12-ⅵ)標的〜挫かれた野望
「どいつもこいつも、役立たずめ!」
西南の領主の怒声が飛び、グラスが叩き付けられて割れた。ナビーラとワヒーダは「ヒッ!」と声を上げて震える。役立たずのカーミルに、気弱いマフディーと、後継者に相応しくない息子たち、挙げ句、娘たちがローゼンとの結婚を嫌がった事でますます腹を立てたのだ。
「し、しかし、お、お父様。ローゼン様は、恐ろしいほど強いのです」
「そ、そうです。いくら美形でも、あのような恐ろしい方と結婚するのは、どうかご勘弁を!」
ナビーラ、ワヒーダが弁解するのも西南の領主には不愉快だ。
「男が強い事は結構な事ではないか。それが不満と申すか!」
と、娘たちを睨む。
「お、お父様はご覧になっていないから分からないのです。あの方の強さは尋常ではございません」
「下手をすれば、わたくしたちが殺されてしまいます!」
娘たちが懇願するが、自分の意に沿わない事をするのが気に入らぬ領主には、何を言っても口答えにしか聞こえない。
「女の癖に生意気な! つべこべ申すな!」
西南の領主が拳を振り上げたが、ナビーラ、ワヒーダは すばしっこく逃げて出て行った。
夕刻、ローゼンはカラヤ商店へ使いを出した。客室でローゼンが店に渡すメモを書く傍らで、サクは疲れたのか、寝台の上で横になっていた。
『この状況だ。無理もない……』
メモを書き終えたローゼンは眠るサクの頭をそっと なでた。
程なく、新しい水を届けに来た召使いの女にメモ書きとチップを渡す。彼女は登城の日にサクが命を狙われている事を告げに来たカラヤの密偵である。
「これを支店へ届けてくれ。番頭のトリンタニーか、警備隊長のガナンに手渡すように」
「かしこまりました」
「これはチップだ」
ローゼンは召使いの女に紙に包んだチップを握らせた。
「ありがとうございます」
召使いの女は礼を言うと、退出した。
召使いの女が城を出ようとしたところへ、領主の家臣に呼び止められた。
「どこへ行く?」
「カラヤ商店でございます」
「何をしに?」
「これを届けに……」
召使いの女がローゼンから預かったメモ書きを家臣に見せた。
着替えの追加が欲しいので、届けるように。
あと、怠けず、しっかり働くように。
目を通した家臣は召使いの女にメモ書きを差し戻し、「行け!」と言うと、戻って行った。
カラヤ商店の支店。召使いの女からローゼンのメモ書きを受け取った番頭のトリンタニー。召使いの女がチップの包みまでトリンタニーに手渡した。トリンタニーは包み紙を広げると、中の一枚の金貨を召使いの女に渡してやり、包み紙に書かれた文字を黙読する。
予定を一日切り上げる。
明朝、迎えに来い。
迎えは派手に。
トリンタニーが「承知しましたと、伝えてくれ」と言うと、召使いの女は一礼して城へ戻った。
偽のメモ書きを屑籠へ捨てたトリンタニーが包み紙を手に、警備隊長のガナンに伝える。
「明日の朝、迎えに来いとの事です」
「派手か? 地味か?」と、わざとらしくガナンが笑い顔で訊く。
「無論、派手な方で」
トリンタニー、笑って答えた。地味という選択肢は本当は最初から無いのである。
その夜、西南の領主の自室へマフディー王子が訪れた。
「父上、お話があります ──」
2泊目は用心の為にローゼンは部屋を変えた。ローゼンの為の客室は空にし、レイの部屋にサクと泊まり、レイはルークの部屋に泊めてもらった。
「悪いね、レイさん。狭くなるけど」
「気にするな。これだけ大きい寝台なら二人でも問題ない」
寝台に横たわって、レイがつぶやく。
「子供の頃の雑魚寝を思い出すなぁ」
「みんな、子供時代はどんなだったの?」
と、横で寝るルークが訊く。
「今と大して変わらん、変わらん」
レイが片肘から先を上げて手を振る。
「女ばっかだから、ヤカマシイのなんの」
「でも、いつも楽しそうだよな」
「まぁ、淋しくはないがな。俺はお前らがちょっと羨ましいよ。俺も兄貴か弟が欲しかったなぁ」
レイは、失恋して酔い潰れたルークを連れ帰るローゼンの後ろ姿を思い出していた。
ルークが頭に手を当てて言う。
「いや〜、兄貴にもよるよ。うちの兄さんみたいなのを兄貴に持つと大変だよ? プレッシャーになるから」
「ハハハ…。違いない」
ふと、レイは気になり、話を変えた。
「ところでさ、美夜の事だが ──」
「レイさんには悪いけど、美夜の事は正直、分からない。心境の変化が大き過ぎて……」
ルークの声が沈んだ。
「いや、いいさ。今のお前見てたら、そうなんだろうな、と思うよ。だから、美夜の事は気にしなくていい。あいつの興味は他にあるしな」
と、それとなくローゼンの事を指すレイ。
「それに、美夜の事があってもなくても、俺は お前を応援するよ」
前にルークに相談された時のサクのような事を言うレイ。
『レイさんとサクは本当に似てるなぁ』
ルークはそう思い、温かな気持ちに包まれ、両手の指を胸の辺りで組んだ。
「ありがとう……。レイさん」
二人は新しい兄弟が出来たような気分で眠りに就いた。
一方、ローゼンは仕方なくサクに背を向けて寝ていた。
『今夜で最後か……。ここを出れば、サクの安全を確保できるが、反面、勿体無い気もする……』
『あさってには、ここを出られる。あと…、少しの、辛抱……』
予定が縮まった事を知らされていないサクはローゼンと背中合わせで寝ながら、自分自身を励ましていた。
幸い、今夜は姫たちの夜這いはなかった。
次の朝、朝食の後にローゼンは西南の領主の自室へ呼び出された。サクを伴って入室したローゼンは応接セットのソファーに促され、領主と対面して座る。サクは自分の右隣に座らせた。
西南の領主は恨みがましい眼でローゼンを見る。
「そちは余計な事をしてくれたのう」
「なんの事でございましょう」
長い脚を組んで、とぼけるローゼンに、西南の領主は降参とばかりに両手を上げた。
「マフディーの事はしてやられたわい!」
それを聞いたローゼンが微笑したのを見て、隣のサクも一緒に微笑む。
西南の領主、身を乗り出して訊く。
「まさか、あの大人しい奴が自分から『跡を継ぐ』と言ってくるとは思わなんだ。どうやって焚き付けたのだ」
「フーン……」
腕組みして鼻息つくと、しばし、沈黙し、
「秘密です」
と、口元に人差し指を立てて、笑って返すローゼン。
「人が悪いのう」
「そのお言葉、そのまま お返し致しますよ。領主様」
今度はローゼンの眼が笑っていない。一瞬、雰囲気が冷たく変わったので、サクもローゼンの顔を見た。
西南の領主はギョッと眼を見開くと、一瞬だけサクの方を見て、また視線をローゼンに戻し、恐る恐る訊ねる。
「ど、どういう意味だ」
ローゼンが何に怒っているか、領主はマフディー王子から聞き及んでいるだろうが、ローゼンは弱者を殺す事を躊躇わぬ この残虐な男を信用できないので、端から腹を割るつもりは無い。
『毒殺の件を追及しても、反省する気は無いだろう』
というのが、この西南の領主に対しての彼の評価である。
「ご想像にお任せ致します」
と、躱すと、「そのような事よりも ──」と、話を変える。
「わたくしはマフディー王子に期待しているのですよ」
「どのような点においてだ」
「彼の真っ直ぐな性格です」
「それがか?」
『そんなもの、王として、なんの役に立つ』
と、言わんばかりの薄情な領主。これに対し、ローゼンは
「わたくしにとっては、そこは基本です」
と、真反対な価値観を示す。そして、次に賢さについて評価した。
「それに頭も悪くはない。マフディー王子を支持する方々の顔触れを見ても、その事が分かります。5年前の西部との戦で功績を挙げた参謀や将軍もマフディー王子を支持しています」
ローゼン、近衛隊の事は言わない。王に近い立ち位置なので、裏切られたと感じるかもしれないからだ。これについては いずれ分かる事だろうが、今は必要ない。マフディー王子の基盤が固まってからでよい。
「なに、あやつらはマフディーを支持しておったのか」
「ええ。彼らは領主様に逆らうつもりはないので、表立って事を荒立てず、時が来るのを待っていたのです」
『王子たちが婿養子の話を反対しても、この頑固な狸が聞き入れない上、マフディー本人が消極的だったからな』
と、こちらが本当のところである。
「片や、かつて、カーミル王子を支持していたのは、言ってみれば、太鼓持ちです。彼らはカーミル王子を傀儡にする事しか考えていない不忠者の集まり。いかに人望が無いかが見て取れますな」
有力者を失った、そのカーミル派が領主の派閥に加わった事もあえて口にしない。元々の領主派も信頼や尊敬の念からではなく、単に勝ち馬に乗りたいだけの連中の集まりなので、領主にも人望が無いからだ。
「ゆえに、わたくしはマフディー王子に期待するわけです。まだ、二十歳とお若いので、領主様からご覧になって物足りないと思われるかもしれませんが、充分、将来性のあるお方です。わたくしもマフディー王子を支持いたします。中央の王都におわします国王陛下には『西南の跡継ぎはマフディー王子が相応しい』と推薦しても構いません」
ローゼンはそこまで言い切った。西南の領主は、最早、ぐうの音も出ない。
そこへ「王!」と、慌てて駆け込んで来た家臣が西南の領主に報告する。
「き、騎馬隊が城の前に!」
襲撃かと思い、西南の領主が家臣に訊ねる。
「どこの兵だ !?」
一気に緊張が走る。サクの身も硬くなる。
家臣が驚きの言葉を口に出す。
「そ、それが……、旗印が『二重星』で……」
誰もが知るカラヤ家の紋章である。驚愕して目と口を開いたまま、西南の領主がローゼンの顔を見た。ローゼンは何事もなかったかのように言う。
「どうやら、迎えが来たようです」
ローゼンが ゆっくりと立ち上がった。『迎え?』と、座ったまま、サクはローゼンを見上げて目を「ぱちぱち」とさせて驚く。
「残念ですが、三泊の予定を切り上げて、今から帰ろうかと。今回の目的が果たせましたので」
「目的?」と、領主。
「マフディー王子をその気にさせる事ですよ」
ローゼンは爽やかにウィンクした。
西南の領主の城の門前。領主を初め王子らが見送りに出ている。カーミル王子などは父である領主の命で渋々出て来ていた。
門前に集まる騎馬隊に向けてローゼンが宣言する。
「このカラヤ・ローゼン、マフディー王子を次期西南の王として支持する!」
ローゼンの支持表明の後、カラヤの騎馬隊が一斉に叫ぶ。
「マフディー王子、万歳 ───ッ!!」
その壮観な光景を眼の前にして、レイは思う。
『なるほど。有力者のローゼンが支持表明すれば、民衆のマフディーへの印象が変わるな』
ローゼンの弟であるルークはこの派手な演出の意味をよく理解している。
『兄さんが西南の婿養子に入るという噂もかき消せるし、マフディーこそが次期西南の領主だという事が揺るぎないものになる』
騎馬隊を背にしたローゼンがマフディー王子の前で片膝を突く。マフディーを説得していた時と違い、公の場ゆえ、王子の体面を保つ為だ。
「後日、中央の王都へは推薦状を送らせて頂きます」
「よしなに」
ローゼンとマフディー王子の会話を聞いて、ヒカルたちが疑問を口にする。
「 “王都” って、他の都と違うのか?」
異国の人間であるヒカルの質問に、ファルシアス人のルークが答える。
「王都は別格さ。西部の王も西南の王も自国領では王様でも、外へ出れば一領主に過ぎない。大陸の中央地域に広がる『ファルシアス王国』全体の統治者は、王都の国王陛下だからね」
それでレイが納得した。
「だから、ローゼンはいつも『領主』と呼ぶのか」
「まぁね。特に俺たちは王都がある中部の出身だから、地方の王を『陛下』と呼ぶ事はないよ。もっとも、地方の人と会話する時は領主を『王様』と言う事もあるけどね。ちなみに、中部の事は よく『中央』と呼ばれる事が多いよ?」
とのルークの説明に、
「複雑ですね」と、カヲルが言うので、
「分かりやすく言うなら、中部の国王陛下は『王の中の王』という事さ」と、ルーク。
「じゃあ、中部の国王陛下がファルシアス王国一番の大金持ちって事ね?」
と、欲らしげに訊く美夜の両目が金貨になっているように見える。
「それはどうかな? さすがにそこまでは……」
ルークは苦笑いして、言葉を濁した。
「それはそうと、そんなお偉い国王陛下に顔が利くって、ただの商人じゃないわね。どういうカラクリなの?」と、華夜。
「カラヤ商店が中部の王家御用達というのもあるけど、国王陛下も兄さんを欲しがっているというのもあってね」
と、ルークは肩をすくめた。
そんな話を聞いているうちに、ローゼンが自分とは全く異質な存在であるという思いが、サクの中で ますます強まり、複雑な面持ちになる。彼女はローゼンに対して無意識に恋心を抱いているだけに、心の中でも思いが言語化されずに、胸だけが苦しくなる。思わず、右拳を左手で強く包み込んだまま胸元に押し付ける。
ルークの解説中に、マフディー王子がローゼンに「どうか立って下さい」と促し、今回の事でローゼンに色々と謝辞を述べた後、このような感想を言う。
「それにしても、あなたのような方が王でない事が不思議でなりません」
「そちが我が王家へ入れば、ファルシアス全土を掌握できたであろうに」
と、未練たらしく領主。
「ご冗談を! そんなもの、わたくしの性に合いませんよ。一国におさまっているなど、狭くて狭くて息が詰まります。近頃はファルシアス王国とて手狭になりましたよ」
と、笑うローゼン。『ファルシアス王国』ですら手狭だと言われ、領主を初め王子、主立った家臣らが一瞬、呆気に取られた。が、『いや、さすがに冗談か』と思い直す。
「所詮、わたくしめは商人。身分や権力など何物にも囚われず、自由に生きるのが性に合う。我ら商人に国境は関係ありませんからね」
ローゼンはそのように言うと、「では、これにて!」と、別れの言葉を放ち、颯爽と騎乗する。馬首を巡らせて領主らに背を向けた時、そのよく通る声で、わざと大声で独り言つ。
「ああ! 千騎は地味だったなァ〜。せめて万騎……いやいや、50万にしておけば良かった! ハッハッハッ!」
それを聞いた西南の領主は青くなった。
『ご、50万 !? しかも、完全装備させた騎馬隊をか! 最早、盗賊退治のレベルではないではないか』
元々、この派手な騎馬隊千騎の出迎えはマフディー王子への祝意の為だけではない。婿入りを無理強いしてくる西南の領主への牽制の意もあったので、マフディー王子の説得に失敗しても、どの道、千騎の出迎えにするつもりだったのだ。武装させているが、牽制ゆえに謀反と思われぬ為に、あえて数を抑えているに過ぎない。
そして、「50万騎」に変更したのは、サクを毒殺しようとした事への仕返しである。つまり、そこに関しては『俺は簡単に言う事を聞くような人間ではないぞ』という「万騎」の牽制ではなく、
『彼女の命を奪えば、国の一つぐらい潰すぞ!』
という完全な脅しだ。
ローゼンの言う「50万」を耳にしたガナンらカラヤ隊も、その数の多さに脅しであると当然、気付いているので、『領主が何か やらかしたな』と察する。
ローゼンに続いてルークやレイたちも自らの馬に乗る。サクはモーが操る馬車に乗り込む。
「帰るぞ!」
ローゼンが号令をかける。騎馬隊が避けて中央に道を作り、ローゼンを先頭にルーク、番頭のトリンタニー、警備隊長のガナンらが横並びになり、その後をレイたち一行が続く。一部の騎馬がレイたちを守るように囲み、後の騎馬隊が順次付いてゆく。
馬車の中のサクは ようやく ほっとして、ため息混じりにつぶやく。
「良かったぁ、やっと終わったぁ……。生きて帰れる……」
その声は思わず訛っていた。緊張が解けて寝床の上で横になる。
『サクも無事やったし……。ほんでも、まぁ、50万と聞いた時の領主の顔ときたら、なかったなぁ』
後ろを振り返るレイは胸がすくような思いだった。それはレイの身内も同じだったようで、晴れ晴れとした顔をしている。
カヲル「いや〜、スカッとした!」
モー「ははは!」
輝夜「うむ」
華夜「50万は多過ぎない?」
美夜「やりすぎよねー」
ヒカル「よくもまぁ、あんなハッタリかましたよなぁ!」
それにはルークが「なに言ってんだ。ハッタリなわけないだろう!」と、強く否定する。
「 “ここぞ” という時ほど、兄さんは本気で行くぞ!」
ルークの語気は強く、言葉に凄みが出る。
「ハハハ。違いねぇ」
と、顎に手を当て、余裕の笑みを見せる警備隊長のガナン。そんなローゼンに付いて行く事に慣れている。
さらに、ルークがレイたちに、こんな事を話す。
「普段は人足の数も各地に分散しているし、警備の鎧も軽装だ。これが有事ともなれば、結集させる事も出来るし、装備も武器も変わる。それだけの備えはあるんだよ」
レイたちは驚愕した。
「それで、本当に50万の数っていうなら、一つの国家レベルじゃ……」
と、カヲル。ルークが続ける。
「民間だって、規模が大きくなれば何十万の人間が集まるよ。そもそも、国だって民の集まりさ。王侯貴族や正規軍の数より民の数の方が圧倒的に多いんだからね。権力者が強制的に戦に駆り出したところで、人望がなければ誰も言う事を聞かないさ」
「つまり、民を蔑ろにすると、権力者だって倒れるって事だな」
レイの言葉にルークがうなずく。
『そう言えば、カラヤ隊って、元軍人や元傭兵の集まりだったよな。しかも、好き好んで入って来てる人ばっかりなら、ローゼンさんの方が王権よりも強力じゃないか。お、恐ろしい……』
それに気付いたカヲルが身震いした。
「それにしても、『50万騎』とは牽制どころではありませんな」
番頭のトリンタニーに言われ、ローゼンが背越しに答える。
「当然だ。罪も無い人間を平気で殺そうとする権力者が相手だ。少々の事では効き目がないからな」
勇壮な長い隊列を見送る西南の領主たち。馬首を巡らし去って行く完全装備した騎馬隊の面々を見ていて、気付く。最初に対面していた前列だけでなく、皆が正規兵並みの屈強な男たちばかりであった。否、それ以上にも見える。
家臣の一人がつぶやいた。
「どいつもこいつも民兵のくせに精悍な顔付き、鎧の上からでも分かる逞しい体付き。これでは本物の軍人ではないか」
西南の領主はついに、その場にへたり込んだ。
「カラヤの財力と人脈、我が王家の権威と武力がそろえば、ファルシアス制覇も夢ではない ── などと思うておったが、ローゼンには王家のそれすら必要なかったのか……」
彼はカラヤの人足集団の強さや、ローゼンの執拗な性格については噂や諜報で知っていたつもりだったが、想像を遥かに超えていたのだ。カラヤ商店が国外の西洋にも いくつかある事も知っていたが、ローゼン本人のように実態まで把握できているわけではない。それに、ローゼンは まだ全ての手の内を見せているわけではない事も、彼らは知らない。
また、その逆もある。ローゼンは西南の領主がカラヤの軍事力も狙っていると警戒していたが、実際は軍事力については領主の念頭にはなかった。所詮は人間、何でも把握できるわけではない。
マフディー王子は言った。
「きっと、ここの王座も中央の玉座も、ローゼン殿にとっては小さな椅子にしか過ぎないのですね」
素直な彼は貪欲な父王よりもローゼンの人となりを理解した。それだけに清々しい顔をしている。
カーミル王子は「自由……」と、つぶやいていた。
「おーい! 待ってくれぇ〜!」
騎馬の隊列の中を縫うように、ローゼンを追いかけて来た者があった。ローゼンが馬上で振り返ると、玉葱頭のハッサンだった。近衛隊の制服姿でなく、私服姿である彼を見て、ローゼンが訊ねる。
「どうした? ハッサン」
「俺も一緒に連れて行ってくれ」
「は?」
手荷物一つ肩に担いだハッサンが答える。
「どうも宮仕えは性に合わなくってさ。お前んとこで人足でもいいから、雇ってくれ」
「俺の下に付く事になるが、いいのか」
兄弟子であるハッサンに念を押す。
「構わねぇよ。お前が生意気なのは今に始まった事じゃないだろ。辛抱してやるよ」
「だったら、言葉遣いに気を付けろ。俺はカラヤ商店を仕切る若旦那だぞ」
「へーへー、若旦那?」
ハッサンの舐めた態度にローゼン、立腹してみせる。
「フンッ! 覚悟しとけよ。みっちりシゴいてやるからな?」
そんな兄の顔がなんとなく笑顔である事に気付いているルークは笑っている。
「あー、走って疲れた! そこの馬車に乗せてくれ」
ハッサンがサクの馬車に乗り込もうとするので、ローゼンもレイも、御者のモーも慌てて止める。
ローゼン「ああッ! それには乗るな!」
レイ「御者台にしろ!」
モー「中はダメですよ!」
「なんで?」
馬車の中に入ろうとしたハッサンの前に、サクが顔を出した。騒がしいので様子を見に出たのだ。
「あれ? イグナス先生のお弟子さん? こんにちは」
「ありゃ。お嬢ちゃんの馬車なのか」
「はい」と、うなずくサク。
「この馬車、わたしが着替えたり、寝たりするのに使うので…」
「だから、男子禁制。わたしの隣に座って下さい」と、モーに促され、仕方なくハッサンは従った。
ルークがハッサンに注意する。
「ハッサン、気を付けろよ? 彼女、サクに手を出したら、うちの兄さんとサクの兄さんに殺されるからな」
ルークの顔は笑っているが、ローゼンとレイはハッサンを睨んでいる。
「へー……。それはそれは…おっかない事で」
首をすくめるハッサンだった。
こうして、ハッサンはカラヤ商店に無事就職。
カラヤの騎馬隊の行進は西南の都中で噂になり、「カラヤ家のローゼンがマフディー王子を次期西南の王として支持した」という事が知れ渡った。




