第28話
文化祭当日の朝、学校は活気に満ち溢れていた。校門には色とりどりの風船が飾られ、制服ではなく思い思いの衣装に身を包んだ生徒たちが、最後の準備に走り回っている。
陽菜は文芸部の展示ブースで、来場者に配る冊子を並べていた。何度も読み返した自分の短編小説が、そこに載っている。もう隠れることなく、自分の名前で発表した作品。
「陽菜!」
声の方を向くと、カメラを構えた太一が立っていた。「開会式、もうすぐだよ!文化祭実行委員が探してた」
「あ、そうだった」陽菜は慌てて手を止めた。合同企画の代表として、開会式でのあいさつが任されていた。
校庭に集まる生徒たちの中、陽菜は亮太くんの姿を見つけた。彼も美術部の代表として呼ばれているのだろう。目が合うと、亮太くんは小さく手を振ってきた。
校長先生の長い挨拶の後、いよいよ陽菜と亮太くんの番となった。二人は並んでマイクの前に立った。
「今年の文化祭では」亮太くんが落ち着いた声で話し始めた。「文芸部と美術部による合同企画『言葉と色彩の交差点』を開催します」
「言葉だけでは表現できないものを絵で、絵だけでは伝えきれないものを言葉で補い合う試みです」陽菜が続けた。自分でも驚くほど、声が震えていなかった。
「ぜひ多くの方に足を運んでいただきたいと思います」
二人が話し終えると、拍手が沸き起こった。マイクから離れる際、亮太くんがそっと囁いた。
「後で話せる?」
陽菜は小さく頷いた。「うん、展示の後で」
開会式が終わり、文化祭が正式に始まった。校内は一気に来場者で溢れかえり、各クラスや部活の出し物に歓声が上がる。陽菜は文芸部の当番を終え、「言葉と色彩の交差点」の特設展示場となった美術室に向かった。
美術室を改装した特設展示場は、すでに多くの来場者で賑わっていた。壁には亮太くんたち美術部員の絵画が飾られ、それぞれの作品の隣には文芸部員の詩や短編が添えられている。まさに言葉と色彩の交わる空間だった。
陽菜は人々の反応を見守りながら、亮太くんの絵の前に立った。海岸線を描いた「海の記憶」。あの日、彼女が言葉を与えた作品だ。
絵の細部をじっくり見ていくうちに、陽菜は不思議なものに気がついた。波の形の中に、本の形が微かに隠されている。そして、砂浜に落ちた小さなアクセサリー——それは陽菜がいつも手帳に付けているしおりの形とそっくりだった。
「気づいたの?」
背後から亮太くんの声がした。彼は少し照れたような、でも穏やかな表情で立っていた。
「これ…私?」陽菜は驚いて尋ねた。
亮太くんは静かに頷いた。「そうだよ。無意識のうちに描いていたんだ。美月先輩に指摘されるまで、自分でも気づかなかった」
陽菜は言葉を失った。彼の絵の中に、自分を思わせるモチーフがあるなんて。心臓の鼓動が早くなるのを感じる。
「陽菜」亮太くんは真剣な表情で言った。「僕は…」
その時、館内放送が流れた。
「お待たせしました。体育館での特別上映会『私たちの軌跡』、まもなく始まります。文化祭実行委員会と放送部による特別企画です」
「太一の企画だ」陽菜が言った。「見に行かなきゃ」
亮太くんは少し残念そうだったが、理解を示すように頷いた。「一緒に行こう」
二人は人混みをかき分け、体育館に向かった。入口では結花が待っていた。彼女は二人を見ると、優しく微笑んだ。
「遅かったね。前列に席取ってあるよ」
三人は体育館の最前列に座った。結花と陽菜の間に微妙な緊張があったが、以前のような壁はもうなかった。むしろ、新しい関係を模索するような、静かな理解が芽生えつつあった。
体育館の照明が暗くなり、大きなスクリーンに映像が映し出された。タイトルは「私たちの軌跡」。
最初に映ったのは、小学生の陽菜、結花、太一の姿。校外学習で海に行った日の映像だった。
「これって…」陽菜は息を呑んだ。
「あの約束の日」結花も静かに言った。
映像は三人の成長と共に進み、中学時代、そして高校での様々な場面が映し出される。太一は細かい日常の瞬間を捉えていた。陽菜が本を読む姿、結花がバスケに打ち込む様子、そして亮太くんが絵を描く真剣な横顔。
「いつこんな風に撮ってたの…」陽菜は驚きながらも、太一の観察眼の鋭さに感心した。
映像は最近の出来事へと続き、三人の関係に微妙な変化が生まれ始める様子も、繊細に捉えられていた。しかし太一は批判するのではなく、成長の過程として、温かい視点で映し出していた。
最後に映し出されたのは、海辺での今昔の対比。小学生の三人が手をつなぐ姿と、高校生になった今、それぞれの道を見つけ始めている三人の姿。そして「友情は形を変えても、決して消えることはない」というメッセージで締めくくられた。
上映が終わると、会場は深い沈黙に包まれた後、大きな拍手が沸き起こった。陽菜は涙を拭いながら、結花の方を見た。彼女も目を潤ませていた。
二人は自然と手を取り合った。言葉は必要なかった。長い友情の絆は、形を変えながらも続いていくことを、互いに確認し合うような瞬間だった。
太一がステージに上がり、照れくさそうに挨拶をする。三人の視線が交わり、太一は満足そうに微笑んだ。
「あいつ、こんなことを計画してたんだね」結花がつぶやいた。
「自分のやり方で、私たちを助けてくれたんだ」陽菜も微笑んだ。
上映会の後、観客が体育館から出ていく中、陽菜と結花は太一に近づいた。
「すごかったよ、太一」結花が彼の肩を軽く叩いた。「まさかこんな風に撮られてるなんて」
「本当に…ありがとう」陽菜も心から感謝の言葉を告げた。
太一は首の後ろを掻きながら照れ笑いをした。「いや、ただ記録していただけさ。でも…伝わってよかった」
三人はしばらく言葉を交わした後、結花が腕時計を見て驚いた顔をした。
「やばい、バスケのデモンストレーション、もうすぐだ!」彼女は二人に手を振った。「また後でね!」
結花が駆け出していく姿を見送り、陽菜と太一は並んで歩き始めた。
「太一」陽菜は静かに言った。「正直に向き合うって、こんなに難しいことだったんだね」
「だけど、その分だけ価値があるんだよ」太一は優しく答えた。「逃げずに向き合った陽菜は、すごく強いよ」
陽菜は微笑んだ。「あなたがいてくれたからだよ」
太一はカメラを構えながら言った。「さあ、これからが本番だ。亮太に会いに行くんだろ?」
陽菜は頷き、自分の心の中に新しい勇気が湧いてくるのを感じていた。




