3-ⅰ)徒花〜夢にも思わず
レイたち一行は中部に入り、一番近い街に泊まる事にした。ちょうど4人部屋が2部屋空いていたので、レイ、モー、ヒカル、カヲルと、華夜、美夜、輝夜、サクの男女別に分けて宿泊した。レイが8名分の宿代を支払う。
昨夜の激闘の翌日という事もあり、ほとんどの者が朝寝になった。
「お腹、すいた……」
サクはみんなより早く目が覚めたので、先に朝食を食べに行く事にした。
「華夜お姉ちゃん、わたし、先に食べて来る」
と、華夜をゆすり起こし、「部屋の鍵、しておいて」と頼んで部屋を出た。華夜は寝ぼけ眼で内側から鍵をかけると、再び寝床に戻った。
近くの飲食街でどの店にしようかと、迷うサクに声をかけた人物がいた。
「サク?」
「あ!」
サクが振り向くと、そこに背の高いローゼンがいた。ローゼンも腹を空かせて目が冴えたのだった。
「昨夜は無理なお願い言って、ごめんなさい」
と、ローゼンに他に相手がいるとも知らず、姉の婿になる提案をした事を頭を下げて謝るサク。まさか、自分が目の前の男の標的にされているとは夢にも思っていない。
「あぁ、いや。もういいよ、その事は。それより、朝食はまだかい?」
「はい」
「じゃあ、一緒に食べよう。奢るよ」
「い、いい、いいです。お兄ちゃんからもらってるお小遣いあるので」
「こういう時は遠慮しないものだよ。さぁ、行こう」
ローゼンの口調は優しいが、何気にリードは強い。肩を押すローゼンに半ば強引に誘われて困惑するサクは朝食を一緒に取る破目になった。
中央地域の中部にも異文化は多く入り込んでいて、卓と椅子を置く店も多くなった。サクが天堂兄弟やローゼンと出会った南東部でもその傾向は強かった。
テーブルには味付けされたご飯と野菜や鶏肉の入ったスープ、ナン、シチュー、フルーツの盛り合わせが配膳された。体格のいいローゼンは当然ながら食べる量が多い。サクは少食の上、体が弱いので消化に良いご飯とスープを食べる。
食べている途中、左隣で微笑むローゼンにじーっと見つめられているのに気付いて、食べづらくなるサク。
「あの…、食べないの?」と、サクは匙を口に運ぶ手を止める。
「君はよく見ると、俺が知ってる東洋人とはずいぶん趣が違うな。君のお兄さんもあの髪色は地毛だろ?」
と、言いながら、ローゼンはサクの淡い栗色の髪に触る。サクは「ええ、まぁ」と返事するが、随分と馴れ馴れしいローゼンに対し、戸惑い始める。
「お、お母さんが『うちの先祖は大陸にいた』とか言ってたけど、大陸のどの辺かは分からないみたいで……」
「へー」と、ローゼンはうっとりとした様子でまだサクの髪を触っている。
「ろ、ローゼンさんも土地の人らしい感じしないね」
と、努めて平静を装い訊くサク。
「うちの家系は混血が進んでいるから、独特のアクの強さはないのかもな。それより、『ローゼン』でいいよ。さん付けは、余所余所しくて苦手だな」
ローゼンがただの通りすがりの人でなくなった分、怖くなって無意識に人間関係の距離を取り始めようとするサクだが、
「え…。で、でも……」
と、上手く言葉が出せない。その内心では
『こ、この人、怖い。こんな事なら、最初にもっと、余所余所しくしとけばよかった。もうッ……!』
と、激しい後悔の念が渦巻いていた。
「いいんだよ、君は。俺を呼び捨てにしても。レイの妹なんだから」
微笑むローゼンがようやくサクの髪から手を放したので、ほっとしたサク。
しかし、サクとの距離を早く縮めたがるローゼンがサクの左手を握ろうとした。
と、そこへ血相を変えたヒカルとレイが邪魔をしに来た。
「こォこに、いたぞォ──ッ!」
レイを呼ぶヒカルの一際 馬鹿デカイ声によって、サクとの夢のような一時があえなくブチ壊されてしまう。
後から他の連中も集まって来て、サクの手前もあり、ローゼンがレイ一行の朝ご飯を奢る破目になってしまった。
邪魔者だらけで「チッ」と舌打ちするローゼンだが、それでもサクの隣だけは譲らなかった。
朝食を終えて飲食店を出た後、先に皆を行かせて、レイがローゼンを路地裏へ連れ込む。
「最初っからサクが目当てだったのか、貴様ッ!」
「こっちだって言わせてもらうッ! 妹がもう一人いるだなんて聞いてないぞ。しかも、あんな絶滅危惧種みたいな か弱い、俺好みの一番ッ可愛い子を隠すだなんて、ひどいじゃないか!」
レイもローゼンも互いに胸ぐらのつかみ合いになる。
「お前の好みなんぞ、知るかッ!」
レイがローゼンを突き放す。
「とにかくだ、頭を冷やせ、ローゼン」
さっきまで自分もヒートアップしておいて、レイがローゼンにそんな事を言う。激しい言い合いをして少し気が済んだのか、ローゼンも冷静になる。
「なぜ、あの子はダメなんだ。他の三人はいいとか言うくせに」
「それは……」
レイは視線を逸らし、言いにくそうに続けた。
「あれは “徒花” のようなものだからだ」
「 ───!」
言葉の意味を理解し、目を見開いたローゼンは何も言えない。
「サクは元々体が弱い。だから、他のオテンバな妹たちのようにはいかないんだよ。お前だって、子供は欲しいだろう? しかも、一族期待の星なら、尚更 ──」
『一族期待の星』と言われて、ローゼンが暗くうつむき、ギュッと拳を握り締めた。
「………」沈黙を守るローゼン。
「仮に結婚しても、子が出来なくて『捨てる』なんて事になってみろ。一番傷付くのはサクなんだぞ。だから、サクはそう簡単には渡せない」
レイの話を聞いて、サクが悲しむ姿を想像するローゼンの顔までも悲しみに沈む。
「そういう事情だ。だから、諦めてくれ」
レイはローゼンの肩を叩き、去って行った。
ローゼンに散々奢らせた後、レイの妹たちと天堂兄弟は市場へ買い物に出た。モーは本屋へ行きたいと、途中から別の通りへ向かった。
「ケッ! ザマーミロ。あいつに散々奢らせてやったぜ」
ヒカルは恋敵のローゼンが気に入らない。
「ヒカル。お前、容赦ないなぁ……」
と、カヲルが横目で呆れる。
「あたしたちを袖にした報いなんだから!」
と、美夜はまだ根に持っている。
「そうよねぇ〜」と、華夜。
「天罰」と、輝夜。
「みんな少しは遠慮しなよ。お兄ちゃんの親友なんだから……」
と、半分怒り、半分呆れる真面目なサク。
「おー、いたいた」と、後から駆け付けるレイ。後ろからサクの両肩に手を乗せて、
「お前、さっきの店でローゼンと何、話してたんだ?」
と、サクの顔を覗き込んで訊く。
「ん? 特に。話って言っても、お互い地元の人らしい髪の色や顔をしてないね、てゆうくらいの話」
「ふ〜ん……。なにか嫌な事されてないか?」
ついつい心配で訊くレイ。
ちょうど鏡屋の前を通りかかり、店頭に並んだ姿見に映る自分の姿を見るサク。兄や姉たちと比べて小柄で華奢な自分を『子供っぽい』と感じる。
『あ…、子供扱いされただけかも。よく考えたら、お兄ちゃんの親友なんだし、そんな心配ない、ない。気のせい、気のせい』
余計な不安を打ち消そうと、サクはそう自分に言い聞かせていた。
「……どうした?」と、恐る恐る訊くレイに
「ううん」と、首を横に振り、「なんでもない」と答えるサク。
「何も…嫌な事、されてない」
と、サクが否定するので、ひとまずレイは胸をなで下ろし「そうか」と言った。
すぐそこの服屋で姉たちが、次の舞台の衣装はこれがいい、あれがいいと選んでいる。
「サク! あんた、どっちがいいと思う?」
「サクぅ〜! 迷うから選んでぇ〜!」
と、両手に持った派手な服を体に当てる美夜と華夜に相談を持ち掛けられ、
「待ってぇ、いま行くぅ!」
と駆け寄ってゆくサク。その後ろ姿をレイは安心したように見守った。
カラヤ商店の支店に戻ったローゼン。
「疲れてるから、少し、寝る……。何かあった時は起こしてくれ」
力無く店の者に声をかけ、主用の部屋に行き、ドサッとその長身を寝台の上に投げた。カーテンに閉ざされた薄暗い部屋で、うつ伏せになったままローゼンはまぶたを閉じた ──




