第30話
夕暮れが校庭を優しく染め始めた頃、校内放送が文化祭の閉会を告げた。生徒たちは片付けを始め、一日の興奮と疲れが入り混じった表情を浮かべている。
陽菜は「言葉と色彩の交差点」の片付けを終え、木漏れ日の差し込む校庭の端に立っていた。今日一日、多くの来場者が展示を訪れ、思った以上の反響があった。自分の書いた文章を読んでもらい、感想を直接聞く体験は、怖かったけれど素晴らしいものだった。
「陽菜」
振り向くと、そこに亮太くんが立っていた。彼の手には小さなスケッチブックが握られている。
「展示、大成功だったね」陽菜は笑顔で言った。
「うん。君の文章があったからこそ」亮太くんは真摯な目で陽菜を見つめた。「さっきの続き、話してもいい?」
陽菜は頷いた。心臓の鼓動が早くなるのを感じながらも、もう逃げることはしないと決めていた。
「僕は」亮太くんが静かに口を開いた。「陽菜のことを特別に思っている。それは友達としてだけじゃなくて…」
言葉に詰まった彼は、スケッチブックを開いた。そこには陽菜の肖像画があった。本を読む彼女の姿。でも単なる写実ではなく、彼女の内面の豊かさや繊細さまでも捉えた、愛情に満ちた一枚だった。
「言葉より絵の方が得意だから」亮太くんは照れたように言った。
「素敵…」陽菜は感動して言葉を失った。
「でも、僕は結花さんのことも大切に思っている」亮太くんは誠実な目で続けた。「だから、三人の関係が壊れるようなことは絶対にしたくない」
「結花は…」陽菜は少し考えてから言った。「私たちのことを理解してくれたよ。彼女も自分の気持ちと向き合い始めているみたい」
亮太くんは安堵の表情を見せた。「そう、なら…」
彼は一歩陽菜に近づき、静かに手を差し出した。「これからも一緒に、言葉と色彩の交差点を探索していこう」
それは直接的な告白ではなく、二人の関係性への誠実な提案だった。陽菜は微笑みながら、その手を取った。
「うん、一緒に」
少し離れた場所では、結花と健太先輩が次の大会について話していた。二人の間には自然な親しみが感じられる。結花は時折、陽菜と亮太くんの方へ視線を向けては、小さく微笑んでいた。
そして、それらの瞬間を全て見守るように、太一がカメラを構えていた。彼は満足げな表情でシャッターを切り、この大切な変化の瞬間を永遠に残していく。
「よし、いいショットが撮れた」太一は独り言のようにつぶやいた。「これで物語が新しい章に入ったような気がする」
夕陽が沈み始める校庭に、四人の長い影が伸びていた。それはもはや単純な三角形ではなく、より複雑で豊かな形を描き始めていた。互いを尊重し、理解し合う新しい関係性の始まり。
陽菜は深呼吸をして、澄んだ秋の空を見上げた。嵐の後の静けさに包まれた世界は、これまでよりも鮮やかに、そして優しく感じられた。本音で生きることの難しさと美しさを、彼女はようやく理解し始めていた。




