラスして、ちょっとした新車を買えるくらいの金額が振り込まれていた。
驚きよりも、まず脳裏によぎったのは「あれ、これってもう就活しなくていいんじゃね?」と言う言葉である。
相変わらずフリーランスという身分ではあるが、ネフェルの仕事を受ければ、コンスタントに大金が入ってくるのだ。
さらに、上手くやればイチムラに社員として雇ってもらえるかもしれない。
興奮している自分に気がつき、頭を冷やすためにランニングを兼ねた散歩に出た。
走ると余計なことを考えずにすむので、私にとって瞑想替わりになっていた。
大分冷静になってきて、家に帰り、汗を流したところでもう一度考えてみる。
「いや、こんなキワドイこといつまでも続けられないな」という結論に至った。
目の前の仕事に集中していて考える時間が無かったが、ドローンで襲撃されるような人物と一緒に仕事をするのは、どう考えても危険である。
確かに、今まで生きてきた中で、法に触れることをやったり、やらされたりしてきた。
自衛官時代に、ブラック企業で勤務していた頃に。
自分の意に反してとは言わない。例え、自分のメリットにならないようなことでも、命令されたことでも、それを選んでやったのは自分である。
今だから、そう考えられるのかも知れないが。
とにかく、どこかのタイミングでこの世界から足を洗う必要があるという結論に至ったのだ。
iPhoneに着信が入った。
神道寺の名前が表示されていた。
「もしもし、黒川です」
「お疲れ様、早速次の仕事について話したいんだが、明日の夜は空いているか」
「はい、明日は大丈夫です」
「じゃあ、十七時ごろに事務所の前に来てくれ」
「わかりました」
用件だけ短く伝えると、神道寺は電話を切った。
どうして、仕事は受けないと言わなかったのだろうか。
また、高額の報酬を期待したためか、自分を必要とされていたためか、あっさりと引き受けてしまった自分がいる。
以前、性風俗に従事する女性の特徴を聞いたことがあった。例えば、自己評価が低い、将来設計ができていない、金銭感覚がズレれている等であるが、私もそれに似た特徴がある。
幸い金銭感覚はまだズレていないが、このまま高額報酬を受け取っていれば、遠からず破壊されるだろう。
しかし、それはそれとして仕事を引き受けてしまったので明日はネフェルの事務所に行かなければならない。
私は、入った金と、これから手に入れるであろう大金を思いながら眠りについた。
次の日、事務所で神道寺と合流した私は、神道寺のジムニーに乗って、とある山の麓まで連れてこられた。
そこには、ちょっとした工場のような建物があり、何人かの人間が働いているようだった。
驚いたことに、警衛所のようなものまであり、神道寺はIDを見せてそこを通過した。
さらに、見張りやだけでなく、監視カメラ、鉄条網等、外部の攻撃に備えたような作りをしている。
そう、これは監獄のように、内側のセキュリティではなく、外側からのセキュリティを備えた場所であった。
まさか、違法なドラッグでも製造しているのだろうか。
敷地を少し進み、適当なスペースに車両を停めると、神道寺と私は工場のような建物に入っていく。
私の思惑とは別に、何か違法なものを作っているという雰囲気ではない。
入ってみて、わかったことだが、工場というより焼却場のような施設なようで、作業員は防護服を着たり、マスクを着用したりしている。
施設にある一室に入ると、イチムラが居た。
「お疲れ様です」
神道寺が入室とともにイチムラに挨拶したので、私もつられて挨拶をする。
「お疲れ様。黒川くんは、ここは初めてだったよね?」
「はい、そうです」
「簡単にここの説明すると、超ハイテクな焼却炉みたいなもんかな」
なんかザックリとした説明だったが、わかりやすかった。
「どうハイテクなんですか?」
「例えば、核廃棄物や永久物質なんかも、ここの焼却炉で処理すれば、無害になり、原子レベルまで分解される。もちろん、普通のゴミや産業廃棄物も同様に処理できる」
イチムラの話では、なんらかのビームを照射することで、そういった処理がなされるということだった。
しかし、にわかに信じられない。平成の世ではオーバーテクノロジーなのではないだろうか。
「すごいですね。正直信じられません」
私は素直に驚きを表した。
それを見たいイチムラは満足そうであった。
「頭脳と技術は、使わないともったいないからね。黒川くんにはここの警備だったり、機械の操作だったりをお願いしたいんだ」
どうやら、この前の仕事ぶりで、イチムラのお眼鏡にかなったようだった。
そして、月々の給与や年収でどれだけ稼げるかを聞かされた私は、先ほどまで、縁を切ろうと思っていたことなど忘れて、二つ返事で仕事の依頼を承服していた。
そして、まとまった額を稼げるようになった私は、約二年の貧乏暮らしの反動もあり、以前の私では考えられない位の豪遊、散財した。
今住んでいる部屋以外にも、もう一つ繁華街の中心部に部屋を借りた。こういった場所は駐車場の料金も高いのだが、気が大きくなり、金銭感覚も崩壊しかけている私にとってはなんともなかった。
飲み会の回数も増えた。この時の私は調子に乗っていたという表現がピッタリ合う、ぽんつくであった。