表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
親友と好きな人の間で  作者: Ray
近づく距離
9/31

第9話

梅雨が最も激しさを増した六月末のこと。


合同企画の打ち合わせ後、美術室で亮太くんと二人きりになった。突然の豪雨で、下校時間が来ても外に出られない状況だった。


「すごい雨だね」窓を打つ雨音に亮太くんは言った。


「うん…」


美術室の静けさは、雨音によって不思議な空間を作り出していた。時間が通常とは違う流れ方をしているような感覚。


「今描いているのは?」私は亮太くんのイーゼルに目をやった。


「ああ、これ…」彼は少し恥ずかしそうに風景画を見せてくれた。「海岸線の絵なんだけど、何か足りないんだ」


私はその絵を見つめた。確かに技術的には素晴らしいのに、何かが欠けているような…。


「この波の色」私は思わず言った。「もう少し深みがあれば…海の記憶みたいな」


「海の記憶?」亮太くんは興味深そうに尋ねた。


「うん、波が記憶を運んでくるような…」言葉に詰まりながらも、感じたままを伝えようとした。「過去と未来が交差する場所としての海」


亮太くんは一瞬驚いたような表情を見せた後、笑顔になった。「素晴らしい表現だね。その言葉をもらえないかな、このタイトルに」


「え、いいの?」


「うん、『海の記憶』。紅林さんの言葉が、この絵に命を吹き込んでくれた」


彼の言葉に胸が熱くなった。自分の言葉が誰かの創作に影響を与えるなんて、初めての経験だった。


窓際に立つ亮太くんのシルエットを見つめながら、私の心は静かに、しかし確かに高鳴っていた。その瞬間、脳裏に結花の笑顔が浮かび、胸が締め付けられるような罪悪感を感じた。


彼の横顔。窓からの光に照らされて、まるで絵画の中の人物のよう。思わず見とれてしまう自分がいた。


*私は一体何をしているんだろう。結花の気持ちを知っているのに。*


雨は次第に小降りになり、私たちは学校を後にした。別れ際、亮太くんは「また明日」と言った。その言葉が、嬉しさと苦しさを同時に運んでくる。


家に帰る道すがら、空には梅雨の合間の短い夕焼けが広がっていた。オレンジから紫へと変わりゆく空。亮太くんが見せてくれた絵のような空。


私は足を止め、その空を見上げた。


*二つの月のように、二つの気持ちの間で揺れ動く私。どちらの光に導かれるべきなのだろう。*


スマホが鳴り、画面を見ると結花からのメッセージだった。

「明日の放課後、亮太くんと調べ学習するの!応援してね♡」


メッセージを読み、私はため息をついた。返信を送りながら、心の中で自問した。


*このまま正直に生きられないとしたら、私はどうなってしまうのだろう。*


海を眺めながら約束した日のことを思い出す。あの日は三人で「正直であること」を誓ったはず。でも今の私は、その約束から少しずつ遠ざかっていっている気がした。


梅雨の雨のように、私の気持ちも曖昧に、そして確実に変わりつつあった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ