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14-ⅱ)雁字搦め〜美夜のプライド

 美夜は女としての値打ちを早くから自覚していた。それは和の国にいた頃からだ。

 近所の子供や大人達から美夜はその容姿をいつも誉められていた。

「美夜ちゃん、可愛いー!」

「将来は『玉の輿』やなぁ」

 母と立ち話していた近所の奥さんが言うので、美夜(5歳)が訊いた。

「タマノコシって何?」

「『玉の輿に乗る』言うてな、金持ちの嫁さんになる事や」

「ふーん」

「あんた、人の言うこと真に受けたらいかんで」

 と、母は言うが、幼い美夜は

「タマノコシィ───ッ!」

 と、叫んで走って行ってしまう。

「いよいよ人の話 聞かんっちゃなー」

 母は呆れた。



 4年前、美夜(15歳)が旅に出る直前の事だ。これが彼女が大陸に出るキッカケとなる。付き合っていた男が浮気していたのだ。

「こら、おどれ! どういうこっちゃあッ!?」

 浮気現場を押さえた美夜は男の胸ぐらつかんで問い詰めた。

「しょ、しょうがないやろ、ほんの出来心や」

「何が出来心や! このあたしがりながら、他の女とぉー!」

 バシンッ! 男の頬を平手打ちした。

ッたぁー!」

 と、叩かれた頬を押さえた男だったが、ついに、ブチ切れた。

「『このあたし』って、何様やお前! お前のそういうとこが好かんのじゃ!」

「浮気した奴が言う事か!」

「浮気ちゃう! 本気や! お前なんかとは別れるわ!」

「そんなん、こっちから別れてやるわ! あんたなんかより、もっと、もぉーっとスッゴイ金持ちと結婚してやる!」

 そのような次第で、美夜は男と別れた。

『あんなブッサイクな女のどこがええんや !? 胸やって、あたしの方がっきょいわ!』

 美夜の目から見て、浮気相手の女の容姿はそう大した事はなかった。それだけに、そんなのに負けたのかと思えば思うほどに腹が立った。

『田舎の金持ちやこ、たかが知れとるわ。それやったら、大陸の物凄い金持ち捕まえて見返してやるッ!!』

 と、旅の動機はかなり不純である。

 道中、和の国の港町でも、大陸に渡ってからも、美夜はその美貌を遺憾無く発揮し、モテた事は言うまでもない。

 しかし、恋人が出来ても、すぐに別れてしまう事の繰り返しだった。それは、誰もが美夜の美貌に「くらっ」と来て すぐに言い寄って来るが、美夜の高慢さに嫌気が差して離れて行くからだが、美夜は男たちの事を

『ああ、もう! どいつもこいつも、あたしの事、バカにして!』

 とぐらいにしか思っていなかった。

 そして、やっと見つけたと思った大金持ちの美形ローゼンは美夜の事は最初から眼中に無い。彼は美夜の肌の露出の多い普段着を見ても欲情する気配も無いので、異常という他ない。

 サクがローゼンに気が無いうちは、まだ余裕の美夜だったが、最近では状況が変わってきた。おまけに、ルークまで取られた形になり、美夜にとっては面白くない事この上ないのであった。



 今、踊り子の仕事は表向きは美夜の体調不良という理由で、華夜と輝夜だけで続けた。その為に演技構成を変えたり、歌唱部分は華夜が代わりを務めていた。



 宿へ着替えの為に戻って来た美夜。華夜や輝夜と顔を合わせたくないので、彼女たちがいない時間を狙っての事だ。その時、宿の部屋にはサクがいた。サクはいつものように早めに床に就いていたが、物音で起きた。

「美夜お姉ちゃん……」

 と、近付くが、酒臭さに『ゔっ…!』と驚き、鼻と口元を手で覆うサク。美夜の体を心配した。

「お、お酒、もう、やめといた方が……」

「うっさいわね! あんたみたいな馬鹿に言われたくないわよ」

 サクはもう寝ているから話をせずにすむと思っていたのが、とんだ計算違いに苛立つ美夜。

 機嫌が悪いのを承知でサクは美夜に言う。

「お仕事だって、華夜お姉ちゃんもカグも困ってる」

「知らないわよ! そんなもん」

 同情や責任感に訴えようとしても美夜には届かない。同情心があれば困っている者をほっとけないし、責任感の強い人間なら、そもそも仕事を投げ出さない。

『な、なんで? 自分が好きな人から相手にされんきんって、それで困っとる兄妹ほっといたり、大事な仕事 放り出す? 普通。ローゼンやって片想いでも、ちゃんと お仕事しよるのに』

 サクの中で何かが引っ掛かる。他人のルークの前では冷静に美夜の事を語っていたが、血を分けた身内である美夜本人を前にすると、まだ贔屓びいきをして必要以上に同情していた所があった。だが、今回は同情せずに冷静になるサク。

『今までは何遍も男の人に浮気とかされて、美夜お姉ちゃん、かわいそうって思いよったけど、なんか違う……』

 サクが考えている間に、美夜はさっさと着替えをしている。

 サクは揺るぎ無い基準は何かと自分の中から探し出す。

『うちやったら、もし、こういう時、どう思う?』

 と、仮定して思考を巡らすサク。彼女には美夜のような豊富な大人の恋愛遍歴はなく、遠くから眺めるだけの片想いしかないので、想像するしかない。

『うちやったら、ショック受けた後は、なんで浮気されたんやろ、なんで嫌われたんやろって考える』

 しかし、美夜はいつも別れた相手ばかり悪く言っていたのを思い出す。

『あれ? こ、この人、なんで、自分のせいやって思わんの? うちは友達に嫌われた時やって、なんでかなぁって考えて、自分にも原因があるんかもって考えたりするのに……』

 そして、導き出した答えに驚き呆れたサクは、ついに怒りから郷里の西訛りで怒鳴った。非力な彼女が力の強い者を相手に怒る時は、殴られる事も覚悟の上だ。

「浮気されて振られたんは自分のせいやって思わんのは、ただのワガママや!」

 いきなりの事で美夜は一瞬、言葉が出ない。

「……な、なによ、いきなり」

「ワガママやって、言いよんや。自分の恋愛が旨い事いかんきんゆうて仕事放り出すんも、過去の恋愛で浮気されて振られたんも、ローゼンに好かれんのも、美夜お姉ちゃんのワガママが原因や」

 美夜の恋愛が旨くいかない原因をズバリと言われた。が、しかし、美貌も才能も自分より格下だと思っているサクがローゼンに寵愛されているだけに、正しい事を指摘されても、プライド高き美夜にとっては腹が立つだけでしかないのだ。

「ハァッ!? このっクソガキが偉そうにかすな !!」

 美夜、手近なクッションをサクに向かって投げ付けた。とっさに顔をかばったサクの両腕に当たった。すぐに大人しくなると思ったが、珍しくサクの怒りは治まらない。

「もう、ええわ! 美夜お姉ちゃんの応援はせん! ローゼンの応援だけするわっ!」

 サク、とうとう美夜を見限った。

「あっ、そう! その方がセイセイするわ! あんたなんか、妹でもなんでもないわ!」

 美夜は怒りに任せて勢いで言ってしまう。そして、扉を乱暴に閉めて出て行った。

 こうして、美夜はその夜も宿を出たまま帰っては来なかった。

 そして、この数日、泥酔してうろつく美夜をカラヤ商店の者たちにも目撃されていた。



 夜分に、憔悴した顔で華夜がカラヤ商店を訪ねて来た。応接室に通された華夜はローゼンに人払いを頼んだ。

「しかし、女性の従業員を一名、同席させるのは無理か? 口の堅い者だが」

 女性とのトラブルを防ぐ為にローゼンはそう申し出たが、華夜に首を横に振られた。

「ならば、戸を開け放しておく。あと、ルークの同席は許してくれ」

 これには華夜もうなずいてくれたので、ドアストッパーで扉を固定し、給仕をしに来た女性従業員を下がらせた。

 三人だけになったところで、華夜がローゼンに頼み込む。

「美夜を娶ってほしいの」

「はっ? 急になんの事だ?」

「美夜はあなたの事が好きなのよ」

「前に断ったはずだが?」

 ローゼンは南東部で騎兵に追いかけられていた彼女たちを助けた夜の事を言う。

「諦めてないのよ」

『そういう事か。あの時、サクが美夜の事を言ってきたのは』

 と、顎を指でつまんで腑に落ちるローゼン。サクに字を教えてほしいと依頼した日に、サクに美夜との縁談を勧められた理由が分かった。

 美夜のしつこさに『困ったな』と「フーン……」と鼻息つくローゼン。

 華夜が暗い伏し目で事情を打ち明ける。

「美夜、あなたに振り向いてもらえなくて、つらいのよ。ここのところ仕事もサボってるし、お酒の量も増えたわ。毎晩、酔っ払ってる。兄さんの言う事も聞かないし、もう、どうしようもなくて……」

『ここ最近、サクに元気が無いのは、そのせいか。昼間っから酔っ払った美夜を見た者もいると言うし』

 と、習字の時のサクの様子に、兄の後ろで立って控えているルークも気付いていた。

『レイが俺に相談に来ないところを見ると、自分たちでなんとかする気か。サクも俺たちに迷惑をかけまいと口を閉ざしているな』

 腕組みするローゼンは華夜の単独行動だと気付く。

 途方に暮れる華夜に、ローゼンは厳しい事を言う。

「酒に溺れるとは情けない。最近、つらい失恋をしたルークでも自棄やけざけは一晩で終わった。俺も酒に酔って愚痴る事もあるが、身の破滅を招くような事はしない。自分の為にも良くない上に、周りにも迷惑だからな」

「……強いのね」

「別に強くはない。俺だって、普通の人間だ。ただ、俺は旨くいかなかった時は自分にも原因がないかを考える。例えば、自分が未熟か、自分に配慮が足りなかったか、自分に人を見る目がなかったとかな」

「美夜には そんな余裕はないわ」

 それに対し、ローゼンは首を横に振る。

「余裕の問題じゃない。あれは考える気がないからだ。そもそも美夜はプライドが高過ぎる」

「そう。プライドが高いから、素直になれないのよ。だから、あなたから歩み寄ってはくれないかしら。そうすれば、あの子だって立ち直れるわ」

 と、華夜はローゼンにすがる。

「それは無理な相談だ。俺にも好みというものがあるし、土台、美夜の中身を好きにはなれない。仮に美夜を娶ったとして、俺はプライドの高い “あれ” を女王様扱いはしないぞ。力尽くでも、俺にかしずくように仕向けていくだろう」

「サクに対するのとは、まるで逆ね」

 サクばかり特別扱いするローゼンに、華夜は顔をしかめる。

「当然だ。美夜の場合、あの高慢さを そのままにしておけば、俺の人生の邪魔になる。いや、俺一人の問題で済めばいいが、周りも巻き込む事になる」

『結局、兄さんは自分一人の事だけを考えていないんだな』

 傍らで聞くルークは頭の下がる思いだ。

 だが、華夜は美夜を邪魔者扱いするローゼンに反発するように無言で膝の上の両の手をギュッと握り締めた。

 ローゼンは、美夜を哀れに思うあまり、味方になる事しか考えていない華夜に道理を教えようとする。それは美夜に最も欠けている部分についてだ。

「なぁ、華夜。余計なプライドは年若いうちに自分から捨てていくものだ。俺も子供の頃、調子に乗って人を馬鹿にしていたら、もっとうわの奴にやられたり、大人に指摘されて、次第に人を見下す事をやめていったよ」

「あなたでも そんな事あるのね」

 と、華夜は言ったが、

「でも、美夜にとってはプライドは頑張る為の原動力よ?」

 と、ローゼンとは話が合わない。ローゼンは相手に分かりやすい言葉を選んで話す。

「確かに、人より上を目指すのは悪い事ではないが、いずれは行き詰まるものだ。己を高める為の向上心は結構だが、それとは別に人を見下す部分だけは捨てた方がいい」

 そして、美夜とサクの違いを指摘する。

「サクはそれに気付いているからこそ、誰に対しても尊敬の眼差しを持っているんだと俺は思うがな。あの子の方がよっぽど大人だ」

 19になる美夜より三つ下のサクの方が大人だと言うローゼン。

『サクが大人? 体の大きいカグなら、まだ分かるけど……』

 華夜の頭には、ぬいぐるみを抱いて寝る子供っぽいサクの印象しかない。

「それに比べ、美夜は思い通りにいかないからと駄々をこねる子供と同じだ。俺が出て行ったところで、レイと同じく長男臭い説教になるだけで、美夜を納得させる事は出来ないだろう」

「じゃあ、どうすればいいのよ?」

 華夜としては、もうローゼンの気持ちも彼の人生も どうでもよくなっている。それより、美夜を救えるのは美夜が女の幸せをつかむ事だと、それしか方法がないのだと勝手に思い詰めている。

「まだ、分からないのか。実の兄が叩いても分からないのなら、他人の俺の言う事など誰が聞く。俺だって、最後には『ワガママばかり言うな』と、あいつを引っぱたくぞ。それでもいいと言うなら、話は別だが?」

 美夜に対して優しくする気がないローゼンに、華夜は怒りをあらわにして立ち上がった。

「薄情者! あなたが優しくしてくれればいいだけの事じゃない! 美夜が狂ってしまったのは、あなたの事をそれだけ強く求めているからよ。あの子が狂ったのは、あなたのせいよ!」

 これにはローゼンも立ち上がり、ついには、怒鳴り返した。

「薄情だと !? 狂ったのは俺のせいだと !? 人に寄り添う事もしないで、男を支配できれば満足するような女の方が薄情じゃないのか! もういい。出て行け !! 」

「もういいわよ! あんたなんかには頼らないから!」

 華夜は激昂げきこうすると、カラヤ商店を出て行った。

「はぁ……」

 座って、溜め息をいて頭を抱えるローゼン。弟のルークは隣に腰を下ろして訊く。

「どうするの?」

「どうしようもない。華夜の奴はワガママ娘に振り回される母親のようになって、周りの事も、美夜そのものの性格も冷静に見えていないんだ。当の美夜はワガママ過ぎて、もっと無理だな」

「フーン……」と、ルークもローゼンのように鼻息をく。

 ローゼンがソファーにもたれて言った。

「今更ながら、サクのいえが他の兄妹と違う訳が分かったような気がするよ……」

「どういう事?」

「あの兄妹は皆、同腹だと聞いているが、母親はサクにだけは美月のいえを付けなかったとか。なんでも、母親が本人の性格に合った名前を付けたんだそうだ」

「性格……。そう言えば、レイさんとサクはどっか似てるなぁとは思うけど、他の三人はだいぶ雰囲気違うよな。兄弟で性格が違ってくるのは当たり前だけどさ、あれは極端に違う気がする。まるで、他人みたいだ」

 ルークが言った事に、ローゼンは『ん?』と、何かに気付いた。

『よく考えたら、いえは関係ないのかもしれない。レイとサクの個人名には「夜」の文字が入ってない』


 ヅキ 麗照レイショウ


 はる 桜久弥さくや


 二人の名を思い浮かべる。

「フーン……」鼻息つくローゼンは

『これも意図的なものなのか。やはり、母親も “千里眼” か。こうなる事も分かっていたんだろうか』

 と、思う。

「なぁ、ルーク。あの兄妹の母親がここにいたなら、どうしたんだろうな」

「想像も付かないよ」肩をすくめるルーク。

「もしかして、『美夜、自分でなんとかしろ』とでも言うのかな?」

「だとしたら、俺たちの出る幕は ──」

「ないな」

 ローゼンがテーブルのカップに視線を落とした。

「紅茶、冷めたな」

 話をするに当たって眠気覚ましも兼ねて出してもらったが、内容が深刻過ぎて飲めずじまいになったのだ。

「淹れ直してもらおうか?」

「いや。もう寝るから処分してもらおう。ホットミルクを頼んでくれ」

「分かった」

 ルークが起きている従業員を呼びに応接室を出た。

『サクとレイが心配だな……』

 真面目な二人の方がローゼンにとっては気掛かりだった。


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