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12-ⅴ)標的〜弱気な王子

 一っ風呂浴びた後、着替えて出て来たローゼンはまだ着替えが済んでいないレイたちを残して、さっさとサクの元へ駆け付けた。

 踊り子の三人は女風呂でまだ呑気に浸かっている。

 サクはルークやモーと一緒にマフディー王子やライラー王女と、マフディー王子の部屋で歓談していた。

「ほら、一番に来たでしょう」

 と、ルークが駆け付けた兄のローゼンを見て、笑顔でマフディー王子らに言う。

「本当ですね」

 マフディー王子までが笑うので、

「なんの事ですか」

 と、いぶかしげにローゼンが訊ねると、

「ここへ一番に来るのが誰かを賭けていたのですよ。まぁ、どうぞ」

 マフディー王子がそう答えて、椅子を勧めるので、ローゼンはおもむろに着席すると、「サク」と呼び寄せて自分の膝の上に座らせて当たり前のように抱きかかえる。が、サクは恥ずかしいのか、ローゼンから視線をらす。

「それで、誰が誰に賭けていたのです?」

 ローゼンの質問にマフディー王子でなく、ルークが答える。

「サク以外、みんな、兄さんが一番に来ると賭けてた」

「はァ? じゃあ、サクは?」

 ローゼンが視線をルークから移し、サクの顔を覗き込む。

「わたしは、お兄ちゃんに」

 当然のように答えるサクの、その言葉にガックリくるローゼン。

『俺より、お兄ちゃんなのか……』

 当然である。偽物の恋人に賭ける馬鹿はいない。

 ルークがマフディー王子に向かって言う。

「あまり賭けにはなりませんでしたね。兄さんは恋人の事が心配ですからね」

「しかし、そうさせているのは我が父のせいでもある。本当に申し訳ない……」

 マフディー王子はライラー姫にも真相を伝えているらしく、ライラー姫も沈んだ面持ちをした。それを察してか、サクが気遣って明るく振る舞う。

「わたしだけ負けちゃったから、わたしの分のお菓子は みんなにあげないと」

「ハハハ……。気になさらずに。こんなのは、ただの遊びですから」

 と、マフディー王子がサクに菓子を勧めるのを幸いと、ローゼンが一口かじった焼き菓子の残りをサクの口へ運んでやる。

「いや、毒の心配はありませんよ」

 マフディー王子の言葉を受けて、「大丈夫だって?」とサクが言うと、ローゼンは

「油断は禁物だ。もしかしたら、王の手の者が密かに入り込んでいるかもしれない」

 と、真面目な顔で言うので、

「……分かった」と、サクは仕方なくローゼンの手の菓子をかじる。

 ルークはマフディー王子に耳打ちする。

「ほっといてあげて下さい。兄のあれは病気なので……」

「ハハハ……。なんだか、ローゼン殿のクールなイメージが変わりますね」

 ローゼンの恋人への溺愛ぶりにマフディー王子が苦笑いすると、

「勝手に虚像を作り上げないで下さい」

 と、『心外だ』という顔のローゼン。

『なんだか幻滅。ローゼン様、カッコ悪ぅい』

 ライラー姫の中のクールでカッコいい理想像が音を立てて崩れ落ちていった。

 後からやって来たレイや天堂兄弟、踊り子の三人も別のテーブルで紅茶と茶菓子を振る舞われた。

「おい、ローゼン。マフディー王子は味方なんだろ。今はサクを解放してもいいんじゃないか?」

 レイに指摘されて、「ギクッ」とするローゼンだが、サクを解放する気はサラサラなく、抱き締めて放そうとはしない。抱き締められたサクは、ローゼンの顔が近い事もあって、息遣いまで感じられ、身を固くして、ほほを赤く染める。

 何も知らない踊り子姉妹や天堂兄弟、モーは「え?」「なに?」と、疑問符を並べる。

「あら〜。サクといい仲になってたわけじゃないの?」と、華夜。

「ほら、いいかげん放せよ」と、レイに小突かれ、ローゼンは渋々サクを抱き締めていた手を放した。サクは元の席に座り、ローゼンの方を見て、

『好きになりそうで怖い……』

 と、思うが、時すでに遅し。自分がとっくに好きになっている事にも気付いていない。

「ここなら、話してもいいよな?」

 と、レイに許可を求められた。ローゼンがマフディー王子を見遣みやると、

「ここにいるのは口が堅い者ばかりなので、ご心配には及びません」

 との返答を受け、レイに不貞腐れて うなずいた。

 そして、ローゼンのせいでサクが命を狙われているという事情を聞いた面々から口々に非難された。

「あんた、なに考えてんのよ !?」

 美夜が怒ってテーブルを叩いた。

 ヒカルもテーブルを叩き、唾を飛ばして怒る。

「なに考えてんだ、テメェ! どさくさに紛れて嫌らしい奴だな!」

「最低!」「外道」と、華夜も輝夜も軽蔑の眼差しを向ける。

 ローゼン、反論の余地もない。ルークが兄をかばう。

「こればかりは仕方なかったんだ。事前に察知できてたら、君たちを連れては来ないよ」

「申し訳ない。わたしの方でも情報をつかんだのが、登城される当日でしたので。父がギリギリまで動かなかったものと」

 と、マフディー王子も謝罪する。

「ローゼンさんを責めても仕方ないよ」

「そもそも悪いのは王様でしょう」

 カヲルとモーが美夜たちをなだめる。

「ローゼンも怖い目に遭ってるんだよ? 好きでもない人に夜這いに来られて」

 サクもローゼンを庇った。それを聞いたマフディー王子が顔を片手で覆い、溜め息ついて、

「あいつらですかァ……! 申し訳…ありません……」

 と、ローゼンに謝罪した。ライラー姫も青ざめる。周囲が引いている中、「羨ましい」と、つぶやいたのはヒカルだ。輝夜がグイッと縄で首輪を引っ張って怒るので、「ウグッ!」と、ヒカルが呻く。

「まぁ、サクがいてくれたお蔭で助かったので……」

 ローゼンがマフディー王子を気遣って言う。

「それにしても、父のやっている事はいつも度が過ぎている。あの人の考えている事が分からない。なぜ、そこまでしなければならないのだ」

 第一王子を差し置いて他人を後継者にしたがったり、罪の無い者を毒殺しようとしたり、姫たちに夜這いをさせるなど、常軌を逸した行動に出る父王に、マフディー王子は頭を抱えた。ローゼン、鼻息をくと、マフディー王子に話し始めた。

「王子。それだけ、後継者問題で頭が痛いのですよ。西南の領主様は確か今年で49歳。後継者になれる王子は第一王子カーミルとあなたしかいない。ライラー姫の後も流産や夭折が続いて王子には恵まれませんでしたからね」

「よくご存知で」と、マフディー王子。

「わたくしの父も今年で53です。大抵の人は還暦まで生きられたらいい方です。じゅう過ぎれば跡継ぎの心配をしないわけにはいきません。片や西部の領主様は37歳と、まだお若い。西南の領主様としては焦りもあるでしょう」

 ローゼンは そのように言うが、

『だからと言って、やっていい事ではないが』

 とは、今のところ、あからさまに父親を悪く言わぬマフディー王子の前では言わず、カーミル王子については歯に衣着せぬ物言いになる。

「しかも、第一王子が、あのカーミルだ。自分の出自を鼻に掛けるしかない能無しだ」

「いくらなんでも、王族に対し、無礼 ──」

 と言う侍従をマフディー王子が手で制止した。

「おっしゃるとおりです」

 マフディー王子は王族に対する非礼だと、ローゼンをとがめない。ローゼンの言う事は全くもって事実であり、苦い事実を受け止めるだけの度量が彼にはある。そんな彼の性格を分かっているからこそ、ローゼンはあえて言ったのだ。

「マフディー王子 ──」

 ローゼンは彼の名を呼ぶと、右手を差し伸べるようにして、こう告げた。

「遠慮などせず、あなたが王座にきなさい」

 マフディー王子が一度、目を見開いて驚いた後、眉根を寄せる。

「わたしに兄弟喧嘩をしろと?」

『庶民の骨肉の争いとは訳が違う。派閥の貴族や家臣を巻き込んで大事おおごとになるんだぞ』

 と、マフディー王子は恐れている。

「今なら大した兄弟喧嘩にもなりませんよ。今、彼の周りにいるのは少数の取り巻き程度。後ろ盾のいない盆暗など、取るに足りない」

 マフディー王子は「はぁ……」と、溜め息をいた。

「皆はわたしを持ち上げて、マフディー派などと言っていますが、本当のところを言うと、わたし自身の考えは違うのです。当初は、わたしも第一王子を差し置いて、婿に継がせるという話には反対していましたが、この数年の間、ローゼン殿に会っているうちに、誰よりもローゼン殿が王に相応ふさわしいのではないかと思えるようになったのです」

「甘いな」

「ええ。ですから、わたしでは重荷 ──」

「この際だから言わせてもらう」

 マフディー王子の言葉を遮り、ローゼンは本音を吐露する。

「もし、俺が西南の婿養子として領主になれば、各国はカラヤをバックに持つ西南を必ず潰しにくる。当然、中央の王都も黙ってはいないはずだ。そうなると、まず、中央の国王や各国の領主たちはカラヤの物流網を分断しにかかるだろう」

『物流網はカラヤにとっては生命線だ』

 ローゼンの言葉を黙して聞く弟のルークには、その重大さが分かっている。

「物流網の維持の為に、俺としてはファルシアス全土の覇権を握らざるを得なくなる」

「ファルシアス全土……」

 ローゼンの話のスケールが壮大になり、マフディー王子は目を見開いて、思わず、つぶやいた。驚いたのは彼だけではない。

『一介の商人が話す内容じゃないだろ』

 と、ルーク以外、この部屋にいた者は誰もが思ったし、

『あっ…! 中部で変な貴族に絡まれた時の発言、ただの売り言葉に買い言葉でなかったんかも……』

 サクは右の拳の人差し指の関節をくちびるに当てて、ナルジートと対決した時のローゼンの気迫を思い出す。

 ローゼンの話は続く。

「そうなれば当然、大戦おおいくさけられない。外交だけで片が付くような領主ばかりじゃないからな。そういう訳で、婿養子に入るのは御免だ。カラヤ家は どこにも属さず、裏方でいる方が平和で済む」

『確かに、ローゼンの言うとおりだ。婿に入ったからと言って、実家との縁を切れるわけではないし、カラヤは自由だからこそ、その強みを発揮できると言っていい。何より、戦禍の拡大はけたいところだ』

 と、レイも内心でうなずいた。そして、ローゼンはチクリと西南の領主の欠点を突く。

「領主様はカラヤのカネと武力に目がくらんでいるから、これしきの事も見えていないのですよ」

 マフディー王子は自らの頭の中を整理するように顎をつまんで、うつむいた。

「確かに……。カラヤの力は魅力的だが、一勢力が抱え込むのは危険だ。富や権力の不均衡が生じて、諸侯の間で不公平感が芽生える」

「あなたの支持者たちも その事が分かっているから、カラヤからの婿養子の件を今も反対しているんだ。中部の王家が抱え込むなら、話はまた別だが、今の中部にも色々と問題があるので、正直、俺は関わりたくはない」

 と、ローゼンは少し補足すると、「お分かり頂けましたか」と念を押すが、

「ええ……」

 マフディー王子が今一つハッキリしない返事をする。

「しかし、わたしには自信が無いのです」

 と、マフディー王子は膝の上で両手の拳を握り締める。彼の口から冷酷な父親に対する本音がようやく出る。

「今のわたしは父の考えにも反発を覚えるし、父のようにはなりたくないとも思えていますが、これから先、年を取った時の自分に正直、自信がない……。子は年を取れば取るほど親に似ると言われます。いつか、わたしも…、そうなるのではないかと……」

 そんな弱気な王子に、「バンッ!」と、テーブルを叩き、

「しっかりしろッ! マフディー!」

 ローゼンが活を入れた。荒い人足共を相手にするだけあって迫力がある。サクも含めて皆が「ビクッ!」とする。マフディー王子の侍従も「無礼であるぞ」と咎める事が出来ない程に気圧けおされた。ルークやレイはビクつきはしなかったが、神妙な面持ちだ。

「君もこれから伴侶を迎える身だ。君がしっかりしないと、君の伴侶も要らぬ者に振り回されて、立場を危うくするぞ!」

 ローゼンにそう諭されたマフディー王子の脳裏に婚約者のエミネ姫の姿が浮かぶ。

 ローゼンは一呼吸すると、静かに話を続けた。

「あのような冷酷無情な者を父親に持つ不安は分かる。だが、このままではいけない。君がその因縁を断ち切るんだ」

 ローゼンの力強い言葉がマフディー王子の胸に響く。

「もちろん、父親だけじゃないぞ。これからも、内外で似たような連中を相手にしなければならないだろうが、それらに対処はしても、染まるな。自分を信じて正道をけ」

 ローゼンの静かでありながら芯のある物言いと、真っ直ぐな強い眼光がマフディー王子の心をとらえる。その熱意が伝染するように、次第に、王子の中で熱い物が湧き上がってくる。

『王子様の目ぇに光が宿った』

 王子の表情の変化に気付いたサクには、そのように見えた。

「君になら、きっと出来るはずだ」

 微笑するローゼンに背中を押された気がしたマフディー王子、思わず額を押さえて首を横に振ると、独り言ちた。

「はぁ……。これじゃあ、実の父親よりも、ずっと父親じゃないか」

 額から手を外すと、意を決したマフディー王子はローゼンを真っ直ぐに見つめて言う。

「腹を括ります」

 サクはローゼンの頼もしい横顔に視線を戻して、驚きと安心感を持って思った。

『ローゼンにしか出来ん励まし方かも……』

 サクの視線に気付いたローゼンが人差し指を「ちょいちょい」と自分に向けて動かして言う。

「サク。俺に ご褒美をくれ」

「?」

 「きょとん…」とするサクにローゼンが

「マフディー王子を説得できた ご褒美だよ。ここへ来てから、ずっと君に食べさせてばかりだからさ、たまには俺にも食べさせてくれ」

 自分の前にある菓子の皿を差し出す。

「あぁ…、そうゆう事……」

 妙に納得して、サクはお菓子を手に取り、「はい」と言って食べさせてあげると、ローゼンがサクの指に付いた菓子の粉まで取ってしまおうと、つい、しゃぶってしまう。指をしゃぶられたサク、顔を赤らめて体が固まった。

「ん〜、美味い!」

 と、悦に入るローゼンを見て、ルークは

『兄さん、ちゃっかりしてるなぁ……』

 と、思ったし、

『こいつ、凄い奴なんか、ふざけた奴なんか、よう分からんっちゃな……』

 怒りを通り越して、レイは呆れたし、彼と同じような感想を大半の者が抱いた。

「きたねーぞ! テメェ! サクも怒れよ!」

「こんなの、セクハラじゃない!」

 怒るヒカルと美夜に、ローゼンは聞こえない振りで紅茶をすする。どう反応すればいいのかも よく分からないサクは動揺を隠せないまま、とりあえず喧嘩にならないように穏便に収めようと、

「え、えーと…、大丈夫ぅ。お、お手拭きで拭いたし……」

 手を拭きながら答える。それを聞いた途端、ローゼンは『拭いたんだ…』と、ショックを受けた。

美夜「そういう問題じゃないでしょうが!」

ヒカル「嫌なモンは嫌だってハッキリ言わねぇと調子に乗るぞ、こいつ!」

サク「え……」戸惑う。

ローゼン「気にするな、サク。こいつらの言ってる事はただの戯言たわごとだ」

ヒカル「サクを洗脳すんじゃねーよ!」

サク「え? ええーっ!?」ほほを両手で押さえる。

ローゼン「なんだと !? 今のは聞き捨てならん!」テーブル叩き立ち上がり、ヒカルと睨み合う。

 などと、騒がしい中、レイとモーは『またか』という顔で紅茶を飲み、カヲルは華夜に「紅茶お代わり、どうぞ」「あら、ありがと〜」と遣り取りをし、父親の事で吹っ切れているマフディー王子などは「にぎやかだなぁ」と清々しく笑うが、ライラー姫や侍従侍女らは苦笑いしたり呆れたりしている。

 その様子を横目で見た後、ルークは顔を隠すように額を指先で押さえ、身を小さくして思う。

『王族の前で喧嘩なんてするなよ、恥ずかしいなぁ、もう……』

 結局、喧嘩はヒカルの首輪の縄を輝夜が引っ張った事で終幕した。


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