第7話
梅雨の季節が訪れた六月中旬、合同企画の準備は本格化していた。
図書室で資料を探す亮太くんと私。彼は芸術書のコーナーで、私は文学のコーナーで、それぞれ参考になりそうな本を探していた。
「紅林さん、これ見て」亮太くんが一冊の画集を持って近づいてきた。「この画家の色彩感覚、言葉で表現できると思う?」
彼の傍に座り、開かれたページを見る。鮮やかな夕暮れの風景画。橙色から紫へと変わりゆく空の表現が美しい。
「なんだか…」言葉を探した。「夕暮れの空が溶けていくような、でも同時に濃くなっていくような…矛盾した感覚があるね」
亮太くんは満足げに頷いた。「そう、矛盾した感覚。それが素晴らしい表現だと思う。言葉は時に矛盾を内包できるから、絵よりも自由かもしれない」
「でも、絵には一瞬で伝わる力がある」私は反論した。「千の言葉を費やしても表現できないことを、一枚の絵で表せることもある」
私たちの会話は次第に熱を帯び、気がつけば閉館時間が近づいていた。図書室を出る頃には、お互いの考え方についてより深く知ることができた気がした。
亮太くんは自分のスケッチブックからページを一枚破り、私に手渡した。
「何これ?」
「紅林さんが言っていた『言葉にできない感覚』を描いてみたんだ」彼は少し照れたように言った。「もし良かったら、これに合わせて何か書いてみてくれないかな」
それは、雨に濡れた窓越しに見える風景のスケッチだった。雫が滴る窓ガラスと、その向こうにぼんやりと広がる世界。なぜか私の心を強く揺さぶる一枚だった。
「ありがとう。大切にするね」私はそのスケッチを手帳に挟んだ。「必ず何か書いてみるよ」
別れ際、亮太くんは「また明日」と言った。その言葉に込められた自然な親しみに、私は心がほんのり温かくなるのを感じた。