18-ⅳ)器(うつわ)〜寛大と責任
結局、カヲルの髪の色は ──
「黒にしたんだ」
と、サクは驚いた。
「かなり迷ったんだけど、せっかくだし、イメチェンしようと思って」
カヲルが自分の髪を一房つまみながら言うと、「変かな?」と訊く。
「ううん。似合ってる」
サクに褒められると、カヲルは頭をかいて「へへへ……」と照れ臭そうに笑った。
お昼時になった頃にカヲルのカラーリングが終わって、今は皆で昼食を取っている。
同じ日避けテントの下にいるメンバーはローゼン、サク、レイ、モー、ヒカル、カヲルだ。ルークやハッサンは別のテーブルでカイトたちと食べており、ハッサンの髪形が話題に上っているようだ。普段は人足たちと飲み食いしているガナンは久々に家族との団欒である。
ローゼンがカヲルたちに話しかける。
「そうだ、カヲル。ヒカルとモーさんも、後で俺のテントへ来てくれ」
「なんです?」と、モーが訊ねると、
「話は食べ終えてからだ」
と、ローゼンが言うので、
「分かりました」と、モーが答え、カヲルやヒカルも「はい」とか「おお」と返事して、それぞれに料理を頬張った。
昼食の後、帰るガナンの家族。物資を運搬する荷馬車に相乗りさせてもらうのだ。ローゼンやサクたちもテントへ戻る前に、見送りをする。
「都行きの馬車はこっちだ」
ガナンが西部の都へ向かう馬車まで家族を案内する。
「来るのが分かってたら、家の子のお古、持って来たのになぁ」
人足の誰かが残念そうに言うと、ガナンの女房は彼に「いいよ、いいよ」と気遣った。
「これは、わたしたち家族からだ。散髪代を半額にしてくれた礼だ」
カイトが封筒を一通渡そうとするが、ガナンの女房が断る。
「いえ、本当は無料にするつもりだったんです。それを若旦那様が『しっかり給金をもらってる連中なんだから、タダにはするな』とおっしゃって下さって……」
双方が折れての半額サービスとなったわけだ。
「気にするな。大した物じゃない」
と言って、カイトは再度、封筒を突き出すので、「はぁ」と、ガナンの女房は受け取って開けてみると、券が数枚入っていた。
「これ、商品券……」
しかも、一枚分の金額が大きいので、ガナンの女房は一瞬、言葉に詰まる。
「あ、ありがとうございます。旦那様」
「カラヤの系列店なら、どこでも使えるから、不便はないと思うが」
「はい。助かります」
ガナンの女房は封筒を頭まで上げて、カイトにお辞儀した。ガナンも「すいません、旦那様」と、頭をかきつつ、申し訳なさそうに礼を言う。
横からリナがドライフルーツの入った袋をガナンの女房に渡す。
「これ、良かったら、みんなで移動中のおやつにでも食べて?」
「ありがとうございます。大奥様」
「それと、これはあなたに」
リナからリボンをもらって、10歳の女の子は瞳をキラキラさせて喜んだ。
「あっ! ありがとう!」
「いいえ」
リナは12歳と8歳の男の子たちに向かって
「ごめんなさいね。男の子が喜ぶような物を今、持ち合わせてなくて」
と、謝るが、ガナンの女房は恐縮する。
「いえ。もう充分です」
「どうせ、街で玩具でも買ってもらうもんな?」
と、成人している息子が弟たちに言うと、「へへへー」と、二人とも鼻の下をこすって笑う。商品券の一部は彼らの玩具に変わりそうだ。
「母ちゃんの言う事、ちゃんと聞けよ?」
ガナンが別れ際に子供に父親らしい事を言うが、生意気盛りな12歳の男の子に
「父ちゃんこそ、ちゃんと旦那様や若旦那様に奉公しろよ?」
と一本取られ、「お前なぁ…」と頭をかいていると、
「父ちゃんに なんてこと言うんだい! このおバカ!」
ガナンの女房が生意気な息子の耳を引っ張って、たしなめる。「痛てて…」と言う息子の耳を放すと、ガナンの女房は
「あんただって、そろそろ奉公先を考えないといけない年齢なんだよ? 人のこと言えた立場かい」
と指摘する。
「あなたも理髪師になるの?」
リナが12歳の息子に訊くと、横からガナンの女房が困った顔で口を挟む。
「いえね、この子は理髪師がいいとか、カラヤ商店の人足になりたいとか、まだハッキリしないんですよ」
「迷い中」と、12歳の息子。
「迷ってるなら、一ヶ月でもいいから、お試しで入ってみるという手もあるぞ? まだ子供だし、人足のような力仕事は無理だから、雑用を教わる事にはなるが」
と、提案するローゼン。ローキも
「地元にある、うちの支店に交渉してみたらいい」
と、勧める。
「ありがとうございます。そうさせてもらいます」
礼を言う女房の隣でガナンも頭を下げた。
荷馬車に乗って揺られて行くガナンの家族に皆で手を振って別れる。ガナンの家族も笑顔で手を振り返す。
荷馬車が遠のいて小さくなると、見送りに集まっていた人足たちはそれぞれの持ち場へ戻った。
見送った後、サクが家族と別れたガナンに
「淋しくなりますね」
と、しんみりと言うと、「そうでもねぇよ」という あっさりした声が返ってくる。
「亭主元気で留守がいいってもんよ」
腰に両手を当てて笑顔で言うガナンの方を見ながら、呆れたようにカーラが言う。
「あんたの場合は他の街や村にも女房子供がいるからねぇ」
「えっ!?」何も知らなかったサクとレイは驚く。
ローキがカラヤ商店の人足特有の背景をサクたちに説明する。
「ガナンは人足と言っても、街中で配達する定住組とは違って、街から街への行商の荷運びを担当する移動組だからな。移動組はガナンみたいに各地に家族がいて、いわゆる一夫多妻というのが多い」
「なんだか、船乗りみたいですね。船乗りの中には港ごとに女がいるって、自慢してた人がいました」
と、レイが旅先の酒場で出会った船乗りの話をする。
ルークが人差し指を顎に当てて、上を見ながら思い出す。
「確か、ガナンには国内のあちこちに十人の女房がいて、一世帯に大体四、五人? の子供がいたんだっけ」
ガナンの家庭の事情が発覚。これには人足たちと相部屋で泊まるモーや天堂兄弟も驚いた。
「そんなにいたんですか!」と、モー。
「西南のカラヤ商店に泊まってた頃に、ガナンさんのとこは一夫多妻だって、話には聞いてたけど……」
と、カヲルも啞然。
「女房が十人もいて、子供が40人はいるって事か……?」
さすがのヒカルも呆気に取られる。
「まぁ、そんなとこだ。子供の数と名前もよく間違えるし、最近じゃ、孫も増えてきたしな。いちいち覚えてらんねぇよ」
当のガナンは呑気に言うと、「ガハハハハ!」と豪快に笑った。
「えー……」と、サクたちが呆気に取られていると、ローゼンが
「しかし、ガナンは欲をかき過ぎた」
と、腕組みして過去を思い出す。子供の頃、彼のやる気を引き出す為に、ふざけた事を言った武術の師匠はガナンである。
「強い男になれば、たくさんの女にモテるぞ?」
「── とか言ってたガナンは、たくさんの女にモテたはいいが、家族が多くなり過ぎて、お蔭で家計は火の車だ。仕送りが少ないのが おかしいと、店に怒鳴り込んで来た おかみさんもいたなぁ」
ローゼンが言う当時の話を、リナが人差し指を立てて明るい口調で続けるのは、
「そうそう! それで他にも奥さんがいたってバレて…」
所詮は他人事だからである。
『しゅ、修羅場!』と、サクたちがビビる。
しかも、
『内緒にするいう事は、我がのしよる事が後ろ暗い事やとは分かっとんか』
と思う堅物なレイは、体裁が悪そうに目を逸らすガナンを白い目で見る。
「結局、おかみさん連中が全員、王都の本店に集まって来て、ガナンの給与はこれで全部だと、カイトが証明して、『これじゃ、仕方ない』と、皆、納得したんだったか」
と、ローキが修羅場の収束までを語った。
カイトも苦笑いして言う。
「人足頭で警備隊長も兼任する彼の給料なら二世帯か、子供の数が少なければ三世帯分は養えるはずなんだが……」
ガナンが「仕方ねぇじゃねーか」と開き直り、
「それに女房たちは手に職があるか、実家が裕福だったりするから、俺の仕送りが少なくても、まぁ、なんとかなってるよ」
と、バツ悪げに頭をかきながら言うと、その場を去って行く。カイトがサクの隣に来て、ガナンの後ろ姿を見ながら、サクに訊ねた。
「ガナンの窮状を知っても、わたしもローゼンも給金を上げたり、カネを貸したりはせず、彼を特別扱いはしなかった。なぜだか分かるかい?」
「ひょっとして、孤立するからですか?」
「うん」と、カイトは深くうなずき、訳を話す。
「もし、仕事の評価とは関係なく給金を上げたりすれば、他の従業員たちから不公平だと反発されて、彼は孤立しただろう。しかも、ガナンはローゼンと近しい関係にあるから、尚更だ」
カイトもローゼンも争いを生まぬよう公平になるように心配りをしていると知るサク。
さらに、たとえ親しい関係にあっても、厳しい眼を持つカイトはこう言う。
「そもそも、女房をたくさん持つ事は彼自身が決めた事だ。それに、本人からも借金の申し込みをしては来なかったからね」
ガナンは向こうの方で、別便で届いた物資を倉庫に運ぶ作業に加わっていた。彼の周りには仕事の合間にも冗談を言って笑い合える仲間がいる。
「褒められた生き方かどうかは別として、彼は彼なりに責任を取っている。だから、孤立せず、周りから助けてもらえる」
厳しくはあるが、人が幸せになる事を喜んで目を細めるカイトと共に、サクも微笑む。
「そう言えば、子供のお下がりの服や玩具とかを他の人足たちから、よくもらってたりしてるよね?」
と、ルークから人足同士の助け合いがある事を知ったサクたちは感心した顔をする。
カーラが両手を広げてガナンの物言いを真似る。
「それを『俺からの土産だー!』とか言って、家族に渡してんだよ。男の面目ってのもあってさ」
と、言葉尻では肩をすくめるカーラ。そこには『男ってのは、しょうがないねぇ』という欠点も包み込むような愛情もあるが、ガナン自身の自業自得もあるので、半分は他人事のように思っている。
「互いの家族が同じ街にいれば、調達しやすいんだが、今回は物流拠点でキャンプだったしね」
父カイトの言葉をローゼンが継ぐ。
「それで、商品券を渡したんだ」
そのアイデアを出したのはローゼンであるようだ。
「ふーん……」と、サクは
『ローゼンの家族はやっぱり、ええ人らやなぁ……』
彼らの思いやりに感心する。
「旦那様ァー! 実演の準備が出来ましたよォー!」
大砲などの実演の準備に参加していたハッサンが馬に乗ってカイトらを呼びに来た。彼はそちらの力仕事で見送りには来れなかったのだ。
「じゃあ、我々は演習場へ行って来るか」
カイトら年長者はローゼンたちと別れた。
この午後にはカイトや親戚たちの為に鉄砲や大砲の実演が行われた。ハッサンも見学に加わる。先に見ているローゼンたちはテントへと戻った。
ローゼンのテントにはレイとサク、モー、ヒカル、カヲルが呼ばれた。ローゼンの傍らにはルークもいる。
「話というのは、契約の事だ」
話を切り出したローゼンがレイと顔を見合わせると、レイがそれに うなずいて話を始めた。
「サクがローゼンと結婚するから、俺との間で結んでいた雇用契約を解除して、新たにローゼンと契約してもらう事になる」
「あぁ、なるほど」
というカヲルの言葉に同調するように、モーやヒカルもうなずく。
「俺との契約は口頭契約だから、特に書面で交わす必要はないが、ローゼンは書面で交わしたいそうだ」
レイに続いてローゼンが話す。
「俺としては、これまでどおりサクの御者や護衛をしてくれるのなら、という話だ。無理強いはしない。それと、いずれは俺の拠点が東洋に移る事も考慮に入れてくれ」
と言うローゼンにヒカルが
「当然、条件はいいんだろうな? 給金アップとか」
厚かましい要求をする。賃金の交渉に入るかと思いきや、ローゼンにスッパリと言われる。
「悪いが、お前を雇う気は無い」
「ハァ──ッ!?」
給金アップどころか、まさかの不採用と言われて、ヒカルの目と口が大きく開かれる。
ローゼンは一番の理由を述べた。
「お前は男として信用できないからだ」
「なんだとぉ〜!?」
喧嘩腰になって立ち上がるヒカルの腰をモーがつかんで座らせようとする。
「当たり前だろ。お前に横恋慕されたんじゃ、ローゼンさんも落ち着かないだろ」
『ごもっとも…』と、カヲルもルークも思う。
『結婚するんやし、さすがにヒカルも諦めるとは思うけど、契約決めるんはローゼンやしなぁ』
と、考えるサクは口出しは控えて様子を見る。
「悪いけど、俺も代わりが見つかったら、ヒカルだけは解雇するつもりではおった」
レイ、訛りで本音を出す。最近ではモーも和の国の言葉に聞き慣れてきたので、レイは母国語で話す機会が多くなった。
不本意げに顔をしかめるヒカルに、
「しかし、このとおり、状況が変わったからな。代わりは俺が決める」
ローゼンは視線をサクの方へ向けながら話す。
「じゃあ、なにか。俺ら兄弟諸共、クビって事かよ」
不貞腐れるヒカルに、ローゼンが辛辣な口調になる。
「少なくとも、お前はな。こっちに来てからも、使用人に声をかけてたそうじゃないか」
それを聞いて、ローゼンとルーク以外は皆、目を剝いて驚く。
「ゲッ!?」と、ヒカルはバレた事に対してだ。
カヲルは兄弟の素行の悪さが恥ずかしくて、思わず両手で顔を覆ってうつむく。
「昨日の夕方に、ブランのとこや家の女中たちから、『しつこく言い寄って来るから困る』って苦情があってね。個人の恋愛は自由だけどさ、少しは慎んでくれないと困るよ」
と、ルークも迷惑そうな顔だ。実は、ヒカルは昨日の内祝いの昼食会が大宴会になった どさくさに紛れて、ナンパしまくっていたのだ。
ローゼンが忌ま忌ましげに害虫を見るような眼でヒカルを見る。
「まぁ、そういう現状もある。おまけに、ガナンみたいに責任も取らないような遊び人に、誰が大事な妻の護衛を任せられるものか」
「ケッ!」
と、吐き捨てるヒカルが言い訳する。
「仕方ねぇだろォ!? ここには女って言ったら、メイドぐらいしかいねぇんだから。大体、俺が相手してんのは見ず知らずの行きずりの女がほとんどだ。それに、護衛対象のサクには手ェ出してねぇんだし、誰にも迷惑なんてかけてねぇよ!」
そのヒカルの身勝手さにサクは
『この人、まだ心を入れ替える気ぃがないんや』
落胆すると共に、怒りが込み上げる。
『カヲルが可哀想やと思うきん、今まで我慢しとったけど、もう限界や!』
口を開きかけるローゼンやレイに、サクが言う。
「ローゼン、お兄ちゃん、お願いがあります!」
「なんだ?」「言うてみぃ」
真剣な眼差しのサクの話に耳を傾ける二人。
「まず、お兄ちゃん。ヒカルを即刻クビにして」
サクはヒカルをにらみながらレイに頼むと、ローゼンの方を向き、背筋をピンと伸ばして
「それから、ローゼンにはヒカルを雇う意思は、うちにも毛頭無い事を言うておきます」
かしこまって言う。
『これは…かなり本気だな』
『こいな時のサクは、自分の言うた事は絶対に曲げたりせぇへん』
サクの空気感で察するローゼンも、妹の性分を分かっているレイも承知した。
「……………」
ここまでハッキリ言われると、ヒカルも ぐうの音も出ない。端で聞いているルークやカヲル、モーもサクの気迫に圧されて沈黙する。
「分かった」
と、レイは一度 瞬きすると、
「今すぐクビや」ヒカルに向いて言う。
「うん。安心しろ。俺も考えを変える気は無い」
ローゼンは腕組みして、うなずく。
「あぁ…、ああッ! 出てってやるよ!」
自棄になって怒鳴るヒカルは立ち上がり、カヲルに命令する。
「行くぞ! カヲル!」
「…う、うん……」
しかし、カヲルは返事をするものの、立ち上がろうとはしない。膝の上で両の拳を握り締めている。
「おい?」付いて来いと、顎で催促するヒカルを、
「カヲルの意見ぐらい、聞いてやったらどうだ」
と、ローゼンが睨み、強い口調で制止する。普段の温厚なローゼンとは違い、武闘派商人の顔になる。
「ケッ!」と、不機嫌にヒカルが座り、カヲルに訊く。
「なんだよォ? 言いたい事があんだったら、ハッキリ言えよ!」
「うん…、その……」と、口籠もるカヲルに、ヒカルがイラッと来て「アッ!?」と、耳に手をかざすと、カヲルが思い切って大声を出す。
「俺、みんなと別れたくない!」
一瞬の沈黙の後、遠くで大砲の音がする。
続けてヒカルの「はァッ!?」という裏返った声がした。思わぬ本音に驚いたのだ。
カヲルはうつむいたまま拳を握り締めて言う。彼は『僕』と言わずに、『俺』と言う。
「分かってるさ。ヒカルがクビになったんだから、俺だって居られない事ぐらい。でもさ、こんな別れ方、淋し過ぎるよ……」
そんなカヲルに、ローゼンが一瞬、目を見張って「ちょっと待て…」と言うと、疑問を投げ掛ける。
「カヲルの人生はヒカルの為にあるのか……?」
「ハッ」とするカヲルが顔を上げ、その後、ヒカルを見た。
ヒカルは『何、言ってんだよ?』と怪しむ顔になる。彼にとって、兄弟とは一蓮托生である事が当然なのだ。
ローゼンが一度、弟ルークの顔を見遣ると、カヲルに言う。
「俺たち兄弟だって、強制されて一緒にいるわけじゃない」
「うん」と、ルークはうなずくと、こう言った。
「元々はそれほど仲が良かったわけじゃないけど、『やっぱり兄弟で良かった』と、今は思ってる」
それを聞いて、ローゼン、ちょっと照れたように視線を上に向けて鼻息つく。
「俺らは逆で、姉妹と縁 切ったけど、ひとっちゃ後悔はしとらん」
男らしく言い切るレイの言葉に、妹サクが「うん」と、うなずくと、これまでの自らの決断について話す。
「あの人らぁと絶縁したんも、ローゼンと結婚するんも、うちは自分の意思で決めたで?」
おとなしいサクだが、自らが肝心だと判断した事は譲らない。しかも、
「もし、相手が嫌な人やったら、結婚は絶対に受け入れん」
と、首を横に振って、『ダメなものは断固拒否する』姿勢を見せるサク。ローゼンの笑顔に流されているように見える彼女だが、実際はローゼンの人柄の為に受け入れているのだ。
眉をはね上げてレイが言う。
「こぉいつ、結構、頑固やぞォ? 大丈夫かァ? ローゼン」
ローゼンは肩をすくめて
「まぁ、サクが譲らない時は、どうせワガママが理由じゃないだろう」
と、レイやサクと顔を見合わせて笑い合うと、カヲルに向き直り、助言した。
「カヲルにも自分にとって譲れないものがあるだろう。それを見極めた方がいい」
「はい……」
「お前の腹が決まるまでは、ヒカルとここに居ればいい」
「ありがとうございます」
寛大なローゼンに頭を下げるカヲル。その様子を見るヒカルは顔を顰めていた。
ローゼンがモーに訊ねる。
「じゃあ、モーさんはどうする? もちろん、よく考えてから、決めてくれればいい」
「わたしはこれまでどおり御者の仕事をさせてもらえるんなら、文句はありません。それに、いつかは故郷の央華へ戻るつもりでいましたし」
「それなら、央華までの契約という事でいいかい?」
「はい」
モー自身は特に問題はなく、その場でローゼンと契約する事にした。
「じゃあ、僕たちはこれで」
「ああ」
一旦、話が終わったので、ローゼンたちに一礼して去ろうとするカヲルに、ローゼンが返事する。面白くないヒカルはろくに挨拶もせずに立ち上がった。
ルークが契約書を出して、モーに説明する。
「これは兄さん個人と交わす契約になります」
「はい」
サインをする前に説明を聞くモーを残し、ヒカルとカヲルが先にローゼンのテントを出ようと扉の前まで来た時、ローゼンが何かを思い付き、立ち上がって呼び止めた。
「そうだ、ヒカル!」
「あっ?」開けた扉の前で振り返るヒカル。
「妥協案がある」と、ローゼン。
ルークも説明を中断し、皆がローゼンを見た後、ヒカルの方を見る。
「お前、護衛は無理でも、店の人足として働くのはどうだ?」
しかし、ヒカルは一蹴した。
「ハンッ! やなこった! ベッピンの護衛ならカッコも付くが、今更、誰がそんな下っ端のダッセェ仕事なんてするかよ」
「なに……?」
ローゼンがヒカルを睨んだ。
皆のヒカルを見る目が変わる。眉をひそめたり、顔をしかめたりする。
『真面目に仕事しよる人間を馬鹿にしよんか、こいつは』
レイもローゼンと同様に苦々しく思う。彼はローゼンが従業員たちを馬鹿になどしていない事を知っている。西部の遺跡で盗賊に襲撃された際、一見、地味な仕事である荷馬車の御者でさえ貴重な人材であると言ったローゼンである。その彼が苦楽を共にしてきた人足たちを馬鹿になどできるはずがない。
『ひょっとしたら、こいつ、わたしの事も只の御者として馬鹿にしていたのかもな』
と、モーも腹立たしく思う。
カヲルが「おい」と、ヒカルの袖を引っ張って、小さく首を横に振り『そんな事、言うな』と、目で訴える。それをあまり気に留めるでもなく、ヒカルは後ろ手に手を振り、
「じゃあな」
とカッコ付けて、先にテントを出た。
カヲルは小さくなって「すみません」と頭を下げると、丁寧にドアを閉めて行った。その謝る姿はヒカルの分も謝っているようで、サクには気の毒に見えた。
「フンッ!」
と、不愉快そうにローゼンは鼻息つくと、おもむろに腰を下ろし、腕組みした。
『ローゼン……』
ローゼンを見つめていたサクはうつむいた。兄弟と周りとの板挟みになるカヲルや、カヲルの為に妥協しようとしたローゼン ── 優しい彼らの気持ちを思うと、サクはとても悲しかった。




