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13-ⅱ)吸引力〜初恋

 習字を中断して、ローゼンはサクと昼休憩に出る。

「今からランチを食べに行くから、後を頼む」

 店長に一声かけて店を出ようとしたところへ、配達の手伝いから店に戻って来た玉葱頭のハッサンと会った。

「あれ? もう昼飯か?」

「流行りの店はすぐに行列になるからさ、早めに行けば並ばなくて済むだろ?」

 長々と待つのはサクには負担になるからというローゼンの配慮だ。

 ローゼンの返答に「はぁ〜ん」と、うなずき納得したハッサン。サクのお人形のような端麗な顔を見る。

「じゃ、行ってくる」

「行ってきま〜す」

 ローゼンとサクは二人して仲良くカラヤ商店を出た。二人を見送ったハッサンは首を傾げた。

「やっぱり、どっかで見た顔だなぁ……。どこだっけぇ〜?」

 一昨日、馬車でのサクとの対面の時にも既視感デジャビュがあったのだが、まだ思い出せない。

 そこへルークが来た。

「どした? ハッサン」

「いやさ、ローゼンと一緒のあのお嬢ちゃん」

「サクの事か」

「ああ、サクちゃん。どっかで見た事あんだよぉ」

 上を見て思い出そうとするが、なかなか思い出せないでいるハッサンを、ルークが誘う。

「それよりさ、俺たちも早めに昼休憩、行かないか? 見せたいものがあるんだよ」



「急げ、急げ! 次の部が始まる」

 ルークに急かされてやって来たのは広場だった。群衆の間を縫って、舞台前まで辿り着く。この近辺の商店街の客寄せの為に、芝居や歌舞などが催されているのだ。

 美しい三人の踊り子たちが羽扇を持って登場した。美月家の華夜、美夜、輝夜である。くるくると舞い踊ると、投げた扇をキャッチするだけでなく、宙返りをしたり、演武をアレンジしたような振り付けがあったり、普通の女とは思えない。

「彼女たちの身のこなし、凄いだろ? これを見せたかったんだよ」

 ルークは単に踊り子としての彼女たちの美しさを見せたいのではなく、技術を見せたかったようだ。

「へー……。あれって、城で対戦した連中だろ? あの時、俺、後ろの方でいたから、しばらく見物してたんだけど、やっぱり只モンじゃないなぁ。並みの踊り子の動きじゃあない」

 と、感心するハッサン。

「ハッサン、城で兄さんと闘う前に5発、喰らったろ」

「おお! 女顔のあいつも凄かった。あれはローゼンといい勝負だ」

「彼、兄さんの親友で、あだ名は『レイ』と言うんだけど、彼女たちはレイさんの妹なんだ」

「道理で強いはずだ」

 と、肩をすくめるハッサン。

「でも、サクだけは兄妹の中で唯一、体が弱くて、武術も出来ないんだけどね」

「えっ!? あのちっこい子もあいつらと兄妹? 全然、華奢だな……」

 再び、踊り子の優雅な舞に視線を戻したハッサン、目を大きく見開いて、思わず叫んだ。

「あーッ!! 思い出した……。踊り子だ!」



 踊り子姉妹の演技を見た後、ルークはハッサンと食堂で昼食を共にしていた。そこで、ハッサンから とんでもない話を聞いたところだった。

 ルークのナンをかじる手が止まった。

「ま、まさか、兄さんにそんな過去があっただなんて……」

「え? お前、知らなかったのか」

「いや、初耳だよ。あ! でも、あの時期、確か、兄さん、落ち込んで元気がなかったのは覚えてる」

 視線を左に移して思い出していたルーク、今度は目を対面するハッサンの方を見て言う。

「ハッサン、この事はサクには話すな」

「なんで?」

「なんでって、兄さんだって聞かれたくないだろうし、サクだって傷付くかもしれない」

「そうかァ〜? 俺は笑い話でいけると思うけど」

 デリカシーのないハッサンに、ルークが頭を抱えて「あのなぁ〜」と言っているところへ、間が悪い事に、厄介な連中が昼食を取りにやって来た。

華夜「なに、なにィ〜?」

美夜「だぁれに聞かれたくないってぇ〜?」

輝夜「聞きたい」

レイ「なんだよ、ローゼンの秘密って?」

ヒカル「教えろ、教えろ!」

カヲル「僕もぉ、知りたいかな〜? な〜んてぇ」

「ゲッ!? な…、なんで、みんな いるんだ……」

 驚愕するルークに、皆がそれぞれの事情を語る。

「仕方ないじゃない。この店、広場から近いんだし」と、美夜。「うん、うん」と、華夜と輝夜がうなずく。

「俺らは たまたま この店に来ただけなんだが、まさか、こんなとこで居合わせるとはな」と、レイ。

「僕らは今日はレイさんの荷物持ちでぇ」と、カヲル。それにヒカルがうなずく。

 これらの顔触れに不安しか覚えないルーク。

『よりにもよって、口の軽そうな奴ばっかりか。レイさんは軽くないけど、サクと仲いいから、サクには なんでも喋りそうだし。ツイてないなぁ……』

 ルークがどうやって ごまかそうかと考えていると、ハッサンが勝手にペラペラと喋り始めた。

「秘密ってほどのモンじゃねぇけどさ、ローゼンの初恋の相手が、サクちゃんそっくりな踊り子だった、ってだけの話さ」

 全員、口を「あんぐり」と開けて絶句した。ルークの絶句に限ってはハッサンがペラッと喋ってしまった事に対してだ。

 ようやく、レイが口を開き、

「サクにそっくりな踊り子……」

 と、つぶやくと、皆が堰を切ったように妄想を重ねていく。

「そっくりって事は、女の好みが変わってねーって事か。進歩がねぇな」と、ヒカル。

「そんな単純な話か? 初恋の面影を偲んで忘れられないんだよ、きっとぉ。なんて悲しい話なんだぁ〜」と、勝手に美しい悲恋話にして浸るカヲル。

「まさか、踊り子にフラれた事がトラウマになって、踊り子アレルギーになったとか言わないでしょうねー?」と、美夜。

「あら〜」と、華夜。

「ありうる。カグたち、三人ともフラれた」と、輝夜。

「とりあえず、俺らもメシにしよう」

 と、レイが注文して、配膳された料理にガッつきながら、みんなでハッサンの話を聞く事になった。

「それで、それで? 二人はどうなったの?」

 と、興味津々な華夜。

 勢い良くガツガツ喰らいつつ、人の恋愛話を面白おかしく思っている面々に、ハッサンが半分 呆れつつ、ローゼンの初恋の物語を始めた。

「あれは確か、ローゼンが11の時だ。その頃のあいつは生意気にも、ちょっと色気付き出してさ。顔も今みたいな生意気な感じになってきてたな ──」



 ローゼン11歳、五つ年上のハッサン16歳と一緒に買い物に出ていたある日の事。王都に来ていた踊り子の公演をたまたま観たのだが、その踊り子の儚げな美しさにローゼン少年の心は奪われてしまった。それ以来、その踊り子の公演に通い詰めたので、お供に付いて行ったハッサンも踊り子の顔を覚えたほどである。

 ある日、ローゼン少年、花束を抱えて走った。その行く先はもちろん、憧れの踊り子のもとだ。

「踊り子さん! これを受け取って下さい!」

 楽屋テントを訪れ、片膝突いて花束を差し出すローゼン。化粧台の前に座る儚げな美貌の踊り子が、ローゼン少年の方を振り向いたが、思わぬ邪魔が入った。

「こぉら! なぁに勝手に入ってんだ、このガキ!」

 興行の関係者らしき厳つい男に猫の仔のように襟首をつかまれて、つまみ出された。

「クッソーッ!」

 これしきの事で諦めないのがローゼン。今度は入り口からでなく、テントの下の隙間から潜り込んだ。道具箱や衣装箱の陰に隠れて、中の様子をうかがう。

 お目当ての踊り子は誰かと会っていた。男だった。しかも、首や耳、腕や指にギラギラと金や宝石を身に付けている。どうやら、金持ちのようだ。

『下品な男だな』

 ローゼンはそう思った。カネはありそうだが、センスがない事は子供のローゼンにも分かった。

 踊り子はその金持ちの男から高価な首飾りを受け取って、化粧台の上に置くと、男と抱き合ってキスをした。

「─── !!」

 ローゼン少年、ショックを受けた。彼の初恋は呆気なく終了した。

『お、終わった……、俺の初恋』

 ガックリ来て、その場で両手を突いて、うなだれた。

 「じゃあ、今夜」と、男が去り、ローゼンがしばらく放心していると、別の男がやって来た。

 この男も身なりからして羽振りが良いようで、宝飾品はさっきの男より少ないが、テカテカと光る絹の服をまとっている。この男は踊り子に指輪をプレゼントした。踊り子はこの男とも抱き合い、キスをした。

「─── !?」

 ローゼン少年、さらにショックを受けた。憧れの踊り子は二股をかけていたのだった。

『せ、清純なイメージがぁぁぁぁっ!!』

 ローゼン、頭を両手で押さえていた。

 「明日あすの夜に」と、踊り子に言われて、男は去った。

 次に、また別の男がやって来て、耳飾りを贈り、踊り子と抱き合い、キスする。二股どころではなかった。まだまだ他にいるかもしれない。

『も、もうッ、驚かない……!』

 ローゼン、思わず拳を握り締めて内心で強がったが、少年の純粋な恋心はズタズタに引き裂かれていた。

 「あさっての夜にね」と、約束を交わす踊り子。男が去ると、彼女は化粧台の椅子に腰掛け、化粧を落とし始めた。

 完全に化粧が落ちたその顔が鏡に映る。眉墨が落ちて眉がなくなり、付け睫毛で大きく見せていた目はしょぼしょぼと小さく、白粉おしろいが取れた肌には白粉焼けした くすんだ色が現れ、それは、あの儚げな美貌とは まるで別人の「のっぺらぼう」のような顔だった。

 ローゼン少年の憧れがガラガラと完全崩壊の音を立てた。

「ハァ───ッ!?」

 思わず口から かすれた叫び声が漏れた。その声で「誰だい !?」と踊り子に気付かれ、ローゼンは花束を置き忘れて、テントの下の隙間から慌てて逃げたのだった。

『なんなんだ! さっきのドスの利いた声は !! どんだけ猫かぶってたんだ、あの女!』

 街の通りを走りながら、ロマンチストなローゼン少年は現実を見過ぎて何も彼もに失望した。

『女なんて、女なんて、どいつもこいつも嘘つきばっかりだ! みんな、か弱い振りして、ホントはガサツで乱暴な女とか、ずるがしこく立ち回る女とか、そんな奴ばっかりだ! 本物の「か弱い女」なんて絶滅してしまったんだ。この世の何処どこにもいないんだァ──ッ!』

 心中で絶叫したローゼン少年、最後は人目もはばからず

「チクショ─────ッ!!」

 と、声に出しての大絶叫だった。



 ハッサンがその後の事も話す。

「子供心に相当ショックだったみたいでさ。しばらくは落ち込んで稽古にも身が入んないし、なんも喋んないから、最初は何が原因か分かんなくて、家族も使用人も師匠連中もみーんな心配してたんだけど、元気になってから聞いてみりゃ、大した話じゃなくてさ。勝手に惚れて勝手に幻滅したってだけの事だ」

 サラッと言った後、

「憧れの女がふしだらな上に、化粧落としたら妖怪みたいな顔だったっていうオチがウケるよな。化粧だけに美人に化けてて、素顔がバケモンって…、はははっ!」

 と、笑うハッサンだが、意外と笑えない。ローゼンの初恋は全く美しさからは掛け離れたものだったからだ。あまりの事に、話の途中で、皆、食べる手が止まっていた。

「……なかなか、キッツイ初恋だな」と、ヒカル。二股どころかナンパして女をつまみ食いするこの男が、踊り子が二股かけてたあたりから肉を食う手が止まったままだ。自分は何股かけようが構わないが、人から何股もかけられるのは嫌であるらしい。

「ふつうにフラれるより、ある意味、ショックだよぉ……」と、手で額を押さえるカヲル。

「純情な少年には酷ねぇ〜」と、頬に手を当てて苦笑いする華夜。

「……初恋で、いきなり悲惨すぎでしょ。幻滅のオンパレードじゃない」と、引いている美夜。

「心、滅多斬り状態」と、輝夜。

「で、どうやって、立ち直ったんだ?」

 と、レイがハッサンに訊ねると、

「それがさ、ある日、突然『強くなって美人と結婚するんだ!』とか言い出して、急に元気になってさ。苦手だった剣術の稽古をガンガンしまくって、ガナンも驚いてたよぉ〜」

 ハッサンもハッキリとした理由は分からないと言う。それもそのはず、『夢で逢った美人と結婚の約束をした』などという夢物語をローゼン自身、人に言えるわけがない。

 レイから「お前もなんか知らないのか?」と、訊かれたルークも

「当時、俺は9つだったから、まだ色恋に興味なかったし。兄さんからも、なんにも聞かされてなくて。初恋の話だって、今日、初めてハッサンから聞かされて、驚いたよ」

 華夜がふと、こんな事を言う。

「でも、ローゼンって運が強いわね〜。痛い目を見ても、結局、念願の美人を見つけるんだから。サクは “すっぴん” だから、妖怪になりようもないしね」

「サク、そもそもマジメ。浮気、嫌い」

 と、輝夜。

「は〜ん。サクちゃんって、そとも中身もローゼンの理想どおりってわけか。すげぇな」

 ハッサン、素直に驚いた。が、それを聞いた美夜は心穏やかではいられない。負けず嫌いが炸裂する。

「な、なにが理想よ! サクなんて、子供の頃は “おたふく” みたいな顔だったし、頭も運動神経も悪いし、チビだし、ぬいぐるみに話しかけたりなんかして、ガキっぽいし。それが理想だって言うんなら、しょぼい理想ね」

 サクの事を散々にこき下ろした。そんな美夜の姿がかえって痛々しく見えて、誰も突っ込めない。

「バカバカしい!」

 と、ワイングラスを「ドン!」と叩き付けて置くと、美夜は再びガッつき始めた。

 皆も食事を再開し、食後にコーヒーを飲んでいると、華夜がサクの初恋の話を持ち出した。

「初恋で思い出したけど、サクの初恋も似たようなものだったわね?」

「うむ。片想いのまま幻滅終了した」

 と、輝夜。

「なんだ、なんだ。聞かせろ、聞かせろ。後で、ローゼンに話してやる」

 と、身を乗り出して面白がるハッサンに、ルークが「やめろよ」と止めるが、「別にいいだろ」と、レイが止めないあたり、サクにとっては差し支えのない話のようだ。



 サク11歳、村の行事を見に来ていた。近隣の村々から力自慢や剣術自慢などが集まって対抗戦をおこなっており、兄のレイこと麗照(20歳)も参加していたので、応援に来ているのだ。ちなみに、このころのサクは “おたふく顔” ではなく、細面でお人形のような顔だ。

 レイは弓の的当てで連勝記録更新中である。13歳から大人の部に出ており、この年、八連勝を達成した。

「おー! さすが、麗照やなァ〜」

「今年で八連勝や!」

 観戦者だけでなく、参加者の中からも称賛の声が上がる。そんな声を尻目にレイ自身は飽き飽きしていた。

『強い奴おらんきに、張っりゃいがない(張り合いがない)。そろそろ参加するん、やめよかなぁ……』

「麗照。お前、やっとうの方は出ぇへんのか」

 同じ村の若い衆が木刀を振る仕草をして、「剣術にも出ろ」と勧めてきたが、レイは手を振って断る。

「剣の方はもうやめとくわ。怪我人増やすだけや。野良仕事できんようんなったら、皆、困るやろぉ」

「ハハハ……。そら、そうやな」

 苦笑いして、その若い衆は引き下がった。レイは剣術でも負け無しのようだ。

 応援に来ていたサクに声をかけられた。

「お兄ちゃん!」

「おー、来とったんか」

「うん。おめでとう!」

「おう。三羽烏は?」

 レイが言う『三羽烏』とは華夜(17歳)、美夜(14歳)、輝夜(11歳)の事である。

「お姉ちゃんらは大人の部の剣術でぇ、カグは子供の部に出るーって」

「あいつら大人げないきんなぁ。ちっとは手加減せぇ言うてようかぁ」

 怪我人続出の事態を引き起こすのはレイだけではないようだ。

 兄レイと話しているところへ、

「あー! サクちゃん」

 と、声をかけてきたのは、丸顔が可愛い女の子だ。

「フミちゃん」と、彼女の名を呼ぶサク。

「今から子供の部の走りごくが始まるきん、応援に行こうで!」

「お兄ちゃん。走りごく見て来るな」

「おう。俺は三羽烏のやっとう、見て来るわ」

 サクは兄と別れて、フミと一緒に走りごく(駆けっこ)を見に行った。

 子供の部の駆けっこで一等を取ったのは、サクやフミと同い年で隣村のサスケだった。

「凄いなぁ、年上の子も抜いたで?」

「サスケくん、カッコええな〜」

 サクは感心し、フミに至っては赤いほっぺたを両手で押さえてサスケにゾッコンだった。

 女の子たちがサスケを囲んでチヤホヤしている様子を離れて見るサクとフミ。サスケの方も満更でもないようで、照れて顔を赤くして頭をかいていた。

 サスケへの憧れを抱いたサクだったが、事件は数日後に起きる。

「おらおら、調子に乗んなや、こぉら」

 村の悪ガキ共に誰かがからまれているところを目撃したサク。怖くて、とっさに お地蔵さんの祠の陰に隠れて、様子をうかがった。

『フミちゃん!』

 絡まれているのは仲良しのフミだった。なぜか隣村のサスケも一緒だった。

『どうしょー。お兄ちゃんもおらんし……』

 いつも肝心な時に大人はいない。サクもいじめられて泣いて家に帰って来る事が多かった。

『肝心な時に大人はおらん。後で大人に告げ口したって、またイジメられるやろうし。やっぱり、大人は当てに出来んなぁ……』

 サクはあまり大人を信用していない。さらに言うと、

『ほんでも、お姉ちゃんらがおらんで良かった。おったら、もっとややこしい事んなる。手加減せんきに、後で余計に恨まれる』

 という事情もある。華夜美夜、輝夜がその場にいなかったのは不幸中の幸いではあったが、この事態は変わらない。

「ちょーっとモテるきんてでぇ、生意気なんじゃ、おどれぇ」

 悪ガキだけあって、「お前」を「おどれ」と言うあたりにガラの悪さを感じさせる。おまけに、巻き舌だ。ますます悪人らしさが増す。

「べ、別に、そんなんちゃうわ……」

 悪ガキ共に因縁つけられて、ビビるサスケだったが、女の子の手前もあり、かろうじて言い返した。しかし、

「舐めとんのか、サスケェ!」

 悪ガキの一人に手で「ドンッ!」と肩を突かれたサスケ、ちょっとの事で完全に心が挫けた。

「ヒッ…… !?」

 フミを置き去りにして、さっさと自分独りだけ逃げてしまった。

『に、逃げたッ…… !?』

 サクもフミも悪ガキ共も、まさか逃げるとは思っていなかった。しかも、サスケは足が早いだけに逃げ足も早いのなんの、あっという間に姿を消したので、みな啞然とした。

 程なくして、悪ガキ共がフミをいじめ出した。

「サスケ逃げたぞぉ」「やーい、やーい!」「裏切られたぁ!」

 フミは泣いてしまう。

 ブチッ!

 怒ったサクが怖いのを忘れ、お地蔵さんの祠の陰から出た。ズカズカと悪ガキ共の輪の中に入って、フミの手を握った。

「フミちゃん、帰ろう!」

 フミの手を取って、サクは悪口を散々浴びせられながらも、悪ガキ共とは目を合わせず、ひたすら無言で歩いた。その間もフミは悪ガキ共が怖くて、ずっと泣いていた。

「あほ!」「泣け、泣け!」「ブース、ブースぅ!」

「うぇーん……。うっ、うっ……」

 フミの泣き声を聞きながらも、サクの頭は思いのほか、冷静だった。

『とにかく、無視しよう。犬と目ぇ合わせたらいかんのと一緒や。こっちが泣いたら、泣いただけ、余計いじめてくる』

 サクのイジメられ経験がそうさせた。力で敵わないからこそ、徹底的に無視するしかない。そうして、歩いているうちに、

『女の子を置いて逃げるん、最低や! なんで、せめて、手ぇ引いて逃げるぐらいせんかったんや!』

 いじめっ子連中への怒りより、だんだんとサスケへの怒りの方が強くなっていた。

「死ね、死ね!」「ね、ね!」

 悪ガキ共は「死ね」と言ったり、同じ意味を方言の「往ね」でも言ったりして、バカの一つ覚えのように連呼する。

 苦行のように罵詈雑言を無視し続けて、フミの家まで送ったサクだったが、

『チッ。サクの奴、いよいよ泣かへんが!』

「もう、ええわ! ぬぞ!(帰るぞ)」

 悪ガキ共はサクの無視作戦に根負けして、フミの家に着く前に帰ってしまった。



「へー。サクちゃん、度胸あるな」

 感心するハッサンにレイが言う。

「まぁ、運が良かったんだ。あいつらは女の子を殴る事までは出来ないから」

「そうそう。あいつら口だけよ」

 と、サラッと言う美夜を、カヲルは白い目で見ている。

『この人はサクと違って、ボコボコに出来る腕力あるから、そういうコト言えるんだよなー』

 華夜がクスッと笑って言う。

「帰って来た後、『サスケくん、最低ぇー! 好きになって損したっ!』って言ったり、『あんなん好きになった自分がアホやった』とか言って、めちゃくちゃ怒ってたわね〜。ほぉんと、とんだ初恋よね」

 それを聞いて、皆、苦笑いする。

 そして、華夜が気になる事を言った。

「そうそう。サクは気付いてないけど、サスケ、サクの事が好きなのよね〜。こっそり、うちを覗きに来てた事あるし」

「ああ! あれな。俺が追っ払ってやった」

『さすが、レイさん……』

 おっかないレイに怒鳴られる光景はカヲルにも容易に想像できた。

「皮肉よね。とっくに嫌われてるのも知らないで」

 美夜がサスケを小馬鹿にする。美夜の話からして、サスケはあの事件の後に来たようだ。

「それにしても、数日で終わる初恋って、短けぇな」

 と、拍子抜けしているヒカルに、レイが安堵の気持ちから言う。

「それで良かったんだ。ろくでもないヤツ好きになったって、いい事なんてないからな」

 レイは暗にヒカルの事を言っているのだが、ヒカルはすっかり自分の事は棚に上げて同感する。

「それもそうだな」

「うむ」と、ろくでもないヤツを好きになっている輝夜がうなずく。

『そこ、ヒカルと輝夜がうなずくんだ〜』

 と、カヲルは呆れた。



 その夜、ローゼンは主用の部屋で、ハッサンからサクの初恋の話を聞かされた。ルークもそこにいた。

 ダーツの矢を手にしているローゼンの「ふ〜ん……」の後の沈黙が怖かった。ルークはビクビクしていた。

「サスケか。その名前、しっかりと記憶にとどめておくとしよう」

 静かな口調だが、相当、妬いているのは明白だった。

「ま、心配ないさ。サスケは嫌われてんだし」

 楽観的な事を言うハッサンに、ローゼンが真面目な顔で

「甘いな、甘過ぎる。蜂蜜漬けにしたチーズケーキの如く甘過ぎる」

 訳の分からない例えを言う。

「サクは嫌っていても、サスケはまだサクの事を狙っているに違いない……」

 用心深いのか、ただの嫉妬なのか、男の勘なのか、ローゼンはサスケを疑っている。

「害虫は駆除だ!」

 ローゼン、ダーツの矢を的に向かって投げた。

 ズドンッ!

 ルーク、思わず「ヒッ!?」と悲鳴を上げる。ハッサン、「うぉっ!?」と驚く。二人の間をダーツの矢が飛んだのだ。

 矢はど真ん中に突き刺さっていた。

「……………」青い顔で沈黙するルーク。

 そして、ぽつりとハッサン。

「大人げねぇなー」



 サクがローゼンの初恋話を聞いて、同情したのは言うまでもない。ただし、レイは化粧をした踊り子とサクが似ているというくだりだけは話していない。

『ローゼンがサクのこと好いとると気付かれるんはマズイ。初恋の踊り子と顔が似とったいう所は省こう』

 という思惑からだ。

「ローゼン、かわいそ過ぎるぅ……。うちやったらトラウマになるわー」

 話を聞かされたサクは垂れ耳うさぎのぬいぐるみを抱き締めて、そう言った。

 しかし、すっかり立ち直っている者には要らぬ同情である。

『あなに嬉しげに「サク、サク」言うて喜っびょるような奴に、要るんか? その同情……』

 と、内心で呆れるレイだった。


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