第6話 海外出張
次の日、私は再びネフェルの事務所に顔を出した。神道寺はデスクの上に数枚の書類を置き、無言のまま私に目配せした。
「昨日話した仕事だが、内容は二つ。海外のある集落で軽火器の取り扱いと格闘術の指導だ」
言われた瞬間、私は思わず顔をしかめてしまった。そんなことを本当に私がやるのだろうかと疑念が頭をよぎった。
「それを私が?」
「他に適任者を探す時間がない。お前しかいないんだよ」
神道寺は淡々と言ったが、その目は冗談ではないことを雄弁に語っていた。いろいろな疑問や不安があったが、今さら言っても始まらない。
「格闘訓練は好きにやれ。火器に関しては、分解結合と簡単な整備くらいはできるようにしといてくれ。射撃訓練は、余裕があればでいい」
「武器の種類は?」
「小銃はカラシニコフとM4、マシンガンはミニミだ」
ミニミ以外は扱ったこともなかったので、正直にその旨を告げると、神道寺は私のスマートフォンを指差した。
「確かアイフォン使ってたよな?」
頷くと、彼は無言で操作し、動画をエアドロップで送ってきた。再生すると、流れるように分解結合を繰り返す映像が映し出された。
「これは?」
「スタッフの一人にこういうのが得意な奴がいてな、そいつに作らせた」
「だったら、その人の方が適任なのでは?」
「本当はそのつもりだったが、今は別の仕事に手いっぱいなんだよ」
それがどんな仕事か聞きたい気もしたが、あえて口には出さなかった。
「とにかく、その動画をよく見ておけ。事務所にはモデルガンもある。姿勢を確認するには十分だろ」
その日から私は、出国までの間を銃器と格闘の予習に費やした。近所の柔道場で黙々と打ち込みを繰り返す私に、周囲は奇妙な目を向けたが、支払われる報酬の額を考えると些細なことだった。
出発の日が近づくにつれ、私は旅支度に追われた。海外に行くのは大学時代の短期留学以来だ。旅慣れたアベ社長に助言を求めると、倫理的に疑問が残るような錬金術まで聞かされ苦笑したが、当然そんな方法は試さないことにした。
現地に到着し、空港で合流したのは通訳兼農業指導担当のツチダという肥満した男と、経営面を担当するという神経質そうなカネダという男だった。ツチダは終始自分の腹を叩き、カネダは無意識に爪を噛んでいた。
彼らと共に移動する車両が、見慣れた自衛隊の高機動車に酷似していたのには驚いた。似ているのではなく、おそらくどこかから横流しされたのだろうと推測したが、深く追求する気も起きなかった。
目的地の村に着くと、すぐに訓練計画を立て始めた。まずは火器の点検を兼ね、自ら分解結合を繰り返しながら指導法を練る。姿勢確認用に空の弾倉を入れた銃を構え、射撃姿勢を繰り返す。格闘術は私が知っている技術を総合し、投げ技や関節技を主体にすることにした。
訓練の前日、村人たちと初めて顔合わせをした。三十七人の男たちが集まり、その中には中学生くらいの少年から私より年上の男まで幅広くいた。ツチダが通訳すると、彼らは好意的に私を受け入れてくれた。
訓練が始まると、案ずるより産むが易しで、村人たちは予想以上に熱心だった。分解結合ではタイムアタックどころか、目隠しで挑戦する者まで現れた。射撃では肘撃ちに苦戦する者が続出したが、自然と村人たちが互いに教え合い、訓練はスムーズに進んだ。
格闘訓練では、乱取りを中心に行った。道具不足もあり打撃技はミット打ちだけにしたが、実践的な寝技や関節技を教えると、村人たちは驚くほど素直に飲み込み、柔らかい砂地で何度も組み合っていた。
また、スマートフォンを使った動画学習が効果的で、彼らは積極的に姿勢や動作を撮影して改善を図っていた。
やがて訓練の期間も終わりを告げ、私は名残惜しくも村を後にした。控えめな送別会が開かれ、村人たちは心から私に感謝している様子だった。私はその光景を胸に刻み込みながら、再び帰路についた。