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15-ⅲ)羽ばたく〜スペアの役割

「急募! 女用心棒」

 最近、カラヤ商店の表にそんな貼り紙がされている。それはサクが三羽烏たちに絶縁を言い渡した翌日からだ。

 ある日、ローゼンが店の玄関にある商談スペースである男と会っていた。

「女の用心棒を探せばいいわけか」

 と、男はローゼンに依頼内容を確認した。

「そうだ。礼は弾むよ、シド」

 シドと呼ばれた男はローゼンの頼みを引き受けた。

「よし! この俺に任せとけ! 探し出してやるよ」

 シドが胸を叩いたところへ、奥からサクがローゼンを呼びに出て来た。

「ローゼン……」

 と、声をかけて、すぐに来客と話し中と気付き、

「あ、お話し中、ごめんなさい。こちらは後でいいので……」

 「失礼します」と下がろうとすると、ローゼンが椅子から立ち上がる。

「ああ、もう、終わったところだ。じゃあ、シド、よろしく頼む」

 手でサクの肩を抱き寄せて、さっさと店の奥へ去ろうとするローゼンをシドが引き止めた。

「ちょっと来い、ローゼン!」

 サクからローゼンを引き離すと、シドは「ひそひそ」と耳打ちする。

「今の女があれか、最近、噂になってる お前の恋人か?」

 と、訊くシドに、ローゼンが答える。

「なんだ、お前の耳にも入ってたのか」

「俺を誰だと思ってんだよ。遠縁とは言え、俺もカラヤの縁戚だぞ。しかも、あちこちのカラヤ商店に頻繁に出入りしてんだから、情報なんざ、すぐだよ、すぐ」

 ローゼンの遠縁のシド、さらに訊ねる。

「女の用心棒を探してるってのも、あの女の為か」

「ああ」

「ふーん……」と、シドは、うつむき加減で おとなしくローゼンを待つサクをチラリと見遣みやると、ローゼンに一言。

「このバチ当たり」

「はあ !?」なんの事かと驚くローゼン。

「お前、絶対にバチ当たるぞ。あんなキラキラ〜とした清い女に手ぇ出して、只で済むわけねぇだろ。俺なんか指一本さわれねぇ」

 などと言うシドをローゼンは「じろり」と横目で見て、

『惚れたのか』

 と、警戒する。

「ともかくだ。彼女の為の用心棒探し、早めに頼む」

「わ、分かってるよ」

 ローゼンは早めに話を切り上げて、サクと店の奥へ消えた。去り際にサクがお辞儀をしたので、シドは照れながら右手を挙げて応じていた。

「しゃーねぇな! このシド様が全力でチャッチャッと探してくっか!」

 シド、張り切ってカラヤ商店を出た。



「え? 今の人、探偵さんだったの?」

 廊下を歩きながら、ローゼンから聞いて驚いたサク。

「俺の遠縁で、時々、人探しや身辺調査を頼む事があるんだ」

「凄ぉい! 物語の主人公みたぁい」

 と、好奇心から瞳をキラキラとさせるサクに、ローゼンが妬く。

「探偵と言っても、実際はそんな物語の主人公みたいな派手な仕事じゃないよ。身辺調査や身元調査で情報を集める為に、あちこち駆けずり回ったり、張り込みしたりして調べ上げる地味な仕事さ」

「へー、大変なお仕事なんだね。凄いねぇ」

 しかし、サクは感心するので、

「そ、そうだな。大変な仕事ではあるな」

 と、複雑な思いのローゼン。

 戸が開け放されたあるじ用の部屋では、ルークの他にレイ、モー、ヒカル、カヲルが待っていた。部屋の空いた場所に新しく机や椅子が並べられている。ヒカル、カヲルも習字に参加するのだ。レイは和の国の東訛りを、モーは央華の言葉をローゼンやルークに教え、サクはルークやヒカル、カヲルの習字を担当する。

「来たか、ローゼン。じゃあ、始めるか」

 レイの掛け声で勉強が始まった。



 「急募! 女用心棒」の貼り紙はカラヤ商店だけでなく、他の店にも貼らせてもらっていた。そのうちに、それを見た何人かの体格のいい女たちがカラヤ商店を訪ねて来た。

 店の裏の倉庫の敷地に通されたのは、五人の腕に覚えがありそうな女たち。カラヤの人足たちが彼女らを物珍しげに眺めるので、彼女たちは不愉快そうに神経をピリピリとさせていた。

 しばらくして、主のローゼンと共に、ルーク、レイが現れた。容姿の美しい彼ら三人を見て、彼女たちは「うっとり…」と見とれる。

『きっと、この方々の護衛として雇われるに違いない』

 と、何も知らない彼女たちは思い、鼻息荒く張り切った。

 人足頭兼警備隊長のガナンが女たちの前に出る。

「まず、手始めに体術から見せてもらおうか。ハッサン!」

 ガナンが人足の中から玉葱頭のハッサンを呼んだ。ローゼンとルークの兄弟子である彼に五人まとめて相手をさせるのだ。

 体格のいい女たちに囲まれたハッサンだが、わりとあっさり倒してしまった。

「ハッサンは強過ぎだろう」

「かわいそうに」

 と、人足たちの中からそんな声が上がったが、当のハッサンは

「そんな可哀想な事してねぇぞ! 手加減して軽い張り手だからな。グーで殴ってないぞ!」

 と反論する。

 ローゼンは腕組みして唸った。

「うーん……。もう少し、ハッサンをてこずらせて欲しかったなぁ」

「なかなか難しいな。見つかるかなぁ……」

 と、ルークも頭をかく。レイは

「せめて、うちの妹…じゃなかった、あの三羽烏と渡り合えるレベルは欲しいな」

 縁を切った元妹たちに負けない強者つわものを求めていた。

 合格者は無しという事で、五人の女たちには引き取ってもらった。彼女たちがガックリと肩を落として、すごすごと帰って行ったのは言うまでもない。



 ある日、取引先を訪問中のルーク。

「では、このサイズの織物を追加注文という事で承りました」

 商談が一区切り付いたところで彼は顧客である店主から

「いや〜、ルークさん。なんだか、お兄さんに似てきましたね〜」

 そんな事を言われた。

「え? そうですか?」

「物腰の柔らかいとこなんて、ローゼンさんにそっくりだ。やっぱり、兄弟ですねぇ……」

 ローゼン、まっとうな相手に対しては物腰が柔らかいのだ。

「そんなお世辞言っても負けませんよ?」

「いや、そんなつもりで言ってるんじゃありませんよ。まぁ、今だから言うけど、去年までのルークさんは自信満々な態度が妙に強がって見えてた」

 彼は以前のルークの姿を思い出す。


「お任せ下さいッ!」

 と、胸を叩いて調子良く引き受けるような所があったのだ。


 店主からの意外な言葉に思わず目を見張ったルーク。

「え……、そうなんですか?」

「まぁね。未熟な分、気負きおいもあったのかな。今はしっかりしてきた分、余裕が出たのかなぁと」

「はぁ……」

 と答えつつ、

『兄さんへの屈折した対抗意識が無くなった分、肩の力が抜けたってのはあるけど、人って、結構、見てるもんだなぁ……』

 内心でルークは恐れ入った。

「これで補佐役のあなたもしっかりしてきたから、カラヤ商店は安泰ですな。さぞかし、お父様もご安心でしょう」

「そうですかね?」

 ルークはお世辞と思って苦笑いする。が、店主の反応は思っていたのとは違った。

「そりゃ、そうですよ。跡継ぎだけで店は回りませんからね。うちだって、せがれがいますけど、あいつ一人では どうにもなりませんよ。番頭の息子がサポートで入ってくれてるから、助かっているんです。ゆくゆくは あの二人がうちの店を引っ張っていく事になるでしょう」

「そうですか」

 店主と共に、店の奥で何やら相談している次期店主と次期番頭の若い二人の姿をルークも温かい目で見る。

せがれたちの代になっても、どうぞ、ご贔屓ひいきに願います」

「いや、こちらこそ」



 ルークが外回りに出ていた間に、カラヤ商店に訪問者があった。それは数名の供を連れたマフディー王子だった。表向きは数名だが、店の外には一般人に扮装した目付きの鋭い護衛がゴロゴロといる事に、カラヤ商店の人足たちも気付いていた。

「全く、物々しいな……」

「目付きでバレバレじゃん」

「あ! あれも軍人だな。そこに隠れてるのも、そうだ」

「西南のお世継ぎだからなぁ。護衛の数も多くなるわな」

「それより、お忍びで一体なにしに来たんだろ?」

「さぁな」

「兄貴を迎えに来たんじゃねーの?」

 変装していても一般人と軍人の区別が付く、そんな彼らも元軍人や傭兵である。


 カラヤ商店のあるじ用の部屋に通された西南の第二王子で世継ぎのマフディー王子はローゼンと面会する。当然、王子も一般市民の服装だが、生地が良いので金持ちの息子と言った風だ。

「ローゼン殿。兄上の事では申し訳ありません」

「いえ。わざわざお越し下さり、恐縮でございます」

 挨拶を交わした後、ローゼンはマフディー王子に「どうぞ、お掛け下さい」と、ソファーを勧める。王子が座り、その左右と背後に数名の従者が立ち並ぶ。

 ローゼンが茶を用意させようとすると、マフディー王子が「いや、長話にはなりません」と断った。

「わたしも、一日やそこらで すぐに戻って来るだろうと踏んでいたのですが、思いのほか 長いので、様子を見に参ったのです」

 と言うマフディー王子にローゼンは着席するよう促され、おもむろに対面する席に腰を下ろすと、カーミル王子の近況を報告する。

「そうでしたか。わたくしも すぐにお帰りになると思っていたのですが、計算違いでした。しかも、カーミル王子の働きぶりには感服いたしております」

 それを聞いたマフディー王子が驚きの声を上げた。

「な、なんと! あのプライドの高い兄上が本当に働いておられるのですか?」

 王子の従者たちも思わず顔を見合わせた。「おや? てっきり、ご存知かと」

 ローゼンが人の悪い笑みを浮かべて言うので、マフディー王子が慌てて否定する。

「そ、それは父上の密偵です。わたしは中立なカラヤ家にそのような事は致しません!」

「ハハハ。左様ですか」

 と、爽やかに笑うローゼンだが、どこまでも食えない男である。それだけに、王子の従者たちも冷や汗をかく。

 気持ちを切り替えて、マフディー王子が話を続ける。

「わたしは兄上の事ゆえ、てっきり居候しているものとばかり……」

「全てを失った今のカーミル王子には、プライドも無用になったのでしょう」

「変われば変わるものですね」

「ええ。全てを失った時にこそ、その人の本質が見えてくるものです。カーミル王子は存外、素直な方であったようです」

 ローゼンのその言葉に、マフディー王子は顔に安堵の色を浮かべた。それはしんから いがみ合っている兄弟のようには思えないものだった。

 マフディー王子がローゼンに訊ねる。

「兄上は城に帰る気はあるのでしょうか?」

「まだ当分、お帰りになる気はないようです」

「…そうですか。今、兄上は仕事で?」

「はい。お立場上、表立った所では困りますので、店の中で掃除や荷運び等の雑用をお任せしておりますが、最初は不慣れだったのが、店の者の手本になるぐらいの働きぶりです」

「そうですか……」

「お呼び致しましょうか?」

「いえ、会わずに帰ります。わたしたちは兄弟とは言え、腹違いである上、跡目を争う立場にあった身。あまりに隔たりが大きいので」

 そのように伏し目で言うマフディー王子の表情は暗い。

「承知いたしました。この事は内密にしておきます」

「頼みます」

 と、答えたマフディー王子は「それにしても」と続ける。

「兄上の事といい、何から何までローゼン殿には感謝しかありません。エミネの事も」

 マフディー王子は敵国・西部から第一王女エミネを妃に迎える事になっている。二人が見合いするよう西部と西南部の王に勧めたのがローゼンだ。

「大した事ではございません」

「いえ、仲人をしてくれた事だけでなく、仲人がローゼン殿だった事も含めてです」

「は?」

 さすがのローゼンも なんの事かと面喰らう。

「実は、わたしの婚約が決まった当初、幾つか噂を耳にしました」


 春の花々が咲く頃、仕事休憩でオープンカフェに集まっていた人たちが話していたのを、お忍びで来ていたマフディー王子が客の一人に紛れて聞いていた。話題はマフディーの婚約話に移った。

「なんか、第二王子と西部のお姫様が婚約したらしいよ」

「えー! 敵国のお姫様なんて嫌だわぁ」

「でもよぉ、西部の王女を推したのはローゼンだって言うぜ?」

「ローゼンが推すんなら、間違いないだろう」

「じゃあ、悪い人じゃないって事?」

「まぁ、そうなるよな」

「ローゼンさんなら信用できるから、心配ないわよ」

 その中にはローゼンを知る者もいたらしく、彼の信用によって西南の領民のエミネ姫への印象は悪くはならなかった。むしろ、この婚姻で余計な争いが無くなるのではという期待の方が大きかった。

 西南は5年前の戦で西部の国境の一部を勝ち取ったが、戦死者がいなかったわけではない。軍人だけでなく、現地周辺の西部、西南部両国の住民も巻き込まれているので、勝った西南部でも単純には喜べないのが現実だ。


「領民たちのエミネへの印象も悪くなく、この結婚を機に平和が続く事を望んでいる者が多いようなのです」

「それは良うございました。しかし、それは わたくしの力ではございません。あくまで時の運です。今後、それを生かすも殺すも、あなた様次第でしょうな」

「肝に銘じます」

 マフディー王子は神妙な面持ちでローゼンに答えると、兄・カーミル王子の事で再度、頭を下げた。

「では、ローゼン殿。申し訳ありませんが、兄上の事、もうしばらくお願い致します」

「はい。頃合いを見て、お城へお返し致します」

 ローゼンの言葉にうなずくと、

「それでは、わたしはこれで」

 マフディー王子は早々に帰った。



 ルークが外回りから戻って来た頃、ローゼンとカーミル王子が主用の部屋で話していた。それをルークが立ち聞きする。

 仕事の報告で訪れたルークだったが、ノックする前にカーミル王子の声が扉越しに聞こえたので、その手を止めたのだ。音を立てずに、ほんの少し扉を開けて聞き耳を立てる。

「マフディーが来ていたのか?」

 先程までマフディー王子が座っていたソファーにカーミル王子が座り、ローゼンと対面していた。

「お気付きでしたか」

 バレたところで大して問題ないと思っていたので、ローゼンの返事は なんの動揺もなく、落ち着いたものだった。

「顔を隠していても分かる。すれ違いざま、独特の香水の匂いがしたからな」

 マフディー王子が帰る時、偶然にも廊下でカーミル王子とすれ違っていたのだ。フードをぶかに被ったマフディー王子と従者たちにカーミル王子は最初、カラヤ商店へ訪れた客人と思い、立ち止まって会釈をした。その際に、香水の匂いに気付いたのだ。

「ほぅ…」

 愚鈍なカーミル王子の意外な一面に驚き、ローゼンは軽く目を見開いた。

「あれは何か言っていたか?」

「これと言ったお話はなさいませんでしたが、馴染めない生活ではないかと、ご心配なさっているようではあります」

「ふーん……」と、半信半疑なカーミル王子。

「色々あっても、兄弟として、ご心配なのでしょう」

 ローゼンはまだ、当たり障りのない言葉を選び、カーミル王子の様子を見る。

「兄弟か……。厳密に言うと、わたしは一人っ子だ。他の兄弟は皆、腹違いゆえ、どうしても母親とその実家の思惑が絡んだ権力闘争の当事者になる。かく言う わたしもその状況に流されて生きてきたが、今となっては後悔している」

 しばらくカラヤ商店に身を置き、腹に何も持たぬローゼンたちと交流を持つうちに、カーミル王子は心を開きやすくなったのか、自らの境遇を語り始めた。

「マフディーが生まれたばかりの頃は、わたしも幼かったのでな、単純に『弟が出来た』と、父と共に喜んでいたのだが、生まれたのが女児でないと知った途端、母は顔色を変えた。『あんな者は跡継ぎの座を狙う泥棒だ』と言い出し、母に言われるままに、わたしも いつの間にか、あれの事を敵視するようになっていった ──」

 カーミル王子は幼い頃の記憶を思い起こした。


 よちよち歩きのマフディーがカーミルに

「あ〜にぃ〜」

 と、つたない喋りで近付いて来て、マントを引っ張った。それをカーミルは

「触るな!」

 と、振り払ったので、尻もちを付いたマフディーが泣いた。幸い、マフディーは頭を打たずに済み、すぐにマフディーの乳母が駆け寄って、なだめた。

 だが、最悪なのは その後だ。マフディーの侍従たちがカーミル王子を問題視したのは仕方のない事ではあったが、カーミル王子の母親やその取り巻きたちが

「悪いのは身分をわきまえないマフディーの方だ」

 と、幼子相手に道理の通らぬ事を言って騒ぎを大きくしたのだ。それが為に、カーミルはマフディーに謝り損ねた。

 その件については、父王が「どちらも幼子のした事じゃ。不問に致せ」と収めたが、その後も両者の険悪な関係が解消される事はなく、現在に至った。


「可哀想な事をした……。あれだけは、今も忘れられぬ」

 と、苦い過去を振り返るカーミル王子はうつむいて、こう言った。

「あの後も、周囲の大人たちの思惑もあり、わたしとマフディーの隔たりは ますます大きくなってしまった。戻れるのなら、あの頃に戻ってやり直したい……」

 カーミル王子はざんするように膝の上で両手を握り合わせていた。

『それが心のとげとなって残っているのか……。彼は案外、まともな人だな』

 ローゼンはカーミル王子に対する評価を改め、

「戻れる事はないでしょうが、これから関係を変える事は出来るでしょう」

 そう励ましたが、

「ハハハ……。しかし、あれが どう思っている事か」

 と、カーミル本人は後ろ向きだ。

「ご自身が思っているほど、弟君は悪い印象を抱いていないかもしれませんよ?」

「そうだといいのだが……」

 溜め息を一ついた後、カーミル王子が言う。

「仮に関係が変わったところで、結局、私にはスペアとしての道しかないのだろうな」

 卑屈な笑みを浮かべるカーミル王子に

「カーミル王子!」と、ローゼンが語気を強めた。彼は真剣な眼差しで王子に説く。

「スペアを跡継ぎの代わりだと軽んじて言う者もおりますが、それは とんだ誤解です」

 ローゼン、長い脚を組み替えて話を続ける。

「わたくしは今でも『若旦那』と呼ばれてはおりますが、五年前からカラヤ家とカラヤ商店の実権を父に譲られ、事実上のトップです。つまり、弟のルークが わたくしのスペアになるわけです」

 話が自分の事に及び、扉の隙間から聞くルークの体にも力が入る。

 ローゼンはカーミル王子に向かって言う。

「ルークは普段は わたくしの補佐として動いておりますが、わたくしに何かあれば即座に代わりとして陣頭指揮をらねばなりません」

「陣頭指揮……」

 ローゼンに言われて気が付いたカーミル王子がつぶやいた。

「そうです。スペアとは補佐としての能力だけでなく、リーダーの能力も必要とされるという事なのです」

「という事は、こんなもの、優秀な者でなければ務まらないではないか」

 今更ながら驚愕するカーミル王子。扉の向こうで聞いているルークもプレッシャーを感じ始めた。

 しかし、ローゼンはごく当たり前のように、さらっと言ってのける。

「まぁ、そういう事です。人をスペアと馬鹿にしたり、あわれんでくる者たちの方が よほど愚かなのです。それに何より、スペアも一朝一夕で育つものではないのですよ。スペアにも跡継ぎと同様に、それなりの下積みと能力がなければなりません」

 気後れするカーミル王子から一瞬だけ扉の方を見遣みやって、視線を再び正面のカーミル王子に戻すと、ローゼンは続ける。

「言ってみれば、スペアは組織のかなめ。そのスペアが優秀であれば、組織は安泰なのです。我がカラヤ商店ではスペアの重要性を充分に理解している為、ルークを馬鹿にする者など誰もおりません」

 と、ローゼンはハッキリと言い切る。そして、自分の家族の思いを語った。

「そもそも、父も母も、祖父も祖母も、わたくしも、家族は皆、彼を只のスペアだとは思っていませんし、スペアだからとあわれんでもいません。彼も大事な家族だからこそ、ルークには誇りを持って堂々と生きて行ってほしいのです」

 ルーク、兄ローゼンの言葉に「じーん……」ときて、目頭が熱くなる。

『兄さん、そんな風に思ってくれていたのか』

 だが、

「むしろ、ルークには もっと、しっかりしてほしいぐらいですな」

 腕組みする兄は厳しかった。

『ウゥッ! ごめん、兄さん。頑張るよ』

 ルークの目からにじみ出た、さっきの涙が止まる。

「まぁ、最近は あれも、だいぶ変わってきたので、期待はしていますがね?」

 扉の向こうのルークの存在を知ってか知らずか、ローゼンはウィンクをして、弟ルークの事をそう言った。

 ローゼンの言葉に目から鱗が落ちた思いのカーミル王子。

「スペアについて、お前たちは そのように考えていたのか。わたしには そのような考え自体が無かった」

 だが、今度はスペアである事にプレッシャーを感じ始めた。

「しかし、今のわたしで、そんな大役が務まるだろうか……」

 そんな彼をローゼンが励ます。

「王子。最初から完成された者など、この世には おりません。成し遂げようという『情熱』を持って試行錯誤を繰り返していれば、自ずと、あなたなりのスペアとしてのり方が見えてくるはずです」

「わたしなりのスペアとしてのり方か……。見つかるといいな」

 と、つぶやいたカーミルは

「きっと、見つかります」

 ローゼンの明るい眼差しと力強い言葉に背中を押された思いがした。それは山頂から昇る旭を見ているかのような気分だった。

 カーミル王子は一度、まばたきをした後、目を閉じて軽くうつむくと、再び顔を上げた。

「……そうだな」

 その顔には微かに笑みがこぼれていた。それを見届けると、ルークは そっと、その場から立ち去った。


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