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16-ⅰ)運命の悪戯〜育まれる愛

 カラヤ商店を去る前に、カーミル王子は店の者たちに別れの挨拶をした。

 営業や接客、帳場を担当する面々からは「王子様。また、来て下さいね」などと常識的で穏やかな挨拶を受けたが、街から街への行商や街中まちなかの配達を担う人足たちからは「元気でな!」という威勢のいい声と共に肩や背中を「バンッ」と叩かれるなどの手荒い挨拶を受けた。

 彼にトイレ掃除を教えた丁稚の小僧などは「お元気で……」と、泣いて別れを惜しんだので、カーミル王子も思わず、「お前も元気でな……」むせび泣いた。

 そんな様子をサクは

「王子様、すっかり、みんなと仲良しになってたね」

 と、感じ、ローゼンも

「随分と店に馴染んでしまったものだな」

 と、しみじみとしてしまった。



 城に戻ったカーミル王子は父王への挨拶を済ませると、さっそく、娘である幼い姫たちを自室に呼び集めて、土産のぬいぐるみを手渡した。姫たちの後ろでは数名の乳母たちが控えている。

「お前たちが良い子でお留守番をしてくれていた ご褒美だ」

 この、ぬいぐるみの土産は、本当のところは自らの境遇から現実逃避するように城を出ていた事への罪悪感からなのだが、子供心を傷付けるわけにもいかず、あえて、そのように言うカーミル王子。

 三人の幼い姫たちは、それぞれに大中小の猫のぬいぐるみを与えられた。それは姫たちの体の大きさを考えて、持ちやすいサイズを選んでおり、首にはお揃いの可愛いピンクのリボンが付けられている。

 3歳の姫は単純にお土産を喜んだが、8歳と5歳の姫たちは受け取っても、どこか戸惑った様子で互いの顔を見合わせる。

「どうした? アティーファ、アミーナ、嬉しくないのか。他の物が良かったか」

 二人の娘たちの反応にカーミル王子が少し動揺していると、8歳のアティーファ姫が首を横に振った後、こう言った。

「お父様は……もう、どこにも行かない?」

「お母様たちみたいに、いなくならない?」

 と、5歳のアミーナ姫も父であるカーミル王子の顔を見上げて訊く。彼女たちの母親は皆、実家に帰って、もう二度と戻って来る事はないからだ。

 両膝を突いたカーミルは二人の娘を抱き締めて

「わたしは…どこにも行かない。もう…、どこにも行かないぞ……」

 と、涙ぐんだ。

 3歳の娘は幼くて あまり物事をよく分かってはいないが、抱っこが羨ましいと思ったのか、「だっこー!」と叫んで、父カーミルに抱き付いた。

「よしよし、ウルファ」

 と、その小さい頭をカーミルが大きな手で優しくなでてやる。その手には剣ダコが出来ており、少し逞しくなっていた。

 そんなおやの様子に乳母たちも涙ぐんだ。



 カーミル王子が娘たちと再会を果たした頃、ローゼンとサクは別室にてマフディー王子と、その同腹の妹ライラー姫にもてなされていた。カーミル王子が城へ帰る際、ローゼンは警備としてカラヤ隊を引き連れて登城したのだ。サクはローゼンの同伴者として連れて来られた。今は、サクの命を狙われる心配はないと分かっているからだ。

「ローゼン殿、サク様。兄上が大変お世話になりました」

 マフディー王子の言葉に続き、ライラー姫も頭を下げる。

「別に何もしておりませんよ。働きたいという者を無理に止めるわけにも参りませんので」

 と、澄まし顔で紅茶をすするローゼン。それを見て微苦笑するサクも「わたしは なんの力にもなってないのでぇ……」と、両手を横に振る。

 ローゼンの後ろで控えて立つ番頭のトリンタニーなどは内心で

『王族をこき使えるのは、この人ぐらいだな』

 と、主であるローゼンのド厚かましさに呆れ、

『おまけに、これまでの食事代と警備費用を領主様にキッチリ請求されていたし……』

 西南の領主との対面の折りの遣り取りを思い出し、思わず顔に引きつり笑いが浮かぶ。ローゼンと西南の領主の力関係は『50万騎』の脅しで逆転したからだ。

 マフディー王子が内情を話す。

「実は、兄上の三人の娘たちですが、乳母たちも帰ってしまい、わたしやライラーの乳母が代理を務めておりまして、馴れるまで なかなか大変だったのです」

「え? 乳母も帰ったんですか……」

 と、驚くサクにローゼンが

「母親の実家に仕える人間だからだよ」

 と、説明し、それにマフディー王子がうなずく。

「我が王家では女に継承権はないので、彼女たちの乳母は王家側の人間ではないのです」

「権力者の親子というのは上下関係の方が強いからな。男児は継承権の順位で扱いも変わるし ──」

 というローゼンの言葉に、かつては継承順位が二位だったマフディー王子もうなずく。

「女児は容姿や頭脳が良ければ、嫁ぎ先で間者として使えると考えるだろう。特に、あの領主様の場合は」

 ライラー姫の顔が曇るのは、現実問題、ローゼンの言うとおりだからだ。

 ローゼンは腕組みして半ば同情的に言う。

「まぁ、言ってみれば、子供は政局の駒でしかない。子供の面倒だって、ほとんど乳母が見ているから、生みの親よりも乳母に懐いているなんて、よくある事だ。一般家庭のような親子とは違って、親子の情が希薄である事の方が多いかもな」

 そんなローゼンの言葉を聞いて、

『さみしいな……』

 と、思い、気持ちが沈むサク。情より権力に比重がある世界は冷たい。

 愁眉を見せるマフディー王子が

「上の二人などは親がいなくなる重大さを漠然と理解しているようで……」

 隣に座る妹のライラー姫と顔を見合わせると、ライラー姫が言葉を続ける。

「おねしょが終わっていたはずの8歳の子まで、また繰り返すようになってしまって……」

 それを聞いたローゼンとサクはまばたきすると、顔を見合わせて、大人たちの身勝手な都合で心を傷付けられた幼い子供たちに同情した。しかし、

「でも、カーミルお兄様がお戻りになったから、少しは落ち着くかと思います」

 と、ライラー姫の少しほっとした様子に二人は幾分、安心もする。

 そこへカーミル王子が幼い娘たちを連れて、マフディーのもとを訪れた。乳母たちも付いている。

「ぬいぐるみのお礼を言いたいと申すのだ」

 と、カーミル王子が言うと、8歳のアティーファ姫が歩み出てサクに近付き、猫のぬいぐるみを前に差し出して訊く。

「おねぇちゃまが選んでくれたの?」

「あ、はい」

「ありがとう」「ありがとゅう」

 8歳と5歳の姫たちのように3歳の姫は幼いので発音が拙いのが可愛らしい。それに思わずサクは微笑む。

「どういたしまして」

 その遣り取りを見て、微笑むライラー姫が幼い姫たちに

「良かったわね」

 と、声をかけ、幼い姫たちが「うん!」と、返事した。幼い姫たちの様子にカーミル、マフディーら城の人間だけでなく、ローゼンや番頭のトリンタニーも相好を崩す。

 だが、8歳のアティーファ姫の突然の発言で、

「おねぇちゃま。わたしの新しいお母様になって!」

『は… !? 』途端にローゼンの顔が凍り付いた。

「え…、えぇ!」

 と、一瞬、驚いたサク、あまりに大事おおごとゆえ、すぐに断ろうとした。

「そ…、それは、ちょっとぉ〜……」

「ダメぇ?」

 と訊くアティーファ姫に続いて、5歳のアミーナ姫と3歳のウルファ姫も、サクとは初対面にもかかわらず、

「いいな〜、わたしもぉ〜!」

「あたちも〜!」

 と、かなり乗り気だ。

 困惑するサク。父親であるカーミル王子が姫たちを たしなめる。

「これこれ。お前たち、サクを困らせてはいけない。サクにはローゼンがいるのだ」

「申し訳ありませんね? お姫様方」

 ローゼンが片膝を突いて姫たちに謝る。

「ふ〜ん……」

 じろじろとローゼンの顔を見て、アティーファ姫が訊ねる。

「あなたが、おねぇちゃまのお婿さんになるの?」

「ええ。そうですとも」

 と、微笑んで答えるローゼンだったが、姫に

「あなた、どこの国の王子様なの?」

 と、勘違いされて「は?」と面喰らう。カーミル王子が8歳の娘・アティーファに言う。

「ローゼンは王子ではない。商人だ」

「えっ! 商人 !? 」

 アティーファ姫、お目目をいっぱいに見開いて驚いた。彼女の頭の中では商人と言えば、絵本で見た でっぷりした太鼓腹のオジサンのイメージでしかない。

『お父様より かっこいいのに、王子様じゃない!』

 驚きのあまり固まる8歳の姪っ子・アティーファに、マフディー王子が愉快そうに言う。

「しかも、商人は商人でも恐ろしい盗賊を蹴散らす『武闘派商人』なのだよ?」

「子供にそんな物騒なあだ名を教えないで下さい、マフディー様!」

 面白がるマフディーにローゼンが抗議する。

「ぶとうって、なに? 食べ物?」

「え、え〜と、それは、その……」

 訊ねる5歳のアミーナ姫に乳母たちが戸惑う。そんななか、3歳のウルファ姫がちゃっかり

「だっこー!」

 と、サクの膝の上に乗ろうとするので、思わずライラー姫の方を見るサク。ライラーは笑顔でうなずき、乳母の一人も「ぜひに」と言うので、サクは乳母の手で膝に乗せられた小さなウルファ姫を抱きかかえた。

 すると、

「あー! ウルファ、ずるーい!」

「いいな〜、わたしもぉ〜!」

 アティーファ姫とアミーナ姫もサクに寄って行く。

 アティーファ姫とアミーナ姫の頭をなでるサクにライラー姫が言う。

「サク様は子供に懐かれやすいのですね」

「ど、どうでしょう…? 普通だと思いますが。というより、わたしが子供っぽいからかも」

「おままごとしよう?」

 と、サクの手を取ってせがむアミーナ姫に

「おままごとって、何をするの?」

 お姫様のする “おままごと” が どんなものなのか想像も付かないサクが訊ねる。しばし「う〜ん」と、ほっぺに人差し指を当てて考えたアティーファ姫が提案する。

「結婚式ごっこは?」

「うん!」

 それにアミーナ姫は大賛成。「えっ!?」と驚くサクの膝の上では、ウルファ姫が意味も分からず楽しそうに手を叩く。

「仕方ない。付き合うか」

 と、微笑むローゼンに釣られて笑うサク。彼女は

『ローゼン、子供に優しいなぁ……』

 と、純粋に思い、ローゼンの事を疑っていない。

「わたしが神官様の役をするから、おねぇちゃまは東洋のお姫様で花嫁さん、ローゼンは西洋の王子様で花婿さんね?」

 アティーファ姫が張り切って仕切るが、なぜかローゼンは呼び捨てである。

 並んで立つローゼンとサクの前に神官役のアティーファ姫が立つ。アミーナ姫とウルファ姫は参列者の役だ。

 アティーファ姫がすっかり神官になり切って、ゆっくりと厳かな口調で喋り始めた。

「汝、病める時も健やかなる時も、富める時も貧しき時も、常にこの者を愛し、守り、慈しみ、支え合う事を誓いますか?」

 小難しげな言葉を口にする娘のアティーファに、カーミル王子が呆気に取られる。

「あんな言葉、どこで覚えてきたんだ?」

 それにライラー姫が楽しそうに答える。

「お忍びで観たお芝居のセリフですわ」

 そこへ乳母の一人が事情を話す。

「アティーファ姫とアミーナ姫が塞ぎ込んでいましたので、気晴らしにと、ライラー姫が街へ連れ出したのです。そのお芝居がラブロマンスでしたので、結婚式の場面を覚えたようでございますね」

「ウルファ姫には お城でお昼寝して頂きました。まだ、お小さいので」

 と、別の乳母。彼女がウルファ姫のお昼寝に付き合ったようだ。

「そうか……」と、つぶやくカーミル王子は

『自分が落ちぶれた事にだけ気を取られて、子供たちに淋しい思いをさせてしまった』

 と、反省する。

『母親たちに捨てられて、つらい思いをしたからな』

 と、幼い姪たちを慮るマフディー王子だったが、ふと眉根に皺を寄せて、妹のライラー姫を見る。

「でも、まだ子供には早いんじゃないか? ラブロマンスだなんて」

「そんな事ありませんわ。恋愛劇は女の子なら、みんな好きですもの!」

 両手を握り合わせ、キラキラとした瞳で力説するライラー姫。

 父親のカーミル王子は

「芝居なら城に役者を呼べば良いではないか。城の外に出すなんて危険だ」

 幼い娘たちの身を案じて言うが、ライラー姫が反論する。

「ちゃんと護衛を付けてます。それに王族の前でするお芝居なんて、忖度だらけで面白くありませんわ。いつも王様や王子様が主人公で悪を倒して終わるんですもの。それに比べ、庶民が見てるお芝居は奇想天外なストーリーで面白いし、流行りの歌とか服とかも分かって楽しいんですのよ!」

 そんな事を言い合っている間に、ローゼンとサクが神官役を務めるアティーファ姫に「では、誓いのキスを」と促された。顔を見合わせるローゼンとサク。

 そこへ慌ててカーミル王子らが止めに入る。

「ア──ッ!! 待て待て!」

「こ、子供に見せるには、まだ早い!」

 父と叔父に止められて「ぷぅ」と、ほっぺをふくらませて不機嫌なアティーファと、「つまんなーい」とアミーナ。ウルファは姉たちをなだめる乳母らや他の大人たちの様子を見て首を傾げた後、深刻な様子ではない事だけは理解したのか、楽しそうにニコニコしている。

「ご、ごめんなさい。お芝居に西洋の結婚式の場面があったのを覚えていたみたいで……」

 ライラー姫の謝罪にローゼン、しれっと言う。

「なに、子供のままごとです。気にしてませんよ」

 しかし、

「どうせ、フリだし」サクにあっさりと言われ、

「やっぱり、……フリなんだ」

 サクの反応が想定内であっても落ち込むローゼン。

 そんな二人を余所よそに、カーミル王子は「他の遊びにしなさい」と娘たちに促し、マフディー王子は妹に言い渡す。

「ライラー。今後、お忍びは禁止だ!」

「ええ──ッ! そんなぁ〜……」



 その後もボール遊びに鬼ごっこと、姫たちの遊びに散々 付き合わされたサクたち。真っ先にバテたのは子供の姫たちでなく、大人のサクだ。

「さすがに休ませてあげて下さい。姫様方」

 まだ遊び足りない様子の元気いっぱいな三人にローゼンがお願いする。

 乳母らに促され渋々「じゃあ、また後で遊んでね」と退出する幼い姫たちに、ソファーの上で横たわったサクが「また、後で」と手を振った。

 マフディー王子やライラー姫、カーミル王子も気を利かせて退室し、番頭のトリンタニーは別の客室へと案内され、二人っきりになったローゼンとサク。

 跪いたローゼンはサクに優しく問いかける。

「少し休んだら、おいとましようか」

「うん」

「今更だけど、ホントに体力ないな」

 と、笑うローゼンに、サクは「あははは……」と力無く笑い返すと、天井の方を見つめて、

「アティーファちゃんぐらいの年齢としの頃もこんな感じ……」

 と、自らの子供時分を話し出す。その瞳はどこか遠くを見るように虚ろだ。

「二つ三つ下の子たちと遊んでても、先に、わたしの方がバテちゃう」

「え……」ローゼンは言葉を失った。

「だからぁ、同い年の友達と遊びたくても迷惑かかるから、あんまり遊べない。あんまり情けないから、頑張って体を鍛えたりした事もあったけどぉ、病気とかで しばらく休むと、すぐに体力落ちて元に戻っちゃう」

「………」

 サクの抱える事情に沈黙し、哀れみの色を顔にたたえたローゼンは内心で

『サクに体力がない事は分かってはいたが、子供の頃はもっと ひどかったのか』

 と、驚き、同情する。

 サクの視線がローゼンの方へ戻り、微笑む。

「今は風邪引きが減った分、マシかな? 前みたいな、特別な鍛え方はしてないけど、今の方が、体力は少しだけ上がってる気がする。子供たちの遊びにも、前よりは長く付き合えてるかも」

「そうか。それは良かった」

 と、ローゼンもサクの為に微笑みで返した。

「あ、お水……」と、立ち上がろうとするサクを「あぁ、いい」と制止して、ローゼンが水差しのあるテーブルに向かう。水を注いだグラスをソファーに座るサクに手渡す。

 サクの「ありがとう」の言葉に微笑みで返したローゼンは椅子をサクのそばへ動かし、後から自分も座って水を飲んだ後、サクが子供たちと遊んでいた時の光景を思い出して感想を言う。

「それにしても、サクは子供が好きなんだな」

「そ、そぉお?」と、意外そうな顔をするサクに、

「え? 自覚がないのか」ローゼンは驚く。

「好きとか嫌いとかより、責任が重いなって思う。わたし、頼りないから……」

 グラスの中を見つめて しょんぼりと うつむくサクに、ローゼンはどこか優しく、それでいて、どこか神妙な面持ちで言う。

「君は大人だな」

「そう?」

「そうだよ。子供は責任なんて感じない」

「う、うん。それもそうか……」

「でも、君の場合、あまり気にするな。子供は独りで育てるものじゃないと思うけど」

「まぁ、そうだけど……」

 それでも、どこか釈然としないサクはひとまず水を飲み干すと、「ありがとう」とグラスをローゼンに渡して、再び横になる。ローゼンはグラスをテーブルに戻すと、サクのそばに戻った。

「ところで、サクは子供、欲しい?」

『なんで急に、そんなこと訊くんだろう』と、思いつつも、サクは素直に答える。

「どうかな。体力ないし、産める自信も、育てる自信もないから、よく分からない。ローゼンは? やっぱりぃ、跡取りだから欲しいよね」

「いやぁ、どうかな」

 と、頭をかくローゼン。

「子供は天からの授かり物だしな」

意外いがぁい

「世の中、欲しいと思っても出来ない事もあるからさ」

 ローゼンの言葉を聞いて、「うん……」と、うなずきつつ、サクは旅先で出会った人たちに思いを馳せる。

『そう言えば、夫婦仲が良くても子供のいない人もいたなぁ』

 ローゼンは自分の結婚観を語った。

「まぁ、人によっては正妻と別れずに妾に産ませる人もあるが、俺には そこまでは出来ない。自分が本当に好きで結婚した相手を切り捨てたり、蔑ろには出来ないかな」

「ふうん……」

 サク、自分は結婚とは無縁だと思っているので、ちょっと他人ひとごとと思って聞いている。

 何を思い付いたか、ローゼンが どこかの昔話を始めた。

「そうだ。こんな話がある。ある男は妻との間に子が出来なくて、とうとう離縁した。そして、別の女を妻にしたが、それでも子は出来なかった」

「え、どうして?」

「ところが、別れた前妻は別の男と再婚し、たくさんの子宝に恵まれたそうだ」

「あ……」

「そう。原因は女にではなく、男にあったんだ。皮肉な話だろ? なんでも自分の思い通りにいくとは限らないさ、世の中なんて」

 ローゼンは暗に自分は子供にこだわっていない事を伝えたかった。

「でも、ローゼンのお仕事は誰が継ぐの?」

「それは血のつながりがなくても、素質や能力があれば誰でもいいんだよ」

「そうなんだ」

「まぁ、性格というか、『人柄』も大事だけどね」

「うん……」

 ローゼンの「人柄」という言葉に、サクは深くうなずくように答えた。そこに彼女の価値観が表れている。

「仕事の事は別として、どうしても子供が欲しいとなれば、養子を取るかもしれない」

「なんで?」

 ローゼンはサクの目を見て言う。

「想い人が体の弱い人だからね」

「え……」

 サクは絶句した。自分のような弱者を配偶者にする事は相当の覚悟が必要になると、彼女自身が分かっているからだ。それだけに深刻な面持ちになる。

 ローゼンは椅子から離れ、跪くと、サクの手を握った。

「もし、妻がどうしても産みたいと言えば、い医者やい産婆を探して来てやる。乳母なり家政婦なり、必要とあらば、なんでも用意してやるよ」

 力を込めて、そう宣言するローゼン、はたと気付いて決まり悪げに謝る。

「あぁ、ごめん。疲れてるのに、喋り過ぎたな」

「ううん。大丈夫。体は疲れてるけど、頭が起きてるから。少し横になって休めば、回復すると思う」

 そう言って、サクは目を閉じた。

「ええなぁ。ローゼンの想い人が羨ましい。そこまで大事に思うてもらえて……」

 疲れのせいか、最後は古里の言葉でつぶやいていたサク。

「サク……」

 と、ローゼンもつぶやき、何か言葉を続けようとしていた。


 実は扉の隙間から覗いていた目があった。

「何を喋っているのかしら。遠くて聞こえないわ」

 二人が広い部屋の奥のソファーにいるので、聞こえずに もどかしく思っているライラー姫に、

「お前、いいかげんにしろ」

 と、たしなめたのはマフディー王子だ。

「あら。みぃんな気になって残っているんじゃない」

 ライラー姫の視線の先にはカーミル王子と三人の娘たちもいる。

「それはそうだろう。必要ないとは言われたが、もし、医者が必要な事態になったら、すぐに対応しないと……」

 と、カーミル王子はそれらしい言い訳をするが、

「心配ございません。ローゼン様が付いておられます。サク様に何か異状があれば、すぐに人を呼びましょう」

 と、番頭のトリンタニーもいた。

「キスするかなぁ?」

「恋人同士なんだし、絶対するよぉ」

 などと、期待をふくらませるアミーナ(5歳)とアティーファ(8歳)。彼女たちは お芝居の主人公たちを見ている気分で、ローゼンとサクのキスシーンを待っている。

 そのように皆が声を潜めていた中、

「ウー、おしっこ行きたぁ〜い!」

 ウルファ(3歳)が大声を出してしまった。乳母の一人が慌ててウルファを連れて行く。

 突然の事に、ギョッとして扉の方を見たローゼンとサク。

 バレてバツ悪げに姿を現し「あははは…」と、ごまかし笑いを見せた面々に対して、最後の言葉をサクに言いそびれたローゼンが半ば怒ったような呆れ顔で言う。

「何やってるんですか。そろいも、そろって……」


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