13-ⅴ)吸引力〜人たらしな商人と働く王子
西南の領主の第一王子カーミルのせいで、雑貨屋巡りが中止になった。
カラヤ商店の応接室に通されたカーミル王子とサクたち。ローゼンはルークや番頭のトリンタニー、警備隊長のガナン、この西南の都の支店長にも同席してもらった。
ソファーに対面で座るローゼンがカーミル王子に訊ねる。
「護衛も付けずに街をうろつくなど、一体どういうつもりですか?」
「護衛か、ハハハ……」
自嘲の笑いを浮かべて、カーミル王子が話す。
「マフディーが正式に跡継ぎと決まってから、数少なかった取り巻きの侍従たちも、みーんな、わたしのもとを去ってしまってな……。街へ出ようにも、誰も付いて来てくれないのだ」
「王族なのに?」と、美夜が訊く。
「王族だが、もう値打ちが無いのだ。ローゼンが跡継ぎ候補に上がっていた頃は、当のお前が頑なに断っていた事や、マフディーも乗り気でなかった事もあって、わたしの跡継ぎとしての立場をまだ保ててはいたが、マフディーが正式に跡継ぎとなった今は、わたしは ただのスペアだ。妃たちも わたしに見切りを付けて、皆、子供を置いて生家に帰ってしまった」
カーミル王子の事情を知って、一同、沈黙した。
『女房にまで捨てられたのか……』
と、思ったのはガナンだけではない。トリンタニーなどは
『マフディー王子はご健康でお若いし、これから結婚して子宝に恵まれるのは目に見えている。貴族共は政略に使えぬ子供なら切り捨てて、娘が若いうちに他の有力者と再婚させる算段か。薄情な世界だ』
貴族らの権力欲に呆れる。
『力を無くしたと言っても、侍従ぐらいは残っていそうだけど、それすら いなくなるほど、あからさまに意地悪をされているのか……』
と、思うルーク。さらに、ローゼンは
『マフディーがカーミルを追い詰める理由もないし、彼の性格を考えても有り得ない。領主の仕業か、カーミル自身に よほど人望がないか……』
と、察する。
「わたしは、もう終わったのだ」
と、落ち込むカーミル王子を、ローゼンの隣で座るサクが励ます。
「終わったなんて言っちゃダメだよ、王子様!」
「やっぱり、お前は優しい娘だ。わたしが このようになっていなければ、側室として迎えられたのに、残念でならぬ」
カーミル王子、女を見る目だけは確からしい。華夜は困り顔で同情している風だが、美夜や輝夜は先程から ずっと冷ややかな視線をカーミルに向けている。
「所詮、わたしは弟のスペア、ただの予備なのだ。城にわたしの居場所はない」
と、うなだれるカーミル王子を見て、
『子供の立場やってどうなるん? お父さんが守ってあげんといかんのでないん? 情けない人やわ。ほんでも、こないにまで落ち込んどる人を責めるんもぉ……』
サクはカーミル王子を情けなく思う一方で、どう励ましていいか分からずに沈黙し、ふと、ローゼンの顔を見る。腕組みしているローゼンはサクの悩ましげな顔を見て鼻息つくと、カーミル王子に向かって言う。
「城に居場所がないとおっしゃるなら、しばらくの間、うちで働いてみますか、王子?」
「働く……?」
カーミル王子はキョトンと答えた。
急遽、カラヤ商店で働く事になったカーミル王子。
「おいおい。大丈夫なのか? 王子様に人足の仕事なんて」
「後でお手討ちなんて勘弁ですぜ」
倉庫の荷運びをする人足たちが心配するので、ローゼンが領主の了解を得ていると話す。
「心配するな。城へ使いを出したら、領主様からは『好きにしろ』とのお返事だ。好きなだけ使ってやれ」
あっけらかんと言ってのける主のローゼンの事を
『使えるなら王族でも使うのか。鬼だな!』
と、心密かに思う人足たち。
すると、玉葱頭のハッサンが図々しげにカーミル王子に指図する。ハッサンの頭に “忖度” の文字は無い。
「じゃ、遠慮なく。王子様! こいつを この荷馬車に載せてくれ」
「わたしが運ぶのか?」
「他に誰がいるんだよ。さっさと動く!」
『ハッサン、強ぇー!!』『空気読まねー!!』などと、人足たちは新参者のハッサンの度胸に驚く。
ハッサンに急き立てられ、カーミル王子は麻袋を担ぐが、体がグラグラと揺れて不安定だ。
『お、重ッ!!』と、カーミル王子。
「しっかりしろ!」
「目と鼻の先の距離だぞ」
「見ちゃいらんねぇなー」
人足たちがハラハラしながら、見守る。
「これは慣れるまで日にちがかかりそうだな」
と、ローゼンも頭をかき、ルークも「ハハハ……」と苦笑い。
『なぜ、こんな事に……』
と、釈然としないカーミル王子だが、美人の声援があると、やる気が出る。
「頑張ってね〜、王子様!」
「しっかり! カーミル王子!」
華夜とサクがカーミル王子を応援するが、
「いいのは顔だけね」
「弱い男に興味ナシ」
と、美夜と輝夜は冷淡な反応を示す。
「重い物を持ち上げる時は、こう体に引き寄せて」
「腕の力だけに頼らず、腹筋にも力入れて。太ももと尻の筋肉で持ち上げる」
などと、ハッサンがカーミル王子にアドバイスしている。
しばらく、カーミル王子の様子を見守っていたローゼンたち。
「悪いな、サク。雑貨屋巡りは次の機会に」
申し訳なさそうに言うローゼンに、サクは首を横に振り、気遣う。
「ううん。仕方ないよ」
「明日は午前中に習字の予定を入れるから、朝、宿へ迎えに行くよ。一緒に朝食を食べに行こう」
「うん!」
ローゼンが嬉しそうに言うので、サクも釣られて笑顔で答える。傍目には二人が仲の良い恋人同士にしか見えない。美夜の目にも、そのように映っていた。
「じゃあ、今日はこれで帰るね」
ローゼンにそう言って、サクが姉たちと帰ろうとすると、カーミル王子が引き留めようとする。
「もう帰るのか?」
「はい。お仕事の邪魔しちゃ悪いので。それじゃあ」
実に常識的な対応をするサク。
「王子様、頑張ってね〜」軽いノリの華夜。
「じゃあね、もやし王子」不機嫌な美夜。
「さらば」素っ気無い輝夜。
去って行く美人姉妹を惜しげに見送るカーミル王子にハッサンの容赦無い声がかかる。
「ほら、ボサッとすんな! 女の子がいないからって、仕事の手ェ抜くなよ」
「トホホ…。なぜ、こんな目に……」
ブツブツ言いながら、荷運びをさせられるカーミル王子だった。
「フーン……。ここはハッサンに任せて、俺たちは店の中の仕事に戻るか」
鼻息ついた後、笑うローゼンに、ルークも「そうだな」と、笑ってうなずいた。
カーミル王子、翌日から全身ひどい筋肉痛で動けなかったので、部屋で休む事となった。
「い、痛い…、痛過ぎるぅ……!」
この後、三日は力仕事が出来ず、ぎこちない歩きでやっとの事だった。
主用の部屋で習字をしながら、カーミル王子の事をサクに話すローゼンが一旦、筆を置いた。
「えー! 大変だねー」と、サク。
「侍従や侍女になんでも任せっきりで、何もやってこなかった人が急に力仕事なんてやるもんだから。しかも、ハッサンが随分とシゴいたみたいでさ」
その力仕事をさせたのは、そもそもローゼンである。
「それにしても、カーミル王子、これから どうするのかな?」
「無論、このままという訳にはいかないが、彼は所詮、王族だ。庶民の生活には耐えられまい。そのうち『帰りたい』と言い出すだろう。自分の居場所がなくなったと言っても、結局、もと居た城で自分の居場所を新たに見つけるしかないさ」
「そうだね」
カーミル王子の話を終えると、ローゼンが不満げに言う。しかも、和の国の東訛りで。
「ところで、サク。なんで、和の国の言葉で喋ってくれないんだ。和の国の文字を習っているんだし、せっかくだから喋ってくれ」
「え……」ためらうサク。
「俺は君の事を、もっと知りたい……」
習字の初日にローゼンにそう言われてから、お国訛りを封印していた。
「どうしたんだ?」
サクの様子がおかしいので、ローゼンが訊ねる。
「え、えっとぉ……、わ、わたしのは西訛りとゆってもぉ、貴族や商人の多い都会的な言葉じゃなくってぇ、田舎の言葉だから、ローゼンの役には立たないかな〜と」
「そんなのは気にしないよ」
「そ、それにぃ、わたしの西訛りもぉ東の人たちと話してる間に変な西訛りになったぐらいだしぃ、せっかく東訛りを覚えてるのに、西訛りとごっちゃになっても困るかも?」
ああだ、こうだと言い訳するサクは
『これ以上、この人に深入りしたら後戻り出来んようになる』
と、ローゼンに恋する事を恐れている。
「いや、平気だ。東訛りはだいぶ耳に馴染んだから」
人差し指で自分の耳を差した後、ローゼンが微笑んで、
「サクの言葉が聞きたい」
と、サクの手を握ったので、サクは顔を真っ赤にした。ちょうど、そこへストッパーで止められたドアをノックする音がした。
「二人とも熱心だね。休憩にどうだい?」
ルークが紅茶とお菓子を運んで来たのだ。
「ちぇっ……!」と、手を放すローゼン。
『助かったぁ……』と、胸を両手で押さえて、内心ほっとするサク。
ルークは応接セットのテーブルにトレーを置くと、デスクに近付いてローゼンが書いた文字を腕組みして見る。
「へー。さすが、兄さん。央華の人より巧いんじゃないの?」
「サク先生のお蔭だ」と、ローゼン。
「ぜ、全然、全然。わたし、大して教えてないよぉ〜」
サクは慌てて両手を振って否定した。
「俺も習おうかな〜」
「そうしろ。後々、役に立つぞ?」
顎をつまむルークにローゼンが勧める。
「そうだな。ひとまず、お茶、どうぞ?」
ルークに促されて、ソファーに座って一緒に紅茶を飲むローゼンとサク。
「後でカーミル王子の様子を見に行ってくれ」
「うん。あちらにも おやつを持って行くよ」
と、ルークがローゼンに答えた。
客室へ紅茶とお菓子を運ぶルーク。
「カーミル王子。よろしいですか?」
ノックをして声掛けすると、「か、構わぬ」と返事があり、入室する。
カーミル王子は寝台の上でうつ伏せたままになっていた。
「おやつをご用意しましたので、よろしければ、お召し上がりください」
と、ルークがテーブルにトレーを置く。
「す、すまぬな」
立ち上がろうとするカーミル王子だが、ガクガクと震える。
「た、大変ですね」と、同情しかかるルークだったが、カーミル王子に
「て、手を貸してくれ。いや、こっちへ持って来てくれ」と、頼まれても、
「申し訳ございませんが、それは出来かねます。ご自分で歩いて下さい」
と、断った。
「な、なぜだ」
「ただの筋肉痛ですからね。兄からも『甘やかすのは良くない。あまり手出しするな』と言い付かっておりますので」
「な…… !?」
絶句するカーミル王子。彼にとっては、あまりの事に思えるからだ。
「一応、確認の為にサクにも訊ねたところ、彼女はひどい筋肉痛になっても、自分の事ぐらいは自分でするそうですよ? か弱い女の子でもそうなんだから、大の男がこれしきの事で弱音を吐くわけにはいきませんよね?」
ルーク、最後は兄ローゼンのようにウィンクした。
「お、鬼ッ!」
渋々、ようやっとの事でソファーに腰掛けたカーミル王子、震える手でカップを取り、口に付けるが、「熱ッ!」と離す拍子に紅茶を少々こぼす。
ルークは対面するソファーに腰を下ろして、長い脚を組んだ。
「城に居場所がないなら、王族をやめて我々のように庶民になるしかありませんが、どうです? 王子。もう少し、庶民生活を続けてご覧になりますか」
ルーク、兄ローゼンのような意地悪を言う。
「しょ、庶民と言うが、お前たち『カラヤ家』は裕福な家柄ではないか。カネは唸るほどあるし、大勢の使用人もいるであろう」
「それはそうですが、我々も遊んで暮らしているわけではありませんよ。商人は商人としての仕事をしているのですから。わたくしの兄など、今も仕事の合間に東洋の言葉を勉強しておりますよ。東洋との取引も増えたので」
兄ローゼンの熱心な仕事ぶりを話すが、
『もっとも、兄さんの場合は仕事しながら、ちゃっかり想い人とデートしてるけどな』
とは言わない。普通の人には真似できない芸当だからだ。
「そう言えば、お前は弟であったな。兄のスペアとして、お前は不満に思わぬのか」
「最近までは兄に負けて悔しい気持ちもありましたが、今にして思えば、兄がいてくれたお蔭で気が楽ですね。あの人がしっかり仕切ってくれるから、我々は安心していられるんです」
と、ルークが最初は眉間に皺を寄せていたのが、スカッと晴れやかな表情になる。
「安心……」と、つぶやくカーミル王子。
「とてもじゃないですが、今すぐ兄の代わりをやれなんて言われた日にゃあ、卒倒しますよ。大体、国中にある店という店を掌握するなんて、普通の人間には無理です」
と、ルークは肩をすくめると、今度は兄ローゼンの言った事を口振りや仕草を真似て話す。それは気取った口調で前髪を指先で払う仕草だ。
「それに、兄は『俺は細かい事は全部、店長や従業員たちに任せてるだけだ』なぁ〜んて言いますがね、なんだかんだ みんなを言葉巧みにその気にさせて動かしてる。言わば、“究極の人たらし” ですよ!」
最後は両の拳を握り締めて歯痒げに言った。
「とにかく、あの人は、人を乗せるのが巧い! だけど、その逆はない。そういう意味では かなり手強い人間なんです、あの兄は」
ルークがローゼンのリーダーとしての非凡さを語るが、カーミル王子には まだ分からなかった。
筋肉痛が軽くなり、店の中の雑用をさせられる事になったカーミル王子。
「王族が店の外や表で働くのはマズイだろう。彼の体面もあるし、警備上の問題もある。奥の雑用をやらせよう」
というローゼンの指示のもと、カーミル王子は丁稚の小僧の下でトイレ掃除をやらされていた。
「なぜ、王族のわたしが……」
「ブツブツ言ってないで、しっかり手を動かして下さい!」
丁稚の小僧に怒られる、ローゼンより一つ年上のカーミル王子26歳。
「いいですか! トイレ掃除だって、店にとっては重要な仕事なんです!」
と、胸を張って丁稚が説教を始めた。
ある時、「トイレが汚いぞ」と、ローゼンに指摘され、店長が当番だった丁稚の小僧を呼び出して叱った。
「こら! ちゃんとトイレ掃除をせんか!」
「ああ、ちょっと待て!」
と、店長を止めると、ローゼンが丁稚の小僧に向かって訊ねる。
「トイレ掃除は嫌か」
店長よりも年若いが、店長よりも遙かに偉い人に訊かれて、返答に窮する丁稚。そんな彼に、ローゼンは「ハハハ」と笑って返すと、こう言った。
「俺も嫌いだった」
「えっ︎!?」
「俺もお前ぐらいの頃は家のトイレ掃除をやらされたよ」
「わ、若旦那様が…ですか」
カラヤ商店の中でも、とても偉い人の口から出た言葉に驚く丁稚。
「ああ。家には使用人もいるが、うちは親が厳しくてな。子供のうちは色んな手伝いをやらされたよ。『人にしてもらう有り難みを知らないで大人になったところで、ろくな人間にはならない』とね。どんな立場の人間でも、まともな下積みがないと、後々うまくいかないものだよ」
「はぁ」
「ところで、お前は出世したいか?」
「はい、もちろんです。店長になりたいです!」
「だったら、トイレ掃除を真面目にやれ」
「?」
まだ、ピンと来ない丁稚にローゼンが理由を話す。
「トイレが汚いと、客が逃げるからだ。例えば、お前が商談に来た客だったとして、この店のトイレを借りる事になったとしよう。汚いトイレを見て、どう思う」
そこまで言われて、ハッとした丁稚。
「……嫌な気分になります」
「そうだろう。俺なら、こんな店とは取引したくないと思うだろうな」
『そこまで思われるんだ……』
と、丁稚は重苦しい気持ちになるが、尊敬する主であるローゼンに
「人はたかがトイレ掃除と思うかもしれないが、店が繁盛するかどうかは、実は、他でもない、お前の肩に掛かっているんだ」
と、期待されてしまう。
「しっかり頼むぞ」
と、ローゼンが丁稚の肩を叩いた。丁稚、俄然やる気が出た。
「ハイッ!」
と、元気良く返事すると、「今すぐ掃除して来ます!」と、素っ飛んで行った。
遣り取りを見ていた店長 曰く、
「さすが、人たらしですな〜」
「店長もこれぐらいは やってもらわないと」
と、ローゼンは爽やかにウィンクをした。
「つまり、トイレ掃除は店の大事な仕事なんです。それに、あのローゼン様にだって、下積み時代があるんです。僕は立派な店長になる為に、トイレ掃除でも手は抜きません!」
誇らしげに言う丁稚の目は活き活きとしている。
「はぁ〜……」と、カーミル王子。
『こんな小僧でも誇りを持って仕事をしているのか。これが、ルークが申していた「人をその気にさせる “究極の人たらし” 」というやつか』
彼はここへ来て、初めて感心したのだった。




