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18-ⅱ)器(うつわ)〜信じる気持ち

 午後のお茶会の後から、レイは妹サクの様子がおかしい事に気付いた。

 自分たちのテントへ戻って来たサクに、

「茶会、どうやった?」

 机の前で書き物をしていたレイが訊いても、力無く「うん…」と返事したきり、うわの空だ。

「なんぞあったんか」

 と、心配で今度は振り返って再度、声をかけても、サクはやはり元気の無い声で「どうもない…」とだけ答えると、「ちょっと疲れたぁ…」と言って、寝台の上に寝転がった。

 それを訪ねて来たレイから聞かされたローゼンは「そうか……」と、つぶやくと、溜め息をいた。


 サクがお茶会に呼ばれた直後、レイはローゼンのもとを訪ねていた。

 ロクサネの女中メイドがサクを呼びに来て、それに付いて行ったのを見届けた後、レイはすぐにローゼンのもとへ急いだ。

 カラヤ兄弟のテントではペンを持ったルークが机に向かい、左手で頭をかいていた。その傍らには番頭のトリンタニーがいて、ローゼンは少し離れた所で椅子に座り、二人の様子を見ている。

 そこへレイが訪れた。

「ローゼン…。あっ、悪い。仕事中か」

「いや、構わない。なんの用だ」

「ちょっと、ええか?」

 と、入り口から離れるレイの後に続き、ローゼンはテントを出た。

 テントの前で話す。

「さっき、サクがロクサネの茶会に呼ばれて行ったんやけど、サク、大丈夫やろうか?」

 レイ自身もブランの嫁たちには悪い印象を抱いているので、気にしていた。

「本妻のロクサネに気に入られてるから、心配はないだろう。妾たちはイジメたくても、本妻の手前、やりにくいと思うし、少なくともカリーナはサクに悪い印象を抱いてはいない」

「それやったら、ええんやけど」

 ローゼンがブランの嫁たちの反応をよく観察していたので、レイも一旦は安心したのだったが、結果は思わしくなかったという訳だ。


 再び訪れたカラヤ兄弟のテントでは、まだルークが書類の前で腕組みして考え事をしたり、傍らのトリンタニーや後から来た幹部に意見を求めたりしている。

 レイはテントの中の様子を見て、後頭部に手を当ててローゼンに謝る。

「すまん。忙しい時に……」

「気にするな。あの仕事はルークに任せているものだから、俺は仕上がった物を最終確認するだけだ。そう忙しくはない」

 と、ローゼンはルークたちの方を見ながら状況を説明する。

 レイからサクの様子がおかしいと聞き、ローゼンは「そうか……」と、つぶやくと、溜め息をいた。そして、レイの方を見る。

「レイ。話がある」

「場所を変えるか」

「お前のテントで話そう」

「え…? サクもおるけど」

「二人に聞いておいてほしいんだ」

 レイはうなずくと、ローゼンと共にカラヤ兄弟のテントを出た。



 落ち着いた様子でローゼンはレイたちのテントに入って来た。彼が努めて微笑を浮かべているのは、サクを不安にさせない為である。

「サク。ちょっと、いいかい?」

「……うん」

 ローゼンに声をかけられて、寝台から起き上がって返事したサクは椅子に座った。

 三人とも座ったところで、ローゼンはサクに向いて言うが、さすがに悲しく悩ましげな表情になる。

「サク…。ひょっとして、マルジャーナに何か言われたのか」

 そう言われて、サクは目を見張った後、力無く「うん……」と、うなずいた。

「そうか……」

 と、視線を下向けるローゼンに不安を覚えるサクの胸中には、先程のお茶会の後の出来事が重く残っている。


 サクはお茶会の帰り、マルジャーナにテントまで送ってもらった。

「わざわざ送ってくれて、ありがとうございます」

「気にしないで」

 と、マルジャーナは笑顔でサクに答えると、人差し指を頬に当てて上を見ると、意外そうに言った。

「それにしても、ローゼンがあなたと結婚するだなんて。女性の趣味が変わったのかしら?」

「え?」

「実は昔ね、ローゼン……」

 一瞬、サクの方へ視線を移したかと思うと、すぐに視線を外したマルジャーナが意味深に「ローゼン」を「彼」と言い換えた。

「彼、わたしの事……好きだったのよ?」

 その言葉に胸をえぐられるような悲しみに襲われたサク。思わず、立ち止まった。

 うつむいたサクの反応を確認したマルジャーナは口元を手で隠した。

「あっ! ごめんなさい。もちろん、昔の事よ? 気にしないで?」

「は、はい……」

 と、サクは顔を上げて平気を装って返事したものの、

『なんで、そんな事わざわざ言う必要あるん? 黙っとけばええのに……』

 すぐに暗い表情で視線を落とした。これから結婚しようという人間に残酷な事を言うマルジャーナが信じられない。一見、親切そうな彼女だが、単に空気が読めないだけなのか、底意地が悪いのか分かりかねるサクは大人しくテントに帰るしかなかったのだった。

 帰ってからのサクは

『うちとちごうて、普通の人は恋愛の一つや二つ経験しとるんが当たり前やし……』

 と、嫌々、現実を受け入れようと無理をしたり、

『片想いの相手に気持ちが残っとるかも』

 と、考え、

『もし、そうやったら、結婚、取り止めかなぁ……』

 などと、ずっと『ぐるぐる』と独りで頭の中で思い悩んでいた。


 サクからはその心情までは聞かされなかったが、サクの沈んだ様子だけでもローゼンには伝わったようで、事情を聞いたローゼンは膝の上で拳を握り締め、

『送り迎えなんて使用人にやらせるだろう、普通。あいつ、わざわざ邪魔がいない時を狙ったのか!』

 マルジャーナの卑怯さに心底、怒りを覚えた。その怒りは顔にも出ていたので、それを目の当たりにしたレイは「ゾッ…!」としたが、落ち込んでいるサクは伏し目がちゆえ気付かない。

 ローゼンの過去を聞かされて、気持ちが沈んでいるサクに、ローゼンは真っ直ぐにハッキリと事実を話す。肝心な事だからこそ、親代わりのレイにも聞いてもらう為だ。

「結論から言うと、マルジャーナとは何も無い」

「それはほんか」

 と、腕組みしたレイが重々しく訊ねる。サクの家族としても、ローゼンに心残りがあるままで結婚されたのでは後味が悪い。

 サクはまだ泣きそうな顔で不安を抱えながらも、静かにローゼンの顔を見て、彼の言葉を待つ。

 ローゼンが不愉快そうに首筋をなでて溜め息をいた後、話し始めた。

「実は昔、醜聞スキャンダルを流された事がある。俺がマルジャーナに片想いしてるっていう」

 その言葉にサクは思わず視線を下へ逸らした。結論を聞いても、まだ信じられないでいる。

『なんもうても、心が残っとったら、どうしよう……』

 そんな不安から、マルジャーナから聞いた「事実」の方がショックが大きくて、後から聞かされるローゼンの「真実」がまともに心に響かない。

 それでも、ローゼンは諦めない。伝わるまで言葉を尽くす。

「でも、そういう事は一切無い。家族も近しい人間もこの事は知っている。俺が『あの女』に腹を立てている事もな」

 ローゼン、マルジャーナの事を「あの女」と言って非常に嫌悪する。

「たぶん、あの嘘を流したのはマルジャーナだ。しかし、大部分の人間は ── 大概の店の者や世間はそう思っている。マルジャーナは誰にでも親切で、ブランに一途な、出来た女だと世間的にはそう思われているから」

「おい。最悪やな、その女……」

 ローゼンからそれを聞いて、レイ、それ以上、言葉にならない。マルジャーナはかなり外面そとづらがいいだけにたちが悪いようだ。

 ローゼンはサクの両手を握って

「だから、サク」

 と、真剣な眼差しでサクの名を呼ぶと、

「マルジャーナの言う事は信じちゃいけない」

 ゆっくりと首を左右に振った。

「うん」

 ローゼンのと、言葉と、手の温もりとを実感したサクはなんとなく、うなずいていた。

「もし、また何か言われたら、俺やルークに相談してくれ」

「うん」

 ローゼンの優しい口調だが、力強い言葉に引っ張られて、うなずくサク。

「あと、少なくとも、父さん、母さん、じじ様、ばば様はマルジャーナの件について知っているから、俺やルークが対応出来ない状況にある時は、他の家族に相談してくれたらいい」

 そこまで言うローゼンはマルジャーナの思い通りにさせるつもりなどない。

『あっ! ローゼン、ちゃんと うちの事、考えてくれよる』

 それが分かると、それまで曇りガラスのようだったサクのひとみが澄み切った色に変わる。サクの心から迷いが消えた。

 ローゼンの優しさが、さらにサクを元気付け、勇気付ける。

「だから、サク。決して独りで抱え込むな」

「分かった」

 まばたきした後、サクは力強くうなずけた。ローゼン自身も、ローゼンの家族も味方だと分かって、心強かった。

 レイもローゼンの堂々とした対応に安心し、溜め息と共に微笑していた。



 夕飯の後、自分たちのテント前まで戻って来たところで、頭をかきながらローゼンが

「どうする? サクはルークと替わるかい?」

 テントの割り振りを変えるかを訊くが、

「まだ、いいかな? 式を挙げてからでも」

 と、サクは断った。

「わ、分かった……」

 平静を装うローゼンだったが、その表情で

『凄く残念そうだな』

 と、ルークにも分かり、苦笑いになる。

 レイがサクを見て、少し物寂しい顔になるのは、大事な妹が嫁ぐ寂しさがあるからだ。



 夜になり、レイとサクは同じテントで眠る。兄妹でこうして一緒に居られるのも、そう長くはない。

 これからも一緒に旅を続けるので、本当の離れ離れになるわけではないが、人生の一つの区切りとしての離れる寂しさというものがある。

 寝床の中でサクは隣の寝台の兄レイに

「お兄ちゃん…」

 と、声をかけた。

「ん?」

 レイは顔を横に向けて妹サクの方を見る。

 仰向けになったまま

「今まで、ありがとな……」

 と、言うサクは、レイの顔が見られない。家族だからこその照れ臭さがある。

 それでも、レイにはサクの言わんとするところが伝わっている。体の弱い妹だけに、色々と負い目がある事をレイも分かっている。

「気にすな」

 レイも天井を見て、ぶっきらぼうに短く答えた。

 天窓からの星々の光が兄妹を優しく包む。

 しばらく沈黙した後、仰向けになったままレイが言う。それを仰向けのままサクが聞く。

「ローゼンが相手やったら、心配ない」

「うん…」

「もし、なんかあったら、言うて来い」

「うん…」

 また、しばらく沈黙した後、サクが顔を横に向けて言う。

「お兄ちゃんも幸せになってな?」

「ハハハ…、出来たらな」

 レイは顔を天井に向けたまま、複雑な気持ちを抱えながら笑った。


 レイは故郷にいた頃、どういう訳か、お見合いで連敗している。断られる時は「うちには勿体無い」とか、「横に並ぶ自信が無いんです」とか、いつも当たり障りのない言葉で断られてきた。

『たぶん、この顔が気持ち悪いせいや』

 と、レイ自身はそう思っている。


 そんな苦い過去を思い出していると、サクが急に上体を起こし、レイの方へ向いて正座すると、

「大丈夫! お兄ちゃんは絶対、幸せになれる。うちは信じとる」

 妙に力強い言葉をレイに投げかける。

「お、おぉ……」

 面喰らったレイは顔をサクに向けて、気圧けおされたように返事をしていた。

 おもむろに起き上がり、寝台に腰掛けたレイが言う。

「それより、お前。ローゼン、蹴るなよ?」

「え……」

 兄に急に指摘されて絶句するサク。

「お前、寝相悪いきんなぁ」

「そ、それは子供の頃の事やろ !? 今はそうでもないもん!」

 サク、両の拳を肩の高さで前後に振り、子供のように向きになって兄に言い返した。

「分かった、分かった」

 と、レイは笑うと、逃げるように寝床に入る。

「もう!」

 レイが向こうを向いて寝るので、サクも仕方なく休戦し、寝転がった。

 おちょくったり、おちょくられたりして、いつもの兄妹らしい喧嘩をした二人は楽しい気分のまま寝入る……。

 この日は一度に色んな事があって疲れた為か、今夜のサクはぐっすりと眠れた。



 その頃、夏の星空のもと、ライトはテントの外にあるベンチで独り、酒を飲みながら、昔を思い出していた。



 15歳の成人以降も、ブランは鹿狩りでも武術でも、本業の商人としても一流だった。実際、売上ではローゼンの陣営よりも上であったし、家業に本格参入した二年目の頃には

「次期当主はブランだな」

 という話もカラヤ家の親戚の中であったぐらいだ。

 しかし、ローゼン19歳、ブラン18歳の頃には状況が変わる。

「やっぱり、カラヤの次期当主はローゼン様だろう」

 そんな声がカラヤ商店の商人や人足など、末端にまでささやかれるようになった。

 しかも、カラヤの親戚たちが、

「結局、商売なんてのは、『信用』が大事だからな」

「自分たちだけが儲かったって、客が不満を抱えてたんじゃ、後に続かない」

「ローゼンはいつも顧客の立場で提案するから、好評なんだ。だから、『次もカラヤ商店と取引するよ』ってなるんだよ」

「我らも客も得をするやり方が一番いい。長期的に見て、次期当主はローゼンじゃな」

 特に年長者たちがローゼンを評価し始めた。当然、噂はブランの耳にも入った。

 ある時、帰宅したブランは自室のソファーに向かって、かたいでいた荷袋を力の限りぶつけた。

「クソッ! たった一年早く生まれたからって、調子に乗ってんなよッ!!」

 今一つパッとしないと思われていたローゼンに抜かれて、エリートのブランとしては面白くない。

『こうなったら、誰にも文句を言わせないだけの大手柄を立ててやる!』

 握り拳を作って自らに誓う。

『次のカラヤ家当主は兄さんたちでも、ローゼンでもない、この俺だと言う事を認めさせてやるんだ!』

 野望の為に、ブラン19歳の年、恋人マルジャーナ18歳を伴い、西洋へ販路拡大の旅に出る事にした。

 その計画を夕食の席で家族に伝えたブラン。

「いいんじゃないか? 視野が広がってい勉強にもなるだろう」

 特に父ライトからの反対はなかった。

『ブランの成長にプラスとなるはずだ。最近はローゼンに抜かれて悔しがっているだけに、気分転換にもなるだろう』

 ライトはそう考えていた。

「そうだ。西洋と言えば、カーラ叔母さんの実家のマクシマム家がある。必ず挨拶しておきなさい」

 父ライトの助言に

「分かってるさ」

 と、素直に答えるブランだったが、腹の底では

『ローゼンの母親の実家になんか、誰が頼るか!』

 激しい敵愾心てきがいしんを燃やす。

 実家に戻って一緒に話を聞く長兄レオン(29歳)も次兄ティグリス(24歳)も

「いいなぁ、異国で商売かぁ……」

「俺もそろそろ出たいなぁ」

 羨ましがった。

 ライトが

「それなら、お前たち、東洋はどうだ。この間、叔父さんやローゼンが東方遠征の足掛かりを作りたいと言っていたぞ?」

 一族の当主である弟カイトの意向を息子らに伝える。

「行きたいけど、俺の所は一番下の子がまだ小さいからなぁ」

うち乳飲ちのがいるし……」

 移動慣れしているカラヤ家だが、国外となると勝手も違うので、長男レオンと次男ティグリスは子供の心配をして慎重になる。

「お嫁さんにちゃんと相談しなさい。こういうのは負担に思うかどうかは人によるから」

 という母マンダネの常識的な助言に、

「よく相談するよ」

「俺も」

 長男も次男も素直に応じると、温かいスープを口に運んだ。

 そんな兄たちにブランは上っ面で同情的に

「兄さんたちは所帯持ちだから大変だな」

 と言う。ブランは恋人がいるとは言え、自由が利く身だ。

 ブランの生意気さは今に始まった事ではないので、長兄のレオンは軽く受け流す。

「まぁな。それより、お前はどうするんだ。マルジャーナの事」

「長旅に出て、長い間ほったらかしとはいかないぞ。彼女も年頃だし」

 次兄ティグリスにも心配される。

「大丈夫。あいつも連れて行くよ」

 ブランは成人後は常にマルジャーナを行商に伴っていたので、その言葉をごく自然な事として周りも受け止めたが、母のマンダネは結婚適齢期となったマルジャーナとその家族の事も考え、

「せっかくだから、式を挙げてから出立しなさい」

 と、提案した。だが、ブランはワインの香りを嗅ぎながら、「いや」と軽く拒絶する。

「それは西洋で成功してからにするよ」

「で、でも、それじゃあ、何年先になるか分からないじゃない。マルジャーナの気持ちも考えてあげなさい。ブラン」

「心配ないよ、母さん。あいつはその辺の馬鹿女と違って、物分かりがいい女だ。納得してくれる」

「でも、なぁ……」

 と、長兄レオンは次兄ティグリスと顔を見合わせて難色を示すと、二人とも それとなく父ライトの方を見る。マンダネは夫ライトに

「あなたもなんとか言って下さい。女は若くて綺麗なうちに花嫁衣装を着たいものです。これじゃあ、マルジャーナが可哀想です!」

 ブランを説得するよう促すが、

「まぁ、ブランにはブランなりの考えがあっての事だ。見守ろうじゃないか」

 と、ライトは末っ子のブランにはいつも甘いところがある。それを長男も次男も

『やっぱり……』

『甘いな、父さん……』

 と、思うだけで何も言わないのは、

『いつもこうだ』

『父さんはブランばかり贔屓ひいきして、俺たちの話には耳を傾けない』

 と、諦めているのだ。

「さすがは父さん。話が分かる」

 と、ブランはいつも自分の言いなりになってくれる父ライトを持ち上げる。

 それを不愉快そうな顔で眺める長兄レオンと次兄ティグリスは

『こいつは なんでも自分の思い通りにさせてもらっているのをいい事に調子に乗りやがって!』

『ローゼンの爪の垢でも煎じて飲め!』

 腹の底ではそのように思うが、

『しかし、今更 揉めても、父さんは「なんだ、二人とも年長者のくせに大人げない」と取り合わないに決まっている』

 という事を二人とも分かっているので、やはり黙する。

 そんな視線の中、

『いつもの事だ。兄さんたちは俺の壮大な計画と、これからの俺の活躍に嫉妬しているのだろう』

 とぐらいにしか思わぬブランは給仕係にワインのお代わりを要求している。

「あなた……」

 と、夫にまだ何か言いたそうなマンダネの言葉を遮るように、グラスの中のワインの香りを嗅ぐブランが言う。

「大丈夫さ、母さん。まぁ、見てなって」

 そして、ブランはワイングラスを高く掲げて自信満々に宣言した。

「西洋で天下を取って、故郷へ錦を飾ってやるぜ!」

 その宣言どおり、ブランは海運王との繫がりを得て、西洋の最新兵器である鉄砲や大砲の大量の仕入れ先を得た。



『今にして思えば、あれが分岐点ターニング・ポイントだったのかも知れない』

 今のライトは後悔しきりだ。

『あの時、マンダネの言うとおり、マルジャーナと挙式してから行けと、強く行っておけば良かった!』

「はぁ……」

 彼はグラスをベンチの上に置くと、頭を抱えて溜め息をいた。

 そして、天を仰ぐ。

『父さんにも母さんにも言われたな。お前は視野が狭いから、当主には向いていないと』

 再びうつむくと、過去の己を振り返る。

『本当にそのとおりだ。今更ながら、つくづく思い知らされる。若いうちは弟に負けて悔しいと思った。世間を知って大人になり、負けを認めてからは、自分には当主は重荷だと気付いた』

 彼は彼なりに大人として成長したのだと自負していた。

『しかし、自分は我が子の事さえも、まともに見られていない只の愚か者でしかなかった!』

 そんな自分に愕然とするライト。それと同時に、

『信じていた、期待していた子に裏切られた!』

 という気分だ。

『あんな薄情な人間に育ってしまうとは!』

 子供が成人してから「子育てを間違えた」とほぞむ親は多い。結局はライトもその一人だった。

 今更、反省しても手遅れであったが、彼には見落としている事が、まだある。

『マルジャーナには本当に申し訳ない事をした。あんな薄情な息子を見捨てずに、これまで付いて来てくれた事には感謝しかない』

 何も知らないライトは両手を握り合わせて星空を見上げ、マルジャーナの人柄を信じて疑わないのだった。


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