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14-ⅲ)雁字搦め〜レイの怒りとサクの涙

 翌朝、華夜はサクに言った。カグはまだ寝ていた。

「もう、ローゼンとは会ってはダメよ」

「え?」

「あんな薄情な奴……」

 忌ま忌ましげに赤いマニキュアを塗った親指の爪を嚙む華夜にサクが理由を訊ねる。

「ど、どうしたの?」

「どうしたも、こうしたも、昨夜ゆうべ、美夜を助ける為に娶ってほしいって頭を下げに行ったら、美夜を説教して引っ叩くって言うのよ、ローゼンの奴!」

「え? え? なんで結婚が美夜お姉ちゃんを助ける事になるの?」

「美夜が荒れているのはローゼンがかまってくれないからよ」

「だ、だからって、それじゃあ、ローゼンはどうなるの? ローゼンには別に好きな人が……」

「そんなの分かってるわよ!」

 サクの存在が邪魔であるだけに思わず声を荒げる華夜。小さなサクが驚き、怯えるのを見て、少し落ち着きを取り戻して、幼子に言い聞かせるように話す。

「でもね、ローゼンだって子供みたいなのを相手にしたってしょうがないじゃない」

『子供?』

 ローゼンの想い人が年若いと知るサク。

 華夜はローゼンの想い人がサクである事を、あえてサク本人には知らせようとはしない。

「それよりも美夜を相手にした大人の恋愛の方がいいに決まってるのに、納得しないのよ。あんな分からず屋だとは思わなかったわ」

 額を押さえる華夜に、

「大人の恋愛って何?」

 違和感を持って訊くサク。

「子供のあなたには分からないだろうけど、大人の恋愛は狂おしいほど相手を欲しがるものなのよ」

 華夜は色恋の全てを知っているかのように答えてくる。

 ふと、サクの脳裏に母の言葉がよぎる。軽率な行動に対して、よく母が姉たち ── 華夜と美夜を叱っていた場面だ。


「簡単げに男と付き合うな、言うとるやろ!」

「避妊さえしとけばええゆう問題でないわッ! 要らん病気うつされるきん、遊び人は選ぶなと、気ィ付けろと何遍も言うたで、わたしは!」

「後先も考えんと、お前らは!」

 母は怒るあまり、ついには「あんたら」でなく、男言葉で姉たちを「お前ら」と叫んでいた。


『男は怖いきん、気ぃ付けなって、姉妹 皆、同じこと教わってきたのに……、お姉ちゃんらは お母さんの話、ちっとも聞いとらん』

 サクは華夜もダメだと思った。

『この人らのゆう事は、どうせ、自分の欲を満たす為の恋愛の事や。自分の幸せだけ考えて、相手や周りの幸せ思わんのやったら、うちは一生、大人の恋愛やこ要らん』

 とさえ思った。

『兄妹の中でまともに話が通じるんは、結局、お兄ちゃんだけやわ。今回の事も お兄ちゃんに相談するしかない』

 サクは血のつながった姉妹なのに話が通じない事に頭が痛かった。

「話、聞いてる? サク!」

「あ、ごめん……」

「とにかく、もう、ローゼンには会っちゃダメだからね」

 と、念押して、華夜は一度、朝食を食べに出た。

 サクがあえて返事をしなかった事に、華夜は気付いていない。華夜は頭に来て一方的に喋っただけだ。

『あなな約束できん。ルークさんの勉強やって始まったばっかりやのに、放り出したら無責任や。それより何より、ローゼン、怒らすような事ゆうとるなんて……。まず、謝罪せな……。「許さん」ゆわれたら、うちもやくめんやけど、それなら それで仕方ない。いや、迷惑かけたまま、お返し出来んで終わるんは、ほん、情けない……』

 サクはソファーに座り、広いおでこを押さえて、ため息をついていた。

 カグはずっと寝たフリをして、全て聞いていたが、サクの沈痛な思いまでは分かるはずもなかった。



 午前中に、案の定、レイは謝罪に来た。サクから華夜が昨晩、ローゼンに「美夜を娶れ」と無茶な要求をし、さらにはローゼンを怒らせた事もレイは聞いていた。

「この度の事は、本当に…、申し訳ない……」

 サクと共にカラヤ商店を訪れたレイは応接室に通され、ローゼンとルークに深々と頭を下げた。レイの太腿をつかむ両手には かなり力が入っている事にローゼンは気付く。

「あ、姉たちが…、ご、ご迷惑を、おかけ…しました……」

 兄レイの隣に立つサクもお腹の前で重ねている手を強く握り、深々と頭を下げていた。他人行儀な言葉遣いがかえって痛々しい。

『気にしていないと言っても、気にするんだろうな。この二人は……』

 謝罪を受けたローゼンは哀れに思った。それはルークも同じだった。

 ローゼンは二人の謝罪にあえて触れず、今後の事を訊ねた。

「それより、これから どうするんだ?」

「美夜の事はもう、どうにも出来ん」

 と、レイは首を横に振った。サクも伏し目だ。

 レイは母親から説教される時の美夜の態度を思い出しつつ話す。それは子供の頃から変わっていない。

「あいつは元々ずるいとこがあって、説教を真正面から まともに受けない。聞いても右から左へ聞き流すし、今回の事だって見つけて ほっぺた引っ叩いたが、すぐに逃げ出して、どっかへ消えた」

「華夜や輝夜はどうしてるの?」と、ルーク。

「二人は仕事には出てるようだが、華夜とは美夜に対する扱いで平行線だ。今朝もそれで揉めてきたところだ。輝夜は、あいつは特に何も言わない。手を出すだけ時間の無駄としか思ってない。基本的に自分の都合が優先だ」

 苦々しげに言うレイから状況を聞いて、ルークは天を仰ぐ。

「やっぱり、どうにもならないな……」

 ローゼンからは

「いっその事、距離を取ったらどうだ?」

 と、提案される。

「宿を変えるよ」と、言うレイにローゼンは

「いや。それより、うちに泊まれ」と、言う。

「いや……」

 と、気兼ねして躊躇ためらうレイに、ローゼンはあえて言う。

「その方がこっちが助かるんだ。二人がそろっていれば、和の国の男言葉も文字も一度に学べるし、お前たちがここへ来るまでの移動時間だって短縮できて、勉強時間も増やせる」

「それがいいよ。ここの支店は大きいから、空いてる客室もあるし。それに、レイさんがいてくれたら、武術の稽古の時間も増やせて助かるよ」

 と、ルークも賛成した。

 サクと顔を見合わせた後、レイは

「分かった」

 と、受けた。

 天堂兄弟とモーに相談してくると、一度、宿へ戻って行ったレイとサク。

 応接室に残ったローゼンとルークが会話する。

「やっぱり、心配なんだね」

 と、ルークは兄ローゼンの気持ちを察する。

「何もしないよりは、レイもサクも気が紛れるだろう」

 ローゼンが華夜と揉めても、勉強を打ち切りにしなかったのはレイとサクの為である。

 カラヤ兄弟が応接室を出ると、廊下掃除をしていたカーミル王子に訊かれた。

昨夜ゆうべ、何かあったのか?」

「あぁ。大声を出して、ご迷惑をおかけしました」

 ローゼンは王子に謝罪した。

「いや。気にしてはおらぬ」

「実は、サクの姉たちと揉めておりまして」

「それで兄と謝罪に来ていたのか」

「ええ」

「面倒な兄弟を持つと苦労するな」

 自分自身を省みているのか、しみじみと言うカーミル王子。先程、廊下で会って挨拶したレイとサクが暗い顔をしていたのを思い出す彼はローゼンに言う。

「あの二人の力になってやってくれ」

「無論です。わたくしは あの二人にだけは薄情な真似はできません」

 ローゼンは右拳を左胸に当てて力強く答え、ルークも強くうなずいた。



 レイとサクが宿へ戻ると、レイたち男性陣が泊まる部屋に天堂兄弟とモーがソファーに腰掛けて待っていた。

 顔を両手で覆って塞ぎ込んだカヲルの背を、モーがなでてやっている。ヒカルは対面で座り、背もたれに上体を預けて天を仰いでいた。

 その重たい雰囲気からレイが訊ねた。

「何かあったのか?」

「あったも何も、カヲルが華夜と喧嘩した」

 というヒカルの言葉に、レイとサクが『えっ?』と驚き、顔を見合わせる。華夜とカヲルは仲が良かったはずだ。

 モーが説明する。

「この頃、美夜さんの事でレイさんたちが心を痛めてるから、わたしらもずっと心配してたんだけど、今朝のレイさんと華夜さんの喧嘩の原因を知ったカヲルが華夜さんと言い合いになってね」

 レイとサクがカラヤ商店にいた間の話はこうだ。



 姉妹の泊まる部屋で華夜と喧嘩して、レイがサクを連れて出た後、カヲルが訪れて、華夜から話を聞いたのだった。

「ひどいじゃないか、そんなの! 好きでもないのに、結婚しろって。美夜さんの為にローゼンさんに『犠牲になれ』と言ってるのと同じじゃないか!」

「じゃあ、どうやったら、美夜を救えると言うのよ !?」

「そ、それは……」

「ほら、他に方法がないじゃない」

 言葉に詰まる六つ年下のカヲルに、華夜は『頼りない』と言わんばかりだ。

「大人の恋愛に子供が口を出さないで」

「僕はもう16だ。充分、大人です」

 カヲルのその言葉を華夜が「フッ…」と嘲笑う。それは、カヲルを嘲笑っているのか、自分を嘲笑っているのか、華夜は

「わたしなんか、もう22のおばさんよ?」

 と、言う。長寿が珍しい世の中では、男は早くて15歳から二十歳はたちぐらいで結婚する者が多く、女は13歳から18歳で結婚する者が多い。特に、女は結婚が遅くなると、二十歳はたちを過ぎれば年増、三十歳みそじ前になると大年増と言われて蔑まれる。

「恋愛経験だけはそれなりに積んだけど、いまだに決まった人が現れない……」

 華夜の暗い顔に、カヲルはかけるべき言葉をとっさにいだせない。

「美夜も19だし、きっと焦ってるのよ」

「で、でも、華夜さんも美夜さんも全然綺麗だし。と、年上がいいって思ってる奴だって、世の中にはたくさんいますよ! 僕だって!」

 そんなカヲルの真剣な言葉さえも、はね除けられた。

「あなたが? あなたが24になった時には、わたしは三十路みそじよ? 結局、若い女の子の方が良かったって、浮気されて捨てられるのは、こっちなのよ! これだから年下は嫌なの! そんな事も分からない !!」

 それは華夜だけの都合でしかない。自分が男に捨てられたくないから、年上がいいというだけに過ぎない。

 カヲルが

「ぼ、僕は ──」

『そんな理由で別れたりなんかしない』

 と、言いかけたが、華夜が先に怒りを爆発させた。

「わたしだって、本当はローゼンが良かったわよッ!!」

 思わず出た華夜の本音にカヲルは驚いた。彼女も諦め切れないでいたのだ。

『え……?』驚きのあまり声が出ないカヲル。

「美夜があんなに荒れてなければ、わざわざ美夜の為に我慢して頭を下げてやるなんてしないわよ。こんな事になってなきゃ、わたしが彼と結婚したいわよ!」

 本当は自分がローゼンと結婚したいぐらいだと叫ぶ華夜に、カヲルはその理由を知る事が恐ろしく感ずるものの訊ねる。

「な、なんで、ローゼンさんでなきゃ、ダメなんですか」

「お金持ちで美形なんて人、そうそういないもの。誰だって、ローゼンがいいに決まってるでしょ」

 カヲルの事は最初から眼中に無い華夜の言葉がカヲルを冷たく突き放した。しかも、ローゼンを慕う理由があまりに軽薄だ。

「……な、なんですか、それ。お金持ちで美形だから、ローゼンさんがいいって言うんですか。華夜さん!」

「そうよ。他に何があるの?」

 華夜に失望したカヲルは拳を握り締めて叫んだ。

「あんた……、間違ってるよ !! 」

 カヲルの叫びも虚しく、

「やっぱり子供ね。話にならないわ」

 華夜は吐き捨てるように言うと、部屋を出て行った。

 そばで一部始終を黙って聞いていた輝夜はヒカルが浮気ばかりして不満を溜めている。

「サクだけいい思いしてる。カグも面白くない」

 そう言い捨てると、輝夜も部屋を出て行った。

 取り残されたカヲルの胸の内は怒りと悲しみで渦巻く。

『なんだよ、それ。自分たちが旨くいってないからって……勝手過ぎる!』



 涙声のカヲルがレイたちの前で言う。

「華夜さん…、もっと…優しい…人だと…思ってたのに……」

 カヲルが傷付いた理由はそれだけではない。

「ローゼンさんの事…、そんな風にしか…見てなかったなんて……」

 カヲルはローゼンの事をまっとうな大人として尊敬しているだけに、華夜の言葉はショックだった。自分が振られたこと以上につらいものがある。

『今まで何かと助けてくれたローゼンに迷惑かけたばかりか、華夜の奴、カヲルの気持ちまで踏みにじったんか! 美夜はがの思い通りにいかなんだら、どくれて(すねて)言うこと聞かへんし。おまけに、飲んだくれて仕事 放棄するわ、輝夜は兄妹がこなに困っとっても薄情にも なんもせぇへん。どいつも こいつも勝手な事ばっかりしくさって!』

 レイのはらわたは煮えくり返っていた。

「どんだけ人を虚仮こけにしたら気が済むんじゃ……。この…、あほんだらァ──ッ!! 」

 ドン───ッ!!

 壁を殴っていた。

 サクは言った。

「お姉ちゃんたちの事は…もう心配せんって、決めた」

 そして、こうも思った。

『カグには違う人を好きになってほしいと思うとったけど、それも、もう諦める。もう何ゆっても伝わらんって、やっと分かったきん』

 ヒカルの手前、それは口には出せない。

「三人とも、悪いんは自分や思わんと、いつまんでもおんなじこと繰り返すだけなんやわ……」

 見限ったと言いつつも、サクの目からは「ぽろぽろ…」と涙がこぼれ落ちていた。それは決別の涙なのか、まだ割り切れずに姉たちを心配する涙なのか、サク自身にも分からなかった。

 レイもサクも和の国の言葉で、怒り、泣いていたので、央華の人間のモーには何を喋っていたか分からなかったが、それでも二人の気持ちは痛いほど彼には伝わっていた。

『二人とも人の為に怒り、人の為に泣いているんだ……』


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