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13-ⅲ)吸引力〜名は体を表す

 レイたちの郷里、和の国の西側の小さな田舎の村では田植えが終わっていた。

「今年もありがとなぁ。助かったわー」

 レイやサクと同じく淡い栗毛の中年の女が親戚の少し年配らしき女に礼を言った。

「かまん、かまん。ほんでも、昨日きのうで、うちもキリちゃんも田植え済んでホッとしたなぁ。こんで皆、くっつぉぐわ」

 「くつろげる」を「くっつぉぐ」と言った親戚の女が、淡い栗毛のキリちゃんから出されたお盆から湯呑みを取って、茶をすする。

「ほんまやなぁ……」

 淡い栗毛のキリちゃんも縁側に座り、お茶をすすった。お盆の上にはお茶菓子もある。

「ほんで、あんたんとこの子ぉら、皆、元気なんな? 便りはんのな」

 親戚の女に訊かれたキリちゃんが答える。

「手紙は寄越してくるけど、まぁ、届くまでに何ヶ月もかかるきに、今頃は大陸の中央あたりでおるんでないかな?」

「ほうな。ほんでも、レイとかは五体も丈夫やし、しっかりもんやきにええけど、サクは ひ弱いきん心配やなぁ」

「まぁ、そのうち、サクも ちっとは丈夫になるやろ」

あんやなぁ、あんた。うちやったら、あなな弱い娘、よう外には出さへんわ」

「ハハハ。レイが付いとるきん、心配ないわな」

 キリちゃんこと、レイやサクたち兄妹の母は手招きのように手を下へ振って、笑った。

「おばさん、こんにちは」

 サクたちの実家を訪ねてきたのは、お腹の大きな女だった。サクの地元の「こんにちは」の抑揚は「こん」が狐の鳴き声のように上がり、後は下がる。東訛りにはないものだ。この訛りを、あのレイも喋るのである。

 サクの母が彼女の名を言う。

「あら? フミちゃん」

 それはサクの幼馴染みのフミだった。可愛らしい丸顔は相変わらずだ。

「お腹、大きぃなったなぁ」と、サクの母。

「何ヶ月?」と、親戚の女。

「五ヶ月ぐらい」と、お腹をさすりながら、フミは答えた。

「お腹が大きぃなってきたきん、今、実家に戻っとんや。サクちゃんはまだ、旅から帰っとらんの?」

「まだ、大陸やわ」

「そうな。サクちゃんが帰って来たら、この子の顔、見てほしいなぁ」

「楽しみやな。サクがーって来たら、伝えるわな、フミちゃん」

「うん。ほんだら」

 サクの母からサクがまだ旅から戻っていない事を聞くと、フミは帰って行った。

「なんなん、あの子。人のうちに来て、手ぶらか」

 フミの姿が見えなくなると、親戚の女はフミに対して手厳しい評価をする。ちなみに、お盆の茶菓子は彼女が持参した物だ。

「そやきに、わたしもお茶の一杯も出さなんだがな」

 サクの母がそう言うと、親戚の女は目と口をOの字のように丸くした後、言った。

「さッすが、キリちゃんやな!」

 二人は顔を見合わせて「ハハハ」と、笑った。一笑いした後、サクの母が輝夜のようなキツイ目で言う。

「どうせ、お腹の子ぉを見せびらかしに来たんやろ」

「どういう事?」

 と、親戚の女が身を乗り出して聞く。

「あれは ──」と、サクの母がフミの事を「あれ」と言って、軽蔑する。

「サクからサスケを奪ってやったと思うとる」

「えっ!?」

 驚く親戚の女に、サクの母が声を潜めて言う。

「フミはな、隣村のサスケと結婚したんやけど、これが、妊娠分かってからの結婚やがな」

「うわぁ……」

 親戚の女もある程度、世間を知っている年齢であるだけに、それが後々のちのちどうなるかの察しが付く。それゆえに、不吉な反応をするのだ。おそらく、男の方は最初から結婚する気がないのに、仕方なく結婚したのだ。長続きするとは思えない。

「フミの母親はサスケの方から惚れたんやとか言うけど、噂では言い寄ったんはフミの方らしいわ」

「それ、ほんまかな」

「噂の出所はサクの友達からや。間違いないわ」

「そなん、嘘までついてぇ……」

 眉をひそめる親戚の女に、サクの母は自分の鼻先に拳を付けて、天狗の鼻のようにして見せて、言う。

「フミの母親も調子の高い女やきん、わたしも好かんのや。どうせ、見栄張って嘘ついたんやろ。嘘ついたんが母親の方かフミの方かは知らんけど」

「うわ……」

 母娘、共にどうしようもない事に呆れ果てる親戚の女。

「サクは お人好しやきん、フミと仲良うしとったけど、あれの本性知ったら、もう近付かんやろな」

「その方がええわ」と、親戚の女はうなずく。

「ほんでな、サスケやけど、これがイジメっ子に絡まれたら、女の子ぉ置いて逃げるような奴でな、サクが怒っとったわ。しかも、置き去りにされたん、さっきのフミやで」

「えー! それやのに結婚したん!?」

「そうや。分からんやろ? 女心はー」

「わたしらも女やけど、よう分からんわー。よう好きにならんわー、そなな奴」

「サクの友達も不思議に思うて『なんで、そんなんと結婚したん?』聞いたんやと。そしたら ──」

 サクの友達から聞いたフミの言葉を言うサクの母。


「サスケくんの事がほっとけんかったんやー」


「── とか言うたらしい。けど、サクの友達も本音はサスケを奪ってやったいう所にあるんでないか、言いよったわな。サスケはずっとサクに気があったらしいきん」

「ひぇー!」

「わたしも一時いっとき、どっかのガキがサクの周りウロチョロして、うっとうしいなぁ思いよったんや。それがサスケやがな。あん時はレイが追っ払うたけど、フミと引っ付いてくれて、ほんに助かったわ」

「ほんでも、大丈夫かいな。サクが帰って来たら、修羅場になったりせぇへんの? サスケは元々サクが好きやったんやろ?」

「心配ない、心配ない。サスケやこ、サクが相手にするわけがない。それよりはフミや。サクの旦那を取りに行くかもしれん」

「いやぁー、おとろしー!」

 思わず自分の両腕をさすって身の毛がよだつ親戚の女だったが、疑問が湧いて、一瞬、目玉を上向けた後、訊ねる。

「ん? ほんでも、サク、まだ結婚しとらんやろ」

「どうせ、異国で大物を釣って帰って来るわな。そうやなぁ……、大金持ちやな。ほんで、武士もののふもビビる大軍団引き連れて、なかなかな男前や」

 と、カラッと笑うサクの母は内心でほくそ笑む。

『フミのうわいくような男や。近付いたら、あべこべにフミが退治されるわ』

 大層な事を言うサクの母に、親戚の女が笑う。

「大きぃに出るなぁ、キリちゃん!」

「ハハハ! 母親の勘や!」

「あはは。あんたの勘はちょいちょい当たるもんなぁ」

「そぉやろ? アハハハ!」

 サクの母の『千里眼』の力も、全ては「勘」という言葉でごまかされる。便利な言葉である。

「そうや!」

 急に何を思い付いたか、サクの母は家の奥に入って、また縁側に戻って来る。

「これ、これ!」

 と、言って、親戚の女に一枚の紙切れを見せた。

「サクの名前や。そろそろお披露目しようか思うて」

「改名したん?」

「あの子が旅に出る前にな、健康長寿の祈願の為に作ったんや。今日あたり、氏神さんに報告のお参り行って、その後、お寺さんにも戸籍に書いてもらおうかと思いよん」

「はぁ……。苗字も変えたんやな」

「あの子は美月の跡継ぎと違うし、旦那の方のもりの跡取りとも違うきに、思い切って変えてみた」

「ふーん……。ほんでも、ええ名前やな。見よるこっちも、目の前がパァーッと明るうなるような気ぃするわ」

「そぉやろ?」

 サクの母はニッコリと笑った。



 初恋話があった翌日、ローゼンの機嫌はすっかり直っていた。今日もサクと会うからである。午前中は字を教わり、午後は街歩きの予定だ。

「ローゼン、上達早い!」

「そうかい?」

 サクはローゼンが筆圧のコントロールが上手な事に驚いた。

「わたしなんか、央華でいる時に、やっと出来るようになったぐらいだよぉ」

「央華って、けっこう最近の話じゃないのか?」

 筆を置いて、話を聞くローゼン。

「うん。三年ぐらい前。体が弱いなら、写経してお寺に納めたらいいよって、旅の途中で勧めてくれる人がいて。それでぇ、健康祈願の為に写経したの。その時の写経がキッカケで、だいぶ筆が使えるようになったんだー」

「へー」

「納めるのは百八巻だから、失敗作も数えるとぉー…、倍は書いたんじゃないかな? 細筆もすぐに擦り切れて、何度も買い替えたよぉ」

「それは凄いな」

 サクの頑張りに感心するローゼン。その頑張りの原動力は信仰心だと次の言葉で知る。

「お寺に納めるってなったらぁ、ちゃんと書かないと。そう思って、いろいろ試行錯誤しながら書いてるうちにぃ、筆圧が一番大事だーって気付いて」

 サクはそう言うと、デスクの上の半紙のローゼンの字を見て、ちょっぴり恨めしそうに言う。

「わたしなんかぁ、散々努力して、やっとなのにぃ。いいなぁ、ローゼンはなんでも出来て」

「ええ? そんな事はないよ。俺だって、なんでも出来るわけじゃないさ。商売の大まかな事や語学は得意でも、料理は簡単な物しか作れないし、裁縫なんて細かいのは もっと苦手だ」

 ローゼン、なぜか「武術は得意」とは言わない。お間抜けなサクは そこに気付かず、素直に驚く。

「えー。器用そうなのに、意外いがぁーい

「それに、日常の細かい事もみんな人任せさ。家の事は使用人たちがやってくれるし、店の事は従業員たちがやってくれている。俺一人の力じゃ何一つ出来ないよ」

 ローゼンが組織のトップにありながら、偉そうな考えを持っていないのは、冷静に己の立場をわきまえているからである。

 サクは改めてローゼンの立場が普通でないと感ずる。

「組織のスケールが大き過ぎて、普通の人とは比較にならないけど、ローゼンでも苦手な事があるんだね」

「それはそうさ」

 と、ローゼンが微笑んで答えると、名前の字についてサクに訊ねる。

「ところで、サクやみんなの名前はどんな字を書くんだい?」

「えっとねー」

 サクはローゼンと席を替わって、筆を執る。紙にさらさらと兄、姉らの名やモー、天堂兄弟の名を書いていく。


 美月麗照 美月華夜 美月美夜 美月輝夜

 孟季 天堂ヒカル 天堂カヲル


 筆を置いて、ヒカルとカヲルの名の「ヒ」と「ヲ」を指差すサク。

「こうして見るとぉ、ヒカルとカヲルの名前は双子を意識して付けられたのかなって、思わない?」

「ああ! 『ヒ』と『ヲ』は上下をひっくり返すと、同じように見えるな」

「でしょお? それに、苗字の方は偶然だろうけど、左右対称になってて、これも双子っぽいよね?」

 「確かに」と言うと、ローゼンは

「あれ? サクの名前は?」

 と、訊く。

「わたしの名前はあんまり人に教えるなって、お母さんから ゆわれてるんだけど……」

 と、ためらうサク。

「どうして?」

「女が他人に本名を名告なのる時は、結婚する時だ、って」

「え……?」

 ローゼンは一瞬、驚き、ゴクリと唾を飲み込む。『是非、聞きたい!』と心底思うが、同時に疑問も浮かぶ。

「君の姉さんたちの名前は本名じゃないのか」

「お姉ちゃんたちのは本名だよ? そもそも、古い風習でぇ、悪い人に呪いとかで支配されない為に本名を隠すってゆーものなんだけどぉ、お母さんが ──」


「あの子らぁのは隠したって意味が無い」

「どうせ、人の言う事やこ聞かへん生意気な性格やきん、呪われたって、なんちゃない。平気へーきじゃわ」


「── って、ゆってた」

 当然、サクは母の言葉を郷里の言葉ではなく、現地のファルシアス語で伝えているわけだが、伝えたい内容はしっかりとローゼンに伝わった。

「分かる気がするなー」と、ローゼン、思わず苦笑い。

「さっきの『結婚する時に本名を名告る』って風習もぉ、ずいぶん昔の話らしいから、今では廃れて誰もやらないけどね」

 そう言うと、サク、右ほほに手を当てて、少し首を傾げ、しばし考え込む。

『うちに古い風習をわざわざ守らせるんは、すぐに人に同情して、自分の事を後回しにしたり、遠慮したりする性格やきに……。それに写経の頃に変えた今の名前では、自我が芽生えたけど、もう物足りんような気がする。もう一段階、自分の考えに自信を持つべきかも……。誰にも支配されず、自分をしっかり守る名前に』

 と、思ったサクは

「そろそろ、ええんかなぁ……」

 と、訛りで つぶやいて、筆を執った。

「お母さんからは、『結婚とか関係なく、なんとなくでもいいから、自分がいいと思った瞬間があれば、本名を名告ってもいい』とも、ゆわれてるんだよねー」

 サクはそう言うと、筆を走らせた。


 悠海 桜久弥


「これで『はるみ・さくや』って読むの。かなり特殊な読み方だからぁ、和の国でも読める人は少ないと思うけど」

 サクの本名を見聞きして、ローゼンは気付く。

『ん? いえが “づき” じゃない』

 サクが唱える。

「悠かなる海の如く、桜の花の盛りは久しくいよいよ続かん……」

 それは、まるでポエムのようにも、呪文の詠唱のようにも聞こえる。

 サクがその不思議な言葉の解説をする。

「要するにぃ、この名前は、いつまでも健康で長生き出来ますようにって、意味。お母さんが考えてくれたの」

「子を心配する親の愛情を感じるな。いい名前だね」

 と、ローゼンに言われて、サクはニコリと「うん」と笑った。そして、こう言った。

「今の名前、気に入ってるんだ〜」

 「今の」と言われて、「え?」と驚くローゼン。

「わたし、改名してるの」

 と、サクは答えると、

「生まれた時はぁ、『こもり・さくや』って名前でぇ、お父さんの苗字で名告ってて、『さくや』の字も全然違うのを当ててたんだぁ。お母さんが『美月の苗字じゃ、あんたの名前が出なかった』って」

「名前が出る?」

 サクが不思議な言い回しをするので、ローゼンが聞き返した。

うち兄妹きょうだいはみんな、お母さんに名前を付けてもらってるんだけどぉ、お母さんがゆうにはぁ、『本人の性格に合った名前を付けた』って。生まれたばかりで性格なんて分かんないのにね。ちょっと変わってる人だから」

 と、笑ってごまかすサク。なぜなら、

『今、思うたら、“千里眼” で見たんやわ。さすがに、この事はゆえんなぁ』

 この秘密は誰にも言えないからだ。

「和の国では改名する人が多いのか?」

 ローゼンに訊かれて、サクは和の国での名前に対する考えを話す。

「う〜ん…、生まれてから一生 同じ名前の人もいるけどぉ、大人になって改名したり、出世して改名するとか、人生の節目節目で新しく変えたりする場合もあるしぃ、いわゆる験担ぎで名前を変える人もいるよ?」

「はぁ……。いろんな理由で改名するんだな」

「ちなみにぃ、わたしは二回改名しててぇ、これは今日から名告る三つ目の名前」

 サクが二本立てた指を三本にして言う。

「えっ!? そんなに何度も?」

 驚いたローゼンだったが、サクがさらに驚きの発言をする。

「うん。わたしのは成長に合わせて改名したパターンだけど、回数としては少ない方だよ。もっと多い人だっているよ? 十回とかゆう人もいたって聞いた事ある」

「……もう、何者か分からなくなるな」

 驚きを通り越して、ドン引きするローゼンに、「そうだね。十回は多過ぎだよね」と苦笑いしたサク。

「わたしの場合はこの名前が最後になるから、もう変える事はないけどね。でもぉ、『改名しても性格とか人生が、前の名前と大して変わってない人もいる』って、お母さん、ゆってたなー」

「和の国では、名前が性格や人生を表すと考えているのか」

 文字に音はあっても意味を持たない文化で育ったローゼンには新鮮だった。

「みんなが、みんなじゃないけどぉ、そう信じている人もいるかな?」

「ふーん……。面白いな」

 サクから聞く異文化に興味を持ったローゼン、サクにある頼みをする。

「サク。俺の名前に漢字を当てられるかい?」

 サク、そんな頼まれ事をされるとは思ってもみなかったので、目を「ぱちぱち」とまばたきさせて驚くと、

「……いいけど。必ずしも、いい名前が出るとは限らないよ?」

 などと言う。

「そうなのか?」

「わたしのは偶然だから。しかも、名前の文字が文章的につながるなんてゆうのは、なかなか難しいけどぉ……」

 サクはローゼンの顔を見た後、紙に視線を移すと、

「やってみる」

 と、言って、思考を巡らし始めた。

『うちら兄妹や仲間もお世話になっとるし、なんとかしたい!』

 他でもない恩人の為と思い、真剣になる。

『「カ」の音は色々あるけどぉ、ローゼンの性格に華美は似合わん。派手さより、高潔な雰囲気の「香り」の方がええな。「ラ」は直感で「羅」。つらなるゆう意味もあるし、スケールが大きぃてええかも。「ヤ」は弓の名手やきに「矢」がええ……』

 先にいえが決まったので、

『香羅矢』と、書いてみると、サクの頭にある映像が閃いた。


 龍 ─── !?


 しかも、五本爪の龍だ。左手には宝珠を持っている。

 一旦、筆を置いて、ローゼンに訊ねる。

「……辞書ある? 漢字の辞書」

 「あるよ」と、椅子から立ったローゼンが低い棚の上に並べた数冊の書物から辞書を取り出した。サクは忘れているが、それらの書物は中部の西の本屋でローゼンが買った物だ。ローゼンは街から街への移動の際、荷馬車で必要な私物も運んでいた。東洋の書物はその中の一部だ。

 辞書を開いたサクは、龍に関する文字で『ローゼン』の名の音に合った字を探す。

『龍の部に「ロー」の音が無い。他の部や。寵児も違う。音の索引から探すか……』

 サクの目と指が字を追い求める。

 そして、それが決まると、「ゼン」の音はすぐに決まった。

『この人の根幹にあるのは善良さ!』

 再び筆を執り、書き始めた。


 香羅矢 龐善


「カラヤ・ローゼン」

 書き終えたサクの口から、ローゼンの名が呼ばれ、

「……ローゼンって、凄く運が強いね」

 と、つぶやきがこぼれた。

「どういう意味だ?」

「う〜ん、えーとぉ……」

 ローゼンに訊かれたが、サクはためらった。

『どうしょー。ゆってもええんかなぁ……』

 サクには見えてしまったのだ。文字の意味以外の見えない部分が。しかし、『答えん方が不自然かな』と思い、言ってしまう。

「えっとぉ、まず、『大人になってから凄くいい名前が出るのは、努力して成長した証拠だ』って、お母さんがゆってた」

 サクの言葉に、ローゼンが「うん」と、神妙な面持ちでうなずいた。

「でもぉ、ここまでいい名前は普通なら出ないと思う。しかも、これは一生ものの名前。普通なら年を取ると、衰えて病気がちになったりするから、弱い名前に変わるんだけどぉ、これは改名の必要なんてない」

「へー……。君、そんな事が分かるのか。占い師みたいだな」

 と、ローゼンは感心して言うが、

『やはり、千里眼なのか』

 と思う。しかし、サクからは明かされないので、

『でも、まだ言いたくないのだろう』

 と、あえて気付かない振りを続ける。

「お母さんの真似事だけどね」

 と、サクはごまかし笑いをすると、解説を続けた。

「これは基本的には裕福な人が持つ名前。人間関係では周りからの期待を集めるしぃ、女の人にもモテて、いい人脈にもたくさん恵まれる。本人に凄くパワーがあるからぁ健康で長生きも出来るし、その上、心が広くて頼り甲斐があるからぁ、大勢の人たちを相手に、大きい事を成し遂げる人生になる……。なんか、今のローゼン、そのまんまだね」

 それを聞いたローゼン、「ふ〜ん……」と、うなずいた後、ちょっと首を傾げて、素で「え? でも、俺、モテないけど」と、一言。

『えっ!? 自覚無いん? どんだけボーッとしとん、この人……』

 サクは呆れたが、自分も同類である事に気付いていない。

 サクが驚いた顔をするので、ローゼンが言う。

「いや、だって、みんな財産目当てだからさ」

「あぁ、そう……」

『モテるって、大変やなぁ……。お城でも大変やったし』

 恵まれているように見えて、好きでもない相手から狙われるという微妙な状態のローゼンに同情するサク。

「それより、この名前で恋愛は旨くいくのかな?」

 と、ローゼンは恋愛運を気にする。

 サク、ローゼンの名前の字『香羅矢 龐善』をしばらく見つめた後、答える。

「う〜ん……。合理的で気配り上手なだけに、かなり頭がいいから、ちょっとずるいとこあるかなぁ……」

 と、指摘されて、心当たりがあるのか、「へ、へー……」と目が泳ぐローゼン。これまで、二人きりでデートしたいが為に色々と画策するわ、恋敵を追っ払ったり近付けない作戦を立てるわ、呼び捨てにさせたり、恋人役を頼んで距離を縮めようとするわ、前科だらけである。

「あんまり あざといと、嫌われるよ?」

 ローゼンの恋の標的が自分だと思っていないサクは他人ひとごとと思って、告げている。

『千里眼で どこまで見えているんだろうか……』

 ローゼン、少し動揺して、思わず胸を手で押さえていた。

「そ、そうか。き、気を付けるよ……」

「頑張ってね」

 引きつった笑顔のローゼンに、サクは他人事感のあるサラッとした言葉をかけて、再び『香羅矢 龐善』の名前に目を落とす。

「あとぉ、モテるだけに相手選びは気を付けて。誠実な相手を選ぶといいかな」

 と、言い終えて、ローゼンの顔を見るサク。ローゼンはサクの顔を見ながら「そうか、そうか」と、うなずくが、その表情は妙に嬉しそうだ。

『あれ? ローゼン、最近、恋愛 旨くいってるのかな?』

 と、サクは『良かった』と思う一方で、

『美夜お姉ちゃん、どうなるんかな』

 という心配も抱えているので、一瞬、伏し目になる。

 ローゼンが想い人の事を訊いてきた。

「ところで、俺の想い人は俺の事をどう思っているか分かるかい?」

「え? さすがに、それは相手の事が分からないと……。ローゼンの名前だけじゃ無理だよ」

 困り顔で答えるサクの様子から

『なんだ。なんでも見えるわけじゃなさそうだな』

 と、自分の気持ちに気付いてもらえない事にガッカリすると同時に、自分の嫌らしい部分には気付かれていない事に ほっと安堵するローゼン。今度は質問を変えてみた。

「じゃあ、君は俺の事をどう思う?」

「はぁ……」と声に出し、『なんで急に、そなな事?』と思いつつ、サクは

「お兄ちゃんみたいで頼もしいかな?」

 と、正直に答えているつもりでいる。ローゼンに好意は抱いていても、自分が彼に相応ふさわしいと思っていないからだ。

「そ、そうか……」

 サクとの関係が進展してない事にガックリきたローゼン、

『訊かなければ良かった……』と後悔した。

 肘を突いて額を押さえるローゼンをサクが心配する。まさか、自分の言葉で傷付いているなどとは思っていない。

「大丈夫ぅ? 頭、痛いの?」

「いや、なんでもないよ」

 顔を上げて笑ってごまかすローゼン。

「そう……」と、答えつつ、

『話がだい れたなぁ』

 と、思ったサクは残りの解説に戻る。

「えっとぉ、あとはぁ……、文字の意味だけど、香と善に人柄の良さが、羅と龐にスケールの大きさが出てるしぃ、矢にはチャンスをのがさない強い意志が感じられる ──」

 と、言った後、自然と言葉が紡がれた。

「香気の如く高潔な心で全てを網羅し、弓矢で的を射るが如く真実を見抜けば、たかどのの如く大きく構えてただしい道をかん……」

 スラスラと言い終えると、信じられないという顔で「出来た、意味……」とつぶやき、ローゼンの顔を見るサク。

 途中から目を見開いて聞いていたローゼン。一度、落ち着いて「フーン…」と鼻息つくと、笑顔を見せた。

「なんだか、随分と縁起の良さそうな名前だな。気に入ったよ」

「そ、そぉお? 良かった……」

 ローゼンに気に入ってもらえて胸をなで下ろしたのも束の間、サクはある事に気付いた。

「あ……!」



 その夜、高級酒場で久々にレイと飲むローゼン。サクに書いてもらった漢字の名前をレイに見せた。

 紙を渡されて、字を眺めるレイが気付く。

「これ、央華では使えないぞ。あの国は音読みの世界だから、訓読みも交ざってるこの名前じゃ、央華では通用しない」

 しかし、ローゼンが「いいんだ」と言う。

「サクから聞いてるよ。でも、俺はこの名前が凄く気に入ったんだ。サクが真剣に考えてくれたものだからな」

「そうか」

 レイから紙を戻されて、ローゼンが紙に書かれた自分の名前『香羅矢 龐善』を見つめる。

「これは俺が歩みたいと思っている人生そのものだよ。たかどのの如く大きく構えてただしい道をかん……。うん」

 最後は納得のうなずきをした。


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