19-ⅰ)急転直下〜堕ちる
自分たちのテントに戻ったヒカルとカヲル。
サクの勢いや、ローゼンとレイの大人の風格に圧されて、その場では思っていたほどには言えなかったヒカルがカヲルを責め立てる。
「てめぇ。まさか、兄弟を裏切る気じゃねぇだろうな!」
ヒカルに胸ぐらつかまれて、怯むカヲル。
「そ、そんな…つもりじゃ」
「どのつもりだ。エッ!? てめぇだけ残るってならよう、そういうつもりじゃねぇか!」
ヒカルが顔を近付けて凄むが、カヲルに気まずげに顔を背けられる。
ヒカル、「ケッ!」と吐き捨て、手を放すと、
「この薄情モン!」
カヲルの胸を「ドンッ!」と突き放し、テントを出て行った。
ヒカルはその辺にいた知り合いの人足を見つけて、手を挙げて声をかける。
「おー! 悪りィ、今晩からそっちに泊めてくんねぇか?」
「なんだ、兄弟喧嘩でもしたのか?」
「まぁな」
「いいぜ?」
と、その人足は自分たちの泊まるテントの扉を開ける。ヒカルから「下っ端のダサイ人足」と腹の底では見下されているとも知らず。
「昨夜、俺、見回りだったから、今日は休みでよ。他の非番の奴も来っから、ちょっとポーカーにでも付き合ってくれや」
「おう」
ヒカルは他の人足のテントへ入って行った。
鉄砲や大砲の実演を目の当たりにした後、カラヤ一族の家長たちが唸る。
「先に見せてもらった鉄砲にも驚いたが……」
「大砲の破壊力は、さらにインパクトがある」
その様子に、鉄砲や大砲を大量に入手したブランは、自慢げに前髪を指先で払っている。
しかし、彼らはブランほど単純ではない。
「売るとなると、売り先に悩むな……」
ローゼンたちと同じ事を言う。
実演が終わったところで、
「今日は皆ゆっくり休んで、会議は明日にするとしようか」
というカイトの提案に他の家長らも賛成した。
「異論はない」
「ほぼ決まったようなものだしな」
それを聞いたブランは上機嫌だ。人足たちに
「おい、お前ら! 片付けたら上がっていいぞ」
と指示を出すと、鼻歌交じりに、とっとと自分のテントへ帰って行った。
家長らは去り際に、片付けられる鉄砲や大砲と入れ替わるように、騎馬隊が展開される様子を見る。家長の一人が呆れたように言う。
「しかし、あの張り切りよう……。戦でも始める気か? カラヤ商店は軍隊ではないぞ」
バハラーム指揮の下、騎馬隊による陣形の訓練が始まったのだ。
別の者がこう言う。
「将軍職を引退したから、うちに入ったとは聞くが、もしかしたら、あの方と重ね合わせているのやもな」
それを聞いて誰かが、しんみりとした声でその名を言った。
「アステリオン殿下か……」
その名に、他の家長らも反応する。
「ローゼンはアステリオン殿下と風貌が似ているからな」
「それに、弟のサジッタ殿下も亡くなったしなぁ」
気の毒な老兵を思い、感傷的になる彼らだが、実際のバハラームはそうではない。活き活きと指揮を執るのだが、その姿が
『あの明るさが、かえって痛ましい……』
と、誤解され、同情されていた。
そんな中、カイトだけは感情を表に出す事なく、無言でその話を聞いていた。
テントに戻って来たハッサンをモーが捕まえた。ハッサンは天堂兄弟やモーと同じテントに泊まっているので、先に話しておきたかったのだ。
テントの外で声を落としてモーが事情を話す。
「えっ!? ヒカルがクビになった?」
「シッ!」
大声を上げるハッサンにモーが口元に人差し指を立てて、声を抑えるように促すので、ハッサンも声を抑えて顔を近付けて話す。
「でもさ、すぐに周りにも分かるぜ?」
「それはそうなんだけど、カヲル、落ち込んでるから、そっとしといてやりたいんだよ。それに、ハッサン、無駄に声デカイから」
「悪かったな…。デカイ声で」
若干、バツ悪げに開き直ると、ハッサンが事の次第を訊ねる。
「それより、原因って、なんだ?」
詳しい経緯をモーから聞いたハッサンは頭をかきながら、こう言った。
「馬鹿だな、ヒカル。ローゼンがせっかく兄弟が一緒にいられるように譲歩してやったのに、その話を蹴ったのかぁ……」
ローゼンが厳しいだけの人間ではない事ぐらい、古い付き合いのハッサンだけに分かっている。そんなローゼンからの譲歩をフイにしたのでは、どうにもならない。
「しかも、人足を馬鹿にする発言をしたから、ローゼンさんの心証をますます悪くしてさ」
「あちゃー……」
それを聞いて、ハッサンは手で目を覆った。ヒカルの言動はそれだけ最悪なのだ。ますます以て、どうにもならない。
「で、カヲルは残るか、ヒカルと出て行くかで悩んでるわけか」
「二人きりの兄弟だからな」
カヲルの気持ちを察して沈んだ面持ちで言うモーだが、ハッサンは少し首を傾げて腕組みして言う。
「まぁ、俺は天涯孤独の身だから、その辺のとこ分かんねぇけど」
「え?」初めてハッサンの身の上を知るモー。
「言ってなかったっけ? 俺、孤児でさ。貧民街で暴漢に襲われてたところをイグナス先生に助けられて、そのまま付いて行ったんだよ」
「は、初耳だよ。ハッサンにも色々あるんだな」
普段の明るいハッサンを知るだけに、過酷な過去があったとは意外だったモー。しかも、ハッサンはそれさえもサラッと何事もなかったかのように話す。
そんなハッサンが人差し指を立てて言う。
「まぁ、俺だったら、自分が居心地がいいと思う方を選ぶけどな」
「確かに、その選択方法も一理あるな」
モーは腕組みして うなずき、素直に納得していた。
「そうは言ってもさ、決めるのはカヲルだしな。俺たちがガチャガチャ言える立場でもねぇし」
「まぁ、そうなんだけどね……」
そうと分かってはいるものの、ハッサンも鼻息ついたり、モーも溜め息ついたりして、カヲルの事を心配する。
「一番いいのは、ヒカルが反省して、ローゼンに謝って、妥協案を呑むってパターンだけど……」
「どうだろうなぁ……」
ハッサンの言う事にモーはうなずけない。
「やっぱり…、無理かな……?」
ハッサンも薄々はそう思っている。それに うなずくモー。
二人とも顔を見合わせると、やり切れない気持ちで、また溜め息を吐くのだった。
それは夜の事だった ──
カラヤ兄弟はテントの中で寝付く前に話をする。
ルークが体を横に向けて、隣の寝台で仰向けになっている兄ローゼンに声をかけた。
「あのさ、兄さん」
「ん?」
「よく考えたらさ、なんか変じゃない?」
「何が?」と、一度、ローゼンが顔を横に向ける。
「ヒカルだよ。本命の女への叶わぬ想いを、他の女で満たそうとしている憐れな男のように見えるけどさ、普通はさ、ヒカルみたいな不真面目な奴って、サクみたいな真面目な娘を好むのかな?」
それを聞いて、ローゼンは顔を天井に向けて話す。天窓から射す星明かりで、ローゼンの端整な顔が照らされている。
「まぁ、そうだな。普通は好まないし、本当に気が無いと分かれば、いつまでも拘泥らないだろうな」
「だよね? じゃあ、なんでだろう……」
「たぶん、ヒカルの意地とプライドだろう」
ローゼンは一度、瞬きして、話を続ける。
「サクに全く相手にされないから、余計に欲しくなるのかもな。しかし、一旦 手に入れば、満足して、すぐに捨てる……」
「えー……。そっち」
兄ローゼンの推測にルークは一瞬、目を見張った後、顔をしかめた。おそらく、ヒカルは兄の見立てどおりの人間だろうと思われて、嫌な顔になったのだ。
「あいつの “本気” とやらは、どうせ一瞬で終わるようなものだ。だから、何人もの女と一夜の火遊びが出来るんだ。一見、本命の女と結ばれぬ憐れな男も、実のところは、そんなものだと思うぞ? 俺は」
「うわぁー。嫌な奴だなぁ……」
「そう言う、お前はどうなんだ?」
寝返りを打ってルークの方を向いたローゼンに訊かれ、
「いや、その……」
ルークは過去の恋愛を思い出す。
兄への対抗意識からモテたくて口説いたものの、いつも相手が振り向いた途端、熱が冷めたルーク。
「好きだって言っておいて、『やっぱり違う』って何よ!」
相手の女たちも傷付きやすい繊細な質ではなかった為、その場で泣かれたり、泣き寝入りされる事はなく、怒ってソッポを向いて去ったか、平手打ちされて終わったのだった。後腐れのない別れ方だったので、後々、問題が起きる事がなかったのは幸いである。
「反省してます……」
と、ルークが薄手の掛け布団で顔を半分隠す。
しかし、ルークが一線を越えなかったのは、女の体が目的ではなかったし、彼が真面目な性分であるから出来なかったのだと、ローゼンは分かっているから、反省して「しゅん…」と しょげる弟を微笑ましく見ている。
ローゼンは仰向けに戻り、再び天窓の方を向く。その顔は星明かりのせいか、蒼白く憂えを帯びている。
「ただ、ヒカルの場合は女たちと体の関係があるから、後々、厄介な事になるだろう。前に似たようなのがいて、解雇した事があったろう」
「ああ、独身だって騙していた奴か。被害者たちが店にまで来て、騒ぎになったな……」
ルークも当時の乱闘の様子を思い出し、顔をしかめて嫌な気分になる。
「個人の私生活にまで介入はできないが、さすがに、あれは詐欺になるから解雇した」
ローゼンは当時、問題を起こした従業員の解雇理由について言うと、ヒカルの事に話を戻す。
「ヒカルは後腐れのない関係だと言ってはいるが、本当のところは分からない。それでも、現時点ではその言葉を信用して、サクとは距離のある部署ならと、妥協したんだ。今となっては無駄に終わったが」
「カヲル、どうするんだろうね……」
と、ルークも心配する。ローゼンも心配しているが、カヲル自身の心の問題でもあるので、もどかしさを抱える。
「さぁな。仲良く見えても、実際はヒカルに振り回されていたのかも知れない。本人たちも仲の良い兄弟のつもりでいただけに、今回の事は二人の間に影を落とす事になった……」
そう言うローゼンはカヲルの心情を察する。
『今後、ヒカルに付いて行くにしても、後味の悪いものになるだろう』
おそらくは、これまでどおりブチブチ文句を言いながらも、ヒカルに合わせて付いて行く人生を歩む事になるカヲルを想像して、哀れむ。その一方で、
『しかし、ヒカルの護衛としての解雇は避けられないし、いずれは人生観の違いから二人は衝突しただろう。どの道、こうなったんだ。遅いか、早いかだ……』
ローゼンは客観的に考える。だが、反面、自分に言い聞かせている。
その時、指笛が鳴った。
ローゼンの方が真っ先に反応し、起き上がる。
「 ──── !? 」
「指笛 !?」と、ルークも体を起こした頃には、ローゼンは立って長剣を手にしている。
ルークも長剣を手にすると、ローゼンに続いて外へ出た。
周囲も起きていて、騒がしい。
「どうした?」
と、人足たちに訊ねるローゼン。
「どうやら倉庫の方です! たぶん、見回りが盗人を見つけたんだと思います」
と、その方角を指差す人足。
「鐘の音もしませんし、煙も見えませんな。火事ではないでしょう」
と、手をかざして遠くを見て伝える人足が答える。
消火の人員は不要と判断したローゼンが人足らに号令をかける。
「よし! 非常時のとおりだ。組ごとに捕り物と居住区の警備を出せ! 盗人がこっちに逃げ込む場合もある。警戒を怠るな!」
号令がかかる前に、倉庫に近い人員はすでに捕り物に向かっている。この素早い判断と行動にカラヤ商店の優秀さが表れている。
物流拠点の皆がバタバタと動き出す。まだ呑気に寝ている者も起こされる。キャンプのあちこちには灯が点る。
騒動にレイとサクも起きて来た。
「どしたんや? 火事か?」
訊ねるレイに、ローゼンが答える。
「いや。おそらく、盗人だ。今から俺たちは倉庫へ行く。お前たちはここで待機していろ」
「うん……」
ローゼンは答えながらも、サクの背をさすって安心させようとする。それにサクは安心感を覚えて、うなずいた。
「ローゼン! あたしも行こうか?」
母カーラも寝巻き姿のまま剣を手にしている。父カイトもだ。
「さすがに母さんはここにいてくれ」
後から出て来た祖父母や親戚たちを見て、ローゼンが母に言う。
「ばば様たちを守ってほしい」
息子の頼みにカーラは「オーケー」と、勇ましく親指を立てて引き受けた。
出陣のつもりでいるバハラームにも
「将軍はここの守りを頼みます」
居住区の指揮を一任すると、ローゼンはキリッと引き締まった顔付きで父に言う。
「父さん。行って来ます」
「行って来ます!」と、ルークも続ける。
「任せておけ!」
父の頼もしい言葉を聞いた後、ローゼンは護衛の長に指示する。
「キルス! サクを頼んだぞ!」
「へい!」
サクの護衛にはモーたちとの契約の話の後、キルスと数名が付く事になった。
ローゼンとルークは着の身着のまま、右手に手綱、左手に剣を持ち、馬を走らせ倉庫へ向かう。居住区の警備以外の人足たちも捕り物に出た。
満天の星空に馬のいななきや馬蹄も響く中、キルスがサクたちに言う。
「若奥様とレイさんはテントの中へ。俺たちが外を見張ってますんで」
「はい。お願いします」
と、サク。自分のような者は足手まといにならないように大人しくしているのが賢明だと、わきまえている。
「俺も外の警戒を…」
レイは警備の参加を申し出るが、キルスに断られる。
「いえ。レイさんは中で若奥様を守って下さい」
「分かった」
こうして、サクたち家族は事態が収束するまで護衛と共にその場で待機となった。
倉庫の一角にはすでに人集りが出来ている。夜の見回りの他に、いち早く駆け付けた人足たちもいた。彼らが乗って来た馬の他に三台の荷馬車もある。盗人が用意した物だろう。
『この場所は……』
馬上から気付いたルークは嫌な予感がした。それはローゼンも同じだ。
『鉄砲が狙われたのか!』
鉄砲の倉庫前で馬から飛び降りたローゼンたちは中へ入る。
倉庫内のランタンで照らし出されているのは盗人を取り押さえて、それを囲む屈強な人足どもだ。
ローゼンとルークは縄で縛り上げられた盗人を確認する。盗人は五人の男たちだ。その中でも一際、往生際悪く叫んで抵抗する奴の顔を見て、二人は驚いた。
「クソッ! 放せ! 放せよ!」
金髪頭に染めているヒカルだ。
ヒカルと昼間にポーカーで遊んでいた人足らが、倉庫で盗みを働いているところを捕まったのだ。
「見回りのいない隙を狙ってたつもりが、ポーカー仲間の一人が裏切って、見回りに知らせたそうです」
と、ローゼンたちに概要を説明する人足。その傍らでは通報者の人足に向かって、「この裏切り者!」と、縛られた盗人たちから怒号が飛ぶが、彼は「ドンッ!」と足で地面を踏み鳴らし、
「誰がだッ!! カラヤ商店を裏切ったのは、テメェらの方だろうがァ!」
と、負けじと言い返している。
「おい!」と、説明していた人足に呼ばれ、通報者の人足がローゼンに経緯を話した。
ポーカーの最中の会話だ。メンバーはヒカルを含めた六人だ。そのうちの五人はカラヤ商店の人足である。
「大砲も鉄砲も威力が凄いよな」
「あれって、高いんだろうなぁ」
そんな何気ない感想の後にヒカルが言った。
「高けぇどころか、莫大なカネになるんじゃねぇのか?」
ヒカルは将軍の為に行われた鉄砲や大砲の実演を、サクたちとは入れ違いで、こっそり見ていたのだ。
「莫大なカネ……」
と、メンバーの一人がつぶやく。その「莫大なカネ」が大量の金貨として天から降り注ぎ、山のように積もる様を想像した面々。中には汚らしく涎を垂らす者もいる。
「でもよぉ、大砲はデカイから目立つぜ?」
と、誰かが言うと、ヒカルが悪知恵を働かせる。
「だったら、鉄砲をいくらかチョロまかして、裏の世界で捌くのはどうだ? 数が多けりゃ、少しぐらい無くなったって分かんねーよ。デカイ大砲よりはバレにくいだろ」
それに人足たちが軽々しく賛同して、計画を立て始めた。
「おっ! いいじゃん。それなら やれそうだな」
「見回りはどうすんだよ?」
「あ、それなら、俺、昨夜は当番だったから、あの辺が手薄になるタイミング、分かるぜ? ずっと同じ場所で見張ってるわけでもねぇしな」
「ま、確かに。居眠りするわけにゃいかねぇから、動き回るもんな」
「そうだ! 鍵はどうする? 倉庫の鍵を開けらんねぇと」
「そいつは俺に任しときな。錠前なんて、ちょちょいのちょいよ」
彼らの会話を聞いて、この後に通報者になる人足は思った。カードで顔の下半分を隠しながら、カードの上から恐る恐る他の連中の顔を覗く。
『俺、変な集まりに巻き込まれてる? いや、まさか、じょ、冗談だよな……』
「俺も最初は冗談かと思ってたんですが、本当に夜に倉庫へ行くもんだから、こっそり抜けて見回りを呼んだんです。さすがに、俺一人じゃ、数では勝てないんで」
それを聞いて、ローゼンがすぐさま通報者に確認する。
「犯人はこれで全員か。逃げた者はいるか」
「全員です」
「よくやった! お前には後で褒美をやる」
「へい! ありがとうございます!」
ローゼンに背中を叩かれて褒められた通報者は誇らしげだ。
一応は武器の流出を防げた事に安堵するローゼンだが、直ちに確認作業に入らせる。
「急いで在庫管理の商人を呼んで来い! 数を調べさせろ! 弾薬の数もだ!」
「へい!」
ローゼンの指示が飛び、周囲が動く。盗賊を連行する人員以外は確認作業に追われた。
ひとまず、盗賊は倉庫から外へ引っ張り出され、その場で尋問が始まる。
人足頭の男が地べたに座る盗人らを問い質す。
「鉄砲 売って、大金 手にして、どうするつもりだったんだ」
「そりゃ、酒飲んで、博打うって、女抱いて、バカ騒ぎして、豪遊するに決まってんじゃねぇかよ」
盗人の一人が馬鹿にした物言いでヘラヘラと笑いながら答える。『どうせ、俺はもう解雇されて、役人に突き出されるんだ』と開き直っているらしい。
それを呆れた顔で人足頭や周りの人足らも聞いている。
別の男は上目遣いで弱々しい声音で
「俺、借金あるんで……」
と、同情を誘おうとするが、
「何が借金だ。お前のはギャンブルで作った借金だろう。あちこちのカジノで擦ってるって有名だもんな」
と、人足頭にはバレている。
他にも「俺は女にカネがかかるからよ」とか、悪い女に貢ぐカネ欲しさであったり、「俺もギャンブルの借金と飲み屋のツケがたまってて」など、言い訳の内容はひどいものだった。
「どいつもこいつも、ろくな奴じゃねぇな」
「遊んで借金したり、遊び足りねぇからって、カネ欲しさに盗みまで働くって……」
「カネの為にそこまでするか? 普通」
などと、嫌悪したり、呆れたりする人足らのつぶやきに、ヒカルが人相の悪そうな上目遣いで文句を言う。
「カネの為で何が悪りィんだよ? 大体なぁ、ケチケチしてんのがいけねぇんだよ。倉庫ん中 見たら、実演で見た数より、メッチャクチャあんじゃねぇか。少しぐらい分けてもらっても、バチ当たんねぇと思うぜ?」
それを聞いて人足たちが激怒した。
「何が少しぐらいだ! いいわけねぇだろ!」
「これが残虐な盗賊にでも渡ったら、どうすんだ !!」
と、ヒカルの胸ぐらをつかむ人足もいる。彼らカラヤ商店の人足たちは本物の修羅場を身を以て知る元軍人や傭兵が多いだけに、事を深刻に捉えるのは当然だった。
しかし、ヒカルが負けじと「そんなの、知らねーよ!」と言い返した事で、しばらく人足らとの言い合いが続く。
「なんだとォ!?」
「とんでもない数の死人が出るんだぞ! 分かってんのか!」
と、人足らが拳を握り締めたり、地団駄踏んだりする。
「そんな事ぐらい俺だって知ってらぁ! こちとら、戦の修羅場ぐらい経験済みだァ!」
「だったら、なんで、こんな物騒なモン盗むんだ! 罪も無い大勢の人や、もしかしたら、テメェの家族や恋人まで犠牲になるかもしんねぇんだぞ !?」
「家族だろうが、なんだろうが、俺の言うこと聞かねぇ奴なんて、どうなったっていいんだよッ!! 無関係な人間なら尚更だァ!」
ヒカル、戦で散々な目に遭った経験があるのに、自分の思い通りにならない人間や、知らない他人はどうでもいい。
ルークが右手で頭をかきむしって怒る。
「俺も兄さんも、戦になりにくいように、売り先で頭を悩ませているのに!」
長身のローゼンは鞘に納まった長剣を地面に突き立て、その柄に手を置いて、ヒカルの身勝手な言い訳を聞いている。まるで仁王立ちのようだ。
「そんなもん知った事かよ! それよか、俺はなぁ、世間知らずのお嬢さんのせいで解雇されて、このとおり無一文だ。次の仕事が見つかるまでの生活費ぐらい貰わねぇとやってらんねーぜ!」
「何、言ってるんだ! カヲルの返事が決まるまで居てもいいって、兄さんは言っただろう。しかも、兄さんは、お前たち兄弟の三ヶ月分の旅費ぐらいは用意するつもりでいたんだぞ!」
兄ローゼンの思いを語るルークに、ヒカルがローゼンの思いや、そんな兄を思うルークの気持ちを踏みにじるような事を吐かす。その視線はルークからカラヤ兄弟二人に移り、人足らにも移る。
「ハンッ! なにが三ヶ月分だ。そんな端金ェ! いいよな、テメェら金持ちは。カネなんか遣いたい放題だ! 俺ら貧乏人の事なんて、どうせ、なんとも思ってねぇんだ。お前ら人足だって、そうだろ。ムカつくよな? こいつだけ、いい目してよォ」
最後はローゼンの事を睨むヒカル。
それを聞く周りの人足たちは皆、顔をしかめた。ヒカルに同調したのではない。日頃のローゼンは贅沢三昧などしていない事を知っているからだ。
一見、贅沢に思える豪華な衣服も高貴な人に面会する為の物であったり、高い酒を飲みに行くのも情報収集の為で、人に奢っても自分は一杯ぐらいしか飲まない。個人の資産も生活費以外は勉強や、次の仕事に繫げる投資に使っているし、その仕事がゆくゆくは彼ら従業員の給金を生み出すのだ。それらを安酒場で人足たちに「俺も大変なんだよぉ」と愚痴るローゼンが彼らにとっての真実だ。
ヒカルとて、普段の地味なローゼンを知っているはずであるのに、彼は なんでも旨くいっているように見えるローゼンの事を羨むあまり、それが妬みに変わり、いつの間にか歪んだ物の見方になっていた。
ヒカルの暴言はさらに続く。それに対して人足たちが怒りで握り拳を作り、その顔には血管の筋が浮き上がる。
「マジ、ムカつくぜ! カネさえありゃあ、なんでも思い通りだ! いっつも美味いモン食えて、高い酒カッ喰らって、綺麗な女抱けて ──」
そして、ヒカルが最後に放った暴言に
「どうせ、サクだって、カネで買ったんだろォ!!」
人足全員が、ルークがブチ切れた。
「なんだとォーッ!?」
「待てッ!」
右手で摑み掛かろうとするルークを、ローゼンが片手を出して制止した事で、人足らも拳を収める。
ようやく口を開いたローゼンが
「本当の世間知らずは、お前の方だ。ヒカル」
ヒカルを見下ろして睨む。
「この兵器の存在を知れば、領主たちは必ず警戒する。今はまだ法律も何も整備されていない状況だが、いずれは一般の者が領主の許可なく売買すれば、処罰されるようになるだろう」
ここまでは、まだ静かな口調だったが、ドスが利いてくる。
「だがな、うちはカラヤ商店だ。そんな生っちょろい事では済まないぞ。罪も無い人間を平気で殺めるような連中なんぞに売ってみろ。それこそ本当に首を斬るぞ!」
最後はスパッと斬るように、勢い良く右手を水平に振った。
それを聞いて青くなった盗人たち。ローゼンの言っている事は只の脅しではないからだ。
「わ、若旦那! こここ、このとおりです。許して下さい」
「お、お許しを!」
「二度とやりません」
「誓います!」
ヒカル以外の盗人らが縛られたまま頭を擦り付けて命乞いをするが、すぐに顔を上げて
「俺たちはヒカルに唆されただけなんでさぁ!」
「そ、そうだ! ヒカルが悪い!」
「そうだ、そうだ!」
「俺らは悪くねぇ」
四人とも見苦しい限りだ。
「あんだとォ〜? 人のせいにしやがんのか! テメェらッ!!」
怒ったヒカルが四人に嚙み付くように体を前に出す。
醜く言い争う五人の盗人共を前に呆れ返り、
『誰一人として反省していないのか。同情の余地無しだな』
と、思ったのはローゼンだけではない。
「どうします? 役人に引き渡しますか。やはり、斬首ですか」
人足頭の一人に訊かれたローゼンは顎をつまんで考えるが、即決はしない。
「さて、どうするか…。最早、罪人だ。客人の従者でもなんでもないしな」
縛られても尚も暴れるヒカルを見ながら、彼は冷静に人足らに指示を出す。彼自身にはヒカルに対して情など無い。
「今は檻に閉じ込めておけ! 必ず監視を付けておくように」
「へい!」
しかし、カヲルの事を思うと、檻へ連れて行かれるヒカルを、ローゼンは腸が煮えくり返る思いで睨む。
『自分が悪事を働けば、身内の立場まで悪くなる事ぐらい普通は分かるだろ。こいつはカヲルの人生まで無茶苦茶にする気か!』
しかし、やる事はまだある。ローゼンはルークや警備隊長も兼任する人足頭たちに今後について話す。
「俺は当主や重鎮たちに報告をする。それと、レイたちにも この事は知らせておこう。もちろん、カヲルにも。処分はそれから決定する」
うなずくルークたちに、ローゼンは処分が重くなる可能性が高いと言う。
「事が事だ。おそらく、役人に引き渡す程度では済まないだろう」
「つまり、旦那様を初め、お歴々の判断次第って事ですか」と、人足頭。
「うむ」
と、重々しく頷くローゼン。彼は当主ではないので、一存で決定できない事もある。
「大概の事は俺に一任されているが、これだけの一大事だ。無事だったとは言え、狙われたのが食料や日用品じゃないからな。お伺いを立てるべきだろう」
思いも寄らぬ人物によって深刻な事態になり、ローゼンは思わず鼻息を吐いていた。




