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16-ⅲ)運命の悪戯〜遭遇

 西部のひとの無い山麓 ──


 ドオォォ──ッン……ッ!


 響いたのは銃声だ。それを撃ったのは、誰あろう、ローゼンである。

「これは、なかなか……」

「凄いだろう。西洋の鉄砲だ」

 鉄砲の威力に驚くローゼンに、自慢げに答えた眉目秀麗な この男は背後に何人もの美女を従えている。その美女たちだが、

画期的エポック・メイキングだな」

「ああ。弓矢の時代が終わるな」

 と、感想を述べているローゼンやレイの美貌に心を奪われて見とれている。

「ブラン。連射は出来ないのか?」

 ローゼンに『ブラン』と呼ばれた美女たちのあるじ

「さすがに、それは無理だ」

 と、肩をすくめて答えた。その仕草も一々、キザったらしい。

「威力は凄いが、連射が出来ないのが弱点か。勿体無いな」

 残念がる若いレイに、年長者であるカラヤ隊の警備隊長の一人であるガナンは

「まだまだ弓矢が廃れる事はないな」

 と、言うが、彼のあるじのローゼンは新しい物に可能性をいだす。

「いや、使い方によっては弱点を補える。うちの長弓部隊の連射と同じだ。短弓のような速射が出来ないから、発射準備できた者と発射を終えた者を交代させる戦術なら、いけるだろう」

「確かに、それなら可能だな」

 と、うなずくレイ。カラヤ商店の人足兼警備の『カラヤ隊』の連中も新しい事に意欲的だ。

「これからは、こいつの練習もしないと、だな」

たまめは どうやるんだ?」

「構えは これでいいか?」

「弾込めまでの時間はどれぐらいかかる?」

 などと、ブランが連れて来た鉄砲職人やブラン傘下の隊員らに新しいものの扱い方を訊ねる。

 その光景に古株のガナンは腕組みして溜め息をいた。

「はぁーっ……。寂しいねぇ〜」

「まぁ、そう嘆くなよ、ガナン。新しい事を覚える喜びもあるし、時と場合によっては弓矢の出番だってあるさ」

 ローゼンはガナンの肩に手を置いて励ます。

 レイも銃を撃ってみる。

 ドオォォ──ッン……ッ!

「クッ!」

 発射の衝撃を身体からだに受けて、歯を食いしばった。

「撃った時の反動が凄いなぁ、これ。馬の上で撃つのは難しいか」

「慣れれば、どうにかなるんじゃないか?」

 そんな事を言うレイとローゼンに、ブランが忠告する。

「おいおい、お前らは程々にしておくんだな。火花で火傷やけどなんかしたら、その綺麗な お顔が台無しになるぜ?」

「余計なお世話じゃ」

 思わず郷里の言葉で悪態をくレイ。

「なんて言ったんだ?」

「『心配してくれて、ありがとう』だってさ」

 和の国の言葉が分からないブランにローゼンが適当な事を言って、爽やかに笑ってごまかした。

『爽やかな顔して、こいつ、相当 嘘つきやなぁ……』

 ローゼンのフォローを有り難く思いつつ苦笑いして、そう思うレイ。

「ふ〜ん……」

 と、ブランは内心で『本当か?』と、怪しみながらも、それは ひとまず捨て置き、

「お次は、こいつだ」

 と、出して来たのは……


 ズゥッドオォォ───ッン……ッ!!


 大砲だった。

 全員、思わず手で耳を塞いだ。中には「ヒッ!」と叫んだ者もいた。

 ローゼンが率いるカラヤ隊が口々に言う。ある者は腕組みしたり、また、ある者は肩をすくめたりなどして……。

「つい、さっきまで鉄砲の音が雷みたいな轟音だと思ったけどよぉ、撤回するぜ」

「雷は断然こっちだな」

「こんなのが出て来たんじゃあ、戦そのものが劇的に変わるなぁ」

「あくまで備えで、基本的には使わないまま何事もなく平和であってほしいな……」

「同感だ」

 屈強なカラヤ隊だが、基本的には無用な争いを好まない。プロフェッショナルな人間ほど、案外そういうものである。

 大砲の絶大な威力に、レイが和の国の西訛りで喋る。今のローゼンは和の国の西訛りも随分と分かるようになっていたからだ。

「ほんでも、サクを連れてんかったんは正解やったな」

「うん。かなり響くし、火薬を使うだけに危ないからな」

 と、うなずいて和の国の東訛りで流暢に答えるローゼンははや何人なにじんか分からない。それぐらい完璧な発音だ。


 新しい武器の勉強中に、カラヤ隊の年若い一人の隊員ザンド(15歳)が先輩隊員ナーセル(23歳)に訊く。

「ナーセルさん。若旦那とタメ口 いてる、あのブランって奴、誰なんスか?」

「えっ!? なんだ、ザンド。お前、知らないのか」

 そこへ、また別の先輩隊員ゴバード(24歳)が後輩ザンドの為に、話に割って入る。

「ほら。こいつ、今年入ったばっかだから」

「ああっ! そっか、りぃ。説明するぜ」

 と、ナーセルが、何やらローゼンと話をするブランの方を見ながら話し始める。

「あの人はな、『カラヤ・ブラン』と言って、ローゼン様とルーク様の従兄弟だ。五年前に西洋に出ていたから、お前が知らないのも無理はないよな」

 すると、ゴバードが指を四本立てて、こんな事を言う。

「しかも、ブラン様には奥様が四人もいる」

 布張りの日避ひよけの下でチェアに座り見物する四人の美女たちに、彼らの視線が注がれる。

「こりゃ、また、みんな、美人っスね〜」

 ぽけ〜と見とれる新入りザンドに、先輩隊員ゴバードが言う。

「ブラン様と幼馴染みのマルジャーナ様以外は西洋で結婚したとか聞いてっけど、お目にかかるのは俺も今回が初めてだ」

 今度は、そこへブラン傘下の隊員が、ローゼン隊のナーセルとゴバードの肩に手を回して絡んできた。

「よっ! なんなら、教えてやろう」

ゴバード「おっ! キルスか。久しぶりだな」

ナーセル「五年ぶりだなぁ。西洋はどうだった?」

キルス「あっちでもモテモテだったぜ?」

ゴバード「嘘つけ!」

キルス「ハハハ。それより、ゴバード、ナーセル、お前らも元気そうだな」

「おお」と、ナーセルとゴバードが返事すると、キルスが話を続ける。

「ところで、さっきの話だけどよ」

 ブラン隊のキルスが美女の一人に目をやる。

「一番華やかな衣装をまとっているのが、本妻のロクサネ様」

 隊員たちの視線が黒髪のロクサネへと移る。ローゼン隊の新入りザンドが彼女をこう評する。

「女王様って感じっスね」

「やっぱ、分かるか。美人だけど、気位が高いから、お前らも言葉遣いや態度には気を付けろよ?」

 キルスは忠告すると、話題を次の美女に変える。

「それと、一番胸の大きい女が妾のダリア様だ」

「おお〜♡」

 隊員たちの目が、ダリアの、その「たわわ」と実った果実のような豊満な胸に釘付けになる。

 次にキルスが話すのは逞しげな美女についてだ。

「腕が逞しい女は妾のカリーナ様。この人は料理が得意で、しかも、プロ級の腕前だ」

「へー」

「いいな〜。毎日、美味い料理を作ってもらえるのか」

 ゴバードとザンドが感心し、ナーセルがよだれを垂らす。

 最後に、キルスは優しげな雰囲気の美女の説明をする。

「マルジャーナ様はブラン様の幼馴染みだから、カラヤ商店の者なら知ってる奴も多いが、あの人は下の弟妹きょうだいが多いから面倒見が良くて、子供好きな性格だ」

「男の夢を全部叶えたような人だな。ブラン様って」

 と、ザンドが「ぽけ〜」とした顔で羨み、

「ホンット、羨ましいなァ〜」

「いいなァ〜。膝枕とかされたい」

 ゴバードは腕組みし、ナーセルは両頬押さえて見とれる。

「こらこら。あんまり、ジロジロ見てっと、怒られるぞ」

 キルスの言うとおり、ブランの妻たちが不躾な視線に気付いて、気味悪がったり、難色を示し始めたので、慌てて視線を外した。

 キルスが話題を変える。

「ところでよぉ、若旦那の隣にいる、あの美人のお兄さんは誰だい?」

 と、訊いておいて、勝手な憶測をし始める。

「まさか! 若旦那、男色なのか。なかなか結婚しないのは、そういう理由か」

 それをナーセルが手を振って否定する。

「違う違う。あの人は若旦那のご友人のレイさんだ」

ゴバード「で、そのレイさんの妹が、我らが若旦那・ローゼン様の想い人だ」

ナーセル「そうそう。若旦那の絶賛片想い中」

「おいおい、なにが絶賛だよ……」

 ゴバードがナーセルの胸を手の甲で叩いて突っ込む。が、ブラン隊のキルスはそんな事よりも、片想いである事に驚いた。

「えっ!? 引く手あまの、あのローゼン様が? どんだけ調子の高い女なんだよ。ロクサネ様より上いってんのかよ」

「いやいや。サクちゃんは そんなんじゃねーっスよ」

 と、新入りザンドが手を振って否定すると、先輩のゴバードに注意される。

「こらこら、『サクちゃん』はマズイだろ。若旦那のお客人だぞ。『サク様』だろ」

「えっ? でも、サクちゃんは それでいいって」

 呑気な事を言うザンドにナーセルも忠告する。

「お前、空気読めねぇんだな。あの子は人がいから、そう言ってくれっけど、トリンタニーさんとか上の人達はいい顔しないぞ? ガナンさんみたいな大らかな人は大目に見てくれっけど、頭の固い隊長に当たってみろ。どつかれるぞ」

ゴバード「そうだぞ。気を付けろ」

ザンド「へーい」

 ローゼン隊の連中の遣り取りを眺めながら、

『あの美人の妹で、人がくて、なのに、あのローゼン様が なぜか片想い……?』

 と、ブラン隊のキルスは腕組みするが、

『その「サク様」って、いったい何モンなんだ……?』

 今一つ、つかみ切れないサクの人物像に、彼は首を傾げるのだった。



 ローゼンとレイが山麓で鉄砲の試し撃ちをしていた頃、サクは天堂兄弟と共に西部の街で買い物をしていた。

「ファルシアスの街はアーケードが多いから、涼しくて助かるね」

 歩きながら、サクがそう言うと、カヲルが通りの広さについて言う。

「そうだよね。しかも、馬車が何台も通れるような広い通りも多いし、大陸の街は大きいよね〜」

「記憶がおぼろなんだけど、『和の国』は狭い道が多かったよな」

 と、ヒカルが言うので、サクが訊ねる。

「二人は和の国のどこに住んでたの?」

「僕らは小さい頃に親と大陸に渡ってるから、そこまでは覚えてないんだ。」

 詳しい場所までは分からないと話すカヲルに、ヒカルが出身地の唯一の手掛かりについて言う。ヒカルは言葉をファルシアス語から和の国の東訛りに変える。

「分かってるのは、この東訛りだけだな。お前らに会うまで、これが東訛りだってのも知らなかったしな」

「『和の国の人間』って、ぐらいだよな。僕ら」

 と、うなずき、東訛りを喋るカヲル。

「俺らは二人だったから、故郷くにの言葉を忘れずに済んだけどよ、独りだったら、とっくに忘れてただろうな……」

「そうだな……」

 少し、しんみりとするヒカルとカヲルに、サクが何か気の利いた事を言って励まそうとする。

「ほ、ほんでも、東訛りやきん、少なくとも、東の人やな?」

 が、大した言葉が見つからず焦り気味になるサクの優しさを微笑ましく思うカヲルが応じる。

「そうだね。いつか、僕らも『和の国』へ渡りたいよな」

「一度、故郷がどんなトコか、見てはみたいよな」

 ヒカルがそう言ったところで、

「ところで、そろそろ、この辺りじゃないかな? 例のお店」

 と、カヲルが手にした地図を見ながら、キョロキョロと辺りを見回す。

「ローゼンが言ってた店な」と、ヒカル。

 この間、ローゼンが新しい店が出来たという情報を仕入れたので、見に来たのだ。


「最近、この街で『おう』の日用品を扱ってる店が出来たらしい」


 しかも、この日はローゼンたちは西洋から仕入れた品の検品の為に、習字や語学の勉強が休みになり、サクたち三人だけでの買い物となった。

「あっ! あれじゃねぇか?」

 漢字の看板を見つけたヒカルがそれを指差す。建物はファルシアス風の石造りだが、看板や垂れ幕などは東洋の央華風だ。


サク「こんにちは」

ヒカル・カヲル「ちわー」

「いらっしゃいませ」

 サクたちが店内に入ると、顔の彫りが浅い東洋人の男が出迎えた。彼の着物は『和の国』の物とは違い、帯の下に腹巻きのような物を巻いているので、おうじんと分かる。

『いやぁ……。小柄で端麗な顔立ち、まるで、お人形だ』

 央華人の店主はサクの容姿を見て、そのような感想を抱いた。それに対して、ヒカルとカヲルの天堂兄弟には

『しかし、後ろの二人は目付きが悪くて、ガラが悪そうだなぁ』

 と、思った。

 店主はとりあえず、三人に向けて声をかける。

「お客さん、何をお求めで?」

「筆を見せてもらえますか?」

 サクの求めに応じて、店主が「こちらに」と、奥へ案内する。店内には所狭しと様々な日用品が種類別に陳列されている。

『お! 央華の丸底鍋。懐かしー』

 かつて、調理の仕事をやっていたヒカルは調理器具に、つい、目が行く。

『いい工具、ないかな』

 カヲルはサクの後ろを歩きながら、道具類の方を見る。

「文房具はここにございます」

 文房具売り場まで案内した店主は、間近で見るサクたちの髪の色は明るいが、顔の彫りが浅いので、『東洋人?』と気付いた。

「試し書き出来ます?」

「ええ、どうぞ」

 店主に促され、小さい机の上に置かれたすずりで墨をるサク。店主が彼女に訊ねる。

「お嬢さんは読み書きが出来るので?」

「はい。故郷くにの文字だけですが。こっちの文字は値札ぐらいしか読めません」

 そう聞いて、

『出来ると言っても小さい商店の店主が値札を書く程度のものかな』

 と、店主は思った。

 店主は机の上に並べた数種類の筆を手で指し示す。

「筆は初心者用からあります。どれでも お試しを」

「ありがとうございます」

 と言って、筆を執り、紙に文字を書くサク。

 紙に書かれた文字や、サクの筆遣いを見て、店主は驚いた。

『これは相当、手慣れている……』

 彼が驚いたのは、サクの字の巧さだけではない。

『しかも、猫背じゃない。若い人でも書き物をしている時は背筋が曲がる人がほとんどなのに……』

「これは達筆ですなぁ」

「そうだろう!」

 腕組みして感心する店主に偉そうに答えたのはヒカルだ。

「お前が自慢して、どうすんだよ」

 カヲルが手の甲でヒカルの胸を叩いて、突っ込む様を見て、サクが「ふふっ」と笑う。

 サクは別の筆に取り替えて、試し書きをする。

 墨を付ける前に筆先を見ると、穂先が細長い。紙に書いてみると、文字の先の形も細く鋭くなる。

『央華の筆、細いきに、打っ立てが鋭うなるし、払いが綺麗に出る。これも写経で使つこうたなぁ』

 書きながら、央華で写経していた頃の13歳の自分を思い出すサク。当時は猫背で、苦手な細筆の扱いに苦戦していた。

『あの頃は まだ、上手に書くんに必死で、姿勢まで気を遣えなんだなぁ……』

 次に試したのは、穂が短い筆だ。

『これぇ、央華で見つけた和の国の筆や。穂がみじこうて書きいけど、すぐにり切れてしもうて一巻 書いただけでダメになったなぁ……。文字の形は華奢な細い線で、うちの好みなんやけどぉ……』

 などと、央華での写経の思い出に浸りながら書いていると、店主に訊かれる。

「お嬢さんのお国はどちらで?」

「和の国です」

「そうですか。じゃあ、和の国のお姫様か何かで?」

「え?」と、手を止めたサクが目を丸くして驚いた後、首を横に振って否定した。

「いえ。わたしは小作人の子です」

「えっ!? 小作人?」

 サクの返答が よほど意外だったらしく、店主が目をいて驚いた。それがサクには不思議でならない。

「……そんなに、変ですか?」

 筆を筆置きに置いて、恐る恐る訊ねるサクに店主は言う。

「普通、農民で文字が書ける人なんていませんよ」

「そうなんですか?」

 と、目を「ぱちぱち」とさせるサクに店主はファルシアス王国や央華の実情について語る。

「この『ファルシアス王国』でも、わたしの祖国の『央華』でも、読み書き出来るのは上流階級や宗教家ぐらい…、ああ! あと、書記官や、わたしのような商人とか特殊な仕事をしてる人たちぐらいですよ」

「はぁ……」

 サクが店主の話に驚いて、ため息混じりの感想を言うと、カヲルが話に入る。

「和の国は字が書ける人が多いの?」

 カヲルに訊かれて、サクはくちびるに拳の人差し指を当てて思い出しつつ、答えた。

「どうかな……。わたしの身の回りの人たちは書ける人ばっかりだから、家族とか親戚とか。でも、旅に出てからは同じ和の国の人でも書けない人もいたし……。多いか少ないかまでは分からないけど」

「じゃあ、お前んだけが特殊って事か。いったい何やってる一族なんだよ」

 と、謎めいたサクの環境について、ヒカルが訊く。

「農民」

 それでもサクから返ってくる答えが同じなので、

「はァ!?」と、ヒカルは大声で驚き、

「本当に親戚も農民なの?」

 カヲルも思わず聞き返す。

「そうだよ?」

 驚かれる事に驚きを覚えつつ答えるサクに、店主はますます疑念を抱く。

『家族も親戚も農民で、文字を書けるのが当たり前だなんて、そんな馬鹿な……』



 新しい筆を選び、半紙や墨も購入する事に。それらを店主に包んでもらっている間にサクたちが話す。

「そう言えば、カヲルは読み書き出来るよね。こっちの文字も」

「僕は独学。央華の漢字も、看板とかを人に訊いたりとかして覚えていったよ?」

「へぇ〜」

 サクはカヲルの勉強熱心さに感心する一方で、

「俺は読み書きの方は全然だな。興味ねぇし」

 などと言うヒカルの無関心さに呆れる。

「ヒカルは今も、自分の名前しか練習する気ないよね……」

「ハハハハ…」と、ごまかし笑いするヒカルにカヲルが言う。

「お前、ローゼンさんの爪の垢でももらって、煎じて飲んだらどうだァ?」

「なんだとぉ〜?」

 ヒカルが睨んでカヲルの嫌味に応じていると、店主に「お会計を」と、声をかけられた事で兄弟喧嘩は中断した。


 サクたちと入れ違いで、男が店にやって来た。男は店から出て来たサクたちをれ違いざまに見ると、店内に入った。

 その男に店主は

「これは旦那様」

 と、言った。男は央華人ではない。顔の彫りは深く、目や口が大きく、鼻は幅広く、厚めの唇 ── いかにも、ファルシアス人と言った風貌だ。彼独特の個性と言えば、鷲鼻である事と、眼光がギラギラとして野性味があるところか。彼のような顔と比較すると、混血であるローゼンやルークなどの顔は薄味に見える。

 ファルシアス人のあるじが央華人の雇われ店主に訊ねる。

「売れ行きはどうだ?」

「いや〜。開店したばかりで、知名度の問題もありまして、客足はまだ……」

「田舎とは言え、ここは西部の都へのアクセスがいいから、出店したんだが……。もっと、ビラを配るか。観光客や行商人にも宣伝しよう」

「はい」

「ところで、さっきの客の反応はどうだった。満足そうに出て行ったように見えたが?」

「ご満足して頂けたと思います」

「それで、何を買った?」

「実用的な細筆と半紙と墨を購入されました。それとですね、旦那様 ──」

 と、店主は先程、サクが試し書きした紙を見せた。

「これは……。なかなかの達筆だな」

 東洋の文字を見慣れているのか、ファルシアス人のあるじが驚く。

「それを、さっきの若者たちが書いたのか」

「いえ。娘の方で」

「なに !? 女の方だと?」

「しかも、本人が言うには、自分は『小作人の子』だと」

「ハァッ!?」

 二重に驚かされた主の大きな両目が落っこちるのかというぐらいに大きく見開かれた。

「こんな しっかりした字、男でも なかなか書けんぞ。ましてや、雇われ農民の子に書けるような物ではない!」

「ええ。央華の貴族でも、こんな達筆の人は多くありません」

 と、店主もうなずく。

「何者なのだ。一体……」

 主は思わず振り返り、玄関の扉の方を見た ──。


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