第1話
春の柔らかな光が教室の窓から差し込み、新学期の期待に満ちた空気が漂っていた。学校の掲示板前には、クラス分けを確認しようと生徒たちが熱心に名前を探している。
私、紅林陽菜は少し離れた場所から、その光景を見つめていた。緊張と期待が入り混じる心臓の鼓動を感じながら、人混みの中に飛び込む勇気を集めていた。
「陽菜!こっちこっち!」
明るく元気な声が飛んできて、振り向くと結花が手を大きく振っていた。彼女の茶色いショートカットが春の風に揺れ、いつものように満面の笑顔で私を呼んでいる。私は自然と笑顔になりながら、彼女の方へ歩み寄った。
「おはよう、結花。もう見た?」
「まだ!一緒に見よ!」結花は私の手首をつかみ、人混みの中へと引っ張り込んだ。「ねえ、今年も絶対同じクラスになってるよね?去年みたいに窓際の席で、お弁当食べるの楽しみにしてたんだから!」
彼女の強い握力と熱意に身を任せながら、私はクラス表に目を走らせた。まず自分の名前を見つける。2-3組、25番。次に結花の名前を探す。
*お願い、同じクラスでありますように。*
でも、そこには結花の名前はなかった。
「あれ?」結花の声が少し高くなる。「陽菜、見つけた?」
「ごめん…私2-3組だった。結花は…」
結花は焦るように目を動かし、指で名簿をなぞっていく。
「あった!2-2組…」彼女の声が落ち込む。「別々か…」
私たちは同時にため息をついた。幼稚園からずっと一緒だった私たち。昨年も運良く同じクラスだったのに、今年は違うクラス。何だか不安な気持ちが胸をよぎる。
でも次の瞬間、結花の表情が一変した。
「ちょっと待って!」彼女は急に目を輝かせ、クラス表をもう一度熱心に見つめる。「北野、北野…あった!北野亮太、2-2組!」
結花の声が上ずり、私の腕をつかむ手に力が入った。
「陽菜、亮太くんと同じクラスだよ!やばい、やばいよ!」
亮太くん——結花が中学1年生から片思い続けている男子だ。毎日のように彼の話を聞かされてきた私には、まるで旧知の友人のように親しみさえ覚える名前だった。でも実際には、彼とまともに会話したことはない。
「おめでとう」私は心から嬉しそうな結花に微笑みかけた。「チャンスじゃない?」
結花はコクコクと大きく頷き、両手で頬を覆った。「どうしよう、緊張する…でも嬉しい!」
彼女の喜びに心から共感しながらも、私の中に小さな残念な気持ちが生まれていることに気づいた。毎日のお昼休みをともに過ごせないことへの寂しさ。けれど、そんな気持ちは口にしないようにした。結花の嬉しさを減らしたくなかったから。
「やあ、揃ってるね。新学期早々、悪い知らせ?」
背後から聞こえてきた声に振り返ると、メガネをかけた太一が立っていた。首からは、いつものようにカメラが下がっている。
「太一!」結花が声を上げた。「別々のクラスになっちゃったんだよ。でも、私、亮太くんと同じクラス!」
太一は眉を上げ、おもしろそうに私たちを見た。「へえ、それは運命の仕業かな?」そう言いながら、カメラを構えて私たちの方に向けた。
「ちょっと、撮らないでよ!」結花が手で顔を隠す。「朝イチからノーメイク撮影とか反則!」
「いいじゃん、自然な表情。これ、十年後にはいい思い出になるんだから」太一はカメラを目から離さず言った。「陽菜はいいよね?」
私は少し照れながらも頷いた。太一のカメラに収められることには慣れていた。彼は私たちの小さな変化も見逃さない「記録者」のような存在だ。
「で、お前はどこ?」結花が太一に尋ねた。
「俺は2-1組。三人とも別々か」太一は少し残念そうに言ったが、すぐに明るい声で続けた。「でも昼休みは一緒に過ごせるし、それに放課後もある。変わらないって」
「そうだね」私は微笑んだ。「クラスが違っても、私たちは変わらないよ」
結花も元気を取り戻し、拳を突き上げた。「そうそう!それに今年こそ亮太くんと仲良くなるんだから!陽菜、力を貸してね!」
「もちろん」私は頷きながら言った。「私にできることなら、何でも手伝うよ」
「やった!陽菜が一番の理解者だよ!」結花は私をぎゅっと抱きしめた。「その代わり、私も陽菜の文芸部活動、応援するからね!今年の文化祭では絶対素敵な小説書けるよ!」
太一は私たちの様子をずっとカメラに収めながら、首を傾げた。「まったく、女の友情は複雑だなあ。でもいいな、お互いを応援し合えるって」
私たちは笑い合い、チャイムが鳴ると急いで各自の教室へと向かった。結花と別れる廊下の角で、彼女は振り返り、「放課後、絶対合流しようね!」と声をかけてきた。
「もちろん!」私は手を振り返した。
教室に向かいながら、私はふと窓の外を見た。桜の花びらが風に舞い、新しい季節の始まりを告げている。今年はどんな一年になるのだろう。少し寂しいけれど、新しい出会いや発見もあるはず。そんなことを考えながら、2-3組の教室へと足を進めた。