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15-ⅰ)羽ばたく〜絶縁

 レイとサクはヒカル、カヲル、モーと共にカラヤ商店で厄介になる事にした。それをローゼンは快く承諾してくれた。

 ひとまず応接室に通されたレイたち。

「部屋割りはどうしようか?」

 と、ルークが希望を訊いてくれたが、

「わたしらは雇われ者なんで、人足用の宿舎でも構いませんよ」

 と、レイに御者として雇われているモーがそう答えたので、ヒカルが『ゲッ!?』という顔をした。彼は厚かましくも上等な客室に泊めてもらえると思っていたからだ。

「僕も」と、言ったカヲルは

「モーさんと同部屋でいいですよ。な? ヒカルぅ?」

 と、同意を求めるので、ヒカルも

「お、おお……」

 と、答えざるを得ない。ヒカルの様子を見て、ローゼンが

「無理をしなくてもいいぞ?」

 と、年長者のモーに向かって言う。

「いや、無理なんかしてませんよ。酒場でちょくちょくカラヤの人足さんたちと乾杯するぐらい仲がいいんですよ、わたし」

 モーがそこまで言うので、ローゼンも

「じゃあ、彼ら三人は人足たちと泊まってもらうか」

 と、意向を呑んだ。

 レイとサクは客室をそれぞれに宛てがわれた。

 話が決まったので、「一度、仕事に戻る」と、ローゼンが応接室を出ると、レイが追いかけて来た。

 レイがローゼンに金のしおりのような札を返そうとする。

「宿を引き払ったし、返すよ」

 星を二つ重ねた紋章 ── カラヤ家の『二重星ダブル・スター』が刻まれている割引札だ。サクが人買いに狙われたので、カラヤの系列店の安全な宿に安く泊まれるようにローゼンがレイに渡した物だ。

「長い間、すまなかった。それと、ここに泊めてもらう宿泊代だけど ──」

「いや、それは今後もお前が持っていてくれ。俺はもう顔パスが利くから、無くてもいいんだ。この指輪もあるしな」

 と、ローゼンは自分の左手薬指の金の指輪を見せる。これにも『二重星ダブル・スター』が刻まれており、ローゼンの身分を証明する物だ。

 ローゼンが割引札について詳しい説明を言う。

「そいつはカラヤの店なら どこでも使えるから、飲食店や服屋での買い物の時にでも使ってくれ」

 そんなに用途の範囲が広い物とは知らなかったレイは『えっ!?』と驚いて目を見張った。

「あいつらには言うなよ? どうせ、自分たちの贅沢三昧の為に使うだろうから」

 ローゼンが言う「あいつら」とは当然、華夜、美夜、輝夜の事だ。

「そ、そうだな……。あいつらにだけは絶対に言えん」

 レイも妹たちの性分をよく分かっているので、口が裂けても言えない。

「あと、宿泊代は俺たちの授業料と差し引きゼロでどうだ? 文句あるまい」

 ローゼンが押し切ってきた。レイの胸を手の甲で軽く叩いて言った「文句あるまい」の言葉は「ニカッ」と、いつもの飾らない陽気で爽やかな笑顔と共に。彼はレイの人柄を信じているからこそ、そこまでするのである。

「……何から何まで、本当に、すまない」

 レイは彼の情の厚さに恐れ入った。



 華夜と輝夜が仕事と晩ご飯を終えて、夜遅く宿へ戻ると、部屋にサクはいなかった。

 サクが使っていた寝台にはローゼンからプレゼントされた枕も、垂れ耳うさぎのぬいぐるみも無い。着替えなどが入った荷袋も無かった。代わりにあったのは、テーブルの上の手紙だった。

 手紙は羽根ペンで書かれたものだが、和の国の言葉で書かれていた。筆跡は兄レイのものだ。


  華夜 美夜 輝夜へ


サクとモーさんと天堂兄弟と共にカラヤ商店で厄介になる事になった。

お前たちの宿代は一週間分は俺が前払いしてある。それより先は自分たちで払え。

割引札はローゼンに返すきん、こなな高い宿、ずっとは泊まれんぞ。

これは彼の恩情を忘れた罰じゃ。

彼はサクの為と言いつつも、家族の分も気前良く面倒を見続けてくれた。困った時は手を差し伸べてくれ、至らぬ我々を叱ってくれる事もあった。

そのような誠実な彼にワガママ言うて困らせて、恥ずかしないんか。おどれら!

ローゼンだけでない。仲間や、カラヤ商店の皆さんやら、仕事先の人ら、世話になった人らに心配や迷惑やらかけて、只で済むと思うなよ。

良うに頭冷やして、反省せえ !!

          兄より


 手紙を持つ華夜の手が震えた。手紙の後半からは兄のドスの利いた声が想像できた。

『に、兄さん、ムチャクチャ怒ってる……』

 今更ながら、兄に甘え過ぎていたと気付いた。どんなに喧嘩しても兄妹だから許してくれるという甘えが華夜にはあった。

 華夜の手から手紙を取って読んだ輝夜がつぶやく。

「我ら、兄に置いて行かれたのか……」

 カネも自分で稼げるし、腕っ節も強いので、兄がいなくとも生きていける彼女たちだが、見捨てられるはずのない家族に見捨てられた事に動揺した。

「ど、どどど、どうしよう……」

 激しく動揺してどもる華夜だが、古里の訛りはすっかり忘れている。兄の手紙を目にしても訛りで話せない。それは輝夜も同じだ。

「みみみ、美夜を捜さないと!」

「あいつ、カネ貯め込んでるから、どっかの宿に泊まってるんじゃないのか?」

 狼狽うろたえる華夜に輝夜が指摘する。輝夜は年上でも「あいつ」呼ばわりして、いつも人を馬鹿にしている悪い癖がある。

「い、行こう!」

「行くって言っても、宿屋は あちこちあるぞ」

 輝夜の言うとおり、捜すにしても手掛かりがない。

「そ、そうね。カグ、美夜が行きそうなトコ、心当たりない?」

 華夜に訊かれて、輝夜は少し考え込んだ末、答える。

「美夜はケチだ。自分のカネで寝泊まりしないといけないとなったら、安宿に泊まるんじゃないか?」

 輝夜の言葉を手掛かりに近くの安宿から当たってみる事にした。



 数日後、ローゼンとルークの武術の兄弟子で、玉葱頭が特徴的なハッサンは人足の仕事を終えると、この夜もいつものように酒場へ向かったが、今回は他の人足仲間が現地に住む家族に会いに行ったり、色街へ通ったりした為、たまたま一人飲みになった。

「あっれ〜? レイの妹の三羽烏じゃん」

 彼は偶然、華夜美夜、輝夜と居合わせた。しかし、声をかけても「どんより…」とした重い空気のままの彼女たちからは返事がない。

「おーい! 生きてるかー? お前ら」

 各自の顔の前で手を振って反応を見るが、彼女たちは抜け殻のように呆然としたままだ。

 あまりに反応がないので、とりあえず、美夜のほっぺをつねってみるハッサン。

ッたァー!?」

「おっ! 生きてた」

「生きてるわよ! 生きてて悪いー!?」

 バンッ!

 美夜がテーブルを叩いて勢い良く立ち上がった拍子に、華夜と輝夜も「ハッ」と我に返った。

華夜「あ、あら、ハッサン」

輝夜「玉葱」

「なんだよー、まだ仲直りしてないのかよー」

 言いにくい事をアッサリと言うハッサン。

「あ、あんた、よく、そうズケズケと言えるわね……」

 さすがの美夜も呆れる。が、ハッサンに これまたアッサリと言われる。

「えぇ? だって、みんな、もう知ってるもん。お前らが兄妹喧嘩して、ローゼンたちにも飛び火したって話」

 美夜たち三人そろって凍結したように固まった。

華夜『カラヤ商店の人間が知ってるって事は』

美夜『ほぼほぼ世間に』

輝夜『知れ渡ってるという事か……』

 人の口に戸は立てられぬ。少なくとも、この都にあるカラヤ商店の支店の者たちには伝わってしまっているようだ。そんな彼女たちの心情など お構いなしにハッサンが続ける。

「確か、あれだろ? 事の発端は美夜が仕事で失敗しまくって姉妹喧嘩になってぇ、それから、心配するサクちゃんやレイとも美夜が喧嘩して、挙げ句、美夜が荒れてる原因はローゼンが娶ってくれないからだって、華夜が怒鳴り込んでローゼンを怒らせたんだろ?」

「えっ!? 怒鳴り込んだの !?」

「さ、最初っから、怒鳴ってないわよ! は、話の流れで、だんだん そんな感じになったのよ……」

 驚く美夜に、気まずげに華夜が答える。最初は強く否定した華夜だったが、怒鳴ったのは事実なので、声量がだんだんと尻すぼみになっていく。

 ハッサンが細かい事を無視して言う。

「どっちにしろ、おんなじじゃん。ローゼンを怒らせたんだから」

 美夜が頭をかきむしって華夜に向いて怒鳴った。

「ア──ッ!! もう、なんでローゼンを怒らすのよ! あたしがローゼンと結婚できなくなったら、どうすんのよ!」

「だってぇ〜、わたしだって、ローゼンと結婚したいんだもん。でも、美夜が可哀想だから我慢して、頑張って説得したのに〜。なのに、ローゼンったら、サクの事ばっかり言うもんだから、腹が立ったんだも〜ん」

 自分の不始末を棚に上げて怒る美夜に、言い訳する華夜。そんな彼女たちにハッサンは呆れた。

「仕方ないだろう。ローゼンはサクちゃんが好きなんだから。それを無理に割って入ろうなんて図々しいなぁ、お前ら」

 特に親しい間柄でもないのに、ズケズケと言うハッサンもなかなかに図々しい。

「あんたなんかに言われたくはないわよ!」

 と言い返す美夜にハッサンが反論する。

「図々しい奴に図々しく言って、なぁ〜にが悪いんだよ」

「言ったわね!」

 食って掛かろうとする美夜だったが、不毛な言い争いにうんざりしたハッサンが話を戻す。

「ったく、めんどくせーな。そんな事より、どうすんだよ、お前ら。レイも相当怒ってたぞ? ローゼン怒らせた上に、カヲルを泣かせて、『絶対許さん』ってさ」

 それを聞いて、美夜たちは三人そろって額に手を当てた。自業自得である。

『おにィはブチ切れるし、ローゼンにまでカッコ悪いとこ知られて恥ずかしいし、最悪だわ……ッ!』

 美夜もすっかり酔いが醒めている。

『ろ、ローゼンにどんな顔して謝ればいいの、わたしぃー!』

 華夜も頭を抱えた。が、カヲルの事は深刻に捉えていない。

『カグはなんも悪くないけど、空気読んで一緒に謝っとくか』

 輝夜は視線を横にらせて、保身を考える。

『でも、どうやって謝ろう……』

 と、沈黙する三人。

 困っている三人にハッサンが助け船を出す。

「敷居が高いんなら、俺が一緒に付いて行ってやろうか? カラヤ商店へ。ローゼンには俺が取り成してやるよ」

「あ、ありがとう! ハッサン。お願いしますぅ」

「さすが、ローゼンの兄弟子。頼りになるぅ!」

 華夜と美夜は調子良くハッサンを拝んだ。輝夜は見てるだけだ。

「でも、レイたちの方は自分たちで なんとかしろよ?」

「わ、分かってるわ」

「う、うん」

 ハッサンの言う事に華夜と美夜が大きくうなずく。やはり、輝夜は見てるだけだ。

「じゃ、さっそく行くか!」

「えっ! い、今から !?」

「こ、心の準備が、まだ……」

 立ち上がるハッサンに美夜と華夜が尻込みする。

「善は急げだろ!」と言うハッサンに、

「それって、こういう場合に使う言葉だっけ……?」と、華夜。

「ああ! もう !! ぐずぐずしてねぇで、早く来い! まだ、みんな起きてるうちに、急げ、急げ!」

華夜「わ、分かったから、待って!」

美夜「い、行くわよ、待ってよー!」

輝夜「………」

 ハッサンに急かされて、三人はカラヤ商店へ走った。



 ハッサンにカラヤ商店に連れて来られた華夜、美夜、輝夜の三羽烏。

「おーい! ローゼンいるか? 反省してるみたいだから、三羽烏を連れて来てやったぞー」

 ハッサンに続いて主用の部屋に入ったが、ローゼンからは応接セットのソファーに「座れ」とも言われない。彼はガッシリしたデスクの前で腕組みして座っていた。その傍らには彼の弟のルークが立って控えている。彼ら兄弟はさっきまで大事な仕事の話をしていたのか、デスクには幾つかの書類も置いてあった。

 華夜たちはデスクの前に立ち、謝罪した。

「あのぅ、そのぉ〜、なんと言いますかぁ〜、この間はぁ無茶苦茶な事ばかり言ってぇ、そのぉ、す、すみませんでしたぁ〜」

 と、華夜は両手を組んだり、やたら手を動かして落ち着かない様子で謝る。

「あ、あたしも、そ、その……、わ、悪かったわ!」

 美夜はソッポを向いて謝った。

「許せ」

 輝夜はいつもの無愛想だった。

 華夜、美夜、輝夜の謝罪を聞いたローゼンが口を開いた。

「まぁ……、人生、誰だって旨くいかない事もある。つらい気持ちは誰にだって分かる」

 そう言った後、ローゼンはデスクの上を小指の関節で「コンコンコン」と叩きながら言う。

「恋愛や結婚に関しての悩みなら、俺にだって色々あるぞ?」

 彼女たちに共感してくれているのかと思いきや、

「せっかくだから、俺の愚痴も聞いてくれ」

 と言うので、嫌な予感がした。

『長くなりそうだ……』

 と、現実逃避するように遠い目をして思う三羽烏を

『自業自得だな』

 と、ルークは白い目で見ていた。

 彼女たちは立ったまま、ローゼンの長ァ──い愚痴を延々と聞かされた。しかも、彼は立ち上がって身振り手振りを交えて話す始末。時には、デスクの上を叩いたり、床を踏み鳴らしたりもした。

「俺なんてなぁ、見合いさせられてもナンパされても近付いてくる女は、みんッな、カネ目当てだ。おまけに、夜這いしに来られた日には心休まる事がない。まだ何も決まっていないのに、親戚も店の連中も勝手に俺が跡継ぎとか言い出して、親戚に会うたンびに『結婚はまだか』『早く結婚して子を作れ』と、人の気も知らないでウンザリするほど言われた。仕事の合間を縫って国中の美人を探しまくったが、どれもこれも期待外れ。さすがに、この年にもなれば一生独身でも平気だなぁーとか思いかけた、その矢先に……、天の配剤か、サクと巡り逢った!」

 と、グッと拳を握るローゼン。

「ところがどっこい、サクは俺の事をちっとも “好き” と言ってはくれない。俺だって分かっている。この平凡な顔だ。あまり魅力的とは言えない」

 自分の顔を “平凡” と言うローゼンに、華夜も

『ちゃんと、鏡、見てんの? この人……』

 と、疑問に思う。

「それでもサクの心をつかむ為に、あの手この手と持久戦に持ち込んで頑張っているところだ。お前たちも酒に溺れたり、人のせいなんかにしてる暇があったら、プライドなんぞ、かなぐり捨てて努力する事だな」

 最後は説教で締めくくられた。しかも、「プライド云々うんぬんかんぬん」の部分は、地の底を這うような声だった。

『もう、うんざりだ……!』

 三人とも辟易した。扉のそばで立って聞いていたハッサンはあくびをし、ローゼンの傍らに控えていたルークは

『やっと終わった……』と、苦笑い。

 ローゼンは忘れずに三羽烏に言う。

「レイたちにも、ちゃんと謝れよ?」

「は、はい……」

 返事だけは殊勝な三羽烏だった。



 この後、三羽烏はハッサンにレイが泊まる客室へと案内された。

「先に、ローゼンにちゃんと謝ってきたんやろうな、お前ら」

 郷里の訛りで言う兄レイの仁王立ちが怖い。三人はコクコクと無言のうなずきで返事した。律義なレイである。間違って身内への謝罪を先にすると、この兄から大目玉を喰らう事になる。

「フンッ!」

 レイは強く鼻息を出すと、訊ねる。

「で、ローゼンは許してくれたんか」

「それは、もう。兄さん」

 と、調子良く答える華夜と、うんざりした様子で答える美夜と輝夜。

「その後、自分にも恋愛や結婚の悩みがたくさんあるぅーって、長ァーい愚痴聞かされたけどね……」

「最後は説教……」

 この三人の話をレイは鵜呑みにはしない。所詮は人の愚痴と、聞き流しているに違いないからだ。

「俺が許すかどうかは今後のお前らの行い次第や。ええな?」

「は、はい……」小さくなって返事する三人。

 後からハッサンによってレイの部屋に呼ばれたサク、カヲルとヒカル、モーにも謝る三羽烏だったが、

「もう…、いいですよ」

 と、複雑な面持ちのカヲルは彼女たちとは目を合わせようとはしない。

「美夜さんも立ち直ったんなら、良かったよ」

 モーはホッとしているようにも見えるが、本当のところは他人ゆえに遠慮して、それ以上は言えないだけだ。

「ま、一件落着だな」ヒカルは肩をすくめる。

 が、

「許さん」

 と、言ったのはサクだ。静かだが、強い口調だった。

「そ、そんな」「ちゃんと反省してるって」「うむ」と言う華夜美夜、輝夜らを見据えるサク。

「どうせ、一番口いちばんぐちに許してくれる思うて、うちの事なめとるやろ。この際や、あんたら三人とは姉妹きょうだいの縁、切るわ」

 サクがそんな事を言うので、一同は驚いた。

華夜『ど、どうなってんの』

美夜『サクが真っ先に許してくれると思ってたのに……』

輝夜『異常』

「なに? なんて喋ってんだ?」

「さぁ?」

 和の国の言葉が分からないハッサンとモーにレイが通訳する。

「サクが許さないとさ。お人好しだから、すぐに許してくれると思ってナメてるって、怒ってる。三人とはまいの縁を切るとさ」

「ヤバッ! サクちゃん、怒らせたら一番怖いタイプか。うわぁー、俺、知らねー」

 ハッサンが両頬を手で押さえて驚く。

「散々、人をナメてきてた分のツケだな……」

 モーは腕組みして納得する。これがモーの本音である。

「なんか、すげぇ事になったな」「だな」

 と、天堂兄弟は互いに顔を見合わせて驚く。

「ただの兄妹喧嘩じゃない」

 と、美夜は言うが、

「先に『妹ちゃう』ゆうたんは、あんたや」

 サク、姉の事を「お姉ちゃん」と呼ばず、「あんた」と言って、無礼に指差す。

「あれは売り言葉に買い言葉! 本気にすんじゃないわよ!」

 拳を握り締めて怒鳴る美夜を冷ややかな目で見るサク。

「なァにが売り言葉に買い言葉や。うちやったら喧嘩でも簡単げに、あいな言葉、よう口には出せんわ。こんまい子じゃあるまいし」

 サクのお人形のような端麗な素顔に対し、美夜の派手な化粧で施された顔がヒクヒクと引きつる。

「……が、頑固ね、あんた」

「あんたが軽過ぎるんや、美夜」

 ついには姉を呼び捨てにしたサク。その口調は母に比べれば穏やかに聞こえるが、どこか母にそっくりだ。

「今まで目上や思うて礼儀守ってきたけど、これからは呼び捨てにするわ。あんたらは人様でもない。尊重する値打ちも無い他人や」

 サクの “他人宣言” に、三人とも啞然とした。

「あ、あんた、生意気にも程がある!」

姉妹きょうだいなのに、ひどいわ!」

 サクを非難する美夜と華夜だが、サクの口からは言い逃れようのない事実を突き付けられる。

「都合のええ時だけ、兄妹か……。うちら、命 狙われたん、偶然遭うた盗賊だけとちがうでない。あんたらが男の人たぶらかして、お金遣わせて恨まれたんが ほとんどや」

「フンッ!」と、忌ま忌ましげに鼻息つくレイ。全くそのとおりだからだ。

「この頃、そいなんが減ったんは、ローゼンのお蔭や。宿屋やって、治安のええ場所にある高い宿に泊まれるようんなったし、街から街への移動やって、強い人足さんたちも一緒やったきに、ちょっとやそっとの人数では悪いモンも近付けんかったんやろう」

『もし、ローゼンがいなけりゃ、復讐しに来た連中に何度も闇討ちとかにされてたって事なのかよ……』

『そんなのが日常茶飯事だったなんて、あ、あいつら、ひ、ひど過ぎる……!』

 と、内心で驚愕するヒカルとカヲル。彼らも踊り子の三羽烏を始末しろと、男に依頼された事がある。

「うちや、お兄ちゃんが絶対にせんような悪い事を平気な顔してやってのけるんが、あんたらや。そいな人間、なんで姉妹きょうだいとして信用できるん。血のつながった姉妹きょうだいやきんゆうて今まで辛抱してきたけど、もう、ごめんや! 散々勝手な事しといて、恋愛が旨い事いかんゆうて泣いても、もう、同情やこ せんわ。自分らで なんとかしな!」

「………」

 次第に語気が強まり、まるで、母が乗り移ったかのようなサクの様子に言葉を失う三人。

「こんで話は済んだ。こんで全ッ部、終わりや」

 言い終えると、サクは自分の客室へ戻って行った。

「お前ら、もう帰れ」

 と、レイは冷ややかな声で、呆然とする三羽烏を宿へ帰るよう促した。

 三羽烏が消えて、レイから話の内容を聞いたハッサンとモー。

「そりゃ、喧嘩にもなるな」

「確かに、元凶はあの三人だ」

 モーは央華にいた頃から ずっと一緒に旅をしているので、うなずいている。

「仲直りは当分、先だな」

 頭の後ろで両手を組む、呑気なヒカルに対して、

「どうかな……」

 カヲルは伏し目がちで懐疑的に捉えていた。



 三人の謝罪が一通り終わった後、主用の部屋で、ローゼン、ルーク、レイ、ハッサンが集まって話をしていた。レイが先程の事をローゼンに報告する為でもあったが、ローゼンが三羽烏を本当に許しているのか確認の為もあって来ているのだ。

 サクの事を聞いたローゼンが爽快な笑い声を立てた。

「ハッハッハッ! 言うなぁ、サク」

 これに対し、対面のソファーに座るレイが呆れたように言う。

「笑い事じゃないぞ」

「それにしても、姉さんたちと姉妹きょうだいの縁切るって、思い切ったよなぁ」

 レイの隣でハッサンが言うと、ローゼンが

「いいんじゃないか? それで」

 と、当然のように言った。

「どうせ人の話を親身になって聞くような連中じゃないんだから。俺の話だって右から左だ。反省なんかしてないさ」

 三羽烏に聞き流されていた事など、ローゼンには お見通しだ。

「第一、謝罪の時の言葉があまりに軽い。当事者でないレイやサクの方がずっと真剣だった」

「確かに」

 と、両方の謝罪に同席していたルークが、兄ローゼンの隣で腕組みして うなずく。その姿は、だんだん兄に似てきた。

 ローゼンの反応からレイが察する。

「と言う事は、お前もまだ許してないって事か」

「許すも何も、俺は最初から あいつらを信用などしていない」

 ローゼンはバッサリと一刀両断するかの如く言い切る。

「兄さんが一番クールかもね」

 と、ルーク。

「ま、俺は他人だから、冷静に見えている所がある。血のつながりがあるレイやサクの方が情に振り回されて、今まで大変だったんじゃないのか?」

「確かに、それはあるな。要らん尻拭いをさせられてきた事は否めん」

 レイがローゼンの言った事を認めるのは、三羽烏とそれを恨む男たちとの戦闘に、レイやサクたちも巻き込まれてきたからだ。

「よくよく考えれば、サクが『縁を切る』と言ってくれて良かった。正直、俺も肩の荷が下りたよ……」

 ソファーにもたれて、溜め息をくレイをローゼンが気遣う。

明日あしたは、お前もサクもゆっくり休め」

「すまんな。お前らだって仕事があるのに、あいつらのせいで大事な時間を無駄にさせた」

「なぁに、これで俺とも縁が切れたんだ。安いものさ」

 レイへの気遣いだけではない。ローゼンは前向きに捉えているのだが、レイは彼の気遣いに対して

「悪いな……」

 と、ぽつりと答えた。

 前向きであると同時に、ローゼンは

『これで向こうから近付いて来ても、遠慮なく蹴散らせるな』

 三羽烏が再びやって来る事も想定している。しかも、これからは同情しやすいサクへの気兼ねもしなくて済むのだ。

 レイは区切りが付いた事や、これ以上はローゼンたちに迷惑がかからずに済むという安堵感と気疲れから下を向いていて、ローゼンの表情に気付かなかった。

 ローゼンの不敵な笑みを見た弟ルークと兄弟子ハッサンは予感した。彼らはローゼンと共に居た時間が長いからこそ分かる。

『彼女たちは二度とサクや兄さんに近付かない事だな』

『三羽烏の奴ら、終わったな』


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