17-ⅱ)決断の時〜些細なキッカケ
華夜、美夜、輝夜の三人は宝石店における暴行と強盗、ハッサンや天堂兄弟、シャバーズへの暴行、サクへの殺人未遂などの罪に問われる事に。
華夜の、レイやサクの麗しい顔への嫉妬は兄妹の縁を切った今でも変わらない。それは獄中にあってもだ。
見窄らしい囚人服の姿で妹の美夜、輝夜と牢屋にいる華夜。美夜は時々、鉄格子を蹴ってイライラしている。輝夜は不貞寝だ。
華夜はうずくまるように膝を抱えて座り、自分の人生が狂ったのは全て兄レイと末の妹サクのせいだと思っていた ──
ある時、旅の道すがら、華夜は馬を並べる兄レイの横顔を眺めながら、
『ムカつくわ〜、あの鼻! ローゼンもだけど、鼻息を吐いても、ほとんど形が崩れないなんて。おまけに、男のくせに、まっすぐで細い鼻梁だし、小鼻も小さい。眉は直線と三日月の中間みたいな感じで、少し切れ長ぎみのパッチリした目は、やや黒目がちだし、唇は厚過ぎず薄過ぎず上品で……。女より綺麗な顔してるなんて腹が立つ!』
そんな事を思っていた。
その上、
『サク、ますます兄さんに似てきたわ』
末の妹・サクの顔は姉妹の中で最もレイと系統が近い。
『しかも、兄さんより目のパッチリした俗に言う丸目で可愛いらしいし、兄さんと違って口が小さいから、おとなしく見える。女に生まれてるだけに、顔も体も華奢な作りで、“人形” みたいだから、男にも女にもウケるのよね〜……』
馬車の御者台で御者のモーと何やらお喋りするサクを見て、内心では溜め息を吐く華夜。
そして、そんなサクの若さをも妬む。
『その上、年齢も若いから、ローゼンに目を付けられたのね。今は、サクはローゼンの事をなんとも思っていないけど、心変わりなんてされたら、厄介だわ』
西部での旅の途上、ローゼンがサクに恋人役を頼んだ時などは、実のところ、華夜の中には
『美夜とサクが潰し合いでもしてくれたら、助かるんだけど……』
そんな腹黒い願望があった。
そもそも、サクなどは子供時代は醜かった。ほっぺたが下ぶくれた、いわゆる “おたふく顔” で近所の子供たちからも、その事でからかわれて泣かされていた。
『少なくとも、あの頃のサクなんて、美貌という点においては脅威の欠片もなかった』
サクの冴えない容姿を思い出す華夜だが、
『ただ、あれに関しては許せない』
と、今でも執拗に根に持っている事がある。それは人から見れば、些細な事だった。
太筆で手習いするサク(7歳)の後ろから、籠を抱えて洗濯物を取り込んできた母が何気なく覗き込んで言う。
「サクは筋がええなぁ」
「?」振り返るサク。
「古守のおばあちゃんの手ぇに似とるな」
サクの筆跡が字の巧い父方の祖母の物に似ていると、母が褒めた。しかし、褒められた当のサクは思ってもみない事を言われて、目をパチパチと瞬きさせた。確認する為に、自分の書いた字に目を落とすと、
『どこが似とんやろう……?』
記憶にある祖母の字とは違って見えるので、
「そうかなぁ?」
と、サクは首を傾げた。
母はそんなサクの疑問には気にも留めず、洗濯物を畳み出す。
サクは釈然としないものの、とりあえず、真面目に手習いを続けた。そこへ、わざとらしく華夜(13歳)が来た。先程、サクが褒められていたのを見ていたのだ。
華夜は隣の机でサクに見せつけるように難しい漢字を書く。自分の名の一字、「華」だ。サクには難しくて、まだ書けない。
「まあまあやな」
言葉とは裏腹に、得意げに言う華夜の文字を見て、サクは
「やっぱり上手やなぁ、華夜お姉ちゃん」
と、素直に感心するが、華夜のそれは筆遣いを覚えた大人の字だ。サクの字はベタッと筆を押し付けて書くだけの、まだ子供の文字である。大人と子供の違いなので、巧拙においては雲泥の差であるのは当たり前だ。
「あんたのは、まだまだやな」
サクに嫉妬した華夜が馬鹿にする事を言うので、側で聞いていた母が洗濯物を畳む手を止めて、華夜への戒めと、サクへの励ましの意味を込めて言う。
「サクも練習したら、お姉ちゃんみたいに書けるようになるで? 頑張り」
「うん」
振り返って素直に返事するサクを見て、安心した母は止めていた手を動かし始めた。
『字ぃは大人になっても、華夜も人間の中身はまだまだ子供やな……』
母にそのような事を思われていたとは知らない華夜。
後で、華夜は両親の部屋に呼び出されて、母に注意された。
「あんた、サクのやる気くじくようなこと言うたらいかんがな」
「………」
正座して腕組みする母の前で、正座して黙って聞く華夜だったが、内心では
『なんや、説教か。うちの方が断然、字ぃ巧いのに。サクのしょぼい字ぃのどこが古守のおばあちゃんの字ぃに似とんや』
と、すねているだけではない。親に叱られる時は緊張して身を硬くしたり、気持ちが落ち込んだり、どうしても怒られる理由が納得できない場合は憮然としたりするのが普通だが、華夜は『なんや、説教か』と親を舐めている。
「あんたは、もう大人の字ぃ書けるんやきん、ちっと大人らしい事せないかんで。サクはまだ小んまいきん、筆の遣い方がよう分かっとらん。あんたは上手なんやきん、今度、教えてやりな」
母としては華夜の字を褒めた事は何度もあるし、こうして今も、華夜がすでに大人の字を綺麗に書ける事を認めているが、華夜本人は納得いかない。
「……はぁい」
おとなしく素直に聞いているように見える華夜を
「ほんだら、ご飯の支度、始めて」
先に台所に行かせた。
『怒られた間無しでは納得できんやろうけど、だんだん日が経つうちに連れて分かってくるもんや』
と、思う母だったが、『親の心 子知らず』である。それに気付いていた。
『普通はな……。華夜だけでない。美夜にしても、輝夜にしても、叱った後も違和感しか残らん。頭、痛いわ……』
悩ましげに手で額を押さえた。
「たぁだいまぁ〜! 山菜とって来たでぇー!」
兄レイ(16歳)と妹の輝夜(7歳)と山から戻って来た美夜(10歳)が大きな声で裏口から入って来た。
「外の井戸水で洗うといて」
竈で米を炊く華夜が不機嫌に答えるので、美夜が余計な一言を言う。
「あー! おねぇ、まぁた、怒っとるぅ〜」
「こら! 要らんこと言わんと、洗うて来い!」
それをレイがたしなめて、美夜が「へーい」と軽い返事をして輝夜と出て行くと、母が台所に来た。
「レイ! こないだ言よった古い鶏、さばいといて」
「分かった」と、レイは裏庭の鶏小屋に向かう。
母は後ろから付いて来たサクに指図する。
「サクは六人分のお膳 出して」
「なんで?」と、サクが訊くのは七人家族だからだ。
「お父さん、今日の晩は村の寄り合いで遅うなるがな」
「あっ。そっか」
さっきまで習字に夢中で、朝に聞いていた父の予定を一時的に忘れていたサク。そんな彼女を華夜は
『あほ』
と、思う。そして、竹筒で竈の火に向かって、頬を膨らませて息を吹きながら、
『兄さんは男のくせに異常にベッピンやし、可愛さでは美夜に負け、字ぃまで、こななサクに負けるやこ、嫌や! 誰が教えるか!』
華夜の中では鬱憤が溜まっていたのだが、素顔の華夜と美夜は、そう大して変わらない。華夜も美夜と同じ年の頃は姉妹だけあって、そっくりだった。ただ、美夜は妹である分、幼いので可愛がられやすいというだけなのだが、
『なんで、うちばっかり、損せないかんの !?』
と、華夜は己の事ばかりを憐れみ、人のひたむきな姿に目を向けずに自分より劣ると安直に蔑み、親に叱られても反省もせず、親の心配も知らず、周りを勝手に恨んでいった ──
その結果が獄中行きとなったのだが、他者への同情心も、自らを省みる反省心も無い華夜はその点において妹たちと同類であり、やはり納得していない。その証拠に、抱えた膝の上には華夜の怨みがましい眼がある。
美夜は暴れる事に飽きたのか、それとも疲れたのか、いつの間にか寝ていた。
夜の月が冷たく照らす。それは善人にも悪人にも等しく、ただ、冷たく照らすのだった。
レイはその夜、しばらく寝付けず、窓の月を眺めながら思った。
『おんなじ血ぃ引いた兄妹やのに……』
縁を切った華夜たちの事だ。
『あいつらにやって赤ん坊の頃があったのに……』
誰でも赤ん坊の頃は力が弱く、無知なので、悪い大人のような暴力も悪知恵も無い。
『子供の時分は悪い事したら、親によう怒ーかれた。俺ら兄妹、皆、おんなじように育ったはずやのに……』
しかし、華夜たち三人の、その結果は獄中である。
『あいつら、そこまでサクが憎いんか……』
レイは首を横に振った。サクに危害を加えようとするほど憎む気持ちがレイには分からない。
『後から聞いたカヲルの話やと、華夜は俺やサクの顔を羨ましかった言うけど ──』
サクに斬り付けようとした時に叫んだ華夜の言葉について考えるが、華夜たちの容姿は男がホイホイ寄って来るほどの美貌だ。
『あいつらの方が充分過ぎるほどモテよるやろ』
レイは窓辺で頬杖を突く。
『それに、華夜の奴、俺やサクのどこを見とんや。俺はこの女顔が好かんし、正直、男としては、こんなん惨めや。サクやって体が弱い上に小んまいし、運動神経も鈍いしで、人より不利な事ばっかりや。お蔭で劣等感の塊みたいなとこあるのに、あいつやって、それ、知らんわけないやろ』
サクは劣等感の塊だが、華夜のようにはならなった。それは相手を羨んでも、相手が困っていたり悲しんでいると同情したからだ。
ある時、華夜(15歳)が男に振られて帰って来た。
「フラれたぁ〜! うちの面子、丸潰れやー!」
部屋の隅で重ねた布団の上に顔を埋めて泣いている華夜を見て、
『かわいそう……』
と、思ったサク(9歳)は台所へ向かった。
『確か、おまんじゅうがあった』
と、思って探していると、兄のレイ(18歳)が野良仕事の休憩に戻って来た。
「なんしょんや」
「華夜お姉ちゃんが泣っきょるきん、甘いもんあげよう思うて」
サクなりに なぐさめようと一生懸命だったが、レイに止められる。
「いや、するな。そっとしといてやれ」
「え…、ほんでも……」
相手を可哀想に思うあまり、何かせずにはいられない気持ちでいるサクを、膝を折ってしゃがんだレイが静かだが、強い口調で止める。
「そっとしといて欲しい時もある。絶対にするな」
真剣に「絶対に」と言われると、サクは思いとどまる。
「……分かった」
釈然としないが引き下がって、サクはどこかへ行った。
それを見届けたレイは過去の苦い記憶を思い返す。
彼も泣いている華夜の気持ちを落ち着かせる為に甘いお菓子とお茶を出してやった事があった。しかし、華夜に
「こななもん、いるか!」
と、ぶつけられたのである。
『あん時は暑い時期やったきん、冷たいお茶で良かったけど、熱いお茶やったら火傷んなって大事や』
レイは溜め息を吐いた。それはサクを守れた安堵感からと、華夜の気性に対しての悩ましさからの溜め息だった。
窓の月が悲しげなレイの白い顔を照らす。
『華夜だけでない。美夜も輝夜も他の兄妹が困っとっても、あんまり助ける気ぃが無い。もしかしたら、あの三人がいっつも連んどんも、利害の一致なんやろか』
溜め息を吐く。
『今まで、兄妹やきんって、そなな事、思いとうはなかったけど、結局、薄情なんか、あいつら……』
レイは改めて元妹たちに失望した。
その頃、別の客室では、寝台の上で横になるサクもなかなか寝付けないでいた。天蓋を見つめながら思う。
『なんで、あそこまで怨まれたんやろ』
それはサクにとっても疑問だった。
『うち、そなに悪い事したんやろか』
「ぐちゃぐちゃの血だらけにしてやるッ!」
剣を振り上げた時の華夜の不気味な笑顔がサクの頭から離れない。怖くて、思わず首を横に振ると、布団を頭までかぶった。それでも、つい、考えてしまう。
『妬まれるような事、ひとっちゃ無いのに……。体も弱いし、どんくさいし、頭も悪いし、モテへんし。字ぃやって、華夜の方が巧いし……』
そのうち、寝付いたサクだったが、悪夢にうなされた。夢の中で、華夜や美夜、輝夜に追いかけ回されたのだ。殺される寸前のところで目が覚めた。
「あ゛、あァァ……」
叫び声が叫び声にならないまま、意識が戻る。なんとか上体を起こし、
「ハァー……」と、ため息をついた。
月明かりを頼りに燭台に火を灯したサクは水差しの水をグラスに注いで飲む。
疲れ切った彼女は膝の上で肘を突き、頭を抱えた ──。
翌朝はローゼン、サク、レイ、ルーク、ハッサン、ヒカル、カヲル、モーの8人で同じ食堂へ行った。
「元気がないな、サク」
「ちょっと、寝不足で……」
朝からサクの食欲がない事に、真っ先に気付いたのはローゼンだった。
「怖い夢でも見たのかい?」
ローゼンの問いかけに、元気無く「こくっ…」と、うなずくサク。
「今日の勉強は中止にしよう」
「ごめん……」
「いや、気にするな」
兄ローゼンとサクの遣り取りを見ていたルークは視線を移す。体は傷だらけのヒカルとカヲルとハッサンなどは平気な顔でガツガツと朝飯を食っている。その様子をルークは
「三人はメンタル頑丈そうだなぁ……」
と、眺めた。
朝から勢い良く肉を嚙みちぎっていたヒカルが言う。
「ハンッ! 俺らは修羅場は何度も潜り抜けてきてるからな。当然だろ」
「まあ、そういう事ッスね〜」
カヲルも軽いノリで答えると、ジャムを乗せたナンにかぶり付く。行儀悪くスプーンを使わずに、豪快に皿からスープを飲むハッサンもハッサンで余裕を見せる。
「俺はさぁ、本気になれば、あいつら倒せるし」
と、華夜、美夜、輝夜の最強の極悪三姉妹が怖くともなんともない様子。
「でもさ、女と思って素手で闘ったのはマズかったかな。あいつら、連携が巧いのが厄介だったぜ」
ハッサンの言っている事が、ただの負け惜しみでない事は弟弟子であるローゼンも分かっている。
「確かに、個々人の能力ではハッサンの方が上だが、連携の面となると、そうだな……」
さすがのローゼンもそこまでは考慮に入れていなかった。
『よく考えれば、あいつら、踊り子の仕事をしている時もコンビネーションが良かった。ハッサンと天堂兄弟では日が浅いから、あの三姉妹に匹敵する連携は無理だな。なんで、こんな事に気付かなかったんだ!』
そう自分を責めて、ローゼンは「ハァーッ……!」と大きい溜め息を吐いた。隣でサクが心配する。
「大丈夫?」
「ん? うん…。俺は心配ないよ。それより、君の方が心配だ。護衛を増やさないと」
「え?」と、首を傾げるサク。モーも
「あいつらは獄中ですよ?」
と、疑問を口にする。
「そう、そこが問題なんだ。レイならどう思う? この状況を」
ローゼンに訊ねられ、腕組みして、形のいい鼻を崩す事なく「フーン…」と鼻息ついたレイはこう言った。
「どう考えても、大人しぃにつかまり過ぎたな。へらこい連中のこっちゃ、手練がようけ居ったきん、勝てんと思うて、わざと大人しぃにつかまったんや。ほんで、後で脱獄するつもりやろ」
「やっぱり、お前も、そう思うか」
即座にそう言うローゼンだが、兄の言葉がかなり訛っているので、ローゼン以外には分かりにくいと思ったサクが訳して伝えた。それを聞いた皆が反応する。
「うおっ、マジかぁ!」と、叫ぶヒカル。
「華夜なんて、腹の底では何 考えてるか分かんない奴だから、ありそうだな」
カヲルなどは華夜を見る目がすっかり変わってしまった。
「それを見越して、サクちゃんの護衛を増やすって事ですか」
モーは納得したが、サクは兄レイの懐事情を心配する。
「増やすゆっても、お兄ちゃん、これ以上、人を雇えるの?」
現在、レイは御者のモーの他にヒカルとカヲルをサクの護衛として雇っている。サクだけでなく、その三人もレイの顔を見つめる。
「まぁ、もう一人ぐらいなら」
と、答えるレイにローゼンが申し出る。
「気にするな。俺がなんとかするから」
「いや。これは、うちの家族の事だ。そこまでしてくれるな」
義理堅いレイが断り、妹のサクも兄と同意見のようで、うなずいた。
だが、サクの事が心配なローゼンはそれを受け付けない。
「いや。これは人の命が係っている問題だ。そんな事、言ってられないだろ!」
ローゼンが食卓を拳で「ドンッ」と打った拍子に食器が音を立てた。一瞬、他のテーブルの客たちもビクッと驚く。
「でもな……」
と、言いかけるレイと、ローゼンの顔を無言で見るサク。兄妹二人が困惑の表情を見せると、指に付いたジャムを舐めた後でハッサンが
「それなら、ローゼンとサクちゃんが結婚すりゃいいじゃん」
と、サラッと言う。
「え……」と、呆然とするローゼン。
彼だけでなく、サクも皆も一瞬、沈黙してしまう。その沈黙を最初に破ったのは、年長者のモーだ。手の平を拳で打った。
「なるほど。二人が家族なら問題ない。遠慮する必要ないでしょ。レイさん」
「え…? あ、あぁ……」
突然のハッサンの提案に面喰らって、ハッキリしないレイは思わず、サクの顔を見る。
サクは「ブンブン!」と首を横に振る。
「そ、そんなの、絶対ダメでしょ!」
寝不足の疲れもすっかり忘れて立ち上がり、大声になるサク。はっきりダメだと言われて、ローゼンは
『ああッ! ダメだ! 終わったぁ〜……』
と、頭を抱えて落ち込んだ。
すかさず、ルークが言う。
「サク! 落ち着いて。まぁ、座って」
サクがおとなしく座るのを見届けて、ルークが続ける。
「サクは兄さんに想い人がいると思うから、ダメなんだよね?」
ルーク、笑みを浮かべて訊くが、その笑みはどこか人が悪い。
「うん」素直にうなずくサク。
「じゃあさ、兄さんの想い人が君だったら?」
「え?」
戸惑うサクの顔を頭を抱えているローゼンが横目で見つめる。
頭が混乱したサクは視線を彷徨わせる。同じ食卓を囲む皆は、ブスッとそっぽを向くヒカル以外は、妙に「にまにま…」と笑っている。それを見て、さすがにサクも気付いた。
『ま、まさか……。しかも、知らんかったんは、うちだけ』
救いを求めるように左隣の兄レイを見ると、呆れたように「お前が決めぇ」と言われ、右隣のローゼンの方を見ると、サクの方へ向き直って期待の目で見ている。おまけに、彼の唾を飲み込む音まで聞こえた。サクのお人形のような白い顔は真っ赤になった。
「あ、あ、あ……、あの、け、結婚はお互いの家族の事もあるし、慎重に決めないと……」
動揺しながらも、どうにか言葉を出したサク。
「ケッ! 堅ッてぇな、お前」
と、頬杖突いて呆れ顔で言ったのはヒカルだ。彼にはサクのような真面目人間の気持ちは分からないし、簡単に落ちないサクが他の男と結婚する事が面白くない。
ヒカルの非難にサクは
『なんかバカにされた』
と、傷付くものの、どんくさいので、とっさに言い返せない。その代わりに兄レイがヒカルを睨む。
「堅いんが当たり前やろが。何が悪い」
レイに腹の底からの本音をドスの利いた訛りで言われて、怯むヒカル。
そんなレイに
『サクと結婚すれば、もれなく、この怖いお義兄さんが付いて来る……』
と、苦笑いした後、ローゼンがサクに提案する。
「まあ、この続きは後でゆっくり話そう。レイとルークにも同席してもらって」
「うん」
「いいよな? 二人とも」
ローゼンに訊ねられ、レイもルークも快諾した。
「ああ」
「もちろん!」
ローゼンが機嫌良く仕切り直す。
「じゃあ、食べよう」
そして、彼は毎度の事、調子に乗る。
「ほら、サク。あ〜ん……」
と、自分のスプーンでサクに食べさせようとするが、また、いつものようにレイに阻まれる。
「おい、こら。まだ、結婚しとらんやろ」
「ケチ!」
レイに睨まれて仕方なく、スプーンを自分の口に運んだローゼン。それを「ふふふ…」と、口元を指先で隠しながら苦笑いで見るサク。
そんな三人の様子を『平和だなぁ』と微笑んで見ているのはモー、ルーク、カヲルだ。
ローゼンとサクに些細なキッカケを与えたハッサン。彼は夏の林檎にしては早く、しかも、妙に黄色い林檎をかじりながら思う。
『全く世話が焼けるなぁ、あのお二人さんは』
ヒカルは仏頂面で
『結婚なんてされたら、終わりじゃんかよ』
と、妖精のようなサクがますます自分の手に届かない存在になるように思えるのだった。




