第11話
翌朝、私は早めに登校した。誰もいない教室で、静かに読書をする時間が欲しかったのだ。しかし校門を入ると、校庭から弾むボールの音が聞こえてきた。
好奇心に導かれるまま、私は音の方へ歩いていった。バスケットコートでは、朝もやの中で二つの人影が動いていた。
近づいてみると、結花と背の高い男子生徒が一対一でバスケをしている姿が見えた。私は木陰に隠れるようにして、その様子を見守った。
結花の動きは躍動的で力強い。彼女のドリブルは素早く、相手の防御をすり抜けようとしている。対する男子生徒も見事な動きで彼女を迎え撃つ。二人のプレースタイルは違うのに、不思議なほど息が合っていた。
よく見ると、その相手は鈴木健太だった。バスケ部のキャプテンで、学年一の選手として知られている。健太先輩は結花より一回り大きな体格だが、それを生かした力強いプレーで彼女に的確な指導をしていた。
「もっと低い姿勢で!そう、いいぞ!」
健太先輩の声が朝の静けさの中に響く。結花は必死の形相で彼のディフェンスをかわそうとする。汗が彼女の額から滴り落ちているのが見えた。
私は彼らの熱心な姿に見入ってしまった。特に結花の真剣な表情には、亮太くんへのアプローチの時とは違う、純粋な競争心と情熱が見て取れた。
練習が一段落すると、二人は息を整えながらベンチに腰を下ろした。私がいることには気づいていないようだ。
「なかなかやるじゃん」健太先輩は結花に冷たいタオルを差し出しながら言った。「でも、まだ力み過ぎてる。もっと自分を信じて」
結花はタオルで汗を拭きながら答えた。「前より全然できるようになったでしょ?」
「ああ」健太先輩は真剣な表情で頷いた。「お前は俺が見た中で一番真剣な奴だ。それだけは誰にも負けない」
その言葉を聞いて、結花が少し照れたように目を逸らした。珍しい反応だった。いつもの結花なら、そういう言葉をさらりと受け流すタイプなのに。
「先輩…」結花が何か言いかけたとき、彼女はふと視線を上げ、私の存在に気づいた。「あれっ、陽菜?」
見つかってしまった以上、隠れているわけにもいかず、私は二人の方へ歩み寄った。
「おはよう」少し気まずく挨拶する。「早朝練習してたんだね」
「ああ、うん」結花は少し慌てた様子で説明した。「次の大会に向けて、健太先輩に特訓してもらってるの」
健太先輩も私に軽く会釈した。「紅林さん、だよね?結花がよく話してる」
「え、私のこと?」思わず尋ねると、結花が急いで話題を変えるように立ち上がった。
「そろそろ教室に行かなきゃ。シャワー浴びて制服に着替えてくるね」
結花は急いでボールを拾い上げ、部室の方へと足早に去っていった。彼女の背中から、何か言いたくても言えないような気配を感じた。
健太先輩はベンチに座ったまま静かに言った。「結花は最近、何か悩みがあるみたいだな」
「え…」
「いや、詮索するつもりはないんだ」彼は空を見上げながら続けた。「ただ、バスケのプレーに感情が出すぎてる。何かを必死に打ち消そうとしているようにも見えるんだ」
その言葉に、私は返答に窮した。結花の悩み——それは亮太くんのことだろうか。それとも何か別のことなのだろうか。私にはもう、親友の心の内が見えなくなっていた。
「でも」健太先輩は穏やかな笑顔を見せた。「結花は強い子だ。きっと自分で答えを見つけるだろう」
その言葉に、私も小さく頷くしかなかった。




