1-ⅲ)邂逅(めぐりあい)〜道ゆく者たち
数日後の夕刻、レイたち兄妹は馬で次の街へ向かった。サクだけは乗馬ができないので、御者の男が操る馬車に乗る。
街道を移動中、サクは御者台で御者の隣に座り、馬上の兄姉たちと会話する。
「ヒカルとカヲルぅ、とうとう来なかったねぇ」
「この間 言ってた和の国から来た双子の事か?」とレイ。
「うん。お姉ちゃんたちを紹介してほしいって、ゆってたのにぃ〜」
「あら〜、その人たち美形?」
と、赤毛の華夜が訊くので、サクが
「どうかなぁ……。ふつう?」と答える。
「バカねェ、おねェ。この子にそんなこと訊いたって、通じるわけないじゃない」
と、栗毛の美夜。
「なんでよ、美夜?」と、華夜。
「だって、こんッな美しい あたしたちに囲まれて育ってきてるのよ? しかも、男の兄弟がこの『おにィ』なんだから、どこの誰を見たって、平凡にしか見えないわよ」
栗色の髪を手でパサッと払って自画自賛する美夜に、レイやサクは内心で
『自分の事を美しいって、自惚れ凄過ぎ……』
と、呆れるしかない。
「まぁ、それもそうね」と、華夜はあっさり納得する。
黒髪の輝夜も「うむ」と うなずいていて、ふと、岩陰に隠れる人影に気付く。「兄」と、レイに目配せする。レイはすぐさまサクに隠れるように促す。
「サク。俺がいいと言うまで馬車から出るな」
「あーあ、また隠れるのぉお……? もうヤダなぁ、こんな生活」
と、ため息混じりに文句を言いながら御者台からカーテンをめくって馬車の中に入るサク。入り口の戸を閉めた。
「盗賊かしら?」と言う華夜に
「さぁな」と答えるレイだったが、
「こんッな、か弱い あたしらを狙うだなんて……」
と、悲劇のヒロインぶる美夜を見て不安を感じて、三人の踊りの子の妹たちに訊ねる。
「また、どこかで恨みを買っていないだろうな、お前ら」
「知らないわ」と、口をそろえて真顔で即答する華夜と美夜、「同じく」と言う輝夜。三人の妹たちはどう見てもシラを切っている。
『こいつらの言う事は全ッ然、信用できんッ!』
と、腹の底から疑う兄のレイ。
レイたちの行く手を屈強な男たちが阻む。
「なんだ、始末するのはこのお姉ちゃんたちか?」
美人ぞろいな様子を見て、嬉しそうに依頼人の男に訊く大男。
「そうだ、こいつらだ! あの踊り子三人組だ!」
と、指にじゃらじゃら指輪をはめた男が指差した。
『案の定か……』
と思い、レイが呆れていると、指輪じゃらじゃらの依頼人が怒りをぶちまける。
「人が散々ご馳走してやったのに、そのままドロンだ! ふざけるな !!」
「あら〜、ふざけてるのはどちらかしら?」
と、美夜が応酬する。
「こんなか弱い女に下心見えッ見えで近付いてくる方がふざけてるんじゃなくって?」
言い争う依頼人と美夜の様子を、屈強な男たちの中に混ざって見ていた双子の天堂兄弟。
「なんかよう、話、違わね?」
「そうだな」
金髪のヒカルに応じた銀髪のカヲルが急に声を上げる。
「あれ! ヒカル、見ろよ。馬車に赤い組紐が垂れ下がってる」
二人は顔を見合わせ、「まさか」と声をそろえる。
天堂兄弟は馬を進めて美夜と依頼人の間に割って入った。
「おい、オッサン! 叩ッ斬る相手は極悪人だって言ってたよな?」
と、依頼人の男に詰め寄るヒカル。
「な、ななんだ? いきなり」
「こりゃどっからどう見ても、か弱い女所帯じゃねーかよ」
急に言われて驚き吃ってしまう依頼人に、ヒカルが話が違うと言い出す。
「カヲル、出せ!」
と、銀貨の入った袋をカヲルに出させるヒカル。それを、溜め息つきながら渡すカヲル。
「こんなもん、返してやるよッ!!」
ヒカルは袋から銀貨を取り出して、パーッと方々へばらまくと、空の袋を地面に打ち捨てた。
「……う、裏切るのか !?」
予想外の展開にしばらく呆然と驚いていた依頼人がようやっと声を上げた。その間に他の刺客たちは馬を降りて、我先にと、ばらまかれた銀貨に飛び付く。
「裏切るも何も、俺を騙した落とし前はキッチリ付けさせてもらうぜ!」
「僕も綺麗なお姉さんたちを傷付けるのは趣味じゃないんでね!」
天堂兄弟は馬から飛び降りるや否や抜刀し、銀貨を拾っていた刺客たちと斬り合う。
レイは傍らの輝夜に「伏兵がいないか馬車の上で見張ってろ」と指示。輝夜は馬上から軽やかに馬車の上に飛び乗り、弓矢を構える。
「きゃー!! お兄さんたち頑張って〜!」
可哀想な女を楽しそうに演じる華夜美夜をレイが叱責する。
「自分たちでまいた種だろうが。自分たちで刈れッ!」
華夜美夜は「仕方ないわねぇ」と、勇ましく豹変。馬を降り抜刀して、戦闘に加わった。
「あれ? レイさんは戦わないので?」
レイに訊ねたのは御者の男だ。
「今回、俺、出番ないと思うよ? 敵の数も少ないし、あの双子の兄弟、強いしさ」
余裕の笑顔で返すレイ。
舞踏のような剣撃の華夜美夜に対し、天堂兄弟は細身でありながら素早く力強い太刀筋で向かう。
援護射撃の為に馬車の上にいる輝夜が逃げようとする依頼人を目敏く見つけて、その馬を射抜いて落馬させた。
天堂兄弟と踊り子たちが刺客らを倒し、陰で隠れていた依頼人をふん捕まえる。
「どうする? こいつ?」
と、ヒカルが指輪をじゃらじゃら付けた依頼人の処分をレイたちに訊く。
「そうだな、縛ってその辺に転がしとくか」
レイの、女にしては低いその声と、マントから覗く体形を見て、天堂兄弟が驚く。しかも、近くで見ると、レイはかなりの長身だ。
「お、お前、男かよ !?」
「おおおおお……」
お姉様好きなカヲルとしてはショックのあまり言葉が上手く出ない。
「道理でやたら背がデカいわけだ。それにしたって、まッぎらわしい顔だなぁ」
「いや〜、悪いね。こんな顔で……」
ヒカルの言葉に笑顔混じりな怒り顔で応じるレイ。踊り子の妹たちに対しては、さっそく説教をする。
「それにしても、全く! 色仕掛けで男を釣ってタダ飯喰らおうとするから、こういう目に遭うんだ。反省しろッ!」
「は〜い……」と、シュンとして答える華夜、美夜、輝夜だが、そんな殊勝な態度がいつまで続くかの保証はない。
ヒカルが男をしっかりと縛り上げたところで、レイがサクに声をかける。
「サク、もういいぞ。出て来い!」
馬車から出て来たサクは開口一番
「みんなぁ大丈夫だったぁ〜?」
と、ふわふわとした甘い口調で声をかけるが、天堂兄弟を目にした途端、若干、口調が硬くなる。
「あれっ? ヒカル、カヲル?」
「お前がさっき話してた双子か?」と訊くレイに「うん」と答えるサク。
「また会う約束してたのに、なんで来なかったの?」
サクの問いかけに目を逸らして言葉を濁す天堂兄弟。
「こ、こっちにも色々、事情があってな……」
「ぼ、僕も、あの件のことは、しばらく忘れたい……」
サクたちへの手土産欲しさにヤバイ仕事に手を出したはいいが、まさか標的がサクの姉たちで、美しいお姉様と思っていたのがお兄様だった ── などという情けない顚末をどうして言えよう。
少し思案するレイ。
『あの潔さなら、信用できるか』
あの時、銀貨を捨てたヒカルの心意気をレイは気に入った。
「知り合いなら、ちょうどいい。君たち、用心棒をやってくれないか。給金なら弾むぜ?」
今度は金貨に目がくらんだヒカルとカヲル。二つ返事で引き受けた。
こうして、天堂兄弟は護衛としてレイたちに付いて行くことになった。
レイたちが去り、すっかり日が隠れた頃、同じ道を隊商が通りかかる。隊商の先頭辺りには、“指輪のお兄さん” ことローゼンと、踊り子姉妹に夢中なルークもいた。
「このところ、溜め息ばかり吐いてるな。ルーク、何かあったのか?」
ローゼンが馬を並べる番頭に、弟ルークの事を訊く。
「あの人気の踊り子三人組の『恋愛天使』に振られたようで」
「そうか」
「兄さん、ここがさ、疼くんだよ……」
と、ルークはみぞおちを押さえて つぶやく。
「あの栗毛の踊り子の蹴りが忘れられない…。なんて、いい蹴りなんだ……」
『……重症だな』
うっとりとして首を横に振るルークに、内心でローゼンが呆れていると、縛られた男が助けを求めて声をかける。先程、天堂兄弟に裏切られ、踊り子三人組の返り討ちに遭った指輪じゃらじゃら男だ。
「た、助けてくれ!」
ローゼンが縛られた男に訊ねた。
「助けてやってもいいが、お前、なぜ縛られている?」
「わ、悪い奴にやられたんだ。カ、カネならいくらでも出す。た、頼むから、た、助けてくれ!」
「どうする? 助けるか?」
と、わざとらしく周りに訊くローゼンは助ける気などサラサラ無い。
「いやぁ、助ける気にはなりませんなぁ」
いかにも百戦錬磨とおぼしき男が主の意向を酌み取る。隊商を率いるローゼンが拒否すれば、誰も助けたりはしない。
ローゼンは縛られた男に冷たく言い放つ。
「悪いが、俺たちはただの『通りすがりの旅人』でしかない。人様を助ける余力など微塵も無いのだよ。そういう訳で、さらばだ!」
「そ、そんな! ひ、ひどいッ、ひど過ぎるッ。鬼だ、鬼! この人で無しィ〜ッ!!」
縛られた男を置き去りにし、隊商は先を行く。兄を罵る声を背にして、ルークが言う。
「あの男、バカだなぁ。素直に命乞いすれば良かったものを。カネの事なんて言うから、兄さんに見捨てられるんだ」
「フンッ。あの手の男は信用できないからな。どうせ悪い事をしたのは、あの男の方だろう。助けたところで、また悪さをするに違いない。あのまま ほっといてハイエナにでも喰わせときゃいいさ」
ローゼンはバッサリと斬り捨てるように言う。サクの前で見せた顔とは えらい違いである。優しさは微塵もない。
「それにしても、今回は大荷物になったなぁ」
と、長い隊列を振り返るルーク。荷馬車を守る屈強の騎兵たちは人足であり、警備兵でもある。
「この南東部を治める領主様からの依頼で、古今東西の名品をかき集めたからな。最近、あそこの領主は代替わりしてから金遣いが荒くなったと聞いている。お蔭でしばらくは儲かるが、その先はどうだろうなぁ……」
と、馬上で夜空を見上げるローゼン。
「なんだ、また、先々の心配してるのか? 兄さん」
「お前さ、踊り子に現抜かしてないで、しっかりやってくれよ?」
と、呑気な弟ルークの肩を叩く。
「大丈夫さ!」と、ドンと胸を叩くルークに
「返事だけはいいな」と、呆れるローゼン。
道中、懐から折った紙を取り出して開き見るローゼンの横顔が妙に嬉しそうなので、
「なんだい? それ?」
と、ルークが横から覗き込む。
「東洋の文字か」
「ローゼン様は最近、それを見ては あの調子で」
と、番頭がルークに耳打ちする。ローゼンのスッキリとした顔立ちと真面目な性格のせいで、ニヤニヤしていても、大概の人間にはニコニコとしているようにしか見えない。
「ふ〜ん……」と、ルーク、
『恋文じゃなさそうだしなぁ。そんなもの見て笑顔になるだなんて、兄さんはやっぱり変わってるなぁ……』
と、思っているところへ、百戦錬磨の男こと警備隊長が
「なんです。とうとう若にも春が来たってとこですか?」
と、察すると、嬉しそうなローゼンが答える。
「え? 分かるかい?」
「そんな顔してりゃあ、バレバレですよ」
と言う警備隊長。番頭もうなずく。
『えッ!? 兄さん、いつの間に!』
ルークは驚きのあまり言葉が出ない。
「で、どんな娘なんです?」
と、警備隊長がローゼンに訊く。
「さっきの街で出逢ったんだが、そのキッカケとなったのが、あちこちで目に付いた東洋の文字の看板だ。店の人に訊くと『書いてもらった文字で看板を作ったら商売が繁盛した』とか言うからさ、気になって書いた本人に会ってみた。そしたら、どこか浮世離れした清純な感じの子でさ。これを書いてもらった礼に、指輪をあげようとしたら、『人が良過ぎる』と怒られて、逃げられてしまったよ」
自分の左手にはめた金の指輪を見せて笑うローゼン。金の指輪には八重桜のように二つ重ねた星の刻印がある。
「へぇ〜、クールな若が随分とまた惚れ込んだもんですねぇ」
と、呑気に言う警備隊長に対し、ルークの方は血相を変えている。
『ゆ、指輪って、それ、カラヤ家の紋章が入った兄さんの身分を証明するヤツじゃないか。それをあげようとするだなんて、正気の沙汰じゃない!』
そんな弟の胸中など知る由もなく、兄ローゼンはうっとりとした顔付きで紙にキスをする。
「あの子の人の良さそうな所が好きなんだよォ……。あの子は俺に『人が良過ぎる』と説教したけど、俺はそういうあの子の方が、よっぽど人がいいと思うけどね」
と、笑いながら、ローゼンは紙を折りたたみ、愛おしそうに懐に仕舞い込む。
「で、その様子だと、諦めてないんでしょ、若?」と、警備隊長。
「まぁね。素性も調べたし、居所も分かるように手を打ってある。そのうちに、また会いに行くよ」
数日前に店の人足たちや従業員らに振る舞われたナンが、素性調べの為に買われた物だとは誰も知らない。
「……周到というか、執念深いというか」
あまりの手抜かりのなさに、さすがの警備隊長も呆れる。番頭は「はぁ」と、溜め息を吐き、意見する気も失せている。
『大変な事になったなぁ……。あの兄さんが女に狂ってるだなんて。踊り子に浮かれてる場合じゃないぞ、俺!』
ルークなりに心配するのであった。
レイたちと同行する事になった天堂ヒカルとカヲルの双子の兄弟。満天の星空のもと、サクが乗る馬車の後ろに付いて馬の歩みを進める。
「それにしても、サクと黒髪のあれが双子とはな。顔もあんまり似てねぇな。しかも、俺らと同い年で今年で16かぁ」
と、輝夜の事を言うヒカル。
「そうだな。サクと輝夜は体格差もあるし、雰囲気も真反対だし」
カヲルの言うように、輝夜は姉の華夜、美夜と同じく背が高い方だ。サクはどこか人に気を遣って話す所があるが、輝夜は無愛想。何も知らない人間から見ると、とても双子には見えない。
「最初に会った時に、サクがそっくりな顔に憧れるって言ったのは、こういう事だったんだな」
と、カヲルは納得した。
輝夜が馬の歩みを遅らせて、ヒカルとカヲルの間に入って来る。
「お前たち、先に言っておく」と、真剣な眼差しで言う輝夜。
「サクには、手を出すな」
「え?」と、聞き返すカヲルに輝夜が続ける。
「サク、力が弱い。襲われても、抵抗できない」
「いや、そんな事しねーからッ!」と、怒るヒカルに、「声、大きい。サクが起きちゃうよ」と、カヲルが注意する。
「もしもの時は、兄、ただじゃおかない」
と、輝夜は自分の剣をチラつかせる。
「あー、あの女顔の兄ちゃんか」と、ヒカル。
「兄、顔、優しいけど、強い」
クンクンとヒカルとカヲルの体臭を嗅いで
「お前たち、兄より弱いな」
ちょっと小馬鹿にした言い方をする。
「ハァッ!?」と、大声を上げて、
『いけねッ!』と慌てて口を押さえるヒカル。
「カグ、体臭で強いかどうか、分かる」
と、真面目に言う輝夜に、
「おいおい、冗談だろ」
と、信じがたいヒカル。そこへ美夜が横に来て言う。
「冗談じゃあないわよ? 輝夜の嗅覚は常人じゃないんだから」
「それに、兄さんはああ見えて、ヤバイくらい怖いんだからぁ」
と、華夜も近付いて来て天堂兄弟を脅す。
「怒らせたら鬼よ、鬼。『鬼おにィ』になるから、気を付けておく事ね?」
美夜は人差し指で頭の上に二本の角を作る。
『あいつら、勝手な事を言うなぁ……』
御者と並んだ位置で馬を進めるレイの耳にも聞こえていたが、サクが寝ている為あまり騒ぎ立てたくないので、反論しない。
「とにかくサクを守ってさえくれれば、それでいいわけ。あんたたちはその為に、おにィに雇われたって事よ」
「しっかりね〜」
美夜と華夜が言うだけ言って、自分たちの馬を馬車の横に戻す。
「カグたち、踊り子の仕事がある。兄も仕事で離れる事、多い。なので、頼む」
少し悲しそうな目をして輝夜が懇願する。
「任せとけ」と胸を叩いて引き受けるヒカルと、「うん」と うなずくカヲル。
輝夜は馬を少し前に出し、振り向き様に礼を言う。
「ありがと……」
無愛想な輝夜の綺麗な顔が微笑んだ。そして、馬をレイの隣へと進めて行った。
輝夜の微笑みに顔を赤らめたヒカルに、カヲルが意地悪げに声を潜めて言う。
「ひょっとしてヒカル、輝夜に惚れた?」
「ば、バカ、そんなわけ…ねぇよ」と、ヒカルは言葉では否定するが、
「二股かけるんだ。ふ〜ん……」と、あっさり見破られる。
「そういうカヲルはどうなんだよ。華夜と美夜だったら、どっち取るんだよ?」
と、ヒカルも声を潜めて訊く。
「う〜ん……」と、年上好きなカヲルが悩む。
5分経過、10分経過 ── 30分、1時間以上経過 ── そして、
「両方」と言うカヲルに、ヒカルは呆れる。
「……考え抜いた挙げ句、結論、同じかよ」
所詮、兄弟だった。




