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12-ⅲ)標的〜暴露と告白

 夜の宴会ではカーミル第一王子は気分が優れないとの事で欠席していた。王女は酒宴には出て来ないところを見ると、この西南でも男女の別が厳しいようである。

 西南の領主こと王には王子が二人しかいないので、今回出席している第二王子の他に主立った家臣も同席していた。

 ご褒美の為に歌舞を披露する踊り子の妹たちを眺めながら、レイが第二王子の姿をチラリと見て、ルークと会話する。

「確か、第二王子が西部のお姫様と婚約してるんだっけ?」

「そうだよ。第二王子のマフディーは今年二十歳はたちになるかな。彼はカーミル第一王子と違って空気を読むけど、それだけに かえって遠慮がちな所が『玉にきず』だと、兄さんも言ってるね」

 マフディー王子は体形はひ弱ではないが、柔和な顔立ちが優しそうな性格を反映しているようにも見える。

「ふーん。遠慮してる振りってのはないのか? 世の中、善人面してる奴もいるからな。実は腹黒で密かに王座を狙ってるとか」

 と、レイがルークに訊ねる。

「それはないかな。彼の母親の性格からしても、そういう人だから」

「母親とも面識があるのか?」

「いや、お妃様とは会えないよ。後宮に入っているからね」

「あぁ。直接会える他人の男は宦官ぐらいか。権力者は疑り深いし、独占欲が強いな」

 レイの感想にルークは「そうだね」と苦笑いすると、話を続ける。情報源についてだ。

「俺たちは直接会えなくても、このお城や母親の実家にも、カラヤ商店が出入りしているから、色々と情報は入って来るよ。召使いからの評判は特に重要だからね。そこで人柄が出るから」

「さすが商人だな」

 感心して、うなずくレイ。

 一通り話し終えた二人は、ふと、隣の上座のローゼンとサクの方を見る。

 ローゼンはサクを抱きかかえるように密着して座らせ、自分に配膳された料理を分け与えるだけでなく、カトラリーも自分の物を共有する徹底ぶりである。しかも、自らスプーンやフォークでわざわざサクの口に運んでやる。ここまでくると、単に毒殺を防ぐ為だけとも思えない。

『明らかに防犯というより……』

『ローゼンの趣味……』

 ルークとレイの目にはそう映る。嬉しそうに食べさせてあげるローゼンに対して、食べさせてもらうサクは恥ずかしそうだ。

 末席のモーやカヲルは

『あの二人、結構うまくいってるのか』

 と、微笑ましく思い、ヒカルは自棄食いする。

『兄さん。男として、それは かなりカッコ悪いぞ』

 と、心密かに情けなく思うルーク。

『いやいや、なんかの見間違いか』

 と、首を横に振るレイ。

『そもそも、人に食べさすやこ、そなに楽しいもんちゃうぞ。赤ん坊か病人相手の時や……』

 レイは風邪で弱っていた幼いサクに、看病疲れした母親と交代して粥を食べさせてやった時の事を思い出す。

『あれ思うたら、こうやってサクが元気で食べておれるんを喜ぶべきかもしれん……』

 感慨深くワインを飲むレイ。だったが、ローゼンの表情を改めて見ていると、

『……やっぱり、なんかちがうやろ』

 と、思うのだった。



 宴会の後、ローゼンとサクが同じ部屋へ入ろうとした事で一悶着があった。

「おい! そこ! 何しれっとサクを連れ込もうとしてんだ !?」

 ローゼンの行動を止めに入るヒカル。ローゼンが頭をかきながら平然と言う。

「仕方ないだろう。恋人なんだから」

「何が恋人だ!」と、ローゼンに嚙み付くと、大人しくしているレイに疑問をぶつけるヒカル。

「レイ、なんで止めねぇんだ!」

「なんでって、サクが『いい』って言うんだから、止めようがないだろ」

 言葉ではそう言うものの、視線を右にらして不本意げなレイ。

「ハァ──ッ!?」

 と、あんぐりと大口開けて驚くヒカル。

「あ、あんたは平気なの !?」

 拳に力を込めて叫んだのは美夜だ。言葉が向けられた先はルークにだった。

「まぁ、俺はしっかり振られたから、未練は無いよ」

 ルークはあまり気にしていないようだったが、サクはまだ申し訳なさそうな表情をする。

 美夜は呆然と立ち尽くした。ルークがフリーになった事を喜ぶでもなく、絶望的な表情をする美夜に、ローゼン以外は『ローゼンに未練があったんだぁ』と気付く。サクは『ごめん、美夜お姉ちゃん。恋人役、本当は変わってあげたいけど、変わったら変わったで、今度は美夜お姉ちゃんが命を狙われちゃう』と、複雑な思いだ。

 ヒカルとローゼンが遣り合う。

「お前、ずりぃぞ」と、睨むヒカル。

「は? お前に言われたくはないな」と、冷たく言い放つローゼン。

「なんだと!」と、怒ったヒカルがローゼンの胸ぐらをつかんだ。

「俺が何も知らないとでも思っていたのか? お前、他で何人もの女と関係を持っただろ」

 ローゼンに自らの所業を暴露される。

「なッ!? なな、なんの事だよ……」

 しらばっくれるが、驚いて手を放してしまうヒカルにローゼンが言う。

「隠しても無駄だ。うちの人足が何人も目撃しているぞ」

「俺も見かけたぞ。あの時はひとの無い路地裏だったな」

 と、ルークも証言。レイはある程度予想していた。

「店のメイドをナンパしてたのを何度か見かけた事はあったが、やっぱり、そうなのか」

 驚きのあまり、しばし固まっていた他の面々が後から口々に驚きの声を上げる。

モー「お前、どんだけヒドイ奴なんだ!」

カヲル「最低だな!」

華夜「呆れた!」

美夜「クズね!」

 サクなどは衝撃が強過ぎて、ぽつりと言う。

「カグがいるのに……、ひどい」

 おまけに、輝夜を思って目を潤ませている。

「しょ、しょーがねーだろ! こっちにだって色々あんだよ、事情が!」

 大声を出し弁明するヒカル。

「惚れた女には相手にされないし、怪力女には付け回されるし、その不満を解消してるだけだろうが」

 と、開き直るヒカルに、ローゼンは怒りの眼を見せる。その手は自ずと強く握り締められた。

『女をつまみ食いばかりして、なんて無責任な奴だ!』

 と、ヒカルの無責任さが彼には気に入らない。大勢の従業員を率いる立場のローゼンだけに、普段は個人的な事には深く立ち入らずに当人の責任としてほうって置くところだが、さすがに、彼にとって大切なサクが関わってくるとなると話は別だ。

『こんな奴がサクの近くにいるのは我慢ならない!』

 とうとう堪忍かんにんぶくろの緒が切れたローゼン、ついにサクの名を出す。

「勝手な言い訳だな。そんな奴をサクが好きになるとでも思っているのか」

「え?」と、サク。

 サクがショックを受けると思い、今まで黙っていたモーが本当の事を打ち明ける。

「今だから言うけど、ヒカルはサクちゃんと輝夜ちゃんの両方に気があったんだよ」

 サク、「き、気持ち悪い……」と、ローゼンの背後に隠れた。

 ガァァ───ンッ!!

 サクにすっかり嫌われて、ヒカルは脳天を割られたかのようなショックを受けた。

 ローゼンの背後からヒカルを覗き見るサク。

『ふつう迷うとる間って、お友達の関係で様子見てぇ、そのうち、どっちかに決めるんちゃうん? カグと付き合いよるのに、うちの事まで狙うとったって、おとろしぃー。しかも、自分の恋愛が旨い事いかんきんって、他の人らを不満のはけ口にするって、なに考えとん、この人……!』

 サクはヒカルが急に不気味な生き物に変わったような気がして、怖くなって身震いした。

 さっきまで黙って聞いていた輝夜が動いた。と思うや否や、ヒカルの首をつかんだ。

「グッ!?」

「ヒカル、許すまじィ──ッ!!」

 青筋を立てて怒り狂う輝夜。ヒカルの首を絞める輝夜を慌てて周りが止めに入る。

レイ「や、やめろ! 死ぬぞ!」

カヲル「放して、放して!」

華夜「ダメよ、輝夜!」

美夜「あーッ! もう! どうなってんのよォー!?」

 ローゼンもルークもモーもヒカルの事を『当然だなぁ』という白い目で見ており、サクはローゼンの服をつかんで怖々と事態が落ち着くのを待った。

 ひとまず二人を引き離し、「ゼーゼー」息を切らすレイたち。

「勘弁しろよ、全く……!」と、レイ。

 事態が鎮静化し、「じゃあ、おやすみ」などと挨拶を交わし、各自、客室へ入った。



 ローゼンはサクと自分用の客室に入ると、片膝を突いてサクに謝罪した。

「サク。今回の事は俺のせいで本当に申し訳ない」

 それに対し、サクは首を横に振る。

 ローゼンはその大きな手でサクの小さな手を取り、真剣な眼差しで誓う。

「君の事は必ず俺が守る」

 サクは「うん」と、うなずいた。

「それよりぃ、ローゼンには好きな人がいるのに、なんだか、それはそれで申し訳ないってゆうかぁ……」

 複雑な思いを上手く言葉に出来ないサク。

『美夜お姉ちゃんの事も気になるしぃ……』

 ローゼンの気持ちと美夜の気持ちとの板挟みになっていた。

「その事は気にしなくていい」

 と、答えるローゼン。

『今、気持ちを伝えて嫌われでもしたら、俺の事を信じてもらえなくなる。だから、今は言えない』

 ローゼンとしても、胸中は複雑だった。恋愛感情を示したところで、好かれるという確実性がない以上、それは危険な賭けでしかない。この非常時に嫌われて信頼を失うわけにはいかなかった。今はサクを守る為に、あえて自分の気持ちを押し殺す。

「どうせ、まだ俺の片想いだ」

 悲しげに視線を落とすローゼンに、サクは「ローゼン……」と、つぶやき、同情する。ついには、

「ローゼン…、こんな…いい人なのに、かわいそう……。まだ、片想いだなんて……」

 と、思わず泣き出してしまう。

「え !?」

 顔を上げて驚いたローゼンが立ち上がり、「あ、あああ……」と、狼狽うろたえていると、

「なに泣かせてんだ」

 間が悪い事にレイの声がして、入り口の方を見ると、ルークと一緒に来ていた。

「ち、違う!」

 と、慌てて否定するローゼン。

「兄さんに何かされたんじゃなくて ──」

「ローゼンの片想いが可哀想で泣いてたって?」

 事情を聞いたルークとレイが「ぷっ!」と吹き出して、「あはははははは!」と大笑いした。ローゼン、どこか釈然としない。

『誤解が解けたはいいが、笑い過ぎじゃないか……?』

「ひどぉい! お兄ちゃんもルークさんもぉ! なんで笑うの! ローゼンは悪くないんだから、ちゃんと謝って!」

 と、サクが小さな両手で握り拳を作って怒る。

「あー、悪かった、悪かった……。ははは」

「ごめん、ごめん……。ふふふ」

 腹を抱えて笑いながら謝るレイとルーク。

『まぁだ気持ち伝えとらんのか、ローゼン。どんだけ堅物か、臆病か……。サクはサクでがの気持ちを自覚しとるんかどうか微ッ妙やしなぁ』

『兄さんとサク、実は両想いなのに……』

 などと、当事者であるローゼンとサクよりも、彼らの方が客観的に二人の関係を理解しているがゆえに、おかしくて仕方がない。

「で、何しに来たんだ。お前たち」

 来た理由を察してはいるものの、不貞腐れた顔で、一応は訊いてやるローゼン。

「心配して見に来たに決まってんだろ」

「俺も」

 と、想定内の答えを言うレイとルーク。

「大丈夫だよ、レイさん」

「そうだな。サクに泣かれたら、お終いだからな、こいつ」

 言うだけ言うと、二人とも各々自分の客室へ戻った。

「ホント、ひどい!」

「君が泣かされてないと分かって、安心したから笑ったんだろう。それより、もう寝よう」

 怒るサクをなだめて床に就いた。

 レイとルークがローゼンの部屋から出て来たところを「こっそり」と見ていたのは、美夜だった。

「ローゼンのあの狼狽うろたえよう……」

「おかしかったね……」

 などと言って、二人が笑って出て来たのを見て、彼女は少しホッとして笑みを浮かべていたのだった。



 深夜、ふと、サクは目が覚めた。ちょうど眠りが浅いタイミングだったので、全身の感触が変わったのに気付いての事だった。

「…………… !? 」

 サクは後ろからローゼンに抱き枕のように抱き付かれていて、驚いた。声を上げようとすると、身じろぎに気付いたローゼンに先に制止される。

「静かに。寝た振りをしろ」

 そう言われ、何かあるのだろうと、ローゼンを信じて、まぶたを閉じるサク。

 しばらくして、物音が聞こえてきた。寝た振りするローゼンは顔には出さないが、

『そうやすく思い通りにさせてたまるものか!』

 と、内心では侵入者に対するいかりと不安から、サクを抱く手に思わず力が入る。その緊張感がサクにも伝わるが、

『お芝居、お芝居……。力抜かんと、バレる』

 サクはすぐに力を抜いて眉間のしわを戻す。

 人の話し声が目を閉じているサクの耳にもかすかに聞こえてきた。若い女の声だ。二人いる。まぶた越しでも蠟燭ろうそくの明かりを感じられた。

 侵入者たちは寝台の天蓋に掛かった薄いカーテンをめくって中の様子をうかがっている。そこで眠るローゼンがサクを抱いているのを見て驚く。

「え !? 一緒にいる……。無理矢理にでも引き剝がしましょうか?」

「ダメよ。ローゼン様のお怒りを買わぬように旨くやれとのお父様の仰せよ。ここは、ひとまず退散しましょう」

「仕方ないわね」

 侵入者たちが立ち去った後、ローゼンが手の力をゆるめて、サクに ささやいた。

「あれはおそらく第五王女と第六王女だ。王の命令で夜這いに来たんだろう」

「え !?」と、小さい声で驚くサク。

「他人の家に泊まると、よく こういう事がある」

 ローゼンはまだ警戒してか、侵入者たちが部屋から出ても抱き付いたままで、当時の状況を思い出しながら、声を潜めて話す。

「最初は16の頃だった。ちょうど天堂兄弟や君ぐらいの年齢としだ。たまたま寝付きが悪くて夜風に当たって戻って来たら、客室に人の気配がしてね。中へは入らずに、こっそり物陰で様子を見ていると、その家の娘が出て来た。それ以来、ルークや従者と部屋を替えてもらって難を逃れてきたんだ」

 その告白を淡々とした口調でされた事が、かえって悲しい。

「……………」

 ローゼンの置かれた異常な状況に、言葉に出来ないでいるサク、

『こななおとろしい事、うちやったら耐えられん。トラウマになる……』

 と、恐怖する。そして、

『ローゼン、かわいそう……。ほんは人が怖いんかも……』

 彼女はローゼンの暗い一面を垣間見たような気がして、いたく同情した。

「凄く…、大変なんだね…、ローゼン……。早く、好きな人と結ばれると、いいね……」

 なぐさめるサクに、ローゼンは

「そ、そうだな……」

 と、答えつつ、サクに抱き付く腕に自然と少し力が入った。所詮、図太い神経だ。サクが思っているほど、ローゼンのメンタルはやわではない。恐ろしい目に遭っても、ちゃっかり いい思いをしようとしている。

 サクの感触と温もりと匂いを感じて、一時ひとときの幸せを享受するローゼンだった。が、まだ解放されない事に気付いたサクに

『あれ? お姫様たち戻ったんだし、もう、お芝居やめてもいいような……。何、ぼーっとしてんだろぉ、ローゼン』

 と、冷静になった頭で不思議に思われ、

「ところで、いつまで こうしてたらいいの?」

 と、突っ込まれて、離れざるを得なくなった。サクに背を向けて寝る。

『俺は今、世界で一番イッチバンッ不幸な男のような気がする……』

 稀代の美形ローゼン、泣きそうになった。



 翌朝、ヒカルは輝夜によって首輪を付けられ、縄で引っ張られた。その様子を見て、

「なんで、別れないんだろう……。わたしだったら別れるのに。浮気ばぁっかりする人が好きだなんて、分からな〜い……」

 と、首を横に振り、輝夜の気持ちが理解できないサクに、

「まぁ。人それぞれだよ、サク」

 と、ローゼンは冷ややかな目で割り切ったように言った。



 宴会でも、チェスの相手をする時も、サクとベッタリなローゼンを見て、西南の領主は『もしや、気付かれたか!』と、恐れた。

 ローゼンは昼間、領主のチェスの相手をさせられていた。

 西南の領主は駒を動かしながら、

『昨夜の夜這いも失敗に終わったと聞く。毒殺の事にしても、限られた者にしか言うてはおらんが……。いや、考え過ぎか。西部の頃より二人の仲が進展しておるのか』

 などと、思う。

 チェスの最中もサクを膝の上に乗せて、ワインは口にせず、水を頼むローゼン。自分が半分飲むと、残りをサクに与える。

『嫌やなぁ……。人の飲みかけ、飲むん』

 そう思うものの、安全の為に仕方なく、同じグラスで飲むサク。彼女はグラスを少し回して、口が付いていない部分から飲もうとしたが、ローゼンに止められる。

「サク、貸して」

 グラスに一口付けると、ローゼンはサクにグラスを渡す。

「そのまま飲んでくれ」

 と、ささやく用心深いローゼン。彼の口調は柔らかく、微笑すら浮かべるが、眼は真剣だ。仕方なく言うとおりにするサク、

『早う解放されたい……』と、思う。

「ローゼン。四六時中ベッタリとして、随分と仲が良いな」と、探りを入れる領主。

「当然です。『最愛の女』ですから。もし、彼女が死んだら、わたくしも生きてはおられないでしょう」

 と、領主を脅すローゼンはサクの髪をなでる。お芝居と思っていても、ローゼンの声を聞いている耳も、彼と密着している感触も『こそばい……』と思うサク。

 領主は「ハハハ。これは御執心じゃな」と返しながら、内心では歯ぎしりする。

『こやつに死なれては困る! わしの後継者として、こやつの手腕も欲しい。我が息子たちでは、いかんせん物足りぬ』

 そもそもローゼンを敵に回す気などない領主。彼はサクを毒殺して、医師に「突然の病死」とでも嘘の診断をさせて、ローゼンに毒殺とバレないように始末したかった。

『 “美人薄命だ” とか言って、裏で高笑いしそうだな、この狸。今後どうしてくれようか』

『バレたが為に反感を買えば面倒な事になる。商人らしい嫌らしい復讐をしてくるに違いないからな。味方にすれば頼もしいが、敵に回すと厄介じゃ。バレてなければ良いが……』

 ローゼンと領主はそれぞれの思惑を胸に、たわい無い会話をしながらチェスをするが、サクにはチェスなど さっぱり分からないので、退屈でしかない。時折、口元を手で隠して、あくびする。

『退屈やなぁ……』

 そう思っていると、しばらくして領主がチェックメイトした。

「弱くなったな、ローゼン。しかも、早々に決着が付いてしまったのう。女のせいで腑抜けになったか」

「そうかもしれません。彼女と出逢ってからというもの、以前のような覇気はございませんで」

 と、ローゼンは肩をすくめて領主に答える。サクに甘えられれば甘えられるほど、パワーが出ると発言していた男が、見事なまでの道化っぷりである。おまけに、柄にもなく甘えた声まで出す。

「サクぅ、負けてしまったよ」

「残念だったね……」

 残念そうに言うローゼンをサクがなぐさめてあげる。

「領主様。天気も良いので、庭園を見せて頂いてよろしいでしょうか?」

「構わぬ。好きにすると良い」

 領主の許可を得て、サクを連れて退室するローゼンの姿が見えなくなると、

「気付いてはおらぬか……」

 領主は安堵の声を漏らし、ぐったりと椅子の背にもたれた。



 庭園を散策するローゼンとサク。薔薇が見頃だった。

「退屈だったかい?」

「うん……」

「そう思って、早めに切り上げたよ」

「ん? もしかして、わざと負けたの?」

 と、驚いて目を「ぱちっ」と見開いたサクにうなずくローゼン。

「なんだぁ。本気でなぐさめて損したっ。でも、良かったの? ゲームを早めに終わらせて。王様、『つまんない』って怒ってないかな?」

「怒ってはないと思うよ。それに君が本気で言っている分、真実味が増すから、いい芝居になった」

 と、ローゼンが笑うので、サクも冗談めかして言う。

「ローゼンって、時々、人が悪いよね〜?」

「え? そうかい? ひどいなぁ」

 「ふふふ…」「ハハハ…」と、二人して薔薇の花の前で笑い合っていると、侍従を従えた王子に声をかけられた。

「ローゼン殿!」

「これはマフディー王子」

 と、胸に右手を当てて軽く一礼するローゼン。サクもお辞儀する。

「チェスが終わったと聞いたので、駆け付けました」

 と言うマフディー王子にローゼンが伺う。

「御用でしょうか?」

「実は、ローゼン殿がイグナス先生の弟子だとお聞きして、ぜひ腕前を拝見したいのです」

 『イグナス』という名を聞いて、サクが目を「ぱちぱち」とまばたきさせて反応する。

『ああ! 筋トレ教えてくれた旅のおじいさんやぁ。ローゼンの武術の先生って知った時はビックリしたなぁ〜』

 西部でいた時に話した『旅のおじいさん』がローゼンの武術の師匠だと、その場で聞かされていたからだ。

 ローゼンが

『どこから、そんなマニアックな奴しか知らない名前を……』

 と、不思議に思い、

「いったい誰から そんな事をお聞きになったのです」

 と、訊ねると、マフディー王子が思わぬ事を言った。

「それが、ある近衛兵と話しておりました際、ローゼン殿が来ているのだと言いますと、その者が『ローゼン殿も自分と同じイグナス先生の弟子だ』と申したのです」

 まさかの偶然に、当事者のローゼンよりもサクの目の方が驚きの反応が強いのは、すぐに顔に出るタイプだからだ。

「そうでしたか。確かに、わたくしはイグナスに師事してはおりますが、武芸の師匠は彼一人ではなく複数おりましたので、体術一つ取っても、流儀はイグナスのそれとは異なる部分もありますし、自分でアレンジを加えてもいるので、参考にはならないかと……」

 ローゼンが “先生” と敬称を付けずに師匠を呼び捨てにするのは、目の前で話している相手が格上なので、自分側に当たる人間には敬称は付けられないからである。

「いえ、構いません。ぜひ」

 と、マフディー王子に笑顔で請われたローゼン、困った風に鼻息つく。その顔をサクが『どうしたんかなぁ?』という顔で小首を傾げて見ていた。



 ローゼンとサクが西南の王のチェスに付き合っていた頃、他のメンバーは第五王女と第六王女のお茶会に呼ばれ、旅の話で盛り上がっていた。王女たちはカラヤ家の男であるルークに取り入る為に行動している。

「まぁ! 人買いに……」

「怖いわ〜」

 サクが人買いに攫われそうになった事件を聞いた姫たちの反応だ。ヒカルが立ち上がり身振り手振りを交えて、全部、自分の手柄として自慢話をし、調子に乗る。

「そんなこんなで俺が倒したってわけよ!」

 レイたちは『違うだろ』『話、盛り過ぎ』などと白い目で見ている。ルークも、兄ローゼンから話に聞いているので、『兄さんが登場しないのは、おかしいよな〜』と、呆れていた。

 女の前でカッコつけていたヒカルがうめく。

「ウゲッ!?」

 ムカついた輝夜に首輪の縄を引っ張られ、力尽くで座らされたのだ。しかし、王女たちはヒカルよりも、女顔の美貌のレイや逞しい体形のルークに興味があるようで、度々そちらを気にする様子。

 その王女たちはルークが見たところ、兄のタイプではない。

『サクが現れるまで兄さんの女の好みは謎だったけど ──』

 王女たちは目鼻立ちがハッキリとして口も大きく、完璧な化粧を施している。彼女たちは間違いなく美人ではあるが、人を押しのけてまで自分が目立つ事を好みそうな派手なタイプだ。

『彼女たちは兄さんの好みからは掛け離れている。サクはレイさん似の癖の無い顔立ちで、透明感のある清純な美人だから、まるで逆だな』

 歓談中、侍従を伴ったマフディー王子がローゼンとサクを連れて来た。

「近衛兵と手合わせ?」

 話を聞いたレイが思わず聞き返した。それにローゼンが答える。

「ああ。どうせなら、俺だけじゃなく、腕に覚えがある者は全員参加の方が面白いと思って、王子に提案した」

「カグたちもか」と、カグ。

「もちろん」

 と、ローゼンは爽やかな笑顔で答えた。


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