第27話
夕焼けに染まる校庭に、文化祭前日の喧騒が満ちていた。あちこちで生徒たちがテントを立て、看板を飾り付け、明日への期待を膨らませている。体育館からは吹奏楽部の練習音が漏れ、校舎の窓には色とりどりの装飾が施されていた。
陽菜は文芸部の掲示物を確認しながら、自然と美術室のある階を見上げていた。亮太くんは今頃、展示の最終チェックをしているだろうか。雨の日以来、まともに話せていない。
「陽菜」
後ろから呼ぶ声に振り返ると、結花が立っていた。海辺での対決から三日。二人の間にはまだぎこちなさが残っていたが、無言の壁は崩れ始めていた。
「結花」陽菜は軽く手を振った。「明日の準備、大変?」
「まあね」結花は肩をすくめた。「バスケ部のデモンストレーション、最終リハーサルが終わったところ」
二人は並んで掲示板に向かい、明日の文化祭プログラムを確認し始めた。
「『言葉と色彩の交差点』、一番目立つ場所に載ってるね」結花がプログラムの中央を指差した。
「うん…」陽菜は少し緊張した面持ちで頷いた。「合同企画だから」
二人の間に短い沈黙が流れた。
「あのね、陽菜」結花が静かに言った。「明日、亮太くんとちゃんと話した方がいいよ」
陽菜は驚いて結花を見た。「本当に…いいの?」
「うん」結花は深呼吸した。「海で話した通り、私たちはもう正直に向き合うべきだと思う。三人とも」
陽菜は黙って頷いた。結花の言葉には、友情を大切にする強さと、新しい可能性を認める優しさが混ざっていた。
「私も…」結花は少し照れたように続けた。「自分の気持ちと向き合ってみようと思う」
言い終えると同時に、校庭の向こうから健太先輩が歩いてくるのが見えた。彼は結花に手を振り、何か話があるというジェスチャーをした。
「行ってきていいかな?」結花が尋ねた。
「もちろん」陽菜は微笑んだ。「…健太先輩と仲良くなったみたいだね」
結花の頬が少し赤くなった。「そう、かな。また後でね」
彼女が健太先輩の元へ駆けていく姿を見送りながら、陽菜は小さく息をついた。変化は少しずつ、でも確実に訪れている。
振り返ると、文芸部室から美咲先輩が出てきた。腕には原稿の束を抱えている。
「紅林さん、ちょうど良かったわ」彼女は穏やかな笑顔を見せた。「明日の冊子、最終確認してもらえる?」
「はい」陽菜は一冊受け取り、パラパラとページをめくった。
「あ、それと」美咲先輩は少し声を落とした。「最後のページ、見てみて」
陽菜が最後のページを開くと、そこには「藤見聡子」という署名で短い詩が載せられていた。
「これは…」
「ええ」美咲先輩は自信に満ちた表情を見せた。「もう匿名ではなく、本名で書くことにしたの。本音で生きる、第一歩として」
陽菜は感動して言葉を失った。「藤堂美咲」と「藤見聡子」。本名と匿名の間に橋を架けた先輩の勇気に、自分も後押しされるような気がした。
「美咲先輩…」
「今日は自分の言葉で生きて」先輩はそっと陽菜の肩に手を置いた。「あなたの物語も、自分自身の言葉で紡いでいくのよ」
夕暮れの校庭に、明日への期待と新たな決意が漂っていた。




