第2話
昼休み、私は結花のクラスへと向かった。教室のドアを開けると、活気あふれる声が響いていた。
「結花ー」と声をかけると、彼女は弁当箱を抱えて急いで立ち上がった。
「陽菜!ちょうどいいところに!」結花は嬉しそうに手招きした。「ほら、あれが亮太くん」
彼女の視線の先を追うと、教室の窓際に一人の男子生徒がいた。やや長めの黒髪に切れ長の瞳、机の上にはスケッチブックが広げられている。窓から差し込む光に照らされた横顔は、まるで絵画の中の人物のようだった。
「へえ…」思わず声が漏れた。結花がよく話していた亮太くんは、確かに端正な顔立ちをしていた。でも、それよりも印象的だったのは、彼が窓の外の風景を見つめる眼差しの静かな熱量だった。
結花は興奮気味に私の腕をつかんだ。「ねえ、どう思う?かっこいいでしょ?」
「うん、確かに素敵な人だね」素直にそう答えた。「結花の気持ちがわかる気がする」
「でしょでしょ!」結花は目を輝かせた。「あのね、今朝の自己紹介で、好きな画家の話をしてたんだけど、すごく落ち着いた声で話すの。そして何より、その…」
結花は少し声を落とし、私の耳元で囁いた。「クラスの課題で、私、亮太くんとペアになる作戦を立ててるの」
「え、もう?」驚きを隠せず声をあげてしまった。
「早い者勝ちだよ」結花はウインクした。「亮太くんのファン、多いんだから」
私は微笑みながら頷いた。「がんばって。応援してるよ」
その言葉を口にしながら、なぜか雨の日の古本屋での記憶がフラッシュバックした。一度だけ、中学3年の終わり頃、古本屋で亮太くんを見かけたことがあったのだ。彼は文学書のコーナーで、真剣な表情で本を選んでいた。その時は結花のことを考え、声をかけることはしなかった。
「屋上で食べない?太一も呼んであるの」結花の声で我に返った。
「うん、行こう」
「あっ、でも先に言っておくね」結花は申し訳なさそうな表情を見せた。「しばらくは亮太くんの様子を観察したいから、お昼は時々このクラスで食べるかも。ごめんね」
「気にしないで」私は笑顔で答えた。「私は文芸部の活動もあるし、お互い忙しくなるかもね」
結花は安心したように笑った。「さすが陽菜、わかってくれる。でも絶対報告するからね!進展あったら即連絡!」
私たちは廊下を通って、立入禁止のはずの屋上への秘密の階段へと向かった。太一がすでに待っていて、私たちが来るのを見るなり、またカメラを構えた。
「はい、チーズ!新学期初日のランチタイム、永遠に残しておこう」
結花は笑いながら、「もう、カメラ向けるの早すぎ!」と言いつつも、ポーズを取った。私も彼女に合わせて微笑み、そのままパシャリとシャッターが切られた。
屋上からは海が見えた。穏やかな青が春の光に照らされて輝いている。その美しさに見とれながら、私は「お弁当開けよう」と言って腰を下ろした。
「ねえ、この景色を見るといつも思い出すよね」太一が海を見つめながら言った。「あの約束」
結花も私も黙って頷いた。小学生の頃、台風前のこの海辺で交わした、「どんなに離れても、会えば必ず本当のことを話そう」という三人の約束。あの日から、私たちは少しずつ成長しながらも、約束を守り続けてきた。
結花は突然立ち上がり、両手を広げた。「今年は絶対、亮太くんと仲良くなる!そして文化祭で告白する!」彼女の宣言が春風に乗って響いた。
「俺は放送部の企画を成功させて、コンテストに応募するぞ」太一も負けじと言った。「陽菜は?」
二人の視線を感じ、私はゆっくりと立ち上がった。彼らほど大きな声では言えなかったけれど、それでも心の中の思いを形にした。
「今年は…勇気を出して、自分の言葉で小説を書きたい」
「おー!」太一が拍手した。「文芸部の陽菜、期待してるぞ!」
結花も駆け寄ってきて、私の肩を抱いた。「絶対素敵な小説書けるよ!私が一番に読ませてもらうからね!」
彼らの笑顔に包まれて、私も笑顔になった。少し恥ずかしかったけれど、言葉にして良かったと思う。この屋上で、海を見ながら交わした新しい約束。今年はきっと、三人それぞれの挑戦の年になるんだ。