第10話
教室の窓から差し込む七月の強い日差しが、机の上の教科書を照らしていた。期末試験を翌週に控え、生徒たちは神経質なほど集中して勉強している。私も数学の問題に取り組んでいたが、思考が何度も脱線していくのを感じていた。
*x²+2x-3=0の解は…*
答えを導き出そうとペンを走らせながら、私の意識は窓の外へと漂っていく。かつては結花と一緒に勉強していたはずなのに、今は別々の教室で過ごしていた。彼女は亮太くんとの歴史の課題に熱心に取り組んでいるだろう。そう思うと胸がざわつく。
「あの、紅林さん」
隣の席の女子に声をかけられて我に返った。
「答案用紙の端に何か書いてるよ」
はっとして見ると、解答用紙の余白に無意識のうちに短い言葉を綴っていた。「二つの光の間で揺れる影は、どちらにも属さない孤独を知る」
急いで消しゴムで消した。これは私が秘密のノートに書いている「二つの月」の物語の一節だ。どうして試験中にこんなことを?
「ありがとう」小声で礼を言って、慌てて問題に戻った。
しかし集中力はすでに散り散りになっていた。数学の公式を見つめながら、私の心は別の場所へと彷徨っていた。亮太くんとの合同企画のこと、結花の笑顔、太一の「正直じゃなくなった」という言葉…。
チャイムが鳴り、試験終了を告げた。周囲の生徒たちが安堵のため息をつく中、私は静かに答案を閉じた。
廊下に出ると、向こうから太一がやってきた。首からは相変わらずカメラが下がっている。
「やあ、数学どうだった?」彼はカジュアルに尋ねた。
「まあまあかな」と答えつつも、私は彼の目をまっすぐ見られなかった。先日の「正直じゃなくなった」という言葉が耳に残っていた。
「そういえば」太一は歩きながら言った。「この前、結花が亮太に話しかけてるところ撮ったんだ。文化祭ドキュメンタリーの一環として」
「へえ、どんな感じだった?」心臓が少し早く打ち始めるのを感じた。
太一は少し間を置いて答えた。「二人とも楽しそうだったよ。でも…」
「でも?」
「いや、なんでもない」太一は首を振った。「それより、昼食一緒にどう?久しぶりに三人で」
「今日は…文芸部の原稿があるから」言い訳めいた言葉が口から出た。本当は亮太くんとの打ち合わせがあるのだけれど、それを言えなかった。
太一は一瞬、何かを言いかけたように見えたが、結局軽く肩をすくめただけだった。「わかった。また今度ね」
彼が去っていく背中を見送りながら、私は再び罪悪感に襲われた。友達との距離が少しずつ遠くなっていくような感覚。それは私自身が作り出している距離だということも、痛いほど分かっていた。




