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17-ⅰ)決断の時〜年貢の納め時

 ローゼンたちが街へ向かっている頃、山麓にはブランとその妻らと、多くのカラヤ隊が演習の為に残っており、料理自慢のブランの妾・カリーナの指揮のもとでカラヤ隊は昼食の支度をしていた。

「せっかく、みんなで作ったのに……」

 カリーナがローゼンとレイと一部のカラヤ隊員が食べずに帰って行った事を残念がるので、ブランの妾で幼馴染みのマルジャーナが「急用なのだから、仕方ないわよ」と、慰める。

 椅子に座ってくつろぐブランが話に入る。

「その『急用』とやらだが、あれは嘘だろう。本当に急用があるんなら、早馬がローゼンのもとに来てるはずだ。そんな様子は全くなかった。おそらく、これは最初から予定されていた事だ」

「一体、なんの為に?」

 と、妾の一人・ダリアが皿の用意をしながら訊く。その一方で、本妻のロクサネはさっきから手伝いもせずに椅子に座って、カラヤ隊の一人に大きな扇であおがせて、くつろいでいる。

「それは分からないが、あいつの事だ。俺の誘いを断るぐらいだから、よくよくの事だろう。ここは知らぬ振りをしてやるのがいい」

「さすが、ブラン。賢い上に、優しいわぁ」

 と、マルジャーナが褒めるので、調子に乗ったブランが自分の前髪を指先で払った。

「まぁな!」

 このキザな仕草を本気でやるのがブランである。



 馬が疾走する ──

 ローゼンとレイを初めとした13騎は山麓から街へ向かっている。

 ブランが言うように急用は断る口実でしかなく、演習の途中で抜けて街へ戻る事は最初から計画されていた。それをローゼンから知らされているのも、ごく限られた者だけだ。当然、レイもその一人だ。


 これは出発前の遣り取りである。カリーナたちがカラヤ隊と昼の支度を始めた頃に、ローゼンが自分のテントに11名の精鋭たちを集めて説明を始めた。その精鋭の中には、ブラン隊のキルスの姿もあった。

「カリーナさんご自慢の料理を食べられなくて、お前たちには申し訳ないが、今から急遽、街へ戻る。おそらく、これから大捕り物になる予定でな」

「大捕り物ですかい。腕が鳴りますぜ!」

 精鋭の一人が自らの太い腕を「バシンッ!」と叩くのを見て、「その働き、期待してるぞ」と、ローゼンは笑うと、説明を続けた。

「標的は三人組の女盗賊だ。女と言っても、只の女じゃない。相当の手練てだれだ。こいつらは俺の留守中に、『俺の可愛い恋人』に悪さをする可能性がある」

 図々しくも『俺の可愛い恋人』と言うローゼンを若干にらむレイだが、肝心な話の途中なので、口を挟まない。

「そこで、丸一日の演習の予定を俺たちだけ切り上げて、不意打ちにするという作戦だ」

「しかし、サク様の居場所は?」と、別の者が訊く。

「それも大体は分かっている。街のどこを通るかを、サクの護衛のカヲルに指示してあるからな」

 ローゼンはカヲルにも計画を教えていたが、ヒカルには教えていない。当然、お喋りハッサンにもローゼンが戻る事は内緒だ。

「皆さんには申し訳ない。俺の妹の為に」

 頭を下げるレイに、精鋭らは言う。

「気にしないで下さい」

「むしろ、名誉な事です」

「ローゼン様に選ばれるって事は、つわものぞろいのカラヤ隊の中でも相当な力量があるって事ですからね」

 彼らのモチベーションはかなり高い。

「みんな、やる気だなぁ。しっかり、頼むぞォ?」

 と、ローゼンが爽やかな笑顔で前髪を指先で払って見せる。

 そこへ

「ローゼン様! 馬の準備ができました」

 係の者が知らせに来た。テント前には駿しゅんが揃えられている。ローゼン、「うむ」と答えるや否や、

「行くぞ!」

「へいッ!」

 ローゼンの号令に、カラヤ隊の精鋭が応じ、騎乗した。


 馬で疾走する中、レイがローゼンに訊く。

「そう言えば、前にお前が言ってた話の合う従兄弟ってブランの事か」

 ローゼンと初めて会った日に、従兄弟の話を聞かされていたからだ。しかし、

「いや。あいつじゃない」

 と、意外な答えが返ってくる。

「あいつは昔から凄い奴ではあるが、俺は基本、あいつとは話が合わない」

 馬の移動が日常的なローゼンは走る馬の上でも、ベラベラと大声で喋れる。

「ほう……」

 と、レイ。先程までブランと冗談言いながら、和やかに会話していた様子を見ていたので、意外だった。

 ローゼンが小さく肩をすくめて言った。

「あいつは昔からキザでさ。正直、そこが面白いんだよ。いつも、こうやって、前髪を指先で払うんだ」

 その仕草を真似て見せるローゼン。しかし、今は風を切って走っているので、前髪が流れて手には当たらない。ほとんど振りだけだ。

「たまに、やってるな、それ」

「俺はみんなの緊張をほぐす為に、ウケ狙いでやってるんだけど、誰も笑ってくれないんだ」

 と、ローゼンは膨れっ面をする。

「ほ、ほうか……」

 呆れたレイは訛りで「そうか」としか言えない。

「結構、笑えると思うんだけどなぁ……?」

 周りに全然ウケない事が不満なローゼンに、

『そら、誰も笑わへんやろう。美形がそんなんやったって……。こいつ、どんだけ天然なんや』

 と、思ったのはレイだけではない。口には出さないものの、カラヤの精鋭たちにも多分に思うところはある。

『昔っから、ローゼン様はどこか人とは違うと思ってたけど……』

『爽やか過ぎて、気付かなかったー! ウケ狙いだったとは!』

『ローゼン様って、結構 “かまってちゃん” なんだなァ』

 と、内心で鋭い所を突くのは、一見、軽薄そうなキルスだ。また、ある者は こう思う。

『ブランの奴は本気ガチでやってるから引くんだよなぁ……』

 実は、ブラン、男からの人気はそれほどでもない。裏では呼び捨てにされている事もある。



 と、まぁ、そのような経緯で、今、ローゼンはこの場にいるわけであるが、悪人相手に細かい説明は不要である。

「しかし、まぁ…、随分と人相が変わったな、お前たち」

 美夜たちの顔や髪の色などが、すっかり変わってしまった事を、顎をつまんだローゼンに嫌味っぽく言及されて、美夜が

「余計なお世話よ!」

 と、怒鳴り返すと、疑問をぶつけた。

「それより、なんで、あんたがここにいるのよ!」

 それに対して、馬上のローゼンが不敵な笑みでもって答える。

「どうせ、カネに困ったお前たちが俺のいない間に悪さをするだろうと思ってな。蜻蛉とんぼがえりしたわけだ」

 レイも馬上から元妹たちを見下ろすが、こちらは険しい表情で無言だ。

 ハッサンがローゼンたちにこれまでの事を報告する。

「ローゼン! レイ! こいつら、サクちゃんを殺そうとしたぞ!」

「そんな証拠、どこにあんのよォッ!?」

 醜い本性をさらしたしかつらで美夜がしらを切るので、ハッサンが反論する。

「あの蹴りはサクちゃんの首なら絶対、折れてる。受けた俺が言うんだから間違いねぇよ!」

 うなずくローゼンが言う。

「ハッサンが言うなら、そうだろう。彼は昔から嘘がつけない人だ」

 付き合いが長い兄弟子の性格はローゼンが誰よりも分かっている。レイもハッサンとローゼンの言葉を信じて、うなずく。元妹たちの言う事はいつも信用できないからだ。

 ハッサンは倒れている間に聞いていた美夜たちの会話についても事細かに伝える。

「それと、サクちゃんが泣き落としに引っ掛からねぇから利用価値がないとか、レイとは兄妹の縁が切れて、生活費の為の金蔓かねづるにならねぇから、もうサクちゃんを傷付けてもいいとか言い出して、サクちゃんを色街に売るだの、顔を傷付けてやるだの、こいつら、人間じゃねぇよ!」

 と、ハッサン、拳を握り締めて怒っている。

「ほう……」美夜たちを軽蔑の眼で睨むローゼン。

「フーン…」と、鼻息つくレイの険しい顔には、さらに冷え切ったものが加わる。

 ローゼンとレイに睨まれて、怯えたように寄り添う美夜たち三人の周辺をカラヤの精鋭の騎馬隊が囲む。もう、逃げ場は無い。

 ハッサンたちの姿から戦闘の凄まじさをさとったローゼンが周囲を見回して、大声で訊く。

「それで? これだけのギャラリーがいて、誰も助けなかったのか!」

 これには群衆によって散々な目に遭ったカヲルと、見捨てられたサクがローゼンに訴えた。

「止めるどころか、僕、石を投げられました!」

「ハッサンが意識失った時に、『助けて』って声 上げても、誰も助けてくれなかった!」

 それを聞いて、「なに?」と、顔をしかめたローゼンが怒鳴る。

「この、意気地無し共め! それでも貴様ら、男かァ──ッ!」

 野次馬たちが一瞬ビビる。そして、ザワザワと言い訳をし出した。

「そんなの言われたってなぁ」

「おっかねぇし」

「武器持って戦ってたし……」

 と、そこへ

「ハッサンたちが戦ってるの見て、みんな、喜んでたッ!」

 「ムカッ!」と来たサクの発言に野次馬たちが慌てる。

「なななな、なに言ってんだよ!」

「そ、そんなわけないだろ!」

「い、いい加減なコト言うなよ! お嬢ちゃん」

 サクの兄であるレイは元より、ローゼンもサクの言葉を疑ってなどいない。

「そうか」と言うや否や、馬から降りたローゼンが野次馬の一人の胸ぐらをつかんで言う。

「か弱い者や怪我人を見捨てた薄情者は、お前か」

 ブルブルと首を横に振る男の胸ぐらから手を放すと、彼は別の男の胸ぐらをつかんでは放し、また、別の男の胸ぐらをつかむ。

「弱い者を助けようと戦う者に石を投げ付けて、足を引っ張ったのは、お前か」

「人の修羅場を見て喜ぶようなむごい奴は、お前か」

 これも「ち、違う! 俺じゃない」と青い顔で否定する男の胸ぐらを放し、ローゼンは群衆に向かって、右腕を水平に広げ、こう言い放つ。

「この嘘つき共が! 何もせず、人を見捨てた事には違いないだろうが!」

 彼は拳を握り締めた。

「いいだろう。これからは、お前たちの家族が盗賊に襲われたとしても、見殺しにしてやろう」

 握った右拳を切り捨てるようにスパッと開く。

「それでチャラにしてやる!」

 鬼の武闘派商人の怒りに誰もがおののき、束の間の沈黙が流れる。

「フーンッ…!」

 自分が言いたい事をローゼンが代わりに言ってくれて、少し胸がスッとしたレイが鼻息をいた。その後、群衆の中の一人の叫び声で

「ぶ…、武闘派商人がお怒りだァ──ッ!!」

 沈黙が破られる。

「俺たちまで殺されるぞ!」

「うわぁー! 嫌だァー!」

「怖いよぉ! お母ちゃん、助けてぇ〜!」

 勝手な妄想をしたり、いい年した男が幼子のように叫んだりして、無責任な野次馬たちは我先にと逃げて消えて行く。転んだ人間を踏み付けてまで ──。

「フンッ!」

 と、鼻息ついて、散って行く群衆を冷ややかな眼で見届けるローゼン。

華夜「ローゼンって、鬼ね〜」

輝夜「薄情」

美夜「ちょっと蹴ったぐらいで大袈裟な」

 縄で縛られながらも、減らず口が絶えない美夜たちに、カラヤ隊が呆れる。

「よく言うぜ。こいつら」

「どの口が言ってんだよ。ひどいのは、てめえらだろ」

 カラヤ隊の一人が他の隊員から手当てを受ける負傷者らの方を見て思う。

『あのハッサンが結構、やられてんのかぁ……』

 そして、視線を美夜たちに移し、

『恐ろしい女共だな……』

 身震いする。

 美夜らを捕縛した隊員がローゼンに声をかける。

「若旦那! 役人に引き渡して来ます」

「頼んだぞ」

 こうして、美夜たちは6騎のカラヤ隊に連行された。

 通りにまばらに残った人々はカラヤ隊の馬で引っ立てられて歩いて行く美夜たちを見送るが、そんな中、連行するカラヤ隊の一人、キルスは釈然としない。

『それにしたって、随分と大人しく捕まってくれたもんだな』

 キルスの中で何か引っ掛かるのは

『ローゼン様は相当の手練てだれだって言ってたのに。俺たちが来てからは抵抗の一つもなかった』

 そこだ。

「やれやれ……。これで終わったな」

「もう、二度と会いたくないね」

 残ったカラヤ隊によって手当てを受けるヒカルとカヲルがほっとして言う。

 美夜たちは捕まり、ハッサンたちも応急処置を受け、ひとまず、落ち着いたところで、感動の対面となる。

「ローゼン……!」

 涙で目を潤ませてローゼンを見るサク。

「サク!」

 両手を広げてサクを促すローゼン。だが、

『サプライズによって感動を倍増させ、俺に対する好感度は爆上げだ!』

 ローゼンがサクにも計画を伝えなかったのは、そういう思惑の為である。

 ローゼンに近付いたサクが両手で胸元を押さえて思わず

「おぉ…、おとろしかったぁ……」

 と、訛りで言うのは本心からだ。声も震えている。

「もう、大丈夫だ。俺が付いてる」

「うん。ありがとう!」

 ローゼンがまだ自分の胸に飛び込んで来ないサクに、広げた手の先を『来いカム来いカム』と何度も曲げるが、言葉に出して少し気持ちが落ち着いたのか、サクが思い出したように言う。

「あっ! ハッサンが目を ──」

 好感度爆上がり作戦は不発に終わる。サクには それどころではなかったのである。

「え?」

 ハッサンをよく見ると、目の辺りを中心に顔が真っ白だ。目の下だけは縦に剝がれ落ちたような跡が見える。

「サクちゃん! 大丈夫だって。涙でほとんど流してっから」

 心配するサクを気遣って、両目をパチパチとさせて言うハッサンに、ローゼンが訊く。

「何でやられたんだ」

「たぶん、滑り止めの粉だ」

 ローゼン、自分の水筒を出してみると、軽いので、

「おい! 誰か、水が残ってる奴がいたら、ハッサンの目を洗ってやれ」

 と、声をかける。カラヤ隊の何人かが返事をして、ハッサンの手に水を出してやった。

 サクたちに改めて話を聞く。その傍らでは『央華雑貨店』の所有者オーナーラズワード商会のシャバーズも手当てを受けていた。

 レイがハッサンたちに礼を言う。

ほんにありがとう。サクに怪我が ひとっちゃ無しに済んだんは、ハッサンやヒカル、カヲルのお蔭や。感謝してもし切れん」

 右手で服の胸元をつかみ、訛るのは心の底からの声だ。

 ハッサンにはローゼンが通訳した。

「そんな大袈裟なもんじゃねぇよ。俺はしばらく倒れてたしさぁ」

 と、両手を振るハッサンに、

「最後に美味しいトコはローゼンに持ってかれたしな」

 と、ヒカルは頭の後ろで両手を組む。

カヲル「そうそう」

 照れて言う三人に、サクも感謝した。

「ううん。みんな、凄かったよ? うちからも、ほんに、ありがとう」

 やはり、照れる三人。

 サクは再びローゼンの方を向くと謝る。

「それと、……ごめん、ローゼン。せっかくのお習字の道具が台無しに……」

 道具代のお金をローゼンが出してくれていたからだ。

 ローゼンはボロボロになった半紙が落ちているのを見ると、落ち込んでいるサクを気遣う。

「仕方ないさ。しかし、まぁ、随分と……」

 習字道具が破損した原因については、ヒカルとカヲルの口から説明された。

「美夜の奴が踏み付けてさ」

「金目の物だと思ってたのが、違ったから怒って、この有り様ですよ」

 それを聞いて

『人の命を粗末にし、人が大切に思う気持ちも踏みにじるのか!』

 今更ながら、美夜たちの人間性について嫌悪感しか湧かないローゼンは

「全く! なんて奴らだ」

 と、吐き捨てるように つぶやくと、気持ちを切り替えて言う。

「さて。少し遅くなったが、昼にしようか」

 皆で、近くの食堂へ向かった。



 ラズワード商会のシャバーズとは食事の後、食堂の前で別れ、カラヤ商店の支店に戻って来たローゼンたち。留守番していたルークが出迎えた。

「いやぁ、ひどいなぁ……」

 ハッサンたち三人の包帯のみならず、衣服の破れ具合からも戦闘の激しさを知ったルークが思わず、そう つぶやいた。

「 “名誉の負傷” って奴だな」

 偉そうに胸を反らせて言ったのはヒカルだ。その頑張りを自画自賛して自分から評価を台無しにする彼に、皆、苦笑いする。

「さっき、腹ごしらえを済ませたところだ。みんなに紅茶でも淹れてやってくれ」

 ローゼンに頼まれて、ルークが動く。数が多いので、店の者にも手伝ってもらう。

 ローゼンたちは玄関近くのラウンジで皆で紅茶を飲んで一息ついた後、それぞれの部屋へ戻った。



 あるじ用の部屋に戻ったローゼンがルークに訊ねる。美夜たちを役人の所へ引き渡しに行ったカラヤ隊の精鋭の事だ。

「ところで、他の6名はまだか?」

「役人たちに引き渡した後、一度、こっちへ報告に戻って、お昼を食べに行ってるよ」

「そうか。無事に済んで良かった……」

 マントを脱いでポールハンガーに引っ掛けると、ローゼンは溜め息混じりにつぶやいた。

「戻って来たら、彼らの食事代を出してやれ」

「ああ。分かった」

「しかし、今回の事で、あの三人の性根がいかに腐り切っているのかを思い知らされたよ」

 ソファーに座って、ローゼンから美夜たちの言動を聞かされたルークが驚く。

「え…。そんな事まで ──」

 ルークは思わず、口元を手で覆った。後に言葉が続かない。

『俺、そんな恐ろしい女共を口説いてたのか……!』

 今になって、「ゾッ…」と背筋が凍る思いがした。

「良かったな。相手にされなくて……」

 と、兄ローゼンは疲れた顔で苦笑いした。

「……心から、そう思うよ」

 安堵すると同時に兄を哀れに思う。

『そんなのに気に入られるなんて、兄さん、気の毒過ぎる……』

 ふと、ルークが気付いた。

「ところで、サクは大丈夫なの?」

「うん。怪我がなかったのは幸いだ」

「それはさっき会ったから知ってるよ。俺が心配してるのは、メンタルの方だよ」

 ルークに指摘されて、ハッとするローゼン。

「……そうだな。悪い。考えておく事が多過ぎて、失念していた。恐怖というのは後になって応えるものな。気を付けておく」

「うん」

 少し安心してうなずいたルーク。

「それにしても、兄さんらしくないな。仕事量が多いなら、手伝うけど」

「いや。仕事の事だけじゃないんだ。ブランたちが戻って来たろ?」

「あぁあ。マルジャーナの件か」

 意味深にルークが二度うなずいた。

「まぁ、あれ・・は どうとでもするさ!」

 少し自棄やけになって言うと、ローゼンは肝心な話題に変える。

「それより、ブランが持って来た新兵器だが、あれの割り振りが重要だ。誰彼構わず売っていい物じゃない。慎重に考えないといけない」

「うん」

 真剣にうなずくルークに、ローゼンが提案する。

「そうだ! お前、やってみるか?」

「えっ!?」

 驚いた後、腰が引けるルーク。

「責任重大だなぁ……」

「ハハハ。これは俺からの宿題だ。どこの領主や貴族にどれだけの数を売り渡してもいいか、よくよく考えるんだな。商売敵も売り込みに行くだろうから、そっちの数も加味して考えろよ? 商売敵の情報もある程度は集まっているから、後でトリンタニーに訊け」

「分かった」

 と、一旦はうなずいたものの、

「ああッ! こんな事なら手伝うなんて言うんじゃなかった!」

 頭をかきむしって後悔するルークが番頭のトリンタニーのもとへ行こうと扉に向かうと、ローゼンがルークに追加で頼む。

「そうだ。後で、店長を呼んでくれないか?」



 この頃のローゼンは考えるべき事や心配事が多過ぎた。その一つをこれから解決すべく、店長をあるじ用の部屋に呼んだのである。

 座ってデスクの上で両手を組むローゼンは深刻な面持ちで、店長に言う。

「店長。この店は売上が伸びるどころか、年々落ちているな」

「申し訳ありません」

 深々と頭を下げる店長にローゼンは右手で制止を促す。

「いや。あんたを責めているわけじゃない。打てる手は全て打っているのに、この結果だ。問題は他にある気がする」

 ローゼンはこの街に来てから、る違和感に気付いていた。先程の群衆を見ても そうだった。

「店長。この街の人口構成は今、どうなっている?」

「はっ?」

「随分と女が少ないように感じる」

 ローゼンに指摘されて、店長が目を見張ると、暗い顔を見せる。

「お気付きでしたか。今、この街は女性に人気がなく、住みにくいので……」

「どう住みにくいんだ?」

「昔ながらの慣習に縛られて自由がないと、結婚する者も職を探す者も、おなは皆、他所よその街や村へ出てくのです。逆に、こちらの街へ入って来るおなは ほとんどりません」

 それを聞いたローゼンは腕組みし、「ハァー」と口から息を吐いた。

「売上が伸びていないのは若い女性の流出か」

 ローゼンは先程の群衆の光景を思い出す。

『さっき、集まっていた連中も男ばかりだった。やはり、そうか……!』

 店長が自身の娘の話をする。

「実は、わたしの娘も最近、街の外へ嫁ぎまして。親のわたしとしましても、ここに残るよりは他で幸せになってもらいたいというのが本音でして……」

 店長個人の切実な気持ちを知り、ローゼンは

「フーン……」

 鼻息ついて、再び群衆の光景を思い出す。

『さっき、サクたちを取り囲んでいた群衆の様子を見ても、この街はダメだな』

 そして、

『男としての気概が無い』

 それは かなり致命的な事のように思えた。

 さらに、話はカネの流れに及ぶ。ローゼンが腕組みしていた片手をひらりと動かし、

「男ばかりだと、カネの使い道も変わるな」

 と、また腕組みする。

 店長がうなずく。

「確かに。世持よもちをすれば、家族の為に身の回りの物を買うでしょうが、独身となると、酒や博打などの遊興費に遣う者が多く、普通の商売をする店にカネが回ってきません」

「うむ」

「近場ではシャムズ伯爵家の領地で新しい賭場が出来たとか」

 「シャムズ伯爵家」という言葉にローゼンが左の頬を一瞬、引きつらせたのは、以前、サクを手籠めにする為に献上しろと迫ったナルジートが、そこの馬鹿息子だからだ。

『父さんからの手紙でも、ナルジートがカジノを始めたとあったが、この一帯の治安が悪くなるな』

 そう思うと、

「ハァーッ」と、溜め息ついて頭をかいた後、ローゼンは言う。

「やはり、ここの店は畳むか」

 カジノの事がなくても、そのつもりだった。

「女に見捨てられる街なんぞ、そう長くはない。どんな街や村も人が去れば消えるものだ」

 店長も異論はなく、「はい」と、うなずいた。さっそく、ローゼンが指示を出す。

「早々に若い者から解雇しろ。困っている者には再就職先を世話してやれ」

「かしこまりました」

「それと、あんたはどうするんだ?」

「店を畳んだ後は、妻と共に娘が住む都へ移り住もうかと考えております」

 我が子の元に身を寄せるのなら安心であると判断したローゼン、店長にはなむけの言葉を贈る。

「うむ。あんたなら、どこでも適応できるだろう。じゃあ、最後まで、よろしく頼む」

「はい」

 店長はあるじに一礼して退出した。

 こうして、この街はローゼンにも見限られたのである。


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