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12-ⅱ)標的〜衝撃

 城に戻り、自室に籠ったカーミル第一王子は悔しさのあまり、親指の爪を嚙む。

 5年前から始まった西南の領主のローゼン贔屓びいき。その事が息子のカーミル王子には面白くない。ローゼンとは年齢としも1つしか違わないので、対抗意識もあった。

「なぜ、父上はあのような者を優遇するのです! たかだか商人ではありませんか」

 ある時、カーミル王子がローゼンに対する不満を口にし、馬鹿にする発言をした為、王である父にローゼンの前で叱責された。

「愚か者!」

 自室で謹慎中のカーミル王子に西南の王は言った。

「カラヤ商店の財力と人脈を侮るな。我が西南だけではない、ファルシアス王国の外にも支店を構える程の規模だぞ。それを実質的に牛耳っているのが、あのローゼンだ。あれをないがしろにする事は許さん!」

 その時は、「政略の為、商人を利用しているのだ」と、まだ納得もしたが、次第に父が

「ローゼンより一つ上のお前がこの体たらくとは、情けないのう……」

「ローゼンが我が息子であったならのう……」

「まだ幼いが、姫と婚約させるか」

 などと言い始めた。終いには

「姫と婚約させて婿養子に迎え、わしの後継者にしよう! カラヤの財力と人脈、我が王家の権威と武力がそろえば、ファルシアス制覇も夢ではない」

 と言い出した。カーミルの第一王子としての面目は丸潰れである。おまけに、それまでカーミルを支持していた取り巻き貴族たちも次第にカーミルから離れて行った。

「当初は我ら一派でカーミル王子を傀儡かいらいにするつもりだったが、王と争っていたカーミル王子の母方の実家が失脚した今は王に逆らえる者はいない」

「ここは王の意向に従い、ローゼンを次期西南の王とする方向で行った方が良いな」

「それが良かろう。勝ち馬に乗るのが得策じゃ」

 昨今はそのような情勢であった。そんな中、今日は今日で生まれて初めて女に拒絶され、しかも、それがローゼンの女だと言う。

『王子である わたしより商人のローゼンの方がいいとは、どういう事なのだ! 父上も、あの娘もどうかしている』

 苛立つカーミル王子はカリカリと爪を嚙んでいた。



 翌日の午後、ローゼンたちは西南の領主のもとへ登城した。レイなどは「嫌がるサクを無理矢理 連れて行こうとした下衆の顔を拝んでやろうじゃないか」と、怒りの形相を見せていたが、さすがに領主との謁見の最中は鳴りを潜めていた。

 西南部の領主に謁見するメンバーも、西部の時と同じくローゼンとルークのカラヤ兄弟と番頭、それにレイたち一行だ。番頭のトリンタニーは取引を終えると、人足兼警備を務める通称『カラヤ隊』百騎と荷馬車十五台を率いて支店へ帰った。

 型通りの挨拶を済ませると、領主からは宴会やら宿泊を勧められ、「三泊でご勘弁を」と、ローゼンは答えた。



 謁見を終えると、先に客室へ案内される事となった。

「従者のお三方はあちらのお部屋を。お嬢様方は皆様そちらのお部屋へ。ルーク様はあちらの広い個室を。レイ様はそちらの広い個室へどうぞ。ローゼン様はこちらの一番上等なお部屋でございます」

 という案内係の説明を聞いて、西部の時と全く同じ部屋割りにされたと気付いたローゼン。

 案内係の召使いが去った後、皆が銘々の部屋へ入ろうとした時、ローゼンがレイとサクに声をかけた。

「レイ、サク、ちょっと話がある」

 廊下にはルークが、さも当然のように残る。四人が寄り集まると、ローゼンが緊張した面持ちで言う。

「サクは俺の部屋に泊まれ」

「はっ!?」「えっ!?」

 思わず声を上げるレイとサクに、

「シッ!」口元に人差し指を立てて制止したローゼンが声を潜めて話す。

「この部屋割りは不自然だ。西部での事が筒抜けになっている」

「やっぱり、権力者だな。あちこちに密偵スパイを送り込んでるのか」

 と、ルークも気付いていた。

「たかが部屋割りだろ? 偶然じゃないのか」

 と、言うレイに、ローゼンが否定する。

「偶然じゃない。詳しい事は……、そうだな、ルークの部屋で話そうか」

 四人がひそひそと廊下で立ち話をしているところへ、召使いの女がやって来た。

「お客様。お水をお持ちしました」

「ん? まだ頼んでいませんが?」

 ローゼンが不思議そうに訊ねると、召使いの女は水差しとグラスを載せたトレーを片手に持ち、

「あら〜、おかしいですわねぇ」

 と、言いながら、空いた手で自分の額をペチッと触り、頬と顎にも触る。

「わたくしの勘違いでしたか。失礼いたしました」と、召使いの女。

「構いませんよ。せっかくですから、受け取ります」

 彼女にそう言って、ローゼンはルークに目配せする。ルークがトレーを受け取った。

「あら。お客様、肩に何か付いてますわ。失礼」

 と、召使いの女はさりげなくローゼンに近付くと、ほこりを払う……振りをして耳打ちした。

「領主がサク様を毒殺するつもりです」

 召使いの女が離れると、ローゼンは何事もなかったかのように、「ありがとう」と返事する。

「そのお水は、わたくしがご用意いたしましたので」

 という一言を残し、召使いの女は一礼して去った。



 四人はルークに用意された客室へと入った。応接セットのソファーに座る。

「これを見て」

 ルークが召使いの女から受け取ったトレーをテーブルに置いた。トレーに載せた水差しの下には紙切れが敷いてある。水差しの下から取り出し、折られた紙切れの中を開いて、皆に見せた。

 そこにはローゼンの恋人の暗殺を企む首謀者が領主で、方法は毒殺である事、第一王子や第二王子とその周辺人物の関与はない事が書かれていた。サクにはこの国の文字が読めないので、ローゼンが耳打ちで教える。

「……………!」

 レイもサクも顔面蒼白し、体を硬直させた。声も出せない。

 さっきの女はカラヤのスパイで、額や顔を手で触ったのは味方である事を示すサインだったようだ。ローゼンに女が耳打ちした時も「領主」と、呼び捨てにしているのをレイも聞いている。

「燃やしてくれ」

「分かった」

 ルークは兄ローゼンの指示どおり、皆の目の前で蠟燭ろうそくの火でメモ書きを跡形も無く燃やす。

「な、なんで、わたしが……?」

 と、動揺するサク。命を狙われる心当たりが無い。

「サクが兄さんの恋人だからだよ」と、ルーク。

「どういう事だ」

 と訊くレイに、ルークが西南の領主の思惑について言う。

「兄さんを領主の娘たちと結婚させる為さ。兄さんの周り、つまり、妻も孫も西南の王族で独占したいだろうからね。その為に、兄さんの恋人は邪魔だから始末するのさ」

「そこまでするのぉ……?」

 と、サクには腹黒い人間の気持ちが理解できない。

 ローゼンが拳を握り締めて後悔する。

かつだった……! 部屋割りで『おかしい!』と思った瞬間、嫌な予感がしたんだ。まさか、ここまでとは……」

「そうだ! 部屋割りが最初、どうとか言ってたな」

 というレイの質問にローゼンが答える。

「実は、登城するメンバーについては、西部の時とは微妙に違う伝え方をしていたんだ」

「確か、西部の時はレイさんは兄さんの親友として、サクは兄さんの恋人、他はその家族。今回の西南ではサクは兄さんの恋人で、後はその家族や親戚、だったよね?」

 と、確認するルークにローゼンがうなずく。

「そうだ。今回、レイはサクの家族として一括りにしたから、モーさんたちと同室になっても不思議じゃない。何より、さっきの案内係がモーさんや天堂兄弟を『従者』と言った。こちらからは彼らを恋人の親戚だと事前申告しているし、謁見の間で紹介した時も、俺は彼らをサクの親戚としか言っていない」

 自分たちのプライベートな事が見知らぬ人間にダダ漏れである事に、サクは思わず口元を両手で覆って驚く。

 ローゼンが続ける。

「それに、俺とサクは西部の時のように同室にされてもいい場面なのに、先にわざわざ離すという事は何らかの目的があるからだろうと気付いてはいたんだが、それがまさか、暗殺とは……」

「血も涙も無い人間だな、ここの領主は……!」

 額を押さえるローゼンの目が暗く沈み、レイの拳が怒りに震える。

「目的と言えば、もう一つの目的である縁談の方だけど、あれから5年経ってるから、当時は まだ子供だった第五王女と第六王女を薦めてくるだろうな」と、ルーク。

「第五、第六? 前のお姫様はどうだったんだ?」

 と、訊くレイに、これもまたローゼンが説明する。

「第一王女と第四王女は10代になる前に病気で夭折した。第二王女はすでに他家へ嫁いでいたし、第三王女は俺が領主に会う一年前には家出して行方不明だったから、縁談自体が不可能だったんだ」

「波瀾万丈な王家だな」と、つぶやくレイ。

「第五、第六王女は二人とも今年16になるから、今回ばかりは相手が幼い事を理由には出来ないから、サクに恋人役を頼んだんだが……」

 と、再び額を押さえて溜め息をくローゼンに、サクが素朴な疑問を口にする。

「あれ? でもぉ、お姫様が幼くても王様の権力で無理矢理、婚約も出来たんじゃあ?」

「当時はカーミル王子を推す派閥が力を持っていて、領主としても やりにくかった面があってね。それで、ゴリ押しされずに済んだんだ。しかし、今は情勢が変わって、カーミル派は事実上解体したとの報告もある」

 ローゼンの話から

『報告って事は、これもカラヤのスパイが……』

 と、思ったレイとサク。さすがに、声に出すのははばかられる気がした。

 ローゼンがレイとサクに伝える。

「とにかく、今はサクが危ない。俺から離れない方がいい。事を防ぐ為に、食べ物も俺のを分け与える。サクに用意された物は絶対に口にするな」

「俺もそう思う。領主が欲しいのはカラヤ家の富とネットワークだ。そのカラヤの実権を握る兄さんにだけは死なれたくないはずだから、サクは兄さんと共に行動した方が一番安全だ。裏を返せば、兄さん以外の人、特にサクの身内じゃ守れない。カラヤ家の人間でないなら、どうでもいいと考えて、サク共々葬られる可能性が高い」

 普段はチャラいと思われていたルークの口からも物騒な言葉が飛び出す。状況が状況なので、レイも渋々承諾するしかない。

「絶対、手を出すなよ!」

 ローゼンの服をつかんで言う涙目のレイに、「わ、分かってるよ」と、「たじたじ」になるローゼン。

「いいか、サク。ローゼンに何かされそうになったら、叫べよ? お兄ちゃんが必ず助けに行くからな」

 サクの肩を持って言う兄レイに対し、

「あぁ…、たぶん、大丈夫だと思うけどぉ……。わたし、子供みたいなものだし……」

 と、妙に呑気な事を言うサクだが、目はどこか虚ろで、現実を見ているのか、現実逃避しているのか、あまりのショックの大きさに当の本人にも分かっていない風だ。

「大丈夫だよ、サク。兄さんが付いてる」

 励ますルークの言葉にローゼンが力強くうなずく。

「うん……」

 と、何も出来ないサクはローゼンを信じるしかなかった。


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