第17話
九月初日、夏休み明けの朝。いつもなら結花と待ち合わせる校門前で、私は一人立ち尽くしていた。メッセージを送ってみたが、返信はない。
昨日も、一昨日も。夏祭りの夜以来、結花との会話は妙に表面的になっていた。LINEの返事も遅くなり、電話にも出なくなった。
校門をくぐり、教室に向かう途中、結花を見かけた。彼女はいつもと違う道を通っていた。わざと私を避けているようにも見えた。
「結花!」思わず声をかけると、彼女はゆっくりと振り向いた。
「あ、陽菜…」彼女の表情には、疲れたような影が浮かんでいた。「おはよう」
「おはよう。待ち合わせの場所に来なかったから心配して…」
「ごめん、ちょっと早めに来てたの」結花の声は平坦だった。
廊下に漂う重苦しい空気。夏休み前なら、お互いの休暇の出来事を嬉しそうに報告し合っていたはずなのに。
「結花、何かあった?」勇気を出して尋ねた。
結花は一瞬、何かを言いかけたように見えた。その目には悲しみと怒りが混在していた。
「亮太くんのこと、聞きたくなかったの?」
その問いは、まるで鋭い刃のように私の胸を突き刺した。
「え…?」言葉に詰まる。「どういう意味?」
「何でも」結花は深いため息をついた。「私、教室戻るね」
言い残して、彼女は足早に立ち去った。教室のドアが彼女の後ろで閉まる音が、私たちの間に生まれた溝を象徴しているようだった。
その日の午後、教室を出ると太一が廊下で待っていた。
「陽菜、ちょっといいか」彼の表情は珍しく真剣だった。
屋上への秘密の階段を登りながら、私は太一の沈黙に不安を感じていた。いつもなら冗談を言ったり、カメラを構えたりするはずなのに。
「結花と何かあったの?」屋上に出た途端、太一が切り出した。
「どうして…」
「朝、結花が一人で早めに登校してるのを見かけたんだ。それに、お前たち二人の間に壁ができてるのは、カメラを通さなくても分かる」
太一の鋭い観察眼は、いつも私たちの変化を見逃さない。
「私も分からないんだ」半分は嘘、半分は本当の言葉を絞り出した。「結花が急に距離を置き始めて…」
太一は長い間黙って空を見上げていた。秋の気配が混じり始めた青空には、うろこ雲が広がっていた。
「夏祭りのことか?」彼の言葉に、私は息を飲んだ。
「知ってるの?」
「偶然見かけたんだ。丘の上の三人を」太一は静かに言った。「カメラは持ってなかったけど、その光景は焼き付いてる。お前と亮太の距離感が、ただの友達以上に見えた」
言い訳はできなかった。太一の眼差しは、いつも真実を見抜く。
「私…」言葉につまる。「結花を裏切るつもりじゃなかった。ただ…」
「分かってる」太一は優しく言った。「でも、約束したよな。正直に話すって」
そのとき、私は小学生の頃の約束を鮮明に思い出した。台風前の海辺で、三人で交わした「正直に話し合おう」という誓い。それを私は破っていた。
「どうすればいいか分からないんだ」涙が溢れそうになるのを必死で堪えた。
太一は少し考えてから言った。「自分に正直になることから始めてみたら?自分の気持ちに嘘をつくと、誰かを傷つけることになる」
彼の言葉は、私の中の何かを揺さぶった。自分に正直になる。それは思っていたよりも難しいことだった。




