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17-ⅳ)決断の時〜希望を胸に

 こうして、結婚を断る理由がなくなったサク。ローゼンの馬に乗せられて演習場へ大砲を見に行く事に。

 後ろからローゼンに抱きかかえられているサクは馬の背で揺られながら思う。

『初めは断るつもりやったのに、結局、ローゼンの笑顔に丸め込まれた気ぃする……』

 背後のローゼンは結婚が決まって、ご満悦だ。しかし、サクは

『ほんでも、実際、家族と対面したら話がくつがえるかも』

 いつでも破談になる覚悟をしている。

『なったらなったで仕方ない』

 と、彼女の覚悟は厳つい男よりも潔いものがある。小さな妖精のような、お人形のような綺麗な見た目からは想像もできない。やはり、そこはレイの妹と言ったところか。

 ローゼン、レイ、ルークの馬は大砲の裏手に出る。


 ドオォォ───ッン……ッ!!


 至近距離ではないものの、轟音に驚くサクとルークが声を上げる。

「うわっ!」

「うぉっ!」

 そんな二人よりも訓練された馬の方が冷静だ。

 ルークが頭に手を当てて言う。

「これは投石機に取って代わられるなぁ」

「主流にはなるだろうが、弾切れになったら投石機の出番もあるかもな」

 ローゼンの発言にうなずくレイ。

「確かに。弾数にも限りがあるわな」

 男三人が話しているところへサクが訊ねる。

「戦争に使うん?」

 それにローゼンが淡々と答える。

「間違いなく、使われるだろうな」

「あれをカラヤ商店が売るん?」

 悲しそうな声のサクに、彼女の後ろのローゼンは極力、感情を抑えて言う。

「そうだな」

 サクは人のする事にあまり口出しする気はないが、さすがに思いを口に出す。

「あいな物騒な兵器、売らん方が……」

 平和を望むサクに、ローゼンは共感しつつも、冷静に語る。

「そうしたいのは山々だが、現実問題、そうもいかなくてね……」

 サクの方を見た後、ローゼンが向こうの大砲に視線を移して続ける。

「うちが売らなかったとしても、必ず他が売る。たとえ、一つの国が兵器を製造する技術や扱い方を門外不出にして独占したところで、誰かが技術を盗んで外部流出してしまうのが世の常だ。だから、遅かれ早かれ、いずれは世界中に広がるものなんだ」

 それを聞くレイの目にもローゼンの表情はどこか悲しげに映る。

「そっか……」

 酷な現実を知らされて落ち込むサクの髪をローゼンがなでた。

「そういう訳で、俺たちは少しでも戦争がやりにくくなるように、各国のパワーバランスを考えて売るという作戦で行く」

 そして、彼は抱きかかえているサクの顔を覗き込むように言った。

「使わせないようにする為に」

 ローゼンのその力強い言葉に、

「うん」

 サクは希望を持って、うなずいた。

 と、そこで、ルークが唸る。

「う〜ん。今回の割り振りの担当、思ってた以上に責任重大だなぁ」

 これから鉄砲や大砲の割り振りで頭を悩ませる事になるからだ。頭を抱えるルークに兄のローゼンが

「ハハハ。完璧にとはいかないだろうが、最善を尽くせばいい。俺たちにはそれぐらいしか出来ないさ」

 人間の出来る事には限界がある事を示唆する。

「うん」

 と返事するルークを、サクもレイも思いやる気持ちで見る。

「あのさ、兄さん」

「ん?」

「もし、大国にもっと欲しいって言われたら、どうするの?」

 と、訊かれたローゼンは馬を寄せてルークにささやいた。しかも、人の悪い笑みを浮かべて。

「それはな、『今は在庫がございません』でいいのさ」

「あはは…。なるほど」

 と、苦笑いで返すルーク。サクも思わず口元を隠して「ふふふ…」と笑い、レイにも聞こえていたらしく、

『嘘も方便か。さすが、道化商人』

 と、思い、笑い顔になる。

「さて! ブランに挨拶するか」

 ローゼンたちはブランたちのいる大砲の近くへゆっくりと馬を進めた。



 鉄砲隊や大砲のそばで、『将軍』ことバハラームはブランが言ったようにぎもを抜かれていた。

「こ、これは……」と、絶句する将軍に

「御老体には刺激が強過ぎましたかな? ご覧のとおり、最早、時代は変わったのですよ。弓矢や投石機などは過去の遺物と化し、これからは最新兵器である鉄砲や大砲が戦の花形となるのです。石にカビが生えたような古臭い石頭の連中は、過去の遺物と共にこの新時代から退場するしかないでしょう」

 と、ブランは前髪を指先で払って饒舌に語り、自慢げだ。しかも、将軍の事を「古臭い石頭」と暗にけなしているのだが、

「これを用いた新たな戦術を練らねば!」

 両の拳を握り締めた将軍は最新兵器を目の当たりにして先程の怒りさえも吹き飛んだ。おまけに、すでに次の事を考え出すほどに意外と気が若い。

 将軍はブランの嫌味など気にもめず、さっそく大砲や鉄砲の扱いに慣れた担当者や職人たちを質問攻めにする。

「チッ!」

 気勢を削がれるどころか、ますます勢い付く年寄りに思わず舌打ちするブラン。

 そこへ、ローゼンたちがやって来た。

「ブラン!」

 馬上のローゼンに声をかけられて、振り返り、そちらを見遣ったブランはローゼンが誰かを乗せている事が気になった。

『なんだ? 子供?』

 と、サクを見て一瞬、そう思ったブラン。

昨日きのうは悪かったな、ブラン」

「それで、急用とやらは済んだのか?」

「まぁな」

 と、ローゼンはブランに答えると、馬を降りた後、サクを抱きかかえて降ろしてやる。

「俺の婚約者フィアンセを紹介するよ」

「ほう……?」

 「婚約者フィアンセ」と聞いて、サクを見るブランの目はこれから品定めをするというより、

『これが?』

 という嘲りの眼だ。それに気付いてか気付かずか、ローゼンは何食わぬ顔でサクにブランを紹介する。

「サク。俺の従兄弟のカラヤ・ブランだ」

「は、初めまして。サクと言います」

 ブランに挨拶するサクだが、緊張しているのか、どこか ぎこちない。明らかに将軍との初対面の時の緊張感とは違う。

「ブランだ。よろしくな」

「彼女はレイの妹だ」

 ローゼンが説明すると、ブランは後から馬を降りて近付いて来たレイに言う。

「背の高いあんたの妹にしちゃあ、随分、小さいんだな」

 小馬鹿にした物言いをするので、当然、レイは「ムッ」とするが、無用な争いを避けて言い返さない。だが、腹の底では

『サクとの結婚、白紙にする事も考えとくか』

 と、慎重になる。

 いきなり、ローゼンが後ろからサクを抱き締めて、ブランを牽制した。

「ブラン。サクは俺の婚約者フィアンセだからな。るなよ?」

「誰も盗らねぇよ」

 呆れた顔で返すブランの内心は

『そんなガキみたいな女、誰が抱けるか』

 と、唾でも吐きたくなるぐらいだ。

 ローゼンが茶化してくれた事で

『なんか、ローゼンに助けられた』

 と、ほっとするサク。同時に

『こなな意地悪そうな親戚相手に、うち、やっていけるんやろうか』

 と、ルークと挨拶を交わすブランを見ながら、心配になる。先程の自己紹介の際のサクの緊張の原因はブランの人柄の悪さにある。

「ブラン、お帰り」

「ルーク、元気そうだな」

 留守番でキャンプにはいなかったルークはブランと抱き合い、ようやく再会を喜んだ。

 離れてルークの姿を改めて見たブランが感想を言う。

「お前、しばらく見ない間に、また背が伸びたのか」

「まぁね」

「しかし、まぁ、気持ち悪いぐらいローゼンに似てきたな。前髪の分け目と肌の色が同じだったら、双子みたいで見分けが付かなくなるな」

「最近、痩せたからね」

 と、ブランに笑って答えたルークの前髪は右分けで兄のローゼンとは鏡のように反対だ。肌色はローゼンが比較的寒冷な地域に住む東洋人にありがちな肌の色なら、ルークは日焼けのような色黒の肌である。

「それよりさ、ブラン。前より派手になったね」

「そうか?」

 ルークに指摘されたようにブランの身なりは金の宝飾品で飾り立てられており、ローゼンやルークの質素な普段着とは対照的だ。その事にはローゼンもとっくに気付いている。

『元々、地味ではなかったが、ますます下品になった』

 当然の事ながら、「るなよ?」の、ふざけた言動もサクの警戒心やレイの怒りなどの心中をある程度は察しての事だが、さすがに縁談を白紙にされる可能性までは頭にないローゼンである。

「むしろ、お前が地味なんだよ。ますますローゼンみたいになって、どうすんだよ。個性死ぬぞ?」

「ハハハ…。個性はさておき、この頃、兄さんに似てきたって、よく言われるんだよね〜」

 頭をかいて苦笑いするルークだが、その表情はどこか嬉しそうだ。それは兄弟仲の良さから来ているのだと分かっているサクやレイも自ずと笑顔になる。

「おいおい、しっかりしろよ。そんな事で喜んでないで、もっと上を目指せよ」

「えー! 兄さんより上を目指すって、無茶、言うなよ」

「無茶とか言ってないで、男なら もっと野心を持て。野心を!」

「なにが野心だよ。人の気も知らないで。大体、スペアやるのだって、大変なんだぞ!」

 などと、ブランとルークが話し込んでいるので、サクとレイを連れてローゼンが最新兵器に夢中な将軍に声をかける。

「張り切ってますね、将軍!」

「おお! 若旦那」

 と、将軍は答えると、大砲の前でローゼンに戦術について語り出す。

「最新兵器は弾込めに時間がかかるのが難点ですな。定点に配置して騎馬を囮にする作戦などが良い」

 と、張り切る将軍に

『おいおい。ほんに戦でもする気ィか、この爺さん』

 レイも腹の中で突っ込む。それはローゼンも同じ気持ちであるようで、しかしながら、そこは彼は商人らしく「やんわり」とお断りする。

「うちは盗賊退治が出来ればいいんですよ」

「いやいや、備え有ればうれい無し。そのうち、盗賊が鉄砲や大砲を入手する日も来ましょう」

 ローゼン、将軍に耳打ちする。

「それはね、そうなんですがね。それでも、あまり堂々とは言えないんですよ。支配階級の手前もあって。謀反を企てているとか言われちゃかなわんので」

 それに対して将軍も耳打ちで返すが、こちらはニヤリと悪者顔である。

「では、そこそこ静かに訓練しますかな」

「ハ、ハハハ……」

 ローゼン、思わず苦笑いし、内心では

『そこそこ静かにって無理だろ』

 と、突っ込むものの、

『ともかく、血の気の多い連中には、この私有地で暴れてもらって、ガス抜き・・・・するしかないな』

 と、遠い目をしながら、現実を見る。そこには大砲や鉄砲の扱いを学んだり、普段の武術の訓練をしている人足たちの姿がある。

 サクが怖い物見たさなのか、物珍しそうに大砲を眺めていると、将軍が大声を上げて制止した。

「あっ! 奥様。こんな物騒な物に近付いてはなりませんぞ」

「あっ! ご、ごめんなさい」

 慌てて後退あとずさり、大砲から距離を取るサクにかけた将軍の言葉はとても優しいものだった。

「奥様のような か弱いおなが怪我でもしたら大事おおごとですからな」

「はい」

 と、素直に返事するサクは、将軍の真剣で誠実な態度に「奥様」と呼ばれる事への違和感を忘れてしまっている。

 将軍の弱い者に対する優しさに

『この人はええ人やなぁ』

 と、レイも感じ入る。

 そんな将軍やサク、レイたちの様子を見て、ローゼンは思わず微笑んでいた。



 このころ、カラヤ一族の中心人物に当たるローゼンやブランの家族が西洋の新兵器を見に、物流拠点に到着した。

 当然、その中にはローゼンとルークの父であるカラヤ・カイトもいる。彼らはあらかじめ用意されていた自分たち専用のテントに荷物を運び込んだ後、使用人らを下がらせた。

 カイトの家族は近くのローゼンとルークのテントへ向かったが、馬がないので留守と分かった。

 そこへたまたま出くわしたハッサンとカイトらが立ち話になる。

「おお! ハッサン」

「あっ! 旦那様。皆さん、お久しぶりです」

「ローゼンからの便りで聞いたぞ。西南の近衛兵を辞めてうちに就職したそうだな」

「いやぁ、その節はお世話になりました。せっかく身元引受人になってもらったんだけど、結局、宮仕えは性に合わなくってぇ」

 申し訳なさそうに頭をかくハッサンにカイトは寛容に笑って返す。

「ハハハ。まぁ、いいさ。好きにするといい」

「ありがとうございます」

「じゃあ、昔みたいに、ハッサンも行商に付いて行くのね?」

 と、カイトの後ろから来た年配の貴婦人が楽しそうに声を弾ませて訊ねる。

「ま、そういう事ですね」

「今度は武術の兄弟子としてじゃなく、ローゼンの下だけど、いいのかい?」

 と訊くのは、カイトの隣に立つ長身の女だ。しかも、この女は男装で帯刀までしている。

「別に気にしてませんよ。上だろうが下だろうが、俺は俺なんで」

 どこか達観したハッサンの肩を「バンッ!」と叩いて男装の女が笑う。

「あはは! あんたらしいねぇ」

ってぇー! 奥様、相変わらず馬鹿力ッスねー」

 ハッサンが痛そうに叩かれた肩を押さえる。幸いにも美夜の蹴りで怪我したのとは反対の肩だ。

「ハハハ! 馬鹿力がカーラの取り柄だからな」

 年配の貴婦人の隣で、白髪だが筋骨逞しい老人が笑う。

「ひどいなぁ、お義父とうさん」

 と、笑って返す男装した長身の奥様・カーラは当然ながら、ローゼンとルークの母であり、白髪の筋骨逞しい老人と年配の貴婦人はローゼンとルークの祖父母だ。

 何も知らないカイトたちは笑うが、ハッサンは笑えない。

「今回ばっかりは勘弁して下さいよ、奥様。俺、まあまあ怪我してるんで」

「えっ?」

 と、カーラたちが驚いて、ハッサンから昨日きのうの出来事を聞いて、さらに驚く。

「まぁ!」と、口元を指先で隠して怖がる祖母。

「けしからん!」と、拳を握り締めて憤る祖父。

 三姉妹の素行の悪さは伝え聞いてはいたが、その醜い本性を生々しく聞かされたのは これが初めてだ。しかも、旧知の仲であり、正直者のハッサンの口から聞かされているので、疑いようもない。

「そいつら、相当の外道だね」

 母カーラは眉間にしわを寄せ、父カイトは冷ややかな眼で

「あの姉妹は縁を切られて当たり前だ」

 切り捨てるように言い放った後、

「それならば、さっさと結婚した方がいい」

 ローゼンとサクの結婚を急がせようとする。ハッサンもそれに賛成する。

「俺もさすがに、そう思ったんですよ。あいつらの本性知ったからには。そんでぇ、今朝、サクちゃんの護衛をどうするって話になった時に、ローゼンが自分が護衛を出すって言ったら、レイが『うちの家族の問題だから』って断って、二人が揉めるもんだから、だったら、ローゼンとサクちゃんが結婚しちまえって言ってやったんですよ」

 ハッサン、ベラベラと要点を押さえて今朝の食堂での一コマを喋った。

「カネに汚い連中の事だ。独身のままなら、また、ローゼンにちょっかいを出しに来るだろう」

 と、孫を案じる父親の言葉にうなずくカイトは

「話から察するに、連中は逆恨みする上に、復讐心が強いのなら、今後もサクの命が危ない」

「そうよね! サクちゃんの方が心配だわ」

 カイトの母親も同感だ。

「あんな連中、あたしの剣の錆にしてやるよ!」

 勇ましい事を言う妻カーラにカイトが諭す。

「しかし、相手はかなりの手練てだれと聞く。人数や年齢的な体力の差もあるだろうから、お前でも苦戦するだろう」

「そうですよ。年寄りの冷や水ですぜ?」

 と言うハッサンを睨み、彼に向かっては「一言多いんだよ、あんたは!」と言い返すカーラだが、冷静な夫の言う事はもっともなので、反論はしない。ハッサンはハッサンで神経が図太いので、言い返されても「へへへ」と笑う。

 カイトがハッサンに訊ねる。

「ところで、当のローゼンたちはどこにいるか知らないか?」

「ちょっと前に大砲を見に演習場へ行ったみたいですよ? さっき声をかけに行ったら、トリンタニーさんが教えてくれて」

「そうか。早々に話を付けよう」

 カイトが振り返って妻や両親の顔を見て、互いにうなずき合うと、ハッサンの方へ向き直る。

「悪いがハッサン。わたしの馬を貸すから、ローゼンたちを呼んで来てはくれないか?」

「いいですよ」

「わたしたちはローゼンのテントで待っていると伝えてくれ」

「分かりました!」

 ハッサン、カイトの馬ですぐに演習場へ向かった。

 カイトたち家族がローゼンのテントに入ろうとしたところへ、番頭のトリンタニーが姿を現した。

「旦那様!」

「どうした? トリンタニー」

「大旦那様や奥様方も皆様、お揃いでしたか。ちょうど良うございました。お話が……」

 ローゼンのテントの隣の重役用のテントから他のメンバーも顔を出す。

「ローゼンが知っているような話か」

「はい。もうすでに大体のところは」

 カイトの問いかけにトリンタニーはそう答えた。

じきにローゼンも来る。こっちで話を聞こうか」

 カイトの指示により、ローゼンのテントでカイトの家族とトリンタニーを含めた数名の幹部が会する事となった。



「ローゼぇぇぇン!」

 馬で駆けて来たハッサンが叫んだ。

 目の前まで来た馬上のハッサンにローゼンが訊く。

「どうした? そんなに急いで」

「旦那様がお呼びだ。奥様も、大旦那様も大奥様も、みんな来てる。お前のテントで待ってるってさ」

 ハッサン、騎乗したまま伝言する。

「分かった」

 返事をするや否や、ローゼンが呼ぶ。

「サク、レイ、行くぞ!」

 ローゼンに言われて、サクとレイは将軍や周りの職人や人足たちに挨拶すると、共に馬の方へ向かう。

「将軍、また後程」

 将軍はローゼンたちに手を振って答える。

「ルーク!」

「じゃあ」

 兄に呼ばれたルークもブランにひとまず別れを告げて、馬に乗る。

「ブラン、後でな」

 サクを前に乗せて馬上から一声かけるローゼンにブランが「ああ」と手を挙げて答え、走り去るローゼンたちの騎影を見送った。

「フンッ。あの慌てよう。当主の一家も今回の俺の手柄に驚いているのだろう。最新兵器のこれだけの大量仕入れだ。一族も店の者も、誰もが認めざるを得まい」

 不敵な笑みをこぼすブラン。

「次期当主の座はこの俺がもらった!」

 彼は親指と人差し指で銃の形を作り、

「バーン!」

 と、空に向かって撃つ振りをした。



 戻ってみると、ローゼンとルークのテントには彼らの両親と祖父母だけではなかった。

 ルークの視線が動く。

『父さん、母さん、じじ様、ばば様、伯父さん、伯母さんに ──』

 自分たちのテントに集まっている顔触れを見て、

『幹部も集まってる。これは家族会議じゃないな』

 と、思ったルーク。

「じゃ、俺はこれで」

 ハッサンが帰ろうとすると、カイトが引き止めた。

「こっちの話は終わったから、ハッサンも同席してくれ」

 幹部たちがカイトやローゼンたちに一礼してテントを出た。入り口付近にいたサクとレイはけて幹部たちに会釈する。

 続いて、伯父と伯母も出て行く。

「じゃあ。ローゼン、ルーク、後で」

「はい」

 と、ローゼンは伯父らを見送り、ルークもうなずく。サクとレイは会釈した。

 父カイトがローゼンに告げる。

「さっき、次期当主の件について嘆願があった。幹部の意見は一致しているそうだ。それに、末端の意見もある程度、わたしの耳にも届いている」

 その言葉に『嘆願?』と反応するルークの目が一瞬、見開かれる。それは

『カラヤ家の当主を決めるのは、カラヤ一族の各代表者たちだ。いくら、カラヤ商店の幹部でも他人の彼らには口出しできない事なのに……』

 という事情があるからだ。

『一体、何があったんだ』

 と、ルークは父カイトの顔を見つめる。

「覚悟しておけ?」意味深に笑うカイト。

「フーン……」

 現当主の父からそれを聞いて鼻息ついて天を仰ぐローゼン。観念したかのような顔だ。

『なんや? ローゼンが継ぐんでないんか?』

『もしかして、うちのせいでローゼン、当主になれんのやろか……』

 カラヤおやの間の妙な空気にレイは違和感を覚え、サクは責任を感じる。

「この件は他の親戚も集まってから、ブランたちも交えて話をしよう」

 カイトは次期当主の件が後日になる事を皆に伝えると、

「それより、今はローゼンの結婚についてだ」

 と、本題に入った。



 ブランの四人の妻たち ── 正確には正妻と三人の妾はブランとは別に一人ずつ居住用テントを宛てがわれている。

 ブランたちのテントが並ぶ前を通りかかった男がましげに つぶやいた。

「身の程知らずが……」

 彼はローゼンよりは年上であろうかと思われる年齢に見える。実は彼、先程、ローゼンのテントを訪れていた幹部メンバーの一人で、その中でも最年少だ。

後宮ハーレムを持った王様のつもりか。ブランの奴は』

 幹部の意見は一致しているとの話だったが、少なくとも彼の意見は反ブランである。ブランへの不満を抱える彼はそのまま、どこかへ去った。

 妾の一人、マルジャーナが自分専用のテントの中でこんな事を言う。

「本当にいいのかしら? 妾のわたし達までがこんな贅沢をして。一人に一つの居住用テントだなんて。当主のカイト様も前当主のローキ様もご夫婦で一つのテントだと言うのに」

「よろしいのでは? ブラン様がご用意なさったのですから」

 と、マルジャーナ付きの女中メイドが言うが、正確には「人に用意させた」のである。力仕事が得意な人足たちによって、この多数のテントが組み立てられている。人の労力に思いを致す者なら、一人の為に一つのテントを用意させるという命令は下せない。

「それにさっき、ブランのテントに集まって お茶を飲んでいた時だって ──」


 それは将軍が新兵器の実演を見せてもらう為に、ブランのテントへ案内された時の事だ。その時、ブランのテントにはブランだけでなく、正妻のロクサネ、妾のダリア、カリーナ、マルジャーナも集まって、お茶会をしていた。

 彼らの自己紹介を受けた将軍だったが、ロクサネの態度が実に悪かった。彼女は起立せずに椅子に座ったまま背もたれに上体を預け、扇で顔を隠し、

「我が名はロクサネ。お父様は海運王よ。オホホホホ!」

 おまけに高笑いをした。

 ブランのもとへ案内したキルスなどは

『馬鹿か、この女。西洋あっちでは有名な貿易商かも知れないが、こちらはファルシアス王国の将軍職を引退したとは言え、バハラーム閣下だぞ。早い話が貴族だ。俺は知らねぇからな』

 ロクサネに耳打ちして将軍の素性を教えてやる気はサラサラ無い。何より彼は高慢ちきなロクサネが嫌いだ。

 ブランは将軍の顔色を読み取るが、

『昔は将軍でも、今はローゼンの下だ。そして、近々、そのローゼンの上に立つのがこの俺様だ』

 と、内心では近い将来の序列を信じて疑わない。

「すみません。彼女は世間知らずなもので」

 と、ブランは謝罪したが、心の底からというより、形だけの謝罪だという事は将軍の目にも明らかだった。実は、将軍のご機嫌がえらく悪いものになっていたのは演習場に行く前からで、このブランたちとの挨拶が引き金だったのだ。


「あの時、閣下はお叱りにはならなかったけど、きっと、ブランへの印象は良くないに違いないわ」

 額に手を当てて溜め息つき、愛するブランを案じるマルジャーナに女中メイド

「しかし、バハラーム様はローゼン様の下に就いたのだと、ご自身でもおっしゃっていたではありませんか?」

 と言う。その場面に彼女は給仕役としていたので、将軍の自己紹介の言葉を覚えていた。それに対して、マルジャーナが言うのは将軍の真意についてだ。

「確かに、そうはおっしゃったけど、あれはローゼンの下であって、ブランの下ではないという意味よ」


それがしはバハラーム。若旦那のもとで警備隊の育成を任されておる」


 後から、そう自己紹介した時の将軍の表情は苦虫を嚙み潰したようだった。

 女中がマルジャーナにささやく。

「でも、失礼な態度を取ったのは、あくまでロクサネです。将軍のご不興を買った、これを機にブラン様に離縁されてしまえば良いのです。そうすれば、マルジャーナ様が正妻の座に就けますわ」

 不遜な事を言う女中をマルジャーナがたしなめる。

「まぁ! なんて事を。口を慎みなさい。それに、呼び捨ても感心できないわ」

「失礼いたしました」

 軽く一礼する女中だったが、

『聖女のようなマルジャーナ様こそ、ブラン様の正妻に相応ふさわしいのに……』

 という思いは変わらなかった。


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