第16話
八月の夜空に、祭りの提灯の明かりが星のように浮かび上がっていた。地元の夏祭り。露店の匂いと浴衣姿の人々が行き交う賑わいの中、私は友人とはぐれてしまっていた。
「陽菜?いたの?」
声の方を振り向くと、浴衣姿の亮太くんが立っていた。深い青の浴衣が彼の切れ長の目と不思議としっくりと馴染んでいて、思わず見とれてしまう。
「亮太くん…」私は自分の声が少し震えているのを感じた。「友達とはぐれちゃって」
「僕も友人と来たんだけど、人混みではぐれてしまって」彼は微笑んだ。「偶然だね」
この「偶然」が嬉しいような、切ないような。胸の内で相反する感情が交錯する。
「よかったら、一緒に回る?」亮太くんが差し出した言葉に、私は迷わず頷いていた。
祭りの人混みの中を二人で歩く。金魚すくいに挑戦し、彼が上手に掬った金魚を私にプレゼントしてくれた。綿菓子を半分こにして食べながら、私たちは普段以上に自然に会話を交わしていた。
「あのとき勧めた展覧会、行けなかったね」亮太くんはふと言った。
「ごめんね…」私は言葉を濁した。「夏休み、色々と…」
「ううん、気にしないで。また機会があれば」
私たちは神社の裏手、人の少ない小さな丘に辿り着いた。そこからは祭りの全景と、まもなく上がる花火が見える特等席だった。
「ここ、どうやって知ってたの?」驚いて尋ねると、亮太くんは少し照れたように笑った。
「よくスケッチに来るんだ。この景色が好きで」
私たちは並んで座り、祭りの光景を見下ろした。遠くからは太鼓の音が響いてくる。
「陽菜」
亮太くんが初めて私の下の名前で呼んだ。心臓が大きく跳ねた。
「僕、言わなくちゃいけないことがあって…」
その時、空に花火が打ち上がった。大きな音と共に広がる光の花。二人の顔が瞬間的に照らし出される。
亮太くんは私の方を向き、その目は花火の光を映して美しく輝いていた。「僕は…」
「陽菜!ここにいたの!」
振り向くと、結花が息を切らせて駆け上がってきた。彼女も浴衣姿だった。ピンク色の浴衣に赤い帯が、彼女の活発さを一層引き立てている。
「ずっと探してたのに…」結花の目が私から亮太くんへと移り、一瞬驚きの色が浮かんだ。「亮太くん?」
空気が一変した。花火の音だけが、私たちの間の沈黙を埋めていく。
「あの、友達とはぐれて…」私は慌てて説明しようとした。
「そうなんだ」結花の声は明るかったが、その目は笑っていなかった。「私も友達と来てたんだけど、陽菜を見かけたから声をかけようと思って」
亮太くんは立ち上がり、丁寧に挨拶した。「桜木さん、こんばんは」
「こんばんは」結花は礼儀正しく返しながらも、その表情には読み取れない感情が浮かんでいた。
その後の時間は、奇妙な緊張感に包まれていた。三人で並んで花火を見る形になったが、それぞれの心の距離は、物理的な近さとは逆に広がっていくようだった。
帰り道、結花は私と二人になると、唐突に尋ねた。「亮太くんとは偶然会ったの?」
「うん、それぞれ友達とはぐれて…」
「そう」結花はそれ以上何も言わなかった。でも、彼女の沈黙の中に千の言葉が隠されているように感じた。
夏の終わりの夜空には、まだ花火の残像が残っていた。けれど、私の心に広がっていたのは、これから来る嵐の予感だった。




