18-ⅰ)器(うつわ)〜道化と神童と天然と
サクとレイがローゼンの家族と対面中、ローゼンの伯父夫妻、つまり、ブランの両親は息子ブランやその嫁たちとテントで対面していた。
「ブラン。元気そうで良かったわ」
「遠路遥々、ご苦労だったな」
母や父と抱き合って挨拶したブランは本妻や妾に両親を紹介した。
「父のライトと、母のマンダネだ」
三人の妾らはブランの両親に一礼したが、やはり、本妻のロクサネはこの時も起立せずに椅子に座ったまま背もたれに踏ん反り返っていた。
これを見たブランの両親は頭が痛かった。
『こんな礼儀知らずな女が本妻とは……』
『こんな事になるなんて、マルジャーナに申し訳ないわ……』
今はグッと本心を押し殺すブランの両親。夫ライトは下唇を嚙み、妻マンダネは上衣の裾を握り締める。ブランの幼馴染みであるだけに、夫妻の事をよく知る妾の一人、マルジャーナが二人の剣呑な様子に気付き、気を逸らせるようにダリアとカリーナを紹介した。
近況などを聞いたりした後、昼の用意をさせる為に妻や嫁たち、使用人らもブランのテントから下がらせると、ライトは息子と二人きりになったところで、「話がある」と、ブランに座るよう促した。
「ブラン。彼女たちに『あれ』の意味を教えたのか」
暗に「あれ」と言って「『二重星』の意味を教えたのか」と訊ねる。その顔はどこか不安げだ。彼の弟カイトがサクに伝えようとする時の確信を持った表情とは対照的である。
斜め向こうの椅子に座る息子ブランの
「あぁ。『あれ』はまだ言ってない」
という返答には安堵したが、問題はその後だった。
「安心してくれ、父さん。妾のあいつらに言うつもりはないさ。所詮、妾は妾。正式な家族じゃないから、秘密にしておくよ」
ブランは「それに」と、偉そうに脚を大きく振って組むと、話を続ける。
「ロクサネにも言うつもりはない。あいつ、口が軽そうだし、空気読まないから」
「だッ! だったら、なんで、あんな女と結婚したんだ」
息子ブランの考えが見えない父ライトが立ち上がり、目を剝いて問い質すので、ブランが「まぁ、聞いてくれ。父さん」と、父をなだめる。
父ライトが着席するのを見届けると、ブランは話を続けた。
「これは海運王との繫がりを持つ為の政略結婚だ。でも、心配には及ばない。この結婚も海運王に利用価値がある間だけさ。メリットがなくなれば父娘共々切り捨てるつもりだ」
打算的な思惑で結婚したと言うブランの指先が額にかかる。細められた目の、その眼光は冷たく鋭い。
「それに、ロクサネはあのとおり反感を買いやすい性格だ。色々と証拠を取っておいて、いつでも こちらが有利な状態で離婚できるようにしてある」
準備に抜かりはないと、前髪を指先で払うブラン。そんな我が子に
「お前……」
ライトはそれ以上、何も言えず、絶句した。
「つまりは、もっといい女が見つかるまでの繫ぎさ」
さらには、薄情にも事も無げに言ってのける。そんな息子の性根を知って、膝の上の両の手で服を握り締めるライトは
『わたしの油断だ……!』
激しく後悔した。
『ブランはなんでも出来る子だからと安心し切っていた』
大手柄を立てて慢心している息子のブランは父ライトの心中など気にも留めない。
「さて、昼飯にしようか。父さん」
立ち上がって先にテントを出て行こうとする息子のブラン。その後ろ姿が遥か遠くにあるように感じられるライトだった。
御者のモーや護衛の天堂兄弟も呼ばれて、レイと共にローゼンの家族とハッサン、ブランの家族、使用人も含めた昼食会に同席した。その席で、カラヤ家当主のカイトによって、彼の長男ローゼンとサクの結婚が決まったと報告される。
「乾杯!」
この昼食会は内祝いの為、堅苦しくない立食パーティーの形式で行われ、参加者の皆で乾杯した後は、互いの家族を紹介し合ったりと、銘々が歓談に入った。料理が並べられたテーブルの上には日避けのテントが張られている。
素直に祝辞を述べたのは天堂兄弟の片割れのカヲルと、モーだ。
「おめでとうございます」
それに対して、サクもレイも「ありがとう」と答える。
「でも、お式はまだだけど」
と、サクが説明する。
「ローゼンさんのご両親や他のご家族が認めてくれたんなら、心配ないよ」
安心したように言うモー。カヲルも「そうだよ」と、嬉しそうに うなずく。
彼らの傍らではローゼンがブランたちからの祝意を受けている。
「それにしても早いな。すぐに認めてもらえたのか」
と、驚きを以て言うブランに、ローゼンが家族が認めた理由について
「サクは素直で嘘が無いからな」
と言う。
「はァ!? なんだ、それ」
と、ブランは面喰らって、思わず間抜けな声を上げた。
「つくづくお前の家族は変わってるな」
「いや。お前だって、じじ様やばば様の血を引いた孫だろ」
理解できないという顔のブランに、ローゼンはそう言うが、内心は違う。
『まぁ、ブランは人柄で人を選ばないから、何を言っても分かるまい』
ブランという人物を分かっているローゼンだけに、さっきの発言は単なる嫌味だ。
ローゼンの兄弟子・ハッサンがブランから結婚していたと聞き、
「えっ!? お前、結婚してたのか」
「式は西洋で挙げたからな」
「で、嫁さん。誰?」
「あれだ」
と、ブランが親指で向こうにいるロクサネを示すと、それを見るなり、正直過ぎるハッサンが
「うわっ! 最悪だな」
あからさまに本音を出すので、ローゼンの弟・ルークが慌ててその口を塞いで、
「は、華やかな美人だね~」
と、ごまかし笑い。嘘が下手な二人にブランは鼻で笑って返した。
ローゼンから「サク」と呼ばれ、
「伯父のライトと、伯母のマンダネだ。ブランの両親だよ」
と、紹介されたサクは右手を胸に当てて軽い一礼をする。大陸では神様やかなり高位の君主以外には深々としたお辞儀をしないのが一般的なのだが、それでもサクの真面目さが丁寧な態度に表れる。
『ちゃんとしてるわ……』
マンダネにしても、当たり前の事を当たり前にするサクがまともな人間に見えた。
『カイトが認めるはずだ……』
ライトは我が子ブランの本妻・ロクサネの方をチラリと見遣って、一度、額を押さえると、溜め息つきたくなるのを堪えて、甥のローゼンとその妻となるサクに笑顔を向けた。
「二人とも、おめでとう。ローゼン、いい人が見つかって良かったな」
「おめでとう」
マンダネも夫に続いてお祝いの言葉を口にする。
ローゼン「ありがとう」
サク「ありがとうございます」
サクと共に礼を述べた後、ローゼンはあえて、ブランの事は口にはしなかった。
「夫婦としては二人とも新米なので、色々と御教示くださいね? 例えば、夫婦喧嘩した後の仲直りの仕方とか」
いつものようにウィンクして冗談を言うローゼンに伯父夫妻が笑い、サクも手で口元を隠して笑った。特に、伯母のマンダネは大声で「あら、ヤダ!」と、笑う。
「お前はなんでも笑い飛ばすような所があるから、心配ないさ」
伯父ライトがローゼンの二の腕を叩く。伯母マンダネはカラヤ家に入ったばかりのサクに配慮を見せる。
「困った事があったら、なんでも言ってね。力になるわ?」
「ありがとうございます」
お礼を言ったサクはブランの両親が思いの外、親切そうな人たちである事に安堵した。
ローゼンが伯父夫妻との挨拶を終えた後、サクに説明する。
「父さんには兄と妹がいて、伯父のライトは父さんの兄だ」
それを聞いて目を「ぱちくり」させたサク、「え……」と、一瞬、言葉を失う。
「じゃあ、弟に当たるお義父さんが当主になったの?」
「カラヤ家は実力主義だからね」
「そ、そうなんだ」
ローゼンの家族の穏やかな雰囲気を知った後であるだけに、
『商売になると、厳しいんやな…』
と、思うサク。
「あの、ローゼン……」
「ん?」
「うちとの結婚でローゼンが不利なるとか、そういう事、ない……?」
申し訳なさそうに恐る恐る訊ねるサクに、ローゼンは驚いた声を上げると、
「ええ? そんなこと気にしてたのか。ハハハ。不利とか無い無い」
と、笑って片手を左右に振り、否定する。
「それに、当主になってもならなくても、俺が商売人として生きていく事に変わりはないし、それだけで充分さ」
ローゼンは普段の茶目っ気のあるウィンクをして見せると、テーブルの串焼きを取って、その肉をサクの口に「ほら!」と軽く「ちょん」と押し込んでやる。
「ん……!?」
「美味しいかい?」にこにこと訊くローゼンに、
「んー!」と口を開けられず、「もぐもぐ」しながら返事するサク。
そんな仲の良い二人を離れた所からワイングラス片手に面白くなさそうに見ているのはヒカルだ。
「ケッ!」
と、独り悪態を吐くと、ヒカルはワインを飲み干して姿を消した。
ローゼンが話を戻す。
「あぁ、そうだ。ブランの家族の事だけど、他に兄弟がいるんだけど、今は二人とも異国にいて、この集まりには来られないんだ」
「そうなんだ」
現在、このファルシアス王国にはおらず、当主を決める集まりには参加できないブランの兄弟についてローゼンが話す。彼は指を二本立てた。
「二人の兄さんは東洋進出の足掛かりとなる支店を出していてね」
ローゼン、立てた指を一本にして長男の事を話す。
「長兄のレオンは今年34歳で、東洋の東の大国・央華で支店を経営している」
今度は再び指を二本立てて次男の事を。
「次兄のティグリスは29歳、東洋の南の大国・天竺の支店にいる」
聞き慣れない言葉にサクが首を傾げる。
「ティエンズー?」
「和の国の人には『天竺』と呼んだ方が分かりやすいかな?」
「ああ! 仏教発祥の国…。そう言えば、現地でそんな呼び方してた」
ファルシアス王国へ来る前に、天竺を訪れた事もあったサクだが、その呼び方を忘れていた。
ローゼンは一度引っ込めていた手を再び出すと、指を三本立てて言う。
「それで、西洋から戻って来たばかりのブランは三男で末っ子。年齢は24歳で、俺より一つ下だ」
「ふーん。ブランさんの兄弟って、結構、年齢が離れてるんだね」
「そういうのもあって、兄さんたちとは直接の競争相手にならないから、年齢の近い俺やルークが競争相手になる事が多いかな? ルークはブランの一つ下だし」
「じゃあ、喧嘩もいっぱいしたとか」
子供らしい微笑ましくもクダラナイ喧嘩を想像して、笑顔で言うサクの質問には
「険悪な仲ではなかったけど、ま、適当に、それなりに親戚付き合いはしてたかな?」
ローゼンの声はハッキリしているものの、言葉は濁す。
『なんやろう……。その微妙な言い回し……』
サクでもローゼンとブランには子供の頃から微妙な距離感があると分かるので、これ以上は訊かない事にして、話題を変えた。
「ねぇねぇ。叔母さんの家族も後から来るの?」
「彼女は遠方にいて、なかなか会えないから、今度、機会を見つけて会いに行こう」
「うん」
和やかな会話をするローゼンとサクの近くでは、伯父のライトが彼の弟であり、ローゼンの父でもあるカイトと歓談していたが、その胸中は穏やかではなかった。自らの三男ブランの事があるからだ。
『わたしは一体、どこで間違えたんだろうか……』
という思いが離れない。
ローゼンがサクに話したように、ブラン(24歳)は上の二人とは年齢が離れていたので、直接の競争相手とはならなかったが、兄たちよりも覚えが早かった。
「お前、もう三桁の計算が出来るのか!」
ある時、ブラン(当時4歳)の算盤の上達の早さに驚いたライト。
『上の二人ができるようになったのは6歳や7歳ぐらいだったのに』
その優秀さが際立った為、父としては自慢であったし、なんの不満もなかった。
従兄弟のローゼン(25歳)やルーク(23歳)とは年齢が近い事もあり、子供の頃から何かと競争相手となっていた。ライトの実家でもあるカイトの当主本邸に滞在中の折りや、行商先でカイトたち家族と会うと、子供たちは いつも弓矢や乗馬などで競い合うのだ。そんな幼い頃の彼らをライトは
『切磋琢磨しておって、よろしい!』
と、温かい目で見守っていたものだ。
しかも、ブランは子供の頃から文武両道であっただけではなく、眉目秀麗であった為、女の子からはとても人気があった。何人かの追っ掛けもいたほどだ。その中の一人が今は妾となっているマルジャーナ(23歳)である。
マルジャーナはそこそこ大きい商家の娘で、ブランの一家が王都に滞在中はよく遊びに来ていた。下の弟妹がいる彼女は弟を連れて来た。
「お兄ちゃん代わりに弟を鍛えて欲しいの」
と、ブラン少年にお願いするマルジャーナ少女の上には兄がいないからだ。
「キャー! ブラン、かっこいい〜!」
「ブラン。口元が汚れてるわ。わたしが拭いてあげる」
武術の稽古で応援し、食事の時は甲斐甲斐しく世話を焼き、マルジャーナはブランに引っ付いていた。それを
『うわっ。ウザ……』
と、思っていたのはブランではなく、ローゼンだ。当のブランは女の子にチヤホヤされて調子に乗っている。
当時、10歳ぐらいのローゼンは
『こいつ、さっさと帰ってくんないかなぁ』
と、マルジャーナを鬱陶しがっていた。
剣術でもなんでもブランが勝てば、
「キャー! やったー! ブランの勝ちよ〜!」
と喜び、ブランが負ければ、
「ヤダぁ〜! ブランが負けた〜! ローゼンが手加減しないからよ。年上なんだから、ちょっとは手加減しなさいよッ!!」
と泣いたり怒ったりして、何かと騒がしい上に、ローゼンは悪者扱いにされるからだ。しかも、いつの間にか彼女は弟を連れて来なくなっていたところを見ると、
『こいつ、ブランを目当てに弟をダシにしたのか』
というマルジャーナの思惑にも気付き、
『こんなのいたら、全ッ然、楽しくない! せっかく師匠たちから教わった事を、年の近いみんなと実践してみたいのに、邪魔だな!』
と、ローゼンは不満を募らせていた。
『でも、マルジャーナを泣かせたら、また、母さんに怒られるし……』
力尽くでは「いじめられた!」と言われて、親から大目玉を喰らうから大変だ。
ある時、ローゼン少年は思い付いた。
『こうなったら、ブランと遊ぶのはやめて、ルークとシェリーとだけで街へ出よう』
この時期は彼の叔母が病気療養の為、王都のカラヤ家当主本邸に里帰りしており、その息子でローゼンと同い年の従兄弟『シェリー』も滞在していた。シェリーは9歳〜11歳までを、そこで過ごした。
この日も、ローゼンの自宅である当主本邸の庭で子供同士の剣術の稽古をしていた。
「うわー! やられたぁ〜」
ローゼン、わざと、負けた。すでに、この頃から彼は演技派だ。目的の為なら、カッコ悪い事も平気でやってのける。
「もう、ブランには敵わないや。俺たちとの稽古はやめにしないか」
「そうだな。なんか、お前たちじゃ手応えないし。行くぞ! マルジャーナ」
マルジャーナを従えてブランが当主本邸の敷地から出て行くのを見計らうと、ローゼン少年は意地悪げな笑みを浮かべて言った。
「ぃよぉしッ! これで邪魔者はいなくなった。俺たちは街の悪ガキ共と戦ごっこだ!」
拳を突き上げるローゼンに
「ぃヤッター!!」
と、シェリーとルークも喜んで諸手を挙げた。
このように、息子ブランが甥のローゼンたちから適当に距離を置かれていた事を、ライトは知らなかった。
ローゼンの家族がブランの嫁たちから祝意を受けている。
カラヤ家当主であるカイトなどはブランの嫁たちを一目見て、その風貌などから、マルジャーナを『相変わらず』、肌の露出の多いダリアを『売女』、皆に気さくに接するカリーナを『普通に鈍感』、向こうで座って動かない派手なロクサネを『高慢ちき』と見抜く。それは息子のローゼンが初対面の時に抱いた感想と同じだ。
マルジャーナたち三人の妾は常識的な挨拶をしたが、
『妾を表舞台に出すのかい。しかも、出て来る方も、出て来る方だね』
と、ローゼンの母・カーラは内心では甥のブランやその妾の常識性を疑う。
祖母リナも子供の頃からのマルジャーナを知っている為か、表向きは穏やかだ。
「久しぶりね。元気そうで良かったわ。マルジャーナ」
祖父ローキは腕組みして、女たちの様子を冷静に観察している。
「ところで、ブランのお嫁さんはどちら?」
と、カラヤ家の大奥様であるリナに訊ねられ、マルジャーナが向こうで椅子に座って扇で煽ぐ派手な女の方を、指をそろえた手で指し示す。
「あちらのロクサネ様ですわ」
ブランの本妻・ロクサネを見て、「へー。あれが…」と、カーラ。ロクサネの態度を見るなり叱りたくなるカーラを、カイトが彼女の肩を持ち、無言で首を横に振って止める。ローゼンの両親や祖父母は皆、内心ではブランの嫁たちには冷ややかだ。
ブランが椅子に座ったまま動かない本妻のロクサネに近付くと、声を低くして指図した。
「立て、ロクサネ。親戚に挨拶しろ」
「なぜ、このわたしから、わざわざ出向かねばならないの? わたしは西洋では海運王と呼ばれる貿易商の娘よ!」
と、気位の高いロクサネが機嫌を損ねるので、ブランは彼女の耳元でささやき、説得する。
「仕方ないだろう。今はまだ、ローゼンが実質的にカラヤ一族を束ねる立場だ。だが、それも直に変わる。なにせ、この俺様には西洋から新兵器を大量に仕入れた手柄があるからな」
ブランは不敵な笑みを浮かべると、悪巧みする悪人のような表情をし、
「それに、お前のその美貌を存分に見せ付けてやれる良い機会じゃないか。海運王のお姫様が自ら挨拶に来てくれたと、あいつらも さぞかし有り難がってくれるぜ?」
ロクサネのプライドをくすぐった。
ロクサネはちょっと気を良くしたのか、「フンッ!」と、鼻を鳴らすと、立ち上がった。
ローゼンとサクの前に歩み出たロクサネ。
「結婚、おめでと」
その横柄な態度にも、ローゼンとサクは丁寧に礼を言って返すが、無論、その腹の内は別物である。しかし、二人とも元来、攻撃性の強い性格ではない為、あまり腹立つでもなく、しなやかに躱せる。
『こいつら、似てるな』
と、目敏い所があるブランはそれに気付く。
『あんな無礼な態度を取られたら、隠そうと思っても笑顔がわずかに引きつったり、勝気な人間ならば険のある表情が出やすい』
サクが孔雀のようなロクサネの姿に
『舞台のお衣装みたぁ〜い!』
と、驚いた。サクは面白い物を見つけると、気分が上がるのだ。思わず両手を握り締めて楽しげに感想を言う。
「ロクサネさん。凄い、豪華なお衣装ですね」
褒められたと思ったロクサネはつい、気を良くした。扇を煽ぎ、「ホホホホホ!」と高笑いすると、顔を近付け、
「あなた、見る目があるわね」
と、上機嫌に上から目線で喜ぶ。さらには
「後でわたしのテントへいらっしゃい。極上のコレクションを見せてあげるわ!」
孔雀のように両腕を広げた。
「いいんですかぁ?」
「いいわよ? 特別に見せてあげる」
と、上機嫌な本妻ロクサネ。まるで、ロクサネがサクの掌の上で転がされているように見える。そんなロクサネの事を
『チョロッ……!』
と、誰もがそう思った。
『主役より目立つ事されたら、怒るんが普通やけど、サクの奴はアホやきん、全然、気にしとらんな』
と、レイが思うのも当然で、他人のお祝い事でない為、サクはあまり腹を立てない。
『これが、もし、他人のお祝い事やったら ──』
「なに、あの人、めちゃくちゃ失礼! 人様に恥かかせるって、なに考えとん!」
『── 後で めちゃくちゃ怒って、俺に愚痴るやろな』
と、兄レイが思うように、マジメちゃんサクは自分の事よりは他人の事で怒るのだ。
ルークは ほっぺを人差し指でかきながら、
『なんか、サクらしいって思える』
だんだんサクの人柄が分かってきたような気がする。
ハッサンは腕組みして思う。
『サクちゃん、ある意味、最強だな』
妾たちも驚いたり、蔑んだり、呆れたりしている。
カリーナ『ロクサネに気に入られてる……』
ダリア『わっかりやすいオベンチャラなんかに引っ掛かって、単純な女ね』
マルジャーナは
『プライドが高いダリアには出来ない芸当だわねぇ〜』
と、ダリアを一瞥する。
「愉快だねぇ」と、カーラが夫のカイトに耳打ちして笑うと、カイトは嫁のサクと、父ローキと笑い合っている母のリナとを見比べて、微笑みながら言う。
「ああいう所は母さんと似てるな」
カーラは隣の夫カイトの顔と向こうにいる長男ローゼンの方を見ながら、カイトに言い返す。
「それは、あんたやローゼンだって同じじゃないか」
「そうか?」
「そうだよ」
ピンと来てない、とぼけた顔をするカイトの肩に手を掛けて「くすくす」と、おかしそうに笑うカーラ。
ロクサネと楽しそうに会話をするサクの横顔を見ながら、ローゼンは思う。
『サクは “天然の人たらし” だ。分かりやすいオベンチャラなんか言わずに、素直に本当の事を言うから、人を嫌な気分にはさせない』
サクの事をそのように評し、理解している。
ブランはサクに対する見る目が変わるが、
『やるな。あのチビ』
細めた目は笑っていない。その唇の片端は引きつったように吊り上がっており、その表情には格下の分際でという苛立ちがある。
『見慣れない顔ね。ブランの使用人かしら』
リナが隅のテーブルの近くで小さくなっている使用人たちに気付いて声をかける。
「みんなも遠慮しないで、たくさん食べて?」
「あ、あの、使用人のわたくしたちも よろしいので?」
横から大旦那様のローキも勧める。
「大奥様のリナが言うんだ。誰も咎めはせん」
「ほら、大旦那様もこう言ってるわ。どうぞ、どうぞ」
大旦那様と大奥様に笑顔で勧められ、使用人たちは おっかなびっくりしつつ、
「ちょ、頂戴致します」
と、テーブルの料理に手を付け始めた。
目上としての威圧感を与えぬ為に少し離れたリナとローキ。ブランの使用人たちが美味しそうに喜んで食べる姿を見て、ほっとしたリナがさりげなくローキにささやく。
「どうも家の使用人とは待遇が違うようね」
「そのようだな」
ローキは険しい顔でうなずいた。二人の視線の先には、ロクサネたちだけでなく、当主一家の使用人たちにも囲まれているローゼンやサクの姿がある。
別のテーブルの前ではサクが料理上手なカリーナの西洋料理に舌鼓を打つ。上機嫌なロクサネに美味しいと勧められたのだ。
「うわぁー。これ、美味しい!」
「それはカリーナが作った物ね」
と、マルジャーナが親切に説明する。
「こんな美味しい物が作れるなんて、凄ぉーい!」
「喜んでもらえて良かったよ」
サクが心から喜んでいるので、カリーナも嬉しくなる。
「できれば、ぜひ、レシピを教えて下さい」
というローゼンの家の使用人の申し出にも快く応じたカリーナ。それを見たダリアは
『秘伝のレシピを簡単に教えるだなんて、カリーナもチョロいわね』
と、小馬鹿にした目で眺め、ワインを口にした。
レイはライトとマンダネの夫妻と歓談している。
一通りの自己紹介や挨拶を終えた後、旅の話になり、マンダネが驚いた反応を見せた。
「あら。央華にもいらしたの?」
「はい」
ライトがレイに訊ねる。
「ここまで船での航海なら天竺にも立ち寄ってるんじゃないか?」
「ええ、そうです」
「あら〜」
と、また、マンダネが驚き、ライトが事情を話してくれた。
「実は家の長男が央華に、次男が天竺に支店を出しているんだよ」
「港町だから、どこかでお会いしてるかも」
と言うマンダネに
「おいおい、大都会だぞ。そんな簡単に遭遇できる確率じゃないと思うがな……」
と、ライトが苦笑いする。
「そうですね」レイも微苦笑した。
「それに、支店を出したと言っても、年数が浅いから、まだ知名度も低いはずだ」
「それもそうね」
ライトやマンダネの話を聞いて、レイは
『ローゼンは東洋へ販路拡大するとは言いよったけど、すでに東洋進出の布石を打っとったんか。しかも、大きい港町は物流の重要な拠点やなぁ……』
と、内心で舌を巻いた。
「あれ? ヒカルの奴、見かけないな」
途中でヒカルがいない事に気付いたレイ。
「すねてんじゃないんですか?」
カヲルが肩をすくめて答える。
「心配ないでしょ。あっちの炊事場で人足さんたちの昼休憩に混ざって食べてると思いますよ?」
と、モー。
しかし、内々での祝いのはずが、キャンプの炊事場にいたカラヤ隊にも伝わり、将軍やガナンら隊長クラスから末端の人足、兵器の技術者たち、定期報告などの中継に来たカラヤ商店の商人まで加わり、結局、大宴会となってしまう。
番頭のトリンタニーら、カラヤ商店の重役もローゼンやサクとその親族に祝辞を述べる。
ローゼンとサクの結婚に大賛成していた、通称『将軍』ことバハラームは
「やはり、某の思うたとおりになりましたな!」
と、ローゼンとサクに向けて親指を立てて、「ニカッ」と満面の笑顔を見せた。
新入りザンド(15歳)が先輩たちの忠告を忘れて、気安い呼び方で
「サクちゃん、おめでとー!」
「ありがとう」
馴れ馴れしくサクの手を握ったので、ローゼンの顔が引きつった。その時、
「おい、小僧! 気安く触ってんじゃねえよ」
ザンドの襟首つかんでサクから引き離して怒ったのはキルスだ。一見、軽薄な彼だが、実は厳しい。
「てめぇ、昨日の今日で、もう忘れたのか。気安くするなと言われてんだろ。若旦那の奥様だぞ。『若奥様』とお呼びするのが筋だろうが」
キルスと同期のゴバードやナーセルが、キルスに搾られるザンドを見て
「学習能力ねぇな」「そうだな〜」と呆れる。
サクとローゼンの「まあまあ…」「もう許してやれ」という計らいで解放されたザンドだった。
他人の慶事をこれ幸いと、酒を飲む口実にする者が大半だったが、ローゼンの武術指南を務めた事もあるガナンなどは泣いて喜んだ。彼とはローゼンの子供時代からの付き合いである。
最初は皆と「めでたい!」と機嫌良く飲んでいたガナンだったが、そのうち酔いが回り、ローゼンに向かって怒り出した。
「水臭ぇじゃねえか、若ッ!」
「いや。後で、みんなにも報告しようとは……」
と、ローゼンが言い訳したところで、こうも酔っ払ってしまっては、まともに聞く耳などない。
「若が…、ついに、若が……。良かった、良かった……。良かったよぉ──ッ!」
ローゼンに抱き付いて泣く。そのガナンの背を軽く叩くローゼン。そんな光景を見て、サクは この結婚が間違いではなかったように思え、
『家族や周りの人らぁが喜んでくれて、本真に良かった……』
温かな気持ちで微笑む。その目にはガナンからのもらい泣きの涙も浮かんでいた。




