17-ⅴ)決断の時〜新しい家族
「君がサクだね?」
カイトが迷いもなく歩み寄り、サクの前に立つと、そう訊ねた。と言うより、確認した。サクの容姿についても彼の耳には届いている。
「はい」
と、サクは答えると、
「悠海桜久弥と言います」
と本名を名告る。
「わたしは兄の、清天麗翔と申します」
レイも続けて名告った。
カイトは礼儀正しい二人に感じ入り、自己紹介した。
「申し遅れた。わたしはローゼンとルークの父親の、カイトだ。今はカラヤ家の当主で『旦那様』などと呼ばれているが、もうじき『大旦那様』に変わるところだ」
と、最後は笑う。
「じゃあ、俺はなんになるんだ?」
「『ご隠居様』かしらね?」
「あれっ? お義母さんは どうなるの?」
「あらっ? ホントね。『大奥様』の上って何かしら』
などと、カラヤ兄弟の祖父母と母の緊張感のない呑気な会話を振り返って見て、また笑った父カイトはサクとレイに
「そんな端に居ないで、こちらへ来なさい」
と、促し、丸椅子を勧めた。
祖父は祖母の為に背もたれのある椅子を動かしてやり、ローゼンやルークは足りない分を折り畳みの椅子で補充して、並べ始めた。
椅子を用意してくれる夫に「ありがとう」と にこやかに礼を言う大奥様の祖母、言われなくても、さっさと椅子を出してくるローゼンとルークに、それを手伝うハッサン。その様子から普段の人間関係が見える気がするサクとレイは感心する。
『凄い。ローゼンもルークさんも気が利く。ひょっとして、おじいさん譲り』
『お母さんは、おじいさんやお父さんに「ふかふか」した丸椅子を勧めて、自分は折り畳みの椅子に座った。出来た人やなぁ』
全員が座ったところを見届けて、カイトがローゼンに家族を紹介するよう促した。
「さて。ローゼンに仕切ってもらおうか」
「じゃあ、まだ紹介できていない家族を紹介しよう」
と、ローゼンが一人一人を手で指し示しながら紹介していく。
「祖父のローキ、祖母のリナ、母のカーラ」
サクとレイに、各人が軽く会釈をしてくれた。
サクと共に「初めまして」と挨拶しながらも、
『なんや、みんな、若いな』
と、レイが驚くのは無理もない。カラヤ兄弟の祖父のローキは白髪だが、色黒で筋肉質と強そうに見えるし、祖母のリナは色白の華奢でも背筋が伸びていて若々しい。父カイトや母カーラにしても、遅く出来た子を持つ親には見えない。
一通りの自己紹介を終えて、ローゼンが立ち上がって言う。
「先に、みんなに報告しておきたい事がある」
と言うと、彼は拳を握り締めた。そして、
「とうとう、サクから結婚の了承を得た!」
右の拳を天に突き上げた。
「彼女の兄も賛成してくれている」
と、今度は手でレイを指し示し、付け加える。
祖父・父・母からは「おお!」、祖母からは「あらー!」と、歓声が上がり、家族やハッサンから
「おめでとう!」
と拍手されて喜ぶローゼンだが、サクは「ぽかん」とする。レイも多少は身構えていたので、若干、付いていけない。
『本真に誰っちゃ反対せんのか、この家族……』
ローゼンの言葉どおりとは言え、さすがに拍子抜けする。
さっそく、祖母のリナが言う。
「じゃあ、サクちゃん。わたしの事、『おばあちゃま』って呼んでね?」
「は、はい!」
「あっ! いいな〜。あたしの事は『ママ』って呼んでよ」
「は、はい!」
祖母リナや母カーラに急に声をかけられて緊張するサク、返事をするので精一杯だ。
「リナが『おばあちゃま』なら、俺は『おじいちゃま』か」
「わたしは『パパ』だな」
祖父ローキと父カイトが妻たちに合わせて呼び方を考える。
「やっぱり、女の子はいいわね〜。『華』があって。家は男の孫ばっかりだから『華』がなくって」
と、喜ぶ祖母のリナ。
カーラが姑のリナに再度、訊く。
「そうだ! 『大奥様』の件はどうするの?」
「そうねぇ……。他の人たちには『リナ様』って、名前で呼んでもらおうかしら? どう思う? カーラ」
「いいんじゃないの? 若返って」広い肩をすくめるカーラ。
「ふふふ。じゃ、そうしましょ」指先で口元を隠して上品に笑うリナ。
目の前で繰り広げられる、嫁姑の会話とは思えない平和な光景は
『フツー、嫁姑って、殺伐としとるよな』
男のレイですら、非現実的に見える。
「ほら、見ろ。俺の気持ちが分かったろう。好きになると、なんだかんだ言ったって、忘れられんし、諦められるわけがないんだ」
祖父ローキが立ち上がって、孫のローゼンの肩を叩き、結婚が決まった事を喜ぶ。
「ハハハ。自分の側に置いておかないと心配で落ち着かないっていうのは、俺も分かるよ」
と、ローゼンが照れて人差し指で頬をかく。
「あぁあ。あの惚気話か。ばば様が病弱だから、一旦は引き下がったけど、結局、元気かどうか心配になるとか、なんとかで、結婚したっていう」
「じゃ、あれか。ローゼンは大旦那様に似たのか」
ルークとハッサンの話からローゼンはかなり祖父に似ている事が窺い知れる。
ローゼンや祖父ローキが着席したところで、父カイトが改まってサクに言う。
「君には感謝するよ、サク」
「はい?」
いきなり、思わぬ事を言われて、目を「ぱちぱち」と瞬きさせるサク。
「君のお蔭でローゼンだけでなく、ルークの人生まで救われた」
そのカイトの言葉に、
「え?」と、サク。
「どういう事ですか」と、レイ。
なんの事か分からない兄妹にカイトは事情を説明する。
「もし、ルークが諦める事なく、あのまま美夜とかいう女と結婚したら、わたしは勘当するつもりでいたんだ」
サク「え…、えぇ……!」
レイ「なッ……!」
兄妹そろって目を見開いて驚いた。
ルークは頭をかいて言う。
「最初は俺も知らなくてさ。サクに振られた後、手紙で近況報告したら、『実は ──』って、返事が来て、俺も驚いたよ」
カイトが憂いの目で次男のルークの方を見る。
「特に、お前の事はずっと心配だった……」
勘当すると言っても、子が心配でないわけではない。勘当という選択肢まで考えるほどに、父カイトは自分を追い詰めていたのである。
「ごめん、父さん……」
思わず、ルークの目も潤む。
サクはカイトの親としての覚悟を思う。
『勘当まで考えるんや、このお父さん……。普通の人は子ぉがよっぽど悪い事しよっても、我が子 可愛さにそこまでは よう出来ん。周りへの悪影響まで考慮しとったゆう事やわ。なかなか出来んわ』
カラヤ兄弟の両親や祖父母に向けてレイが謝罪した。
「こちらこそ、その…、縁を切ったとは言え、美夜たちが申し訳ない事をしました」
伏し目でレイは言いにくそうに、言葉を続ける。周りに対する申し訳なさや、兄としての不甲斐無さから、膝の上の拳には自ずと力が入る。
「ルークの事だけじゃありません。カラヤの、特に宿屋の方々に対して、あまり良い態度ではなかったかと……」
カイトは首を横に振り、レイを気遣った。
「その事は、わたしも聞き及んでいる。しかし、君が気にする事ではない。年長者に叱られても懲りない彼女たちが悪い」
レイに対しては優しい言葉をかけたカイトだったが、盗賊に堕ちた元姉妹らへの評価は厳しい。それは表情の変化や腕組みにも表れている。
カイトの言葉にカラヤ家の人々やハッサンは深くうなずいていた。
「それは ともかく、今ではルークは余計な事に気を取られる事なく、真面目に仕事に専念している。本当にサクのお蔭だ。ありがとう」
父カイトは改めてサクに礼を言うが、
「そ、それはルークさん自身の気持ちの問題であって、わ、わたしは何もしていません」
と、両手を振って否定し、戸惑うサクに母カーラが
「でもさ、やっぱり、あんたが居なかったら、ルークはあのまんま変な女に引っ掛かって転落人生だったと思うよ。あたしは」
真剣な顔で言うのは、それだけルークが心配だったからだ。母の言葉にルークは首筋のあたりをさすって申し訳なさそうに反省する。
祖母リナも祖父ローキも
「そうそう! あなたが現れなかったら、ローゼンだって どうなっていた事か。下手をすると一生独身よ」
「全く、ローゼンは誰に似たのか、選り好みが激しいからな」
と、ローゼンの事も心配したと言う。これには
「……面目無い」
と、頭をかくローゼン。彼とて心配をかけたいわけではない。
ローゼンの家族はサクにとても好意的だが、自信の無いサクにはそれが違和感になる。
「本当に、わたしでいいんですか?」
と、疑問を呈した後、目を伏して
「わたしではローゼンの足手まといになるかと……」
自信なさげに言うサクに、カイトは一瞬、目を見開いて驚くと、あえてローゼンに訊く。
「足手まとい? ローゼン、お前はどう思ってるんだ」
「気のせいだと思うけど」
ローゼンは肩をすくめて答え、ルークは普段の兄の様子について言う。
「どっちかって言うと、兄さんはサクの面倒を見るのが楽しくて仕方がないぐらいにしか見えないけど?」
すると、祖母リナが励ます。彼女は丈夫な質ではないので、サクの気持ちが分かるからだ。
「サクちゃんは役に立ってると思うわ? ローゼンたちに東洋の言葉を教えてくれてるでしょ。それに、ほら、馬立ての事だって」
「馬立ての発案者はサクだと、手紙にも書いてあったな」
と、祖父ローキも知っていた。
「あれ、結構な収入になってるのよね?」
リナに「うんうん」と、ローキがうなずく。どうやら、ローゼンから全部、筒抜けらしい。
笑顔で聞いているローゼンを見て、
『こいつ、結構、筆マメやな』
と、思い知るレイ。
「それは、おばあちゃんの知恵で。当たったのも偶然……」
と、事実を話して自分の手柄でないと否定するサクを、カイトが丸ごと肯定する。
「いいんじゃないか? 偶然でも、足手まといでも」
「え……?」と、サク。
「ローゼンは君といる方が幸せに見えるのだがね」
父カイトの言葉にうなずくローゼン。周りの家族も微笑んでいる。
カイトがさらに意外な事を口にした。
「それに、足手まといぐらいの方がローゼンにはちょうどいい。これはしっかりを通り越して、ちゃっかり者だから、出来る女だと逆に困るんだよ」
「?」
カイトの言葉の真意が分からず、キョトンとするサクとレイ。
カーラが夫カイトに代わり、その真意について語る。
「確かに。出来る女の方が偉そうに前にシャシャリ出て、余計な事してローゼンの邪魔をしそうだよね」
「そのとおり」
と、我が子の性分をよく分かっている両親であるだけに、ローゼンが笑う。
『確かに、それはあるんか。ローゼンは自立心もあるし、立場的にも なんでも出来てしまうし。美夜たちみたいなワガママ言う奴より、サクみたいに足手まといでも無理言わん大人しい人間の方が楽か』
と、レイもローゼンの両親の言葉に内心で納得できた。
「でも…」
まだ、遠慮があるサクに痺れを切らした母カーラが立ち上がる。
「でもも、へったくれもないよ! さっさと結婚して、バカ長男に守られてしまいなよ」
「誰がバカだ。誰が!」
「バカ長男」と、母にこめかみを小突かれて、睨み返すローゼン。
『こいつを「バカ」と呼べるんは親ぐらいか』
と、驚くレイ。サクも口元を指先で隠して驚き、苦笑い。泣く子も黙る、天下の『武闘派商人』も人の子と知る。
「そうだ。改宗の事……」
サクが思い出して話をすると、カラヤ家の人々からは特に問題視されなかった。
「改宗か。別にいいんじゃないか?」
「あたしも結婚して、こっちに改宗したしね」
と、父カイトと母カーラもサラッと流す。
「そうよね。ローゼンはいずれ東洋へ行くんだし、現地の神様のご加護があった方が心強いかも」
「そうだな」
祖母リナに同感の祖父ローキ。
「念の為に神官様に相談の上で決めるけど」
「うむ。それがいいだろう。これまでの御加護は元より、神官様への恩義もあるしな。家族そろって詣でよう」
ローゼンと父カイトの会話からも
『ここの一族も信心深いし、お父さんは筋を通す人やなぁ』
と知れて、安心感を覚えるレイ。
『なんか、ええ人ばっかり……』
サクはローゼンの従兄弟のブランを見て不安だったが、ローゼンの家族に対しては居心地の良さを感じられた。
話が一通り終わったと見て、ローゼンが「よし!」と立ち上がって、パンッと手を叩いた。
「改めて家族の許しも得たし、サクの不安も取り除けたし、晴れて結婚成立だ」
ローゼンはサクの前に片膝を突くと、宣言する。
「俺が君を守るよ」
サクの左手を取ってキスをした。サクは手の甲に感じた温もりに気恥ずかしさを感じつつも、安心感を覚えて、うなずく。
「うん。ありがとう……」
二人を囲んだ双方の家族から拍手と祝福の声が起こる。
一段落して、レイが改まってローゼンの両親らに挨拶する。
「至らない妹ですが、どうか末長く よろしくお願い致します」
うるうると涙目でレイは思いを伝えると、深々とお辞儀した。
「よろしくお願いします」
兄レイの気持ちが伝染したサクの目にも涙が浮かぶ。
『昔、体の弱い母さんを嫁に出す時も、きっと、こうだったのだろうな……』
カイト自身の祖父の事に思いを馳せながら、互いを思う兄妹の気持ちに胸を打たれたカイトは
「こちらこそ」
と、二人に答えると、
「サクはこれから家の娘だ。粗末に扱うような真似はしない。安心しなさい」
と、レイに約束する。カーラはカーラで彼女なりの言い方で安心させようとする。
「そうだよ。家のバカ長男が浮気なんかしたら、あたしが締め上げてやるから! 安心しな」
「するか!」
母に「バカ長男」呼ばわりされて怒るローゼン。それを周りが笑う。言いたい事を言い合える。これはこれで仲の良い母子のようだ。レイもサクもカラヤ家の人々と一緒に笑った。
「さて。そろそろ、昼だな。ローゼンとサクには少し話があるから、みんなは先に行っててくれ」
父カイトの指示で、テントにはローゼンとサク、カイトの三人が残る。室内が三人だけになったのを見届けたカイトは手の平を上向けて手招きし、ローゼンとサクに近付くように促すと、声を潜めて こう言った。
「ローゼン。サクに『二重星』の意味を教えてあげなさい」
父カイトに静かにうなずいたローゼンが自らの左手をサクの前に出した。彼の薬指にはめた金の指輪には八重桜のように二つ重ねた星の刻印『二重星』がある。
「君も知ってのとおり、カラヤ家の紋章だ」
というローゼンの言葉にサクが相槌を打つ。
「これには一族しか知らない秘密がある」
ローゼンの言葉の後、父カイトが言う。
「だから、ハッサンやサクのお兄さんには聞かせられないので、席を外してもらった」
「兄にも言ってはダメなんですね」
サクは義父となるカイトに確認した。
「申し訳ないが……」
と、カイトは謝ると、
「信頼関係があっても、これだけは別の話になるのでね。彼らの気分を害さない為にも、何も伝えず、あえて他の家族と出てもらったんだよ」
レイやハッサンを除け者扱いしないようにする繊細な配慮を見せる。そんな誠実な義父カイトにサクは
「分かりました」
と、うなずくと、神妙な面持ちで約束した。
「兄にも、実家の家族にも言いません」
「うむ」
と答えたカイトは息子ローゼンの顔を見て、話すように促した。
「なにせ、カラヤ家は直系から傍系まで含めると大人数になるから、いちいち顔なんて覚えていられない。でも、これの意味を知っていれば、偽者と本物を見分けられる」
サクに再度、指輪の星の刻印を見せながら、ローゼンが言葉を続けた。
「この星の本当の意味は ──」
こうして、『二重星』の秘密を聞かされたサクはカラヤ家の一員となった。
昼食の準備に取り掛かる為、使用人たちも集めたローゼンの家族。ハッサンやレイも手伝う。
肉を切り捌きながら祖父のローキ。
「やれやれ。これでローゼンの結婚が決まったか」
「後は神殿で挙式ね。早く式の日取りを決めて……。その前に花嫁衣装を用意しなくちゃ」
祖母のリナは使用人たちと切り分けられた肉を串刺しにしながら、挙式の段取りを考えて張り切っている。
母のカーラは串刺しを炭火で焼きながら、姑のリナと笑顔で話す。
「お義母さん、楽しそうだね」
「それはそうよ! 孫の結婚式に何度も出られるだなんて普通はないもの。長生き出来てラッキーだわ!」
ローキ「あとはハッサンとルークか」
リナ「二人は誰かいないの?」
小麦粉をこねた生地を台の上で叩いている若い二人に訊く。
ルーク「俺はそのうち見つかればなぁとは」
ハッサン「俺はいいですよ。メンドクサイんで」
リナ「あら、ダメよぉ~。ハッサンはローゼンとサクちゃんの縁を結んでくれた功労者なんだから、幸せになってくれないと」
ハッサン「いやいや。それなら、ルークですよ。ホントは両想いだってサクちゃんに教えたんだから」
リナ「あら、そうなの?」
ルーク「うん。でも、ハッサンのキッカケがなかったら、こうはなってなかったよ」
「ところで、レイさんはどうなの?」
カーラがナンの生地を窯へ入れるのを手伝っているレイに訊く。
「俺は、その、見つかればいいんですが……」
「大丈夫、大丈夫。あんたなら、すぐ見つかるよ」
悲観的なレイにカーラは陽気にカラッと笑った。その笑顔に
『陽気なとこがローゼンにそっくり…、いや、あいつのが母親譲りか』
と、レイは気付くと共に、彼女の陽気さに「ハハハ…」と釣られて笑った。




