第15話
夏休み最後の日、校内の特別活動も終わり、生徒たちは帰路につき始めていた。私は文芸部での原稿を書き終え、校舎の下駄箱に向かっていた。
そこで偶然、亮太くんと出会った。彼は絵の具で少し汚れた手で、スケッチブックを抱えていた。
「紅林さん」彼は少しぎこちなく声をかけた。
「亮太くん、こんにちは」私も同じくらい緊張した声で応えた。美月先輩の言葉以来、彼と二人きりで話すのは初めてだった。
「夏休み、もう終わりだね」彼は何気ない会話から始めた。
「うん、あっという間だった」
二人の間に微妙な沈黙が流れた。以前のような自然な会話が、なぜか難しくなっていた。
「あの…」亮太くんが口を開いた。「夏休み中に面白い展覧会があるんだ。もし良かったら…見に行かない?」
その誘いは、単なる合同企画のための提案とは違っていた。より個人的な、そして意識的な誘いのように感じられた。
私は動揺して、明確な返事ができなかった。「展覧会…」
そのとき、校舎の入り口から誰かが出てくる姿が見えた。結花だった。彼女は一瞬、私たち二人を見つめ、その表情が僅かに曇ったように見えた。
私は急いで一歩下がった。「ごめん、考えておくね」と慌てて言った。
亮太くんは少し残念そうな顔をしたが、理解を示すように頷いた。「うん、また新学期に」
別れ際、彼は一度だけ、結花の方へと視線を向けた。そこには、申し訳なさと戸惑いが混ざったような表情があった。
*彼も気づいているんだ。*
三人の間に生まれつつある複雑な感情の糸。それは夏の終わりとともに、より絡み合っていくようだった。
家路につきながら、私は空を見上げた。夕暮れの空には、オレンジと紫が混じり合う美しい色彩が広がっていた。亮太くんの絵のような空。
*二つの月の物語も、いよいよ佳境に入るのかもしれない。*
しかし、その結末が幸せなものになるかどうかは、誰にも分からなかった。




